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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第三十三話 貴族って本当に何様なのです!?

帝国歴484年10月9日――。


 ベーネミュンデ侯爵夫人邸――。

「あの小僧には悪魔が付いておると見える・・・・」

 ベーネミュンデ侯爵夫人は取り乱してはいなかったが、そのうちのこもった怒りは相当なものだった。かといって彼女はその怒りに我を忘れるということはなかった。夕刻でありオレンジ色の斜陽の光が、彼女の横顔を染め上げている。それに対してシュライヤー少将の顔は見えない。夕日が届かない暗がりに置かれたソファに座っているせいだ。もう一人のベルバッハも同様である。

「詳報によれば、彼奴等は数百隻の同盟の艦隊に囲まれながら、それを突破したと申すのじゃな」
「御意・・・・」

 シュライヤー少将の顔にも汗がうかんでいる。

「同盟の奴ら、存外不甲斐ない能無しばかりと――」
「言い訳はよい!!!」

 侯爵夫人の手から扇子が飛んで、シュライヤーの後退気味の頭に命中した。ベルバッハの耳には、がらんどうのような音が聞こえたが、きっと気のせいだろうと彼は思った。仮にも少将だ。脳みそ空っぽというわけではないだろうし、そんなのは第一人間ではない。

「そもそも敵の力を利用して彼奴等を討とうなどと都合のよいことを考えるからこうなるのではないか?!」
「ぐっ・・・・」

 詰まったきり何も言えずにいるシュライヤー少将からベーネミュンデ侯爵夫人は視線をもう一人の客に移した。

「ベルバッハ」
「はっ」
「かねてからの工作をいよいよ実行に移す時だと妾は思うが」
「はっ。手筈はすでに整っております」
「うむ。今度こそはしくじるでないぞ。よいな?」
 
 うなずいたベーネミュンデ侯爵夫人は窓の外に顔を向けた。それを退出の潮時と受け取った二人は、立ち上がって一礼し、部屋の外に出ていった。

 その様子をじっと空き部屋の物陰から見ていたグレーザー医師は、嘆息した。

「またベーネミュンデ侯爵夫人のご機嫌がお悪くなりますわね」

 傍らに立つメイドのヴァネッサが皮肉交じりに言った。

「ここの所また、皇帝陛下の行幸がなくなったものだからな。私としても戦々恐々としとるところだよ。お前の後ろ盾の力で、また陛下を呼び戻していただけんか?」

 最後は懇願する声になっていたが、ヴァネッサはすげなく拒絶した。

「無理ですわ。皇帝陛下の御心はいまやアンネローゼ様の下にありますもの。わたくしの雇い主も、これ以上皇帝陛下をご説得できはしない、と申しております。一度離れた心を呼び戻し、つなぎとめるのは、並大抵なことではありませんことよ」

 グレーザー医師の顔に苦渋の色が走った。

「では、仕方あるまい。客人方が速やかにあのアンネローゼとミューゼルとかいう弟を始末することを祈るしかあるまいな・・・・」

 グレーザー医師の視線は自分の床に落ちていたから、ヴァネッサの表情を読み取れていない。それが幸いだったか、はたまた不幸なことなのか。

「他人に頼るより、少しはご自分の力で事を成した方がよろしくてよ・・・・」

 ヴァネッサの言葉には、最後にちくりと脅迫する色を帯びていた。





 オーディン下宿自室にて。
■ ジークフリード・キルヒアイス
 ラインハルト様が准将に昇進なさった。最新鋭艦を奪取したことの功績だ。最新鋭艦を奪還したことを報告しても、シャフト技術大将は嬉しそうな顔をなさっていなかった。それどころか、当然と言った風である。これにはラインハルト様だけでなく、奪還作戦で命をすり減らした全軍が怒りの色を見せていた。
 ラインハルト様自身も相当お怒りだった様子だったが「こらえてくれ。これも私が不甲斐ないせいだ」と部下たちを懸命に慰めていた。ラインハルト様が謝られることではないというのに・・・・。
 最新鋭艦は秘密裏に回航されることとなったが、その引き取り手に現れた人物は私たちの印象に残る人だった。一見すると軍人というよりも弁護士に見える風貌であるが、並々ならぬ胆力を持っている様子であった。ラインハルト様もそうおっしゃっていた。

 彼の名前をウルリッヒ・ケスラー大佐という。少し話して、意外なことを知った。ケスラー大佐はあのグリンメルスハウゼン子爵とも、そしてアレーナさんとも知り合いなのだそうだ。これがきっかけで、ケスラー大佐とも知己になれた。連絡先を交換し合ったので、また機会があればじっくりと話をしてみたいものだ。

 シャフト技術大将の態度に上層部がまずいと思ったのか、それとも最新鋭艦を奪取したことが元々昇進につながっていたのだろうか。その後、私も大尉から少佐になり、イルーナ様も同じく大佐から准将に昇進したのだ。聞くところによると、フロイレイン・フィオーナ、フロイレイン・ティアナもサイオキシン麻薬の捜査に大いに貢献したということで、お二人とも少佐に昇進したらしい。これにはグリンメルスハウゼン子爵閣下の応援があったのだと、後でアレーナ様から聞いた。
 私たちは着実に地位を伸ばしている。いや、私などはラインハルト様のおそばに入れさえすればそれでいい。ラインハルト様の志を理解し、それを助けようとしてくれているイルーナ様たちが、ラインハルト様を支えるだけの地位についてほしいと思う。
 私たちはイゼルローン要塞から離れ、久しぶりにオーディンへ帰還した。皇帝陛下がラインハルト様の准将昇進を機に、アンネローゼ様に会うようにおっしゃったのだそうだ。思うままにアンネローゼ様に会えないことは、ラインハルト様にとっても、そして私にとっても苦痛である。けれども、今日はアレーナ様もイルーナ様も加わって5人で水入らずで過ごすことができる。
この時間がずっと続けばいいのだが。


* * * * *
 ウェストパーレ男爵夫人邸には、華やかな笑い声が響いていた。ウェストパーレ男爵夫人は所用で不在だったが、アンネローゼの頼みを聞くと「私の家をお使いなさいな。」と気前よく言って、使用人たちを遣わしてくれたのだ。
 だが、そこでくつろいでいる5人が笑っていたのは、そんな理由ではなかった。菓子作りの達人であるはずのアンネローゼが、どうしたことかパイを爆発させて、四散させ、キッチンをパイ生地の海にしてしまったのだ。
 幸い他のお菓子があったから、5人は使用人たちと一緒にキッチンを綺麗にし、その後でそれをネタに「アンネローゼ様」をからかい続けていたのである。

「もう!アレーナったら!いつまでもからかうのはよしてちょうだい。傷つくわ」

 傷ついたアンネローゼの顔がおかしいと、また爆笑である。

「だって、だって!!あ~~~おかしいっ!!!!菓子作りの天才がパ、パイを爆発させるなんて!!!ああ~~~~駄目駄目!!笑いが・・・・・っ!!!」

 アレーナ・フォン・ランディールがテーブルクロスをつかんで、笑いの発作をこらえている。その隣でイルーナまでもが口に片手を当ててこらえきれずに笑っている。本来姉がからかわれるのを見て怒るラインハルト、そしてキルヒアイスまでもがアンネローゼをからかっている。

「完璧な姉上でも失敗なさることがあるのですね。それも初歩的な失敗を」

 と、ラインハルトがからかえば、キルヒアイスまでも、

「パイが飛び散った時のアンネローゼ様のお顔を見ずに済んで、ほっといたしました」

 と言い出す始末である。キッチンで爆発四散したパイにまみれ、呆然と突っ立っていたアンネローゼを見た瞬間、4人はあっけにとられ、そして一斉に笑い出したのだった。

「ラインハルト、ジークも、いい加減にしなさい。そんなことを言っていると、もうお菓子を作ってあげませんよ」

 そう言いながらも、アンネローゼ自身がこらえきれずにおかしそうに笑うのであるから、どうしようもない。

「聞いたかキルヒアイス。そろそろ姉上のご機嫌を取らないと、もう姉上のパイを食べられないぞ」

 笑いの残る声でラインハルトがキルヒアイスに話しかける。

「ええ、そろそろ潮時ですね」

 思わず「ここはアスターテか!」と突っ込もうとしたイルーナとアレーナが慌てて自制してこらえた。

「それはそうと、3人とも昇進おめでとう。でもラインハルト、イルーナ、あなたたちはまだ30にもなっていないのに准将だなんて、早すぎはしないかしら」

 前半の祝辞ではアンネローゼがけぶるような微笑を浮かべたが、後半は一転して憂い顔になった。

「そうね、アンネローゼ、私たちは早すぎるのかもしれない。けれどそんなこと、誰が決められるのかしら」

 イルーナが言う。その横でアレーナが、

「でも、アンネローゼの言う通りよ、少しは自重しないと他のみんなに睨まれるわよ」

 アレーナとイルーナ自身、原作、そして前世などから、早すぎる出世がどんなに弊害をもたらすか、またどんなメリットをもたらすかを良くわきまえていた。それでいて対照的な二人の会話はお互いを十分理解しての事であり、その意図は目の前の金髪と赤毛の二人に幅の広い視野を持たせるためである。

「わかっています。いえ、わかっているつもりです」

 ラインハルトが言う。

「姉上、私は早く姉上を救い出したい。そのためになら早すぎると言われようと地位と実力を付けたいのです。ですが、そのために視野狭窄に陥る真似は決してしないと誓います。もしそうなったら・・・・」
「そうなったら?」

 固唾をのんで見守っているのはキルヒアイスだった。アレーナ、イルーナ、そしてアンネローゼは顔色も表情も変えない。

「そうなったら、キルヒアイスが、イルーナ姉上が、アレーナ姉上が、私をいさめてくれます」

 アンネローゼの顔が和らいだ。イルーナもアレーナも、そしてキルヒアイスもだ。それがこの場しのぎの言葉ではなく、ラインハルトの本心から吐露された言葉だということが分かったからである。

「ジーク」
「はい。アンネローゼ様」
「アレーナ、イルーナ」

 二人はアンネローゼに穏やかな端正な顔を向けた。

「今までありがとう。弟を支えてくれて。そして、これからもどうか弟を支えてやって。叱ってあげて頂戴ね」

 3人は無言で、だがしっかりとアンネローゼの瞳を見てうなずき返した。

「ところで、またぞろ出征があるって話を聞いたんだけれど、それって本当?」

 アレーナの発言に、軍属の3人は顔を見合わせ、お互いに困ったような笑みを浮かべた。アンネローゼがまた憂い顔を見せたのだ。それを見たアレーナがしまったという顔をしたのを見て、一同は笑った。

「流石はアレーナ姉上だ。いったいどこからそんな話を聞き出すのかな」

 ラインハルトが肯定の代わりにそう言った。

「フッ、私の地獄耳をなめないでよね」

 アレーナが自慢そうに言ったので、また一同は笑った。笑いがやんだところでラインハルトがキルヒアイスに視線を向ける。

「はい、その通りです。ですが、出征と言っても外部ではありません」

 不思議そうな顔をするアンネローゼにキルヒアイスが説明した。

 原作ではカストロプ反乱、そしてリップシュタット戦役が貴族反乱の代名詞として知られているが、実のところこの世界においては、反乱は皆無ではない。退廃的である銀河帝国であっても、小規模、あるいは中規模の反乱は皆無ではないのだ。

 今回反乱を起こしたのは、バーベッヒ侯爵である。元宮内尚書という肩書を持つこの老人は、退官した後、悠々自適の生活をその領内で行っていた。

 ところがである。

 彼の領有するシャンタウ星域内部一惑星で新たにレアメタルの鉱脈が、それも莫大な鉱脈が発見されたことが波紋を投じる一石となった。問題はその所有権だった。なんとその惑星はシャンタウ星域とその隣皇帝直轄領のヴァールヴェルヒ星域をちょうどまたぐようにして公転周回していたのである。
 当然争いになった。双方の調査団が調べたところ、その惑星はやや皇帝直轄星系よりに公転していることが判明したのである。これをもって皇帝側の所有権となすべきと皇帝側が述べたところ、侯爵も先代皇帝の寵愛が厚かった人だったので、簡単には皇帝側の意見には従わなかった。
 話合いのために、皇帝から代理士が派遣され、折衝に当たった。惑星自体は一応はバーベッヒ側が管理していたから、相応の補償金を受け取るか、あるいは何分の一かの利権をもらうかで穏便な決着が望まれていた。おそらく侯爵もその辺りが潮時だと思っていたのだろうが、それを裏切る事故が代理士の接待中に起きた。
 なんと、バーベッヒ侯爵と代理士が共に狩猟を部下たちと共に楽しんでいる中、代理士がバーベッヒ側からの誤射で死亡してしまったのである。

 皇帝の代理人射殺!!!

 その事実を受け止めた時、バーベッヒ侯爵は「もはやこれまでじゃあ!!!」と絶叫したということである。皇帝の代理人を殺してしまったということは、皇帝陛下を弑逆奉ったことに等しい。死刑は当然、そして一族親戚が断絶されることになるのも当然であった。
 唯一の望みは、反乱を起こし、できるだけ有利な条件で和睦し、党首のバーベッヒ侯爵の命と引き換えに、親類一同の命を救うことだった。自らは死を覚悟していたバーベッヒ侯爵は親類を救おうと自殺を思いとどまり、彼と彼の一門は私兵を結集し、領内に立てこもり、徹底抗戦の道を選んだのである。

 このことを知った時、ラインハルトは唾棄すべき相手だと、自分たちの下宿でキルヒアイスに言った。

「とんでもない奴だ。自分と一門の問題に一般平民の命を巻き込むとはな。潔く一門ともども自決して、自身の領地の民の生活を保障せよと皇帝に言い募れば、まだ気概があったと言われたものを」
「バーベッヒ侯爵ご自身はそれほど地位や金に恋々となさるお方だとは聞いていません。大方一門の中に死なせたくはない人がいたのでしょう」
「だからといってそのために数十万の民を犠牲にするか!?」

 平手で打たれたようにキルヒアイスは思わず身を引いた。自分に向けられていなくとも、それほどラインハルトの怒りはすさまじかったのである。反乱ともなれば、バーベッヒは自分と一門だけで戦うわけではない。その麾下には当然私兵がいる。そしてその私兵は民衆なのだ。その私兵には家族がいるのだ。

「キルヒアイス、俺は絶対にそんなことはしないぞ。自らの政略・戦略のために民衆を犠牲にするなど、あってはならないことだ。覚えているか?キルヒアイス」

 ラインハルトはキルヒアイスに今度は懐かしむような顔を向けた。

「俺たちが小さいころ、イルーナ姉上とアレーナ姉上に色々歴史を教わったな。その中で、民衆を犠牲にした為政者は皆惨めな最期を遂げている事実があった」
「はい」
「だが、俺はそれ以前に二人の思うところに共鳴したな。『為政者は民衆の上に立つ、だがそれは己の地位と実力がそうさせたのではない、民衆からの信頼とそれにこたうるべき責任によってだと。』その通りだ。何のために民衆がルドルフを選んだかわかるか?それは彼が停滞する銀河連邦を改革し、よりよい高みに導いてくれることを期待してだ。もっとも、それは無残に打ち砕かれたがな」
「ラインハルト様!」
「心配するな、キルヒアイス、ちゃんと盗聴は確認してある。ともかくだ、俺は今後何百万の将兵を死なせることになるかもしれないが、何百万の民衆を無為に殺すことはしない。お前の前で誓う」
「はい、ラインハルト様」

 キルヒアイスは真剣にうなずいた。これこそがラインハルトの、そして彼自身も目指すところでもある「皆が安心し、幸せに暮らせる社会」のための一歩だと信じて。


 一連の事実をキルヒアイスは正確にアンネローゼたちに説明した。

「・・・・というわけです。ラインハルト様は近々バーベッヒ侯爵討伐部隊に編入されることになります」
「お前もだぞ、キルヒアイス」

 キルヒアイスは少し困ったような笑身を浮かべた。

(軍の勤務として、いつまでも、私とラインハルト様が一緒にいられること自体、稀有なことなのだが。)
「へぇ?でも准将じゃあ、まだ討伐軍の指揮官にはなれないでしょ?誰の下に就くのかな」

 アレーナの質問に、

「そこまでは・・・・」

 そこまではラインハルトもキルヒアイスも知らない事だった。近日中にその人事が届く。そして、その人事を見てラインハルトもキルヒアイスも驚愕することになる。


 なんと、討伐軍の指揮官は、ほかならぬアレーナ・フォン・ランディールだったのだから。
 
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