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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第181話 劉弁と正宗 前編

 正宗は豫州と司隷州の州境に十三万の大軍を待機させ、騎兵二千を率い上洛した。この上洛に泉、華琳、秋蘭と華琳直属の騎兵五十が同行していた。正宗が洛陽に上洛すると、王司徒自ら正宗を出迎えた。彼女は正宗の上洛におおいに喜んでいたが、司隷州の国境に大軍を駐留させているとはいえ少数の手勢しか引き連れていないことに不満そうだった。

「王司徒、落ち着いて欲しい」
「劉車騎将軍、これが落ち着いておれらますか? 貴方様は董少府を甘く見ております。董少府は都の混乱に乗じて成り上がった危険な人物なのですぞ。何時、董少府の蛮兵が我らに牙を剥くかと、我ら朝臣は毎日生きた心地ではないです」

 王允は正宗が宥めるのも意を介さず、董卓に対する不満を口にし正宗に縋るように手を取った。

「王司徒、司隷州は特別な州。皇帝陛下のお膝元である。その地に大軍を率い都に乱入するなど、朝臣としてあってはならない」

 正宗の言葉に王允は口を噤むが負けじと口を開いた。

「劉車騎将軍、その蛮行を董少府は行ったのです」
「王司徒、董少府の件はわかりました。ですが、その前に劉景升殿の件を片付けましょう。劉景升殿の詮議はどのような様子なのです」

 正宗が話を劉表のことに逸らすと、王允は視線を落とした。その様子から劉表の置かれている状況は芳しくないのだろう。

「劉景升殿は牢屋に入れられています」

 正宗は驚いた表情に変わった。詮議の段階で牢屋に入れられているということは朝廷は劉表が謀反を企んでいたと疑念を抱いている可能性が高かった。

「詮議と聞きましたが」
「保身に走るような弁明を繰り返す劉景升に皇帝陛下は不快を覚えられ牢屋に入れられたのです。私はお止めしたのだが力が及びませんでした」

 王允は正宗に申し訳なさそうに言った。正宗は状況の悪さに思案気な顔に変わった。

「明日、朝議に私は参内します」
「心得ています。ただ賈文和がこそこそと動き回っているようです。お気をつけください」

 王允は小声で正宗に囁いた。正宗は彼女の話を訝しんだ。ここまでに来る間に董卓陣営の情報は手に入れていた。賈詡は王允ともめ事を起こし官位を剥奪されたと聞いている。

「賈文和は尚書令を更迭されたと聞いていたが、最早朝議に顔を出せないでしょう」

 正宗が賈詡の更迭話を出すと王允は苦虫をかみ殺したような顔に変わった。

「賈文和は尚書令に復職しております。金に目が眩み董少府に買収された者達がいるようなのです。その者達と宦官がどう手を回したのか復職しております」
「復職したということは上奏があったということになりますが。誰が皇帝陛下に上奏したのです」

 正宗は王允に質問した。

「劉司空です。南陽郡の出身・劉弘殿です」

 正宗は能力で劉弘のことを調べ沈黙した。劉弘は天気が悪いと董卓に難癖をつけられ司空の地位を奪われた人物だった。この世界ではどういう人物であるか分からないが金で買収される位なら小物なのだろう。

「劉氏でありながら金で買収されたというのか! 何たる恥知らずだ」

 正宗は頭に来て口調が荒くなった。

「劉車騎将軍の怒りはご尤もです。私も忸怩たる思いなのです。そういうわけで明日の朝議に賈文和は出てきます。必ず邪魔をしてくるでしょう。ただ、気になることがあるのです。つい最近、劉景升がいる牢屋に張中郎将が足を運んでいました」

 正宗は王允の話に表情を険しくなった。董卓陣営が劉表に接触した理由が気になった。

「劉景升殿に会わせてもらえないでしょうか?」

 正宗は神妙な表情で王允に頼んだ。王允は正宗に深く頷いた。



 正宗は泉を伴い、王允に案内で劉表は入っている牢屋に足を運んだ。そこは薄暗い澱んだ空気が充満していた。正宗はゆっくりとした足取りで王允の後を追った。王允はある牢屋の目の前で足を止め、正宗の方を向いた。正宗は牢屋に近づき中を窺った。そこにはボロを纏った劉表だった。あまりの姿に正宗は驚いた。

「劉景升殿!」

 正宗が劉表に呼びかけると彼女は顔を上げ正宗を見た。彼女は正宗の姿を捉えると牢屋の側まで覚束ない足取りで近寄ってきた。

「車騎将軍でございますか?」

 劉表は牢屋に駆け寄り涙を流しながら正宗に声をかけた。

「はい。劉正礼です。荊州を鎮撫し漸く上洛を果たせました」

 正宗の言葉を聞き、劉表は表情を一瞬暗くする。蔡一族が根絶やしにされたと察したのだろう。

「車騎将軍、私は何も知らなかったです。蔡徳珪が勝手にやったこと。どうか。皇帝陛下にお取りなしください」

 劉表は必死の形相で正宗に嘆願した。

「そのつもりです。ですが、その前に聞かせていただきたいことがあります。劉景升殿は董少府配下の張中郎将と会われたと聞きました」

 正宗は会話が終わる頃には鋭い視線を劉表に向けていた。返答内容次第では彼は彼女を救わない。劉表は慌てた様子で正宗に言った。

「あの女が勝手にやってきたのです。私にどうしろというのですか? 牢屋に囚われどうすることもできないです」

 劉表はヒステリック気味な声を上げ正宗に抗弁した。

「劉景升殿、張中郎将の話をお聞かせ願えますね? 私は貴殿とは良好な関係を築きたいと考えています。そのために蔡一族に毒を盛られ病魔に冒されていた劉琦殿を態々救ったのです」

 正宗の話に劉表の表情が強張った。彼女は「何の話をしている?」と呆けた表情だった。彼女は自分の娘が毒殺されかけたとは夢にも思っていないようだった。その実行犯が自分の継室の実家である蔡一族であるなど考えていなかったのだろう。正宗は劉表の脇の甘さに哀れみを感じていたが、それを顔に出すことはなかった。
 正宗が劉表に劉琦の一件を説明すると、劉表は身体を震わせながら俯いていた。

「それは真なのですか?」

 劉表の顔は狼狽し疲労した顔で正宗に聞いた。

「嘘をついて何とします。貴殿が解放された後で娘から直に聞けばいいでしょう」

 正宗の淀みない返答に劉表は脱力し地面にうずくまった。そして、むせび泣く声が正宗と王允に聞こえた。王允は正宗の側で話を聞いていたが劉表のことを同情しているようだった。



「劉景升殿、全て話してくださいますね」

 正宗は優しい表情を浮かべ劉表を見た。彼の様子に劉表は少し落ち着いた様子だった。

「董少府は助命できるように力を貸したいと申し出てきました」
「助命ですか。それで終わりではないでしょう」

 正宗は劉表に先を続けるように目で促した。

「董少府は劉司空を抱き込んだと言っていました。それと私が申し出を拒否すれば私の身の安全は保証できないと言っていました」

 劉表は正宗に気まずそうに言った。

「返事をされたのですか?」
「しておりません! 時間が欲しいと言いました。そう言ったら夜にもう一度来ると言っておりました」

 劉表は必死に弁明した。

「信じてよいのですね?」
「誓って嘘は申しません」

 劉表は牢を塞ぐ格子を両手で掴み正宗に必死に訴えた。彼女としてはここで正宗に見捨てられては堪らないからだろう。

「劉司空」

 正宗は王允に視線を送ると、王允は深く頷いた。

「王司徒、劉司空はどのような人物なのです」
「荊州南陽郡の出身です。遠縁ですが皇族の血筋は入っております。仕事ぶりは可も不可もありません。ただ、少し虚栄心が強く奢侈にかぶれております」
「あまり評判の良い人物ではないようですね。劉司空がどうように動くか知りませんが、私の奥の手をどうこうできる訳がありません」

 正宗は自身有り気に意味深な笑みを浮かべた。その様子を劉表と王允は見ていた。

「劉景升殿、私の家臣をここに護衛として残します。泉、劉景升殿の護衛を頼む」
「正宗様、畏まりました」

 泉は正宗に対し拱手した。

「泉、済まんな」
「いいえ」
「劉景升殿、そういうことです。今夜は安心して過ごしてください」
「車騎将軍、お気遣い感謝いたします!」

 正宗は劉表の礼を受けると王允とともに牢屋を出て言った。



「車騎将軍」

 牢屋を出てしばらくすると王允が声をかけてきた。彼女は周囲を窺うように正宗に声を掛けてきた。

「王司徒、如何されました?」

 正宗も声を抑えたが歩くのは止めなかった。

「董少府は何を企んでいるのでしょう?」
「分かりません。しかし、態々劉景升殿の接触しようということは荊州の件でしょうな」
「荊州。真逆、荊州牧の人事に干渉しようというのでしょうか? 幾ら劉司空とはいえ、劉景升殿を荊州牧として復職させることは無理と思いますぞ」

 王允は正宗の読みをありえないことと否定した。

「そうとは限らないでしょう。私が劉景升殿を救うつもりあると分かっているはず。それを邪魔し、何かの利益を得ようとしているのかもしれません。せいぜい私の面子を潰すことくらしかできないでしょう」
「そういえば。賈文和は蔡瑁討伐の勅が発せられた時、子飼いの呂羽林中郎将を派遣するべきと強弁しておりました」

 王允は忌々しそう表情で当時のことを思い出しながら言った。蔡瑁討伐の将軍に呂布を選ぼうとしていたことに正宗は表情を変えた。

「当然のことながら皇帝陛下も百官も聞く耳を持ちませんでした」
「賢明な判断でしたな」

 呂布が荊州に下向すれば難なく蔡瑁を誅殺したはずだ。そうなれば正宗の目論見が根底から覆る所だった。それを理解したのか正宗の表情は神妙だった。

「賈文和め。またよからぬことを考えているやもしれませんな。劉景升殿に助けを拒否すれば身の安全を保証できないなどと脅迫するとは何たる恐ろしい女なのじゃ」

 王允は自らの身体を両腕で抱きしめながら恐れを感じながら愚痴を口にした。

「車騎将軍、早急にあの涼州の蛮人どもをどうにかしてくだされ」
「そう急ぐことはありますまい。まずは董少府と話をし歩み寄れる妥協点を探るべきと思います。実力行使はその後でも遅くない」
「車騎将軍はおわかりではないのです。奴らの野蛮さは酷すぎるのです。拘束すべき者達も詮議を経ずに斬り殺すような荒っぽい奴らなのです」

 王允は顔を青くしながら正宗に説明した。

「王司徒、わかりました。できるだけ早急に対応しましょう」

 正宗は急く王允に協調する素振りを見せ、王允を落ち着かせた。王允は正宗の反応に少し落ち着いたのか「お頼み申しますぞ」と正宗に念押しした。それに正宗は頷いて返した。



 翌日、正宗は朝議の場に参上した。既に百官は朝議の場に集まり、各々の指定席に着座していた。皇帝陛下は最奥の一際高い場所に配置された玉座に腰をかけ正宗のことを見下ろしていた。
 正宗はゆっくりと進んでいくと、彼の視線の中に賈詡と張遼が入った。賈詡は悪い目つきで正宗のことを見ていたが、張遼が賈詡のことをたしなめていた。荀爽、王允は正宗の視線に気づくと彼に黙礼をした。
 正宗は拘束された劉表の隣に来ると片膝を着き頭を下げ拱手した。

「劉正礼にございます。皇帝陛下におかれましてはご健勝のことお慶び申し上げます」

 正宗が劉弁に対して挨拶すると空気は一瞬緊張したものに変わった。正宗は一拍置き口を開いた。

「荊州の鎮撫を無事に終え、皇帝陛下にご報告をと参上いたしました」
「劉車騎将軍、ご苦労であった。報告してもらえるか」

 正宗は荊州における仕置きを劉弁に細かく説明した。劉弁は正宗の話に黙って耳を傾けていた。

「報告は以上にございます」
「劉車騎将軍、朕はお前に意見を聞きたい」

 劉弁は正宗を神妙な顔を見ながら口を開いた。

「皇帝陛下、不肖の身ではございますが何なりとお聞きください」
「劉景升の仕置きについてだ」

 朝臣達は沈黙していた。王允、荀爽は緊張した面持ちに変わった。二人は劉表をどうにかして助命を勝ち取りたいと考えている。しかし、劉弁は過日の劉表の醜態に不快感を示していた。それでも彼が正宗に意見を求めたのは、正宗が命を狙われた当事者であるからだろう。その姿勢に劉弁の人柄が表れているように見えた。

「恐れながら申し上げます。劉景升殿の死一等を免じ蟄居に処されるべきと具申いたします」

 正宗は顔を伏せたまま劉弁に意見した。劉弁は正宗の意見が予想外だったのか訝しんだ。

「劉景升に罪は無いと申すか?」
「そうは申しません」
「では、何なのだ?」
「劉景升殿は蔡徳珪の謀反には関わっていないと思っております。ですが、荊州を混乱せしめた罪は重いと存じます。故に劉景升殿は全ての官位と職を辞し謹慎すべきと考えております」
「異なことを申されますな」

 正宗と劉弁の会話に割り込んでくる者がいた。司空の劉弘だった。彼が董卓側に買収されたことを正宗は王允から事前に話を聞いていた。劉弘は老齢ということもあるが覇気は感じられず、欲深そうな顔つきをしていた。正宗が鋭い目で見ると腰が引けていたが、寸でのところで踏みとどまり口を開いた。劉表が賈詡の申し出を撥ね付けたため、早々に邪魔するために動いているということだろうか。
 司空の身で賈詡の腰巾着として動く劉弘のことを正宗は心の中で侮蔑していた。

「ほう。劉司空、何か懸念されることがありましたかな」

 正宗は飄々と劉弘に声をかけた。

「劉車騎将軍は蔡徳珪に三度命を狙われたと聞き及んでおります。それも荊州の中心地である南陽郡。荊州牧である劉景升殿が気づかないなどありましょうや?」
「この私が命を狙われたことは気づいていたでしょうな。だが、何者が私の命を狙ったかの特定は困難であったでしょう。三度目にて私は漸く蔡瑁の差し金と気づきました。そして、噂が広まる頃には劉景升殿は都に召還されていた。対処しようにも出来なかったのやもしれません。劉司空、貴公なら姻戚にある者が善からぬ真似を犯せば直ぐに気づくのでしょうな。流石は劉司空殿。感服いたします」

 正宗は笑みを浮かべ劉弘に言うと、劉弘は「私の縁者に謀反を計画する痴れ者などいるわけがありません!」と顔を真っ赤にして否定した。

「劉車騎将軍、劉司空。時間の無駄だ。劉車騎将軍、お前は劉景升が無実と証明する足ると信じているのだな。ならば、それを教えよ」

 正宗は劉弁に頭を下げた。劉弘も黙る以外に無くなった。

「蔡徳珪討伐後、私は生き残った蔡一族の処断を行っておりました。ある時、逃亡を図っていた劉琮とその父が捕らえられ、私の元に連行されました。両名は蔡一族の血筋とはいえ劉景升殿の近しい縁者。ですが、逆賊は逆賊。私は両名を処刑すべきと考えておりましたが、敢えて劉景升殿の息女・劉琦殿に意見を求めました」
「何故そのような真似をしたのだ?」

 劉弁は正宗に問いただした。

「劉琦殿が蔡一族に通謀していないことを確認したかったのです」
「劉琦殿は義父と義妹が贖罪するには死罪以外にないと私に申しました。その時、彼女の凜々しき姿は目に焼き付いております。流石は劉景升殿のご息女と感服いたしました。このような娘の実母である劉景升殿が私の命を狙うことに荷担したとは到底思えませんでした。対して、劉琮は酷い有様でございました。義理の姉とは申せ、自信の罪を糾弾する姉を口汚なく罵り、横柄な態度で私を恫喝いたしました。朝廷の権威に対する敬意を微塵も感じさせない。蔡一族が如何に驕り高ぶり朝廷を蔑ろにしていたかが分かります」

 正宗は当時のことを回想しながら喋り出した。劉表は正宗の告白に顔色を変えていた。劉琮と彼女の夫の処断に劉琦が関わっていることを知ったからだろう。そして、正宗の発言は劉表が蔡一族を制御できていなかったと断じているに等しかったからだ。

「劉車騎将軍、呆れてものが言えませんな。貴公の話は劉景升殿の無実を証明する証拠ではなく、あなたの主観で語っているにすぎませんか! だいたい、そのような不埒者を放置した劉景升殿の罪は重いのではございませんか?」

 沈黙していた劉弘は正宗の話に口を挟んできた。

「仰る通りです。劉景升殿の罪は重い。しかし、朝廷を軽んずる蔡一族が劉景升殿を敬うであろうか? それに、朝廷への忠義の厚い劉琦殿を罪人に貶めるは惜しい。劉琦殿と劉琮の違いは父の違いと言えましょう。劉琦殿は劉景升殿の前夫との忘れ形見。対して劉琮は謀反人・蔡徳珪の兄。私は劉景升殿に同情します」

 正宗は暗に劉表が朝廷を軽んずる蔡一族の暴走に巻き込まれた被害者と言っていた。そして、劉表を処罰すれば、朝廷への忠義を示す劉琦を連座させることになることを匂わした。

「それに、劉琦殿は義妹と継父に毒を盛られていたにも関わらず、劉景升殿を恨むどころか洛陽に召還された、彼女のことを心配しておりました。皇帝陛下、お願いがございます。こたびの私への褒美として劉景升殿の助命をお聞き届けくださいませんでしょうか? 劉正礼、伏してお願い申し上げます」

 正宗は平伏し頭を地面につけて劉弁に頼み込んだ。その姿に百官達は驚愕し沈黙した。劉弁自身驚いている様子だった。彼は正宗と面識はない。しかし、先帝・劉宏の信任が厚かったことは伝え聞いていたからか直ぐに平静さを取り戻していた。

「車騎将軍、自ら褒美を求められるつもりか? 何たる不遜」

 劉弘は場の空気を読まず正宗の行動を避難した。しかし、彼の言動に百官達の目は冷たかった。

「そう取られようと構いません。皇帝陛下、一度失われた命は二度と生き返ることはございません。無礼を承知で申し上げさせていただきます」

 正宗は必死に頭を地面につけて皇帝陛下に嘆願した。

「皇帝陛下に判断に指図するとは何たる無礼者!」

 劉弘を見る百官達の目は更に冷たくなった。

「劉弘、黙っていろ!」

 温厚な劉弁が劉弘を強い口調で怒鳴りつけた。劉弘は劉弁の剣幕に沈黙した。

「劉車騎将軍、面を上げよ」

 劉弁は正宗に顔を上げるように命令した。正宗は伏したままだった。

「劉景升殿の助命をお聞き届けいただけるまで顔を上げることはできません」
「何故そこまでする?」
「劉琦殿と約束いたしました。私は劉琦殿の心に打たれました。辛き目に合いながらも母を想う孝の心に。この者の願いを聞きどけれずして皇帝陛下の臣下と言えましょうか。どうぞお聞き届けください。此度の戦功で足らぬというなら王爵を、それでも足らぬなら私の官職を召し上げください」

 周囲の百官達は正宗の嘆願に心を打たれたようだった。王允と荀爽も同様の様子だった。劉表は正宗に先程までこき下ろされていたが、今は正宗への感謝で一杯なのか涙を拭っていた。対して劉弘は他の百官達か白い目を向けられる空間にいたたまれない様子だった。賈詡は苦虫を噛みつぶしたような表情で両拳を強く握りしめていた。彼女の隣にいる張遼は驚きに口を開いて、正宗に好感を持ち眺めていた。

「皇帝陛下、劉景升殿の助命をお願いいたします!」
「皇帝陛下、劉景升殿の助命をお願いいたします!」
「皇帝陛下、劉景升殿の助命をお願いいたします!」

 次から次へと百官達が劉表の助命を願いでた。それに王允と荀爽も加わった。劉表が謀反に加わっていない以上、問われるべきは管理者責任である。全ての官職は更迭されるのは当然だが、死罪にすべきかは皇帝の胸先三寸と言えた。劉弁は正宗の話より、正宗自身の態度に心を打たれているようだった。弱者のために全てをなげうってでも救おうという姿勢に。

「劉車騎将軍、劉景升の助命聞き届けよう。しかし、王爵と官職の返上は無用だ。先帝がお前を見込み授けたものを私が浅慮で奪うなどあってはならない。お前は漢室にとって唯一無二の藩屛である。お前を失うことは天下にとって喪失と言えよう。何故に先帝がお前を信頼していたかよく分かった」

 劉弁は正宗に劉表を助命することを確約した。

「皇帝陛下、ありがとうございました! 劉正礼、今まで以上に皇帝陛下に忠誠をお誓いいたします!」

 正宗は平伏したまま皇帝陛下に礼を述べた。 
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