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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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外伝 漆黒の修羅(終)

『邪魔だどけぇえええええいっ――――――!!!!!』

 虚空を舞う要撃級の剛腕、そしてその顔面を踏み台に黒鉄(くろがね)の巨体が舞う。
 そして、空中から突撃砲から銃弾をばら撒くと落下の勢いを乗せて突撃級へと刃を下に突き立て急落下。

 がきぃーーん!!!がごぉおおおおおおん!!!!と乾いた音と超重量の音が重なり合い、真正面の分厚い甲殻が長刀に貫通されていた。
 しかし、第一世代戦術機の超重量による落下エネルギーはそれで止まるはずもなく、突撃級を下敷きにまるでサーフィンのように山の急斜面を下っていく。

 多くの小型種を巻き込み跳ね飛ばしながら――――――。そして、衝突。

 地面を割るような巨大な衝突音、膨大な土煙がもうもうと巻き上がる。その砂塵の膜の中で機影が立ち上がる。

「……ちっ、」

 風が砂塵を払う、砂埃の尾を体に巻き付けた瑞鶴の姿が露わになった。その操縦席で忠亮は吐き捨てる―――限界ぎりぎりまで来ていた長刀は半ばでへし折れていた。

 甲斐たちが殿を務めているというのに相当な数の敵が視界に入りきらんばかり――――敵のいない空白なんぞ殆どありはしない。
 完全に戦線が瓦解している証拠だ。

「……これが生身ならば如何様にも戦えるというのにな。」

 折れた長刀を構える、瑞鶴。こうなっては通常の剣術のモーションデータはまるで役に立たない。
 生身であれば、この丈に近い刀剣……例えば鉈による戦闘術を使うなりなんなりしてどうとでも出来る。

 ――――戦術機の操縦システムの融通の利かなさに腹が立ってくる。

「まぁ、それでも使いようはあるか……」


 うそぶく忠亮、そんな彼の駆る瑞鶴の背後に影――――その影は大腕を振り上げ、瑞鶴の背面に振り下ろした。

 ぶしゃああああ――――――っ!!!
「―――-折れた刃はよく刺さるからな。」

 手の中の長刀を翻した瑞鶴が後方へと倒れるように体重をかけ折れた長刀を突き出した。吹き上がる血しぶきが瑞鶴の機体にかかり、血滴を垂らす。

 顔面を折れた長刀で貫かれ倒れる肉サソリが最後の痙攣とともに息絶える。
 折れた長刀を要撃級の死骸から引き抜く。
 そして、瑞鶴の両足が大地を蹴る。鋼鉄が疾走する、それを向かい打つは有象無象の異形。

 魑魅魍魎の軍団に恐れを超越(こえ)て突撃する。

『おおッ!!』

 突撃砲の閃光がさく裂するたびに赤い噴射が随所で吹き上がり、大地が汚血と肉片に汚れていく。
 しかし、そんなのは些細な事。意に介する必要すらないと言わんばかりに敵は歩を進めてくる。


「――――貴様らから見れば俺たちは無意味な繰り返しをしているに過ぎないんだろうな。」

 突撃砲の連射、弾幕で捌き切れず近づいてきた戦車級を折れた長刀で叩き落しながら忠亮は呟く。
 無力を自覚しているが故の諦観に似た声色、しかしその言葉の裏には正反対に無限熱量の想いが秘められている。


「精々、命を舐め腐っていろ――――この惑星(ほし)の命は、絶対に二の轍は踏まない!!」


 命が同じ命を生むことなんぞ絶対にない。
 生まれは死んでゆく命の繰り返し、だが―――それは決して同じではないのだ。
 命は円環、その象徴たる遺伝子のように円環なのだ。

 一つの輪を繰り返すごとに、僅か―――ほんの僅かでも前に進んでいるのだ。

 故に、命は完全に同じ繰り返しはしない。
 未来があれば―――人類は必ず不倶戴天の仇敵を絶滅させる、それが“生命でない”のなら尚更だ。


「――――ゆい」

 眼前には無数の敵、敵、敵、敵――――数えるのも馬鹿らしい。
 だが止まれない、止まれるわけがない。
 俺を内側から突き動かす焦燥、全力を出し切れ。否、全力以上を出し切れと俺の中の俺ではない何かが強烈に語りかけてくる。


「お前は未だ、消えるべきじゃないんだ。―――消えてほしくないんだ。」


 ―――俺は無常こそを愛している。生滅の繰り返し、一見無意味なそれこそが愛おしいのだ。そこには確かに受け継がれてゆく何かがあると信じる。
 ……それを言葉にするのなら、こう呼ぶのだろう。

 ――――――――“魂”と

「お前には、俺の魂を抱いていてほしい………だから、絶対に死なせないッ!!!」







 衝撃、砕け散る鋼鉄。そして爆散――――


『くっ……絶望的、というやつか。』

 砕け散った白き瑞鶴の破片、先ほど要塞級の衝角を受けて大破した部下の鋼。すでに軍事における全滅という規模は超過している。

『しかし、ここで引くわけには往かぬな――――第三中隊からの連絡はまだか。』
『未だ連絡は来ません!……突入した国連軍とも連絡は付きません、やはり……』

『皆まで言うな、弁えている。』

 伊上ゆいを含む第三中隊をこのトンネルに突入させてはや一時間、データリンクも機能していないこの戦場に居座り続けるのは並大抵のことではない。

『さて、分水嶺は見誤れぬが……判断する材料もない、困ったものだ!!』

 山吹の瑞鶴が大地を踏みしめ、突撃砲を斉射し先ほど部下を討った要塞級に120mmを叩き込む。
 展開した補給コンテナは残り三割以下、欠落機の少なさはもはや奇跡といって差支えがないレベルだ―――しかし、それも最早限界。

 ―――理想はトンネル内の部隊と前面に出ている部隊と合流しての一点突破。しかし、相当数の被害は免れ得ないだろう。

『―――犬死では終わらせるわけにはいかんな。』

「入口部へのS-11設置作業は?」
『はっ、完了しております。工作部隊の収納も完了―――離脱はいつでも可能です。』

 兵員輸送用のコンテナを兵装担架マウントに装着した二基のF-4。ハイヴでの物資輸送用に改修されたF-4の改修機、CF-4だ。
 戦術機の機動性を最大限活かし工兵と工具を迅速に輸送しバックアップを構築するために用いられるそれを今回は帝国軍から借り受け運用していたのだ。

『いつでも動けるように準備しておけ、機はおそらく一瞬だ。』
『はっ!!』

 部下の返事、早く戻ってこいと黄泉へと続いていそうな穴へと突入した部下を思う。
 あの漆黒の軍服を纏う青年、彼のような人間が今この時代にあるのは恐らくは時代が望んだからだ。
 ――――如何な時代であろうと、その時代の法に馴染めぬ化外は存在する。

 しかし、今の偽りに過ぎない太平の世に馴染めなかった者たちこそが、この様な地獄を終わらせることが出来るのだ。
 少なくとも、自分はそう確信している。

 だが、斯様な化外が法の側で戦うには、そちら側との繋がりが必要なのだ。
 常時、抜き身の刀身がさっさと朽ち果てるように、鞘のない化外は何も成せず、何も生まず野に朽ち果てるだけだろう。

『た、隊長・・・・・・・!!』
『―――――!』

 とぎれとぎれ、疎らな周期で更新される戦域データリンクマップの表記に変化が起きていた。
 後方の国連軍は完全に瓦解し、挟み撃ちとなっていた中韓連合を襲撃していたBETAの大群―――それが移動を開始したのだ。

 このままでは、完全に退路が断たれてしまう。

『―――くっ、ここが分水嶺か。』

 歯噛みする山吹の強化装備を纏う男。これ以上ここに固執していては全滅は免れ得ない。
 ―――決断、を下さねばならない。

『S-11のタイマーを作動させる。第二中隊と合流後、この場を急速離脱する。』
『待ってください大隊長!未だ中にはあいつ等が!!』

 部下の懇願にも似た叫び、仲間を見捨てて逃げることを割り切れないのだ。

『―――恐らく、もう生きてはいまい。』

 冷徹に、判断を下す。

『大隊長!!』
『よせ!大隊長の気持ちも考えろッ!!』

 なおも言いすがる白の瑞鶴の衛士、それを僚機の衛士が止める。
 あまり、よくない傾向だ。―――このような意思の齟齬はパフォーマンスを落とすだけではなく、勝手な行動を誘発させ部隊全体を危機に陥れる危険がある。


『武術とは熱い感情と、冷たい理性を融合・精錬させることと教えた筈だ。―――この屈辱、晴らす機会は必ず来る。故に今は飲み込むのだ……!』
『大隊長……しかし、私は』

 尚も割り切れぬ部下、彼女はまだ若い。その割り切れなさは寧ろ好ましくさえある。
 だが、尚のこと此処で死なすわけにはいかない。

『――――許せ。』

 大隊長権限で発動が可能な後催眠暗示、そのワードを発動させよいうとキーボードへと手を伸ばす。


 ………その時だった。


『―――ピーっ…ザー、ザーザッザッ……ちょう・・…大隊長ッ!!!』

 通信機からの砂嵐、そしてその中から浮き上がってくる馴染のある声。
 トンネル内に突入した部隊の一人の声だった。

『おぉ……待ちくたびれたぞッ!状況は!?』
『トンネル内にゲートが……国連軍は残存が一中隊。それと……伊上少尉がっ!』


『なに……』

 回復するデータリンク、部隊員の乗機状態が閲覧可能となる。その中に伊上ゆいの機体はあった――――しかし、コクピット部に大きなダメージを受けている。
 衛士も深い傷を負っている。

 ――――出血が酷すぎる、これでは帰還まで持たないだろう。しかし、ここで処置を行うような余裕はない。

『た、隊長――――要塞級があんなに!!』

 トンネルの入り口を陣取っている部下の緊迫した声。データリンクが不完全であるため、感知が遅れた。
 山吹の瑞鶴が視線を巡らすと大挙として押し寄せる要塞級が10体以上―――

『くそっ!腹から光線級を吐かれる前に倒せッ!!』

 続けざまに副隊長から迎撃の指示が飛ぶ―――その時だった。
 要塞級の存在を示す光点が続けざまに2つ3つと消えた。

『友軍機っ!?』
『―――あの瑞鶴は!』

 一目で分かる、ほかの機体と違い現地改修が施された瑞鶴。その挙動、もはや異次元の領域だ。
 そして、普段毛嫌いしている人間のほうが多いというのに、みな不思議と絶望を感じなくなっていく。

『おおおおおお――――ッ!!』

 裂帛の気勢を乗せた斬撃、跳躍ユニットを噴射させ突撃する瑞鶴の肩に担がれるように構えられた長刀が振り下ろれる
 要塞級の右舷と胴体の付け根へと叩き付けられる斬撃、片足とを切り離された要塞級が傾き始める。

 その一瞬―――切断された右舷を蹴飛ばして漆黒の機体が跳ぶ。
 撓りながら繰り出される要塞級の衝角の鞭。

『ふんっ!!』

 空中で身を捻る瑞鶴―――そして散る火花。
 要塞級の鞭が機体を貫通……することはなく、空中で瑞鶴のつま先に蹴り飛ばされていた。

 カウンター、120mm砲が要塞級の頭蓋にさく裂し、その甲殻を割る。

『――――未だだッ!!』

 跳躍ユニットのロケットモーターが点火、すさまじい加速と共に、長刀を構える。
 次いで、がぁあああんと甲高い音が響く。
 要塞級の脳天に長刀が突き立てられていた。それはさながら登山家が山肌に打ち込むピック、瑞鶴の機体が要塞級の顔面に張り付いていた。

『――――ッ!!』

 兵装担架(ガンマウント)が稼働、両脇からゼロ距離で120mm砲が作り上げた穴に36mmチェーンマシンガンから劣化ウランの弾丸が連射された。
 吹き上がる返り血と肉片を浴びる黒鉄の巨人は即座に死骸となり果てた要撃級の顔面を蹴り虚空を跳ぶ。

 それを見上げ、山吹の瑞鶴を駆る彼は呟いた。


『――――間に合ったか。』
 自らの女の死に目に――――





「ゆい……!返事をしろッ!!ゆい!!」

 通信機に向け声を枯らさんばかりに吐き出す。しかし、その応答はない。
 トンネルから僚機に牽引された瑞鶴はひどい有様だ。
 コックピットブロックに致命的損傷ひしゃげてまるで紙細工を押しつぶしたようだ。
 跳躍ユニットは切り離したのか存在しない。左腕の肩部ブロックもないし、右腕もひじから先が欠損している。

 そんな大破した黒い瑞鶴へと、強化外骨格を纏い跳ぶ。

「くそっ!」

 徒に時間だけが過ぎてゆく焦燥感に毒づき、強化外骨格のアームで瑞鶴のコックピットハッチをこじ開ける。

「―――っ!」

 もわん、と鼻孔を貫いた鉄の匂い。

「ゆい!!」

 それに最悪の結末を半ば確信しながら強化外骨格をその場にパージし、管制ブロック内へと飛び込む。

「あ……あぁ……」
「……やっぱり、来ちゃったんだね。やだなぁ、君に見せる最期が、こんな格好なんて。」

 力なく呟く微笑む。その顔は土色で血の気がなく、隈が浮かんでいる―――死相だ。

「お前は、何時だってきれいだ。」
「はは……嘘が、ほんと下手だね………でも、うん。嬉しい」

 ゆいへと近づく、そしてその力ない手を握る。ゆいの半身はひしゃげた管制ユニットに押しつぶされている。
 辛うじて息はまだあるが、機器をどかせば途端に大出血―――こんな場所で手術をできる設備も人員も時間もない。

 機体ごと基地まで運べばどうにかなるかもしれないが、BETAの大群を掻い潜って行くのはほぼ不可能―――何よりそれまでゆいが持たない。
 ――――詰んだ、何をどうやっても救えない。守れない。


「……ねぇ、お願いがあるんだ。」
「―――なんだ。」

 出来ないと知っていた――――
 俺ではこいつを幸せにしてやれないと知っていた。だから守ると決めた、だから戦うと決めた。
 師から教わった技術、徒労に費やした修練。

 それらを駆使して、こいつが幸せになれる過程の一石にでもなれれば意味があるんじゃないか。
 そう思っていたのに―――なのに、なのに


 俺は守れなかった。


「最期は貴方の手で終わらして―――。」
「……お前は存外に、残酷な事を言うんだな。」

「ごめんね。」

 謝るな、謝らねばならないのは俺のほうだ。俺は、お前を愛せなかった。
 お前の人生をぐちゃぐちゃにして、こんな―――こんな終わりしかないのか。

「でも、こんな事。貴方にしか頼めない。それに―――助からなくても私が生きていたら、私を捨てられないでしょ。私は、自分じゃ……もう終わらせれないから。」

 ああ、助けられないのなら……せめて安らかに。
 それが守ると決めておきながら守れなかった俺の責任で罪なのか。

「―――もう一つお願い。諦めないで、いつか……いつの日か君を救う人と絶対に出会える。それまで生きることを諦めないで。
 ……生きることも戦いなんだ、私の大好きな人は勝ちを捨てたりしないよね。」
「なかなか、難しいことを言うな。―――まぁ、頑張ってみるよ。」
「うん……」

 腕が、動く。拳銃を握っていた。
 そして、ゆいの胸の上に銃口を突き付けていた―――それが自分の意志かどうかよくわからない。
 体がまるでロボットになったように動いている。

 致命傷を負っている、それが何だ。……せめて、幕引きだけは己の手で、終わりまで奴らに奪われて堪るか。

「ありがとう忠亮……ほんとうに貴方に似合う名前。私は、まっすぐに自分と向き合う君が―――ほんとうに大好きだった。」

 忠亮、その名の意味は―――穢れなき光、心の中のまこと。
 心の誠実と信念を追及する者の名だった。

「……俺は、お前に何もしてやれなかった。」

「ううん、そんなことないよ。大切なものいっぱいもらったから。………うん、でも最期にいいかな。」
「なんだ?」

「――――」
「なんだ、そんなことで良いのか―――」












『――――――終わったか、柾。』
「大隊長……お時間頂き感謝します。」

 管制ユニットから這い出てきた青年、その強化装備は返り血でどっぷりと濡れている。
 色と温度を失った瞳のまま、彼は強化外骨格を装着すると自機へと跳ぶ。


『わかっていると思うが時間はさして無いぞ。』
「此度の報恩、私が血路を開きます。」

 強化外骨格が瑞鶴の胸部へと収まり変形、操縦席へと形態を変化させ管制ユニットとドッキングしつつコックピットハッチが閉まる。

『征木、分かっているな。あの者を意思を無下にし鬼籍にいるつもりの者などに一番槍の栄誉をやるわけないぞ。』
「ええ、それは百も承知。私は―――今無性に、奴等をぶち殺したくて堪らない……!ただそれだけなのです。」

 腸が燃えるように熱い、心臓が耳元にあるかのように拍動が煩い。
 意識が灼ける、思考が凍えつくす。一秒でも早く、一匹でも多く―――殺せ!と血流が、神経が、臓物が……体の最奥の何かから殺意が溢れてきて止まらない。

『―――分かった、ならば卿の殺意で見事、道を切り開いて見せよ。』
「承知ッ!!」

 瑞鶴の全身に鋼鉄の血管を電気が駆け巡り、跳躍ユニットが回転数を上げうたたねから目覚める。




 “――――キス、して―――”

 彼女の最期の願い、それはとても素朴なものだった。
 守れなかった女の末期の願い―――それを拒む理由なんてなかった。
 鉄の味がする別離の口づけ……それを終えた彼女は心底幸福そうに微笑んだ。胸のレスキューパッチを押す。薬液が溢れ強化装備の被膜が柔らかくなる。

 ………これで防弾仕様である強化装備でも銃弾が貫通する。

 “―――嬉しいな、まるで物語のお姫様みたい。すごく、幸せだったよ。ああ……もう、消えちゃってもいいかな――ありがとう”

 俺は引き金を引いた……乾いた銃声が耳に残る。彼女は微笑んだままだった。

 ずっと一緒にいるのだと思っていた。
 振り回し続けてしまったと罪悪感を持っていた。
 俺を理解し、救おうとしてくれた彼女がいるだけで俺がどれだけ救われていたのか。

 ――彼女に贖罪と報恩がしたかった。しなければならなかった。
 だけど、それはもう何もできない。永遠に叶わない。
 一人勝手に満足して逝ってしまった。俺は気の利いた言葉一つかけてやれなかったのに。

 まだ、温かった彼女はもう何もしゃべってはくれない。
 ああ……俺はこの感触を忘れることは出来ない。このすべてが黒く塗りつぶされるような感覚を俺は一生を超えても忘れることは出来ないだろう。

 だが、何故だろう………既知感、遠い遠いどこかで同じ感覚を覚えたような気がする。


『おい!柾なんでアイツを殺したんだ!!連れていけば助かったかもしれないだろ!!!』

 通信機から怒声が飛んでくる。喧しい、貴様に何が分かる。

『あいつはお前の女じゃなかったのか!!』

 だからだよ、あいつの最期が俺以外の要因であってたまるか。BETAに殺された、なんて不純物を俺たちの間には入れたくなかったんだ。
 どうせ、死ぬのなら最期は俺の手で―――ああ、そうだった。あいつを殺したのは俺なんだ。

 アイツの最期まで、あんな塵屑共に奪われて堪るか。

『おい!なんとか―――――』
(さえず)るな、お前から殺すぞ……!!」

『―――――!!』

 隠しても隠し切れぬ憤激、それを滲ませた声に含まれた超ド級の殺意―――それも相手を個と認識しての殺意ではない。羽虫を払う程度の関心での殺意だ。
 それを感じ取ったのか息をのみ、言葉を詰まらせた。


「己とアイツの関係を貴様如きの物差しで測るな。」

 これ以上告げる言葉なし、と最後に言い捨てた。

『……偉そうに、足手まといを切り捨てただけだろうが。てめぇが生き残るためによッ!』

『そこまでだ、アイツの気持ちも察してやるのだ。そういうところで男の度量というものが図られるのだぞ。』
『大隊長こいつはそんな真っ当な感性なんて持っちゃあいない!!』

 発花中佐の制止すら聞かずなお噛みつく、ああ、まったくもって五月蠅い男だ。
 だが、今はこんな部外者にかかずらっている暇はない――――

 血まみれた漆黒の体躯、その様相は衛士も機体も同じであるというのはなんと皮肉な事だろうか。
 其の、二組の瞳に同時に光が宿る。

「―――システム・オールグリーン……往くぞ。」

 瑞鶴の人工の心臓であるオイルポンプやジェットエンジンの駆動音を重く響かせながら瑞鶴の黒鉄の巨躯が大地を踏みしめゆっくり立ち上がる。

「さようなら……おやすみ、ゆい。」

 別離の言葉を呟き、黒鉄の瑞鶴が墓標と化した漆黒の瑞鶴に背を向け、その場を後にした。
 ―――約10分後の出来事であった、S-11による強烈な爆発がトンネルを吹き飛ばし崩落させたのは。








「―――-」

 陣地に戻り機体を降りた己はただ一人、空のコンテナに腰かけて作業の喧騒を意識から外しただ地面を眺めていた。
 その理由はゆいを失ったことに加え、発花大隊長に本土への帰国を命じられたことにある。

 何だろう、この無力感は空虚感は……ひどい既知感を覚える。

「君も生き残っていたか……良かったよ。」
「甲斐……」

 降りかかる声に顔を上げる。見慣れた白の強化装備を纏う戦友の姿があった。

「彼女の事は……残念、だったな。」
「ふふふ……ククク……残念、そうか残念か。」

「柾……?」

 大切なものを失い、その無力感に心身に多大な傷を負ったのか、乾いた笑いを零す。無様、なんと無様……こんな様だから、大隊長に暇を出されるのだ。

「アイツは、最期笑っていたよ。本当に幸福そうにな―――――俺に撃たれて死んだ。俺が殺したんだ!!」
「………」

 痛ましい物を見るかのように甲斐が目を細めた。
 生きていれば、生きてさえいれば―――いくらでも可能性が、未来があったのに!!あんなちっぽけな、物語にありそうな陳腐な幸福に満足して死んでしまった!!

 あれほど俺の終わりを邪魔した奴が先に……(ゆい)が、満足して死んだことが何より許せない!!
 そして、それを許してしまった自分自身がさらに許せない!!!
「俺には足らなかったんだ、強さへの渇望が、弱さへの絶望が。そうだ、足りるはずが無いんだ!!
 守りたいモノの無かった俺如きが!!負けられない戦いをしていなかった俺が!!!本当の強さなんて手に入れられる訳なかったんだ!!!!」

 その慟哭に一瞬、何事かと周囲を忙しく駆けていた整備士たちの視線が集まった。しかし、激戦をくぐり抜けた衛士にはよくあることなので、じきに興味をなくし自分の作業へと戻る。

「――――甲斐、俺は雑魚だったんだ。技量ではない、心が純粋に弱かった!!守りたいモノも無かったのに戦場に立ったから無用な死を生み出してしまった!!!」
「……そんなことは無いと思うけど。」

「いや、俺は逃げていたんだ。守りたいと思えるものが何も見つけられなかったから諦めた。尤もらしい理由をつけて死に、戦いに逃げていたんだ!!!
 アイツに誓う―――俺は、己はもう逃げない!!!」

 生半可な気持ちで戦いに挑めば自分だけではなく、周囲を危険に巻き込んでしまう。これはその結果なのだ。
 万事、因果応報。自らの行動の結果は自らに返ってくる―――それが嫌ならばもっと、もっと圧倒的な力と覚悟が必要だ。

 ならば、先ずはアイツが気づかせてくれた弱さに立ち向かわねばならない。

「守りたいモノが見つからない、それが何だ。そうだ、何時の日か守りたいと思えるものを守れるように――――己はそう思って剣を執ったはずだ!」

 初心を忘れていた。
 そして、それこそアイツが愛してくれた柾 忠亮ではないのか!!

「……君は強いね。」
(おれ)は強くなんぞない。―――たった一人の女さえ守れない。その無力の証明をまじまじと見せ付けられたんだ。
 貴様の無様さに縊り殺したくなる、腸が煮えくり返るどころじゃない……!」

 拳は固くなっていた。余りに強く握りしめていたために骨格が軋みをあげる。
 強ければ生き、弱ければ死ぬ。弱肉強食、それがこの世の摂理。生き残りたければ、失いたくなければ強くなければならない。

 分かっていたはずなのに―――甘かった。真剣さが足りなかった。
 他人から見ていてどう、など関係ない。
 結果を残せなかった、それが運命だとしたら己には運命を覆せるだけの力が無かったからだ。

 ―――ならば強くなればいい。運命すら打倒できる強さがあればいい。

「-――強さというのは単に力の強弱を示すものじゃないと僕は思う。たぶん、最初に気付けるかどうか、そしてその次に動けるかどうか。
 そこで強者と弱者は分かれると思うよ、君は気付ける人間で、そして動く人間だ。……ならば、もっと強くなれるはずだ。」

「―――そうだといいな。」

 真実の正義、それが何かは分からない。きっと一生分かることは無いのだろう。
 だが、自分が正しいと思える闘いを行うに足る理由にきっといつの日か出会えるのだろう普段なら、こんなあやふやな希望に縋ることは無い。
 だけど……彼女が最期に言ってくれた。何時の日か出会えると。

 なら、俺はそれを信じて突き進むのみ。その時後悔しないように己は弱い俺と決別する。

 やがて訪れるその時まで――己は一つでも多くの希望をすくい上げる機械に徹しよう。己の正義の無い己はその正義に沿うことしか出来ない。
 それが生き地獄だと理解はしている……きっと、その日々は己に安らぎを与えてはくれないだろう。幾つもの功罪を残すことになるだろう。

 だが、それでも明けない夜は無い。何時の日か、きっとその日々は終わる日が来る。
 ――――ならば、その日までは……この身は修羅となろう。

 彼女の願い………己は勝たねばならない。己は心を剣として、この人生という闘いを完遂する……!!

 だが―――その前に、けじめを付けなくてはならない。


「甲斐、聞いているかもしれんが俺は本国に…日本に戻る。生きていればまた、逢おう」
「ああ、死ぬなよ戦友。」

「お前こそな、戦友。」

 白と黒の衛士は別れを告げる。何時の日か戦場で轡を並べることがあれば、と残して。
 そして、これを機に青年は修羅へと変わり、その日々の中で己を研磨してゆく。

 それが研磨という磨り減らす行為であることは彼自身も分かっていながら―――ただ一つの希望と誓いを胸に修羅道を疾走するしかなかったのだった。
 
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