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憑依貴族の抗運記

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第5話、夜の臨時会議

 人間は時に残酷になれる生き物だ。

 楽しみのため、金のため、家族のため、自分の命のため、善悪に関係なく何でもできる人間も少なくないだろう。

 もちろん、あらゆる誘惑をはねのけ己の信じる正義に殉じる人間も居る。

 俺? 正直言えば、俺は自分を小心者ゆえに何も出来ない人間だと思っていた。

 もともと権力に縁の無い一般人だった俺は、権力を失っても笑顔で耐える自信くらいある。 酒池肉林の放蕩生活だって泣く泣く諦められるだろう。

 だが、やはり小説の世界だろうと何だろうと死ぬなんて真っ平ごめんだ。それから、庶民的な趣味を楽しめなくなるのも出来れば避けたい。

 こんなおっさんの体になっても、やっぱり自分の命と最低限の楽しみは第一ということだ。

 少なくとも仮想世界の可能性のある銀河帝国の数百億の市民のために、大人しくこの世から旅立という崇高な気分にはならない。 

 やはり、一度その立場になってみないと分からないことも多いようだ。

 それでも俺は一応平和主義者だ。ラインハルトの靴を舐めて命乞いして確実に助かり、最低限の生活を保証されるなら多くの葛藤から解放されるであろう。

 だが、現状そんなことをしても、確実に生き延びる保証が全く無い。

 俺でなくても躊躇するはずだ。

 しかもまだフリードリヒ四世は生きている。厳しい状況だが最悪の状況でもない。

 正直、ラインハルトが出世するまで、暗殺や追放工作の実行に邪魔だった現皇帝も、ローエングラム元帥の存在する現時点では、対ラインハルト戦略の準備時間を稼ぐために長生きして貰った方が良いかもしれない。

 多少面倒くさい相手と思われても、ちょっとでも多く公務に付き合わせて健康に気を使ってやるか。

 いや、ラインハルトの方の準備がより充実してしまう可能性もある。皇帝をパーティーに招待して酒を勧めまくる必要に迫られる場合もある。もう少し状況を見極めてから考えよう・・・

 いずれにせよ、どうにか知識と権力を利用して死の運命に抵抗したいとこだ。

 そのために、俺は様々な悪事に手を染める覚悟をちょっとづつ固めている。

 とはいえ、正直、何から手をつけて良いのか分からない状態だ。

 大体このまま惰性で貴族連合軍盟主になったとしても、メルカッツ上級大将と十五万隻くらいで戦える。

 いや、落ち着こう。まずは戦わない方法なんかを考えよう。

 今のうちにフェザーンや同盟に亡命するというの案は常識的だと思う。ただし、それだけだとラインハルトが攻めてきた後に貴族狩りにあうかもしれない。

 これにちょっと変化をつけるのも有りだ。整形して行方をくらますとか。

 同時にブラウンシュヴァイクの領地のどこかに巨大で危険な地下迷宮を作り、クローンなり生体人形を残して爆破。死んだことにして新生活を送るという案も悪くない。

 追跡者がオーベルシュタインとなると安心できる案ではないが、陽動作戦になるため準備くらいは進めさせよう。

 逃げる場合はいっそハイネセンみたいに新天地を目指すか。幸い一生分楽しめるゲームや各種映像ソフトもあるわけだし、補給物質を満載した探査船で一人旅立っても良い。

 これは意外とスマートだ。しかも決戦を挑んで負けてからも使える手。よし、これも準備だけは進めよう。

 それから地球教。気づかれたら危険だけど監視だけはさせるつもりだ。それ以上は基本的に君子危うきに近寄らずでいいか。別に銀河の統一をする気もないし。

「オットー様。皆様が執務室でお待ちです。そろそろ朝の会議の続きを始めたいと思いますが、ご都合いかがでしょうか?」

「十分後に始めよう」

 もう時間か・・・ えーと、軍事力強化でやる気になっている側近達に向かって、いきなり個人用の脱出プランを提出するほど、俺は空気読めないわけではない。

 これらの思いつきは会議で話すようなことでもないし、後で家宰のグライデルに命じて密かに手配させればよいか。

 そうなると作戦会議の議題はやっぱり直近最大のイベント・・・第七次で陥落するイゼルローン要塞に関連する案件だな。

 これを基点にしていくつかのプランを煮詰めよう。それと時間のかかる派手なプランがあった・・・


「宇宙要塞機動化計画ですと・・・」 

 シュトライト准将が側近を代表して驚きの声をあげた。執務室に集まった顔ぶれは朝のメンバーと一緒だ。

 ガイエスブルク要塞機動化計画は原作にも出てくる対イゼルローン要塞戦法の切り札の一つである。

 とはいえ、まだイゼルローン要塞は帝国軍の物。そんな時に対イゼルローン要塞の切り札と提案なんてしたら、失笑されてしまうに決まっている。

 そこで俺は必死に名分を考えた。その名もずばり叛乱地域討伐作戦である。

 しかも俺は天下のブラウンシュヴァイク公。

 ガイエスブルク要塞だけを機動化するなんて地味で堅実な作戦は似合わないだろう。

 即ちガイエスブルク要塞、レンテンベルク要塞、ガルミッシュ要塞の三要塞の機動化計画と新領土編入計画である。そしてこの提案の発表で俺はアンスバッハの驚愕した顔を見ることに成功したのである。

 諸般の事情を考慮して引っ込めたイゼルローン要塞機動化も計画に入れておけば、もっと驚かせられたのかもしれない。

「ローエングラム伯爵対策の会議と思っていたのですが、そのような無謀な計画を立てていたのですか。どんなに低く見積もっても莫大な費用がかかります」

「実際に実行するかは別の話だ」

「しかし、一度計画が動き始めれば・・・」

 アンスバッハがなおもごねようとするのを見て、俺はきっぱりと命じることにした。 実際には壮大かつ実行されない予定の作戦計画だ。

「これは命令だ。実現の方向で進める。よろしいですな伯父上」

「依存はない。ブラウンシュヴァイク家に相応しい壮大な計画だ。しかも高貴な貴族主導で実行に移せば、貴族の元帥が何人か誕生するであろう」

 ボアテング伯爵自身も同盟領征服計画に凄く乗り気のようだ。

 どうなるか分からないし対応を決めかねているが、イゼルローン要塞の陥落を視野に入れている俺としては少しだけ心が痛む。

「予算を考えると難しいのではないのでしょうか」

 シュトライト准将が最大の障害について指摘した。まあ予算はローエングラム伯爵に命じて領民を搾取させれば一石・・・

「来年の皇帝陛下への誕生祝いとしてブラウンシュヴァイクで多少負担すると匂わせてはどうか?」

 ボアテング伯爵の提案を実行すれば膨大な出費になるが特に異議は出ない。まあ、ブラウンシュヴァイク家の貯金が呼び水となるなら、喜んで散財しよう。

 シュトライトが少ししてから口を開いた。

「少なくとも実際に作戦を実行する段階の一歩手前までであれば、リヒテンラーデ候はこちらの財力の消耗を喜ぶでしょう。ですが競争相手出現の可能性や実現性、費用対効果の問題を考慮すると、三長官が賛成するとは思いません」

「三長官は今、何かと金髪のこぞうの元帥昇進で非難の的になっている。ブラウンシュヴァイクの提案を拒否できん。違うかアンスバッハ?」


「ボアテング伯爵のおっしゃる通りです。ローエングラム伯爵の元帥昇進で三長官の周囲は大混乱に陥っています。少し揺さぶってやれば公爵の望みをかなえる気になるかもしれません。早速、ボアテング伯爵と私で軍部に働きかけてみましょう」

 アンスバッハはあまり乗り気ではない。と俺は一瞬感じたが、よく考えると思い込みのような気もする。いずれにせよ彼の内心は真偽不明だが、アンスバッハは仕事をきちんとこなす。気になるけど忘れることにしよう。

「二人とも頼むぞ」

 一番派手な難題がブラウンシュヴァイク家の中で公認され、なんとか望み通りの方向に動き出した。工期とかの関係で実際に対ラインハルトの対決に間に合わなくても、様々な腹案に利用出来るだろう。

 いずれにせよ、巨大プロジェクトが小さな一歩を踏み出した。そのことが俺の心に物凄い安心感をくれた。

「では、そろそろ卿らのローエングラム伯に対する見方を聞かせて貰おう」

「ローエングラム伯爵はおそらく帝国随一の戦略家にして戦術家です。政略や謀略の類も最優秀と見ています。軍の内部では優秀な若手指揮官と兵士達の支持を集めています。ですがそれ以外となる一代で立身出世を遂げた人物の弊害、人材不足は否めません」

 アンスバッハ准将が深刻そうな表情で報告した。今のところ利点はオーベルシュタインが合流してないことのようだ。

「なるほど、それで仮にローエングラム伯が帝国随一の政略家にして謀略家を得ようとしていなら卿等ならどうする」

「暗殺します」

 シュトライト准将がさも当然とばかりに答えた。まあ、暗殺しかないから仕方ないという考えの可能性もある。

「・・・いいだろう。標的の名はイゼルローン要塞駐留艦隊に居るオーベルシュタイン大佐だ。卿とフェルナー大佐に任せよう」

 口に出した瞬間、俺は早期の強敵の排除を確信した。さらばオーベルシュタイン。内心で自分の命が第一と唱えながら俺は暗殺の許可を出した。

「お待ち下さい。そのような情報を一体どこから手に入れたのですか」

 アンスバッハが情報の確度について訪ねてきた。が、もちろん原作知識などと答えられない。適当にブラウンシュヴァイク家当主直属の諜報機関でもねつ造するか。

「当主だけに知らされる情報だ。非常に確度が高く信じて良い」

「オーベルシュタインとかいう大佐はローエングラム伯とどの程度の関係にあるのでしょうか?」

「まだ知り合いといったところだろう」

「そのような男のために暗殺部隊を送るのですか? あまりに費用対効果が低いと思います。それよりも味方に引き込んではいかがでしょうか?」

 オーベルシュタインを味方に・・・その発想は全く思いつかなかった。思わず笑ってしまったがすぐに厳しい顔になる。

「彼はカリスマ性こそないがローエングラム伯に匹敵する危険人物だ。最優先で排除する。これは決定事項だ」

 俺は語気を強めて有無を言わさないと宣言した。アンスバッハはなおも何か言いたそうだったが、声になる前に飲み込んでしまった。

「承知しました。特に大きな障害はありません。作戦の指揮はシュトライト准将に任すべきでしょう」

「分かっておる。シュトライト准将、作戦案を検討してくれ」

 ふー、改めて言おう、さらば、オーベルシュタインと。

「仰せに従います。まずイゼルローン要塞司令官と駐留艦隊艦隊司令官への根回しは必要でしょう」

 と、シュトライト。

 そういえばイゼルローンには悲劇の指揮官が二人居たな。こいつらには未来のブラウンシュヴァイク艦隊か貴族軍の一翼を担って貰いたい。

 ちょっとプラン変更だ。多少の行き当たりばったりは仕方ない。

 要塞に機動力を与える突拍子な案を検討したおかけで、他の普通の案が切り出しやすくなった。

 ブラウンシュヴァイク本領で開いている定期的な艦観式と軍事演習を利用して、一門以外の貴族軍との緩やかな連携と練度強化を図り、さらに頼りになる味方の識別に利用する案などを側近達に相談していく。

 まあ、相談と言っても基本的に丸投げして側近達の奮闘に期待するだけだが・・・
 
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