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小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~

作者:菊池信輝
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第八話 仮面舞踏会だよミューゼル退治 その④

 
前書き
 前回の続きです。
 グリルパルツァー、博打が大当たり。
  

 
 決意の夜から一月。
 初日の夜に激震があったほかは、休暇中はもう大事件が起こることもなく。俺は平穏な日々を送っていた。とはいえ無為に過ごしたわけではない。
 『肉体の意志』『遺伝子の意志』に負けてしまわないためには肉体と精神の鍛練は欠かすわけにはいかない。皇帝陛下やお館様にとって有為の人材であるためには、学問を修め教養も高めなければならない。最悪父上が何らかの失敗をしてお館様の不興を被るようなことになった時生きのびるため──フェザーンや叛徒のところに逃れる事態になったら、頼りになるのは事業力と生活力だけだ──、事業についても学んでおく必要がある。
 そしてなにより人脈の形成である。
 これら全てに、俺は今までに倍する労力を傾けた。
 「しばらくぶりだな、アルフレット、ブルーノ。元気そうで何よりだ」
 「お館様…オスカー様も」
 「剣を見てやる。腕は鈍っていないだろうな、二人とも」
 学問の合間にお館様のところにご挨拶に参上し、家宰様の紹介のあったフォン・シェーンコップやフォン・ワイツ、フォン・クナップシュタインやクナップシュタイン男爵、そしてアーヴェルカンプ伯爵といった一門の方々と文通を重ねて指導を受け、ルーカス・フォン・レーリンガーやその従兄弟のマルカード・フォン・ハックシュタインたち同世代の幼年学校生とも文通やマトリクス通信のやりとりをし、一緒に鍛練を積んだり遊びに出かけて友情を深めるべく努めた。
 「また背が伸びたな、アルフレット」
 「君も逞しくなったじゃないか、ルーカス。見違えたよ」
 そして子供時代の純粋さと若さは、努力を確実に結実させていった。
 大人と子供、崇高と下世話、高貴と下賤、凡俗の間を行き来し、屋敷とオーディンの街と郊外、お館様や家宰様のお屋敷、ブルーノの実家の荘園や父上母上の郷里とを往復して過ごす三週間が過ぎ、休暇が一週間を残すのみとなるころには俺の背丈は休みが始まる前から拳二つ分ほども伸び、ルドルフ大帝の銅像にはまだ遠く及ばぬものの手足も胸も逞しさを増していた。読破した書物──ブルーノの愛読する『少年探偵ライヘンバッハ』や『戦士ゲオルグの槍』、天才フリューゲルの一代記も含む──と知己の数も一日ごとに増え、俺の世界は大きく広がった。
 だがまだ俺は満足していなかった。
 原作のラインハルトや主要な登場人物ほどに気力は充実しているとは思えなかったし、人脈もまだまだ広いとは言えない。一門の方々やルーカスたちは門閥に属しているとはいえせいぜい中級貴族、ブルーノは俺より少し上ではあるが下級貴族にすぎない。フォン・シェーンコップやフォン・ワイツもそうだ。有力な人脈ではあるし実務担当者として相応の実力者であることは文通をするうちに分かったが、本人の身分が低いことに変わりはない。
 下級貴族である帝国騎士と爵位持ちの貴族との間に高い壁があるように、有爵貴族の中にも子爵以下と侯爵以上との間には高い壁が存在し、壁の向こう側とこちら側ではできることに天地の差がある。お館様が属する伯爵という階級は両者を分けるいわば分水嶺で、下位の伯爵は上位の子爵とそう変わらない。お館様、マールバッハ家は分水嶺の向こうの存在だが、押しも押されぬ存在というにはまだ力が戻っていない。
 『中途半端な権勢では、力では駄目なんだ。絶対的な力と繋がりを持たなければ!』
 何とかして上級貴族とコネを作りたい。俺の切実な思いは文通を交わす友人が増えるほどに募っていった。

 悩みが深まる一方で、自信を深める出来事もあった。あの悪魔とゆかいなしもべたちが暗躍したのか大神オーディンの恩寵か。俺が行った家宰様への原作主要提督の親たちの推挙は、最高の結果を産んだ。
 休暇が最後の一週間に入って最初の日に、俺とブルーノは父上とフォン・クナップシュタイン共々お館様のところに呼び出された。
 「急なお召しなんて一体何があったんだろう」
 「まさか、皇妃陛下のお気に召さないことでもあったとか…」
 顔を青くしたブルーノの言葉に俺も唾を飲み込んだ。原作とは運命が──ソリビジョンの映像によると人相までも──まるで変わってしまっているとはいえ、人間の本質がそうそう変わるわけもない。目下の者に不始末があれば、嵐のように激しくお怒りになるであろう。
 『もしかして、俺の情報に何か欠落が、あの三人に重大な瑕疵があったのか?』
 あり得ない話ではない。騎士会館でもマトリクスでも十分以上に調べはしたが、そこは原作でラインハルトの知遇を得た三人の親である。脛に貴族社会から見ての傷を持っていた可能性はある。もしそうなら、全てはおしまいだ。亡命するならフェザーンか叛徒のところか。どちらを父上にお勧めすべきか、その前にあの悪魔とゆかいなしもべたちに一矢報いる方法はないか、しばらくぶりに後ろ向きな思考を巡らせながら、俺はお屋敷の門をくぐった。
 『おいおい俺がそんなせこい遊びをすると思ってんのかねえ…せっかくこさえた花火が不発じゃ観客が暴動起こすだろうがよぉ』
 聞き慣れた声は左から右に流れ、内容は吟味する以前に全く頭に残らなかった。
 「おお、アルフレット、待っていたぞ」
 心配が杞憂だったそれどころか大当たりを引き当てたということがと分かったのは俺たちを乗せた地上車が本館の車寄せに着いて、震える足が地面を踏んだ直後だった。中から飛び出してきた父上とも懇意のお館様の従者と下僕たちに囲まれた俺とブルーノは衣装部屋に連れて行かれ、幼年学校の制服から郎党の正装に着替えさせられて家臣の末席に並ばされた。
 「二人とも安心しろ。いや、喜べ」
 「えっ?」
 「もうすぐご使者がいらっしゃる。お前たちにもお褒めの言葉を賜るかもしれないぞ」
 『これって…』『ああ、間違いない』
 使者に『ご』と付くということは使者を遣わしたのは皇帝陛下かそれに準ずるやんごとなき方でしかありえない。ご使者の到来にお屋敷がわき立っているということは、言い渡されるのは処罰ではなく褒賞であろうことは容易に推測できる。
 事ここに至って俺たちはようやく、マールバッハ家が復活後最初の試練を乗り切ったこと、俺の推挙がうまくいったを知った。
 「あの蘭の花は見事だったからなあ。俺の用意した宝石色の蘭の花も効いたんだろうなあ」
 皇帝陛下からのご使者を待つ間、自分の仕事、つまり献金を整えたことを自慢したくてたまらないらしい従者が教えてくれたところによると、マールバッハ伯爵家が献上した荘園、リューデスの荘園は皇妃陛下がたいそうお気に召したようで、マールバッハ家は伯爵中での序列が大幅に上昇し、献上した荘園に比べればやや格は落ちるものの、同規模の荘園をコルマー、ヴィアンデン、ラウタータールと三か所に賜ることになった。お館様に代わって献上の一切を取り仕切った家宰様にも爵位を男爵から伯爵に進め、星系一つを所領として新たに賜るとの内意があった。宝石色の蘭の花を用意した従者や父上、フォン・クナップシュタインも功績を称えられ、父上は家格が『銀の拍車の騎士』に、フォン・クナップシュタインは有爵貴族候補である『黄金拍車の騎士』に上がる。
 俺が家宰様に推薦した三人、ゴットリープ・メックリンガーとヴァルディ・ヴァーツェル・ミッターマイヤーとジークムント・キルヒアイスも皇妃陛下に気に入られ、揃ってフォン持ちの身分、真鍮の拍車の騎士に取り立てられる、とのことだった。ゴットリープと息子のエルネストは新設される楽団の楽長、副楽長の地位も合わせて与えられた。
 『三人のうち一人ラインハルトに会わないようにできればと思っていたが、ここまでうまくいくとは…』
 あまりの出来事、見事な成功に俺はしばらくの間言葉を失っていた。
 「近年稀なご出世、宮中では貴殿の噂で持ちきりですぞ」
 「全ては皇帝陛下の聖恩の賜物、非力な臣の成し得たことなど如何ほどもございませぬ」
 「よい心がけでございますな。この後もゆめゆめ、その心をお忘れにならぬよう」
 『忘れないさ。せいぜい犬のふりをしてやるとも』
 やがて内示を持ってきたご使者、クルムバッハ子爵とかいう貴族が従者から聞いた通りの内容をもったいぶった所作と口調で言い渡し、謹厳な表情で応対するお館様、家宰様に見送られてほくほく顔で帰って行くのを見送り、成功に自信を得た俺はますます出世への意欲を強くしていた。
 その決意が近い将来大いに困惑する事態を生じさせることになるとは、思いもよらなかった。
 
 

 
後書き
 今回はハスキー軍団出せず。悪魔もちょびっとしか出番なし、悲しい! 
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