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黒衣の男

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4部分:第四章


第四章

「フーバーでしたっけ。半世紀は長官やっていましたよね」
「そう、その男です」
「その男こそは」
 フーバー本人が聞いたら思わず頭と腰が逆さまになってします、そこまでいった言葉になってしまっていた。
「アメリカ合衆国の影の権力者」
「全ての黒幕」
 実際にフーバーという男が権勢を誇ったのは事実である。半世紀の間FBIの長官として君臨し歴代大統領の弱みを握っている為大統領も彼を辞めさせることができなかったのだ。こうした怪物を思わせるような人物は時折歴史に登場したりするものである。
「その彼がはじめたことでもあるのです」
「CIAだけでなくですか」
「その通りです」
「だから恐ろしいのです」
 脳内補完した話が続けられていく。
「アメリカで恐怖の存在と恐れられてきた彼が進めてきたこと」
「だからこそ」
 なおフーバーは一九七二年に死んでいる。言うまでもなく彼等が生まれる遥か以前だ。FBIの中にも彼を知る者はもう殆どいない。
「恐ろしいのです」
「私達の様な人間を次々と狙っていっているのです」
「そうだったのですか」 
 司会者は信じているような顔をしたいがどうしてもそれができないでいる非常に苦しい顔になって二人に対して言葉を返していた。
「それで御二人は狙われているのですね」
「その通りです」
「もう十年以上も」
 つまり十年も信じ込んでいるのである。
「ですがです」
「それでもです」
 しかもここでまた言う。
「何かありますか?」
「あります」
「今こそ言いましょう」
 司会者に応える形でまた発言した。
「私達は負けません!」
「降伏もしません!」
 テレビカメラを前にして叫ぶ。
「私達は何があろうとも!」
「彼等の弾圧にも妨害にも屈しません!」
 何時しか崇高な目的の為に戦う戦士になっていたのであった。あくまで自分達を邪魔して狙っている存在がいると思っているのだった。
「例え彼等が国家権力を駆使しようとも!」
「謎の委員会が後ろにいようとも!」
 陰謀論まで出て来た。元々黒衣の男という存在が陰謀論から生まれたことであるからこれに至るのは至極当然であると言えた。
「屈することはありません!」
「必ずや彼等にうち勝ってみせます!」
「おお、それは素晴らしい」
 司会者はその熱意だけは認めた。それだけは。
「ではこれからも頑張って下さい」
「はい!そしてUFOと宇宙人の謎を解き明かしてみせます!」
「絶対に!」
「有り難うございました!」
 ここで番組は終わった。まずは視聴率もよく番組としては成功なのだった。ネットでも新たな人材が生まれ出たとして話題になっていた。
『世紀の奇人誕生!』
『今度は二人だ!』
『ミステルヤオイの後継者!』
『キバヤシ二世!』
 こんな煽り文句があちこちのサイトやブログで乱舞した。つまり彼等もその主張もそうした類のものだと思われたのである。
 ところが彼等は。全くそうは思わないのだった。
「やったな」
「ああ」
 打ち合わせの喫茶店で。顔を見合わせてこの前のテレビのことを振り返りついでに打ち合わせをしていた。
「俺達の主張が伝わったぞ」
「皆わかってくれたんだ」
 川口も洲崎も互いの顔を見合って熱い言葉を出していた。
「黒衣の男はいる」
「そして俺達を狙っている」
 このことは彼等にとって絶対だったのだ。
「しかし俺達は負けない」
「何があろうとも」
 次に固い決意を誓い合う。
「UFOの、宇宙人の謎を解き明かすぞ」
「黒衣の男が何だ」
「あんな奴等に俺達の目的を邪魔させはしないぞ」
「例え何をしてこようとも」
 なお二人は街の喫茶店のど真ん中で話をしている。店員も客もどん引きしているが当然ながらそんなことは全く目にも耳にも入っていないのであった。
「負けはしないぞ」
「最後に勝つのは俺達だ」 
 完全に勝ち負けで考えていた。
「今度書く本はだ」
「ああ」
 今度は本の話になっていた。二人はUFO研究家でありその収入は印税と自分達のサイトやブログでのアフィリエイトとなっている。とりあえず食べるのには駒ってはいない。
「アメリカに不時着したあれだ」
「リトルグレイだな」
「そう、あれだ」
 あまりにも有名な宇宙人である。
「あれの秘密を徹底解剖していこう」
「そうだな。思えばだ」
 二人は完全に自分達の世界に入り込んでいた。本当に完全に周りは見えていなかったのであった。誰がいるのかさえ気付いてはいなかった。
「不思議な話だ。あそこに宇宙人が降り立った」
「ああ」
「そこに住んでいた人間はどうなった?」
 川口は真顔で洲崎に問う。
「近辺には家があった筈だな」
「どうもあの事件の後口封じをされたうえで強制的に移住させられたらしいな」
 洲崎はこう答えた。
「どうやらな」
「移住か」
「そういうことになっている」
 こう言ってしまえば何とでも解釈できるのであった。言葉は実に使い方によって様々な解釈ができる。
「しかしだ。彼等がそうなっても」
「わかっている。俺達は別だ」
 川口は洲崎の言葉に固い決意で頷くだけだった。
「何があろうとも俺達は敗れはしない」
「決して。そうだな!」
「ああ、莫逆の友よ!」
「何処までも戦うのだ!」
 またしても決意を確かめ合う。二人の周りにいる客達も店員さん達も皆唖然とするだけだ。その彼等は気付いていなかった。そこにその黒衣の男はいないということを。果たして黒衣の男が何者か、二人に対してどう思っているのか、そして本当にいるのかどうかは誰にもわからない。しかし一つだけ確かなことが言える。彼等は十年以上もこれだけ騒いでいても誰も捕まえたりしていないということだ。二人だけが気付いていないことであった。


黒衣の男   完


                 2008・8・13
 
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