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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第4夜 罪人

 
 契約の日に「しばし待て」と言われ。

 契約後も「しばし待て」と言われ。

 試験当日の朝も「しばし待て」と言われた。

 しかし、流石にもう「しばし待て」とは言われないだろう。なにせ、既に待つ時間がないのだから。

「レトリック準法師、こちらに来い。お前が待ち焦がれた愛しのパートナーに会わせてやろう」
「ありがとうございます」

 ローレンツ大法師の演説染みた激を飛ばされてすぐ、試験担当の教導師がトレックに声をかけた。
 本音では「やっとかよ」とか「遅すぎる」とか、或いは「これ以上待ったら試験受けられない」と愚痴を漏らしたい気分だったが、ここはぐっと堪える。無駄に心象を悪くするより今直ぐ(くだん)のパートナーと今回の試験について打ち合わせをしなければならないからだ。

 教導師はトレックを連れ、現場の馬車置き場に到着した複数の大型馬車のうちの、最も小さなものの前に連れてくる。あまり見覚えのないタイプの馬車だ。平均的なものに比べて飾り気が少なく、どこか重厚な印象を受ける。

(そこはかとなく、嫌な予感……)

 教導師が鍵を片手に馬車後方に回る中、トレックはずっと移動中に隣の生徒から聞いた単語が離れないでいた。――『人喰いドーラット』だ。資料によればそれが自分がコンビを組む相手であり、関わらないことをおすすめされた人物でもある。

 そんな恐ろしい二つ名のある人間と自分が組むという事実も肩を重くさせるが、同時にトレックはサンテリア機関側がこちらにドーラット氏の情報開示をギリギリまでしなかった理由を少しだけ理解した。要するに、評判が悪いと分かったらこっちが断固として奨めを断る可能性があったからだ。

(しかし、この馬車の中にいるのか?ローレンツ大法師の説明を聞かせもせずに?………絶対おかしい。そもそも唯の危険人物なら試験参加資格がなくなる筈だし、逆に危険な訳でなければ普通の生徒と一緒にさっきの説明に参加してたはずだ)

 状況からしてこの馬車に乗っているのは一人だけだろう。つまり、態々一人だけ別に移送し、今もこうして閉じ込められていなければならない事情があることになる。そこまで特別扱いしなければいけない呪法師などいるだろうか。

 しばし考えた後、ひとつの可能性に思い至ったトレックは馬車の側面を見る。
 トレックの想像通りならば、そこに見覚えのあるエムブレムが刻まれている筈だ。それはどちらかと言えば当たって欲しくはない想像なのだが、残念なことにトレックは予想通りのものを見つけた。

 扇のように翼を広げた一羽の鳥。その頭部はまるで羽がないかのように曲線で描かれている。

(禿鷹のエムブレム……やっぱりこれ、司法機関『断罪の鷹』の護送車じゃないか……!!)

 呪法教会には複数の機関が存在するが、あくまで教区機関の体制を取っているサンテリア機関以外――つまり教会の内部機関は全てが動物のエムブレムを掲げている。そして、禿鷹のエムブレムは罪人の護送、裁判、及び有罪判決者の管理を担当する『断罪の鷹』の掲げるそれだ。

「――レトリック準法師、来い」
「……分かりました」

 馬車の後方から掛かった声に、トレックは拳を握りしめながら答えた。

 トレックが来たことを確認した教導師は、鉄枠でがっちりと固められた馬車の扉をゆっくりと開ける。ギギギギ、と鉄の擦れる音をたてて開かれた馬車内には、更にもう一つ固く閉ざされた牢のような扉が設けられている。

「『断罪の鷹』の所有する馬車とは皆こんな物なのですか?………まるで罪人を運ぶ護送車のようですね。いや……あるいは俺のパートナーは本物の罪人ってことですか」
「………何の事かな?」
「ギルティーネ・ドーラット………なんでも『鉄の都』では『人喰いドーラット』と呼ばれているとか?」
「……………まぁ、一先ずは中に入りたまえ」

 教導師の男は一瞬だけ目を細め、馬車の中へとトレックを誘った。
 内部にある腰掛けにトレックを座らせた教導師は反対側の腰掛に背中を任せ、改めてこちらを見た。

「まずは少々驚いた、と言っておこう。こちらからは一切情報を明かさなかったにも関わらずそこまで知っているとはね。案外、独自の情報網でも持っているのかな?」

 つまり、こちらが何も知らなければ完全に騙して丸め込む気だったのか――そう内心で毒づきながら、トレックは敢えて感情を殺し、素っ気ない返事を返す。今度は適当に誤魔化されるわけにはいかない。

「………しがない学生の噂話も馬鹿には出来ない、それだけです」
「『鉄の都』と『朱月の都』は余りにも距離が離れている。こちらとしたことが、現実の距離は情報の距離とタカを括りすぎたようだ」

 どこか感心したような声をあげる教導師に、トレックは内心で歯噛みした。

 これ以上下手な嘘を突かれるのは我慢ならないために、トレックは敢えて知った風な口をきいた。実際にはまだ断片的な情報と推測を組み合わせただけの情報だが、向こうは一応こちらが多くを知っているのだと騙されてくれたらしい。今度は相手一人、会話のペースを握って上手く言葉を選べば、今度こそ情報を得られる筈だ。

「しかし機関も思い切ったことをする。呪法師の『取引』に関する話は制度として勉強しましたが、まさか学生の内にこんなにも直接的に関わるとは思いませんでしたよ」
「特例なのだよ。この奥にいる彼女はな……我々としても判断に困ったが、一応は害なしと判断せざるを得なかった」

 カマかけで情報を引きずり出す。トレックは『断罪の鷹』のエムブレムを掲げた馬車の中に相手がいる事から、「相手は司法取引の類で表に出る許可を得た罪人である」と推測したが、現状ではまだハッキリとした事情が掴めない。
 あちらは顔色からしてそれほど急いでる訳ではないようだ。ならば婉曲に、まだ探りを入れられそうだ。

「害なし、ですか……どうもこちらの噂とは事情が少し違うらしいですね。所詮噂は噂ですか」
「それはそうだろう。流石に人間の生き胆を貪り喰らったのなら問答無用で牢獄行きだよ」
「………ッ!!」

 今、とんでもない情報が零れ出た。

(ちょ、ちょっと待って……『人喰い』って比喩的な意味じゃなくて食人文化(カニバリズム)的な意味かよッ!?そんな話聞いてたら確かに断固話を断るわッ!!)

 危うく表情が崩れそうになったのを必死で堪えながら、自分自身に落ち着くよう促す。
 噂通りではないと教導師は言った。つまり、別に本当に人間の生き胆を貪ったという訳ではないのだろう。相手に不審がられる前に、どうにか情報を聞き出す。

「……それで、上の扱いはどうなってるんですか?」
「ああ、随分苦心していたよ。何せ――喰われた相手は別の要因でほぼ即死状態だったからな。生きているならともかく、死体の場合は罪に問いにくい。目撃者の中にはショックで心的外傷を負って使い物にならなくなったのもいるし……」
「―――………」

 トレックの頭の中で、四つん這いになりながら自分の腹を切り開いて小腸を咥える恐ろしい化物のような女のイメージが浮かび上がる。……今、自分の表情筋が盛大に引き攣らせずにポーカーフェイスを維持しているという奇跡をトレックは自覚した。

 非常に認めたくない現実が見えてきた。
 どうやらおおよその予想通り、トレックはこれから凄まじいまでの訳あり呪法師と組まされるらしい。ギルディーネ・ドーラットの情報をトレックに伝えなかったのは、知れば絶対にこの話に乗ってこないからだ。当然だろう、人間を喰った女と誰が好き好んでタッグなど組みたがるだろうか。

「噂を信じ込んだ連中が彼女に手を出しては返り討ちに遭って余計に怪我人が増えるものだから本当に困ったよ。結局は彼女を拘束するために元老院で『過剰防衛』という罪を法で作ってもらい拘束する形で『保護』する事態にまでなった」
「保護の方が本音ですか」
「当然だ。それに、彼女も呪法師であり続ける事を望んでいるようだしな」

 トレックの頭の中で、自分に馬乗りになって血が滴る拳で殴りつけてくる鬼の如き女のイメージを思い浮かべた。トレックは、あの時に怪しいと思ってパートナーの話を断っておけばよかったと心底後悔し、ちょっぴり泣きそうになった。

 しかし――逆を言えば相手は恐らく呪法師として崖っぷちで、この試験には是が非でも合格したいと考えている筈だ。最初にこの話が持ち上がった時、「タイミング」というワードがあったということは、向こうにも差し迫った事情のようなものが存在すると考えるべきだろう。

 何の事はない、相手もパートナーを選んでいられる余裕がないのだ。だとしたら、最低でもこの試験の間は協力して物事に当たれるかもしれない。それに、司法取引の類を持ちかけられるという事は、それだけ教会にとって手放しがたい能力を持っているとも考えられる。

 散々な情報ばかりだったが、僅かながら光明が見えてきた。
 今はなるだけ深入りはせず、無難な疑問だけ消化するべきか。

「………それで、今になってどうして俺とタッグを組むなんて話になったんです?」
「能力は十二分。生活態度も基本的には問題ない。指示にもある程度は従順だ。しかし……君も知っての事とは思うが、彼女の『欠落』は余りにも大きすぎる。身分も身分だし、このまま埋没させるわけにはいかなかった……そこで上がったのが君の名前だ」

 全然無難ではないワードが二つほど飛び出したが、もう思考は後に回す。本人に聞けば分かることだ。

「自覚はないかもしれないが、君は特殊すぎるのだよ。どんな『欠落』を持つ誰であっても状況に適応し、柔軟に物事を運ぼうとする。人間の心の相性を形に表すとしたら、君は粘土のようにどんな形にも張り付き、決して反発しない」
「………その分気味悪がられていますがね」
「そう自分を卑下するな。君なら誰も埋められなかった彼女の『欠落』を埋められる……そう判断されたのだ。めでたいことだろう」

 愉快そうに微笑んだ教導師は、鍵束をトレックに手渡して護送車の奥を指さした。

「私が関わるのはここまでだ。これより君は彼女の『管理』を全面的に任されることとなる。この馬車の鍵、内部の牢屋の鍵、彼女自身にかけられた複数の錠、全てその鍵束に対応している。余程変な事や下品なことを要求しない限りは君の指示に従うから、しっかり手綱を握りたまえ」
「えっ――」
「では、所定の時間に遅れないように行動する事だ」

 軽くトレックの背中を叩いた教導師はそそくさと馬車を後にし――その場には、知ったかぶりをした結果余計に現状が分からなくなったトレックと、鍵の束だけが残された。

 ――知った被った俺が悪いとは思いますけど……管理って何すか。
  
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