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第三十二話 あるささやかな出会いです。

 ヤン・ウェンリー中佐はアレックス・キャゼルヌ大佐には昔から頭が上がらない。


 というのは、彼が士官学校の候補生時代から文字通り彼の「頭からつま先まで」をキャゼルヌは知っていたし、オルタンス嬢と結婚してからも彼やアッテンボローを自宅に呼んでよく愛妻の料理を振る舞ったり、ヤンやアッテンボローの「生活設計」の相談に乗ったこともあるのである。良い兄貴、いや、良い父親とでも言った方がいいのかもしれない。
 ちなみに、フィオーナ、ティアナ、イルーナ、そしてアレーナらはこの世界に転生して一緒になった時、原作で誰が一番お気に入りかと話し合ったことがある。
 その中で一番の家庭人で一番の相談相手にしたい人物として真っ先に上がったのが、このアレックス・キャゼルヌだった。

「私、ああいう人を先輩や相談相手に持ちたいなぁ!!」

 と、うっかりフィオーナがイルーナの前でそう言ったので、一瞬彼女の顔つきが凍り付くほど変わったほどだった。その後フィオーナが慌てて土下座せんばかりに謝罪して皆が大笑いしたことがある。

 そのキャゼルヌのオフィスで、二人して紅茶を飲んでいたのは、帝国歴484年9月2日の午後の事であった。夜通しの改革案検討会もほぼ見通しがついて、二人はようやく一息つける状態にあったのである。

「どうだ、ヤン。お前さんも少しは勤勉の習慣が身についたんじゃないか」
「冗談言わないでください。これで私はますます退役願いにサインしたくなったのですから」
「そうなると、お前さんの面倒を見てくれる人を見つける必要性がますます増すというわけだ。官舎を追い出されちまった年金暮らしのお前さんがいきつくところは、まぁ、安いアパートのごみ溜めの中だろうな。そうなる前に、エル・ファシルの英雄と生涯を共にする奥方を、俺は見つけて差し上げなくてはならないというわけだ」
「そんなわけないでしょう。私だって一人で立派にやっていけます。もう何年人生を歩んだと思っているんですか」

 キャゼルヌの指摘に抗議するようにヤンは肩をすくめ、紅茶のカップに口をつけて、アチッと唇を押さえた。

「ほらな。お前さんはえてして銀河系を見渡す広い視力を持っているが、肝心の自分のこととなると、まるっきりだ」

 反論する代わりに、ヤンは息を吐いた。

「お前さんもそろそろ大佐だ。これは一つ、お前さんにも家族という暖かみを知ってもらう必要があるな」
「私の両親はなくなりましたし、親類も遠縁の者しかいません。さすがの先輩と言えども、私の兄弟や両親を出す魔法のツボは持っていないでしょう」
「お前さんの血縁は無理かもしれないが、少なくともそれに似た者は心当たりはあるぞ」

 えっ、という顔をヤンはした。

「トラバース法を知ってるだろう?戦災孤児を里親として引き取るというやつを。実はな、俺の部下の一人がつい先だって前線の小競り合いで戦死してな、勤勉すぎるのが玉に瑕だが、得難い奴だった」

 一瞬キャゼルヌが当時のことを追憶するかのように視線を宙にさまよわせた。

「そして、その部下の忘れ形見が一人孤児になってしまっている。祖父母はいるんだが、何でもその子の母親の家系が帝国からの貴族亡命者だそうでな。対する父親の方の家系はアーレ・ハイネセンを支えた家柄の子孫なのだそうだ。そういうわけで帝国貴族の血を引く孫を引き取るのを嫌っているらしい」
「つまりは、自由惑星同盟の『名家・貴族』家というわけですか。皮肉なものですね。帝国では貴族だった家柄が、この自由惑星同盟では『平民』の家に蔑視されてしまっているなんて」
「そう皮肉を言うな。貴族と言ってもそれほど身分のある家柄ではないし、もともと当人たちの自由恋愛によるものだからな。ま、父親の方の家は最後まで反対を貫いて、しまいには一族絶縁なんて言われたらしい。そういうところに息子を返すのは、情操教育上よくないからな」

 ヤンはキャゼルヌの言わんとしていることを知って暗澹とした気分になった。

「さっき先輩は、私のことを『ごみ溜め行き』と言いましたが、いいんですか?そういう『情操教育上よくない人間。』を里親にするなんて」
「なに、お前さんは『通常の家庭生活』では欠陥があるかもしれないが、お前さんの人となりはよく知っているつもりだ。決して無抵抗な子供を虐待するような人間じゃない。俺が保証する」

 キャゼルヌは力強くうなずいて見せると、紅茶を飲んだ。別にそこを力強くうなずいてもらわんでもいいのに、と思うヤン。

「先輩に保証してもらっても、私の気がすすみません」
「そういうな、まぁ、お前さんも物は試しだと思って引き受けてみろ。気に入らなかったらすぐに連絡すればいい。こちらで別の引き取り手を考える。だが、それは会ってみてからにしてくれ」

 ふう、とヤンはと息を吐いた。

「わかりました。でも、合いそうになかったらすぐに連絡しますからね」

 1週間後、ヤン家の官舎の訪問ベルが元気よく音を立ててなった。玄関の前にパリッとしたスーツを着て、猫を抱えて立った少年が、パジャマ姿で歯ブラシを加えたままの寝ぼけ顔のヤンに元気良くあいさつした。

「僕、ユリアン・ミンツと言います。あの、ヤン大佐でいらっしゃいますか?」

 まだ中佐なんだが、とヤンは言いたかったが、面倒くさかったので、そのままにしておいた。ヤンはうんうんと二度うなずき、歯ブラシが口に入っているので、身振りで家の中に入るように促すと、洗面台に足を引きずるようにして行ってしまった。

 肩透かしを食ったような顔をしていたユリアン少年が一歩部屋の中に入ると、そこには彼の短い生涯でも未だ目撃したことのないような世界が広がっていた。テーブルの上や床を問わず、書籍や衣類が散乱しており、テーブルの隅に申し訳なさそうにデリバリーピザの箱が、半分宙に体をはみ出しておかれているし、ソファの上には、まるでこの家の主人は俺だと言わんばかりに酒瓶が列をなして、あるいはでんと寝転んで鎮座ましましている。カーテンはここ何週間も開かれていないかのように重たげにしめられているし、ごみ箱にはこれでもかというくらいにぎゅうぎゅうと雑多なものが押し込まれている。 台所に行けば食べっぱなしの皿がいくつも無造作に放り込まれている。ユリアン少年がよく見ると、それはデリバリーディナーの貸し皿だった。貸す方も貸す方だと思いながら、ユリアン少年は抱きかかえていた猫に冗談交じりに話しかけた。

「お前、僕についてきて後悔していないかい?」

 だが、ユリアン少年はいつまでも悲嘆に暮れているような蒲柳の質ではなかった。彼はそれまで培ってきた家事全般におけるスキルを最大限に発揮して、この名だたる名指揮官の家の中の「手ごわい相手」を掃討するのに躍起になったのである。そのかいあって、わずか3日後には、ヤン家のカーテンはさんさんと降り注ぐ日光と風を気持ちよさそうにその身に受けて、閃かせ、リビングには陽光がみち、ピカピカに磨かれたフローリングは輝かしい光沢を放ち、水の染み一つなく磨かれた台所からはアイリッシュ・シチューのおいしそうなにおいが漂っているという具合になっていた。

 これにはヤンも驚いたらしい。憮然とした顔になってしばらくソファに座り込んでいた。彼はどちらかと言えば乱雑な方が気分が落ち着くという人柄だったから、にわかに降ってわいたこの状況をどう受け入れるか、悩んでいたのである。

 お帰りなさい、食事にしますか?それともお風呂にしますか?と明るく言うユリアン少年に、ヤンはどう切り出していいか迷っていたが、意を決して開いた口から出た言葉は彼の意志と反する別の物だった。

「そうだな、紅茶を一杯もらえるだろうか?」

 はい、ただいまお持ちします、と明るくいうユリアン少年が姿を消し、しばらくすると馥郁と香り立つ紅茶のカップをソーサ―に乗せて、差し出した。

「おっ?」

 そう声を出したのは、ヤンらしくなかった。だが、実際そう声を出すだけの価値はあったのだ。シロン産の紅茶。銘茶として知られており、ヤン自身も何度か口にしたが、これほど芳醇な香りと味を舌に鼻にもたらしてくれる淹れ手は初めてだったのだ。

「お前、紅茶の淹れ方をどこかで教わったのかい?」
「はい。父が紅茶好きでしたので」

 ミンツ大尉がね、とヤンは口に出さずに思った。キャゼルヌから送られてきた資料を一通り読んだヤンは、この目の前に立っている明るい少年が実はどんなに苦しい生涯を過ごしてきたかを目の当たりにしていたのである。母親は早く亡くなり、厳しい父方の祖母の下で育ったユリアン少年だったが、他のいとこ達などと比べて冷遇されていたのだ。父親は軍属勤務で忙しく、ユリアン少年をかまっている暇はなかった。

 苦労したのだな、とヤンは目の前の少年に自分の幼いころの姿を重ねて見ていた。生い立ちや境遇は違うが、それでも苦労したという点では同じなのだから。

「ありがとう。それじゃ、風呂に入らせてくれ。その後にユリアン、お前の作ったアイリッシュ・シチューを食べさせてほしいな」
「はい!」

 ユリアン少年は笑顔でうなずいた。

 こうして、やや原作と時期は異なるものの、ここでヤンとユリアンという自由惑星同盟にとって、重要なキーパーソンが出会うことになったのである。

 それからほどなくして、ヤン・ウェンリーは大佐に昇進した。
 
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