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北京の怪物

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2部分:第二章


第二章

 いるのかいないのか、それ以上にどんな化け物なのか見てみたい、彼は話を聞くに従ってこう考えるようになった。そしてそれが我慢できなくなってきていたのだ。
 普段は自制心のある方の彼であるが今回は好奇心の方が勝ってしまった。こうなってはもうどうしようもない。彼は実際にその化け物を見てみることにしたのだった。
「見るのは簡単だな」
 それについては何の問題もなかった。
「夜中にゴミを捨てるだけだから」
 噂によればそれだけである。しかし問題はその化け物が出てからだ。彼にしろ本当に化け物に食べられるつもりはない。それについても考えるのだった。
「まずは、だ」
 道教の御札を買った。続いて仏教の御札も。それだけでは飽き足らず何かの本で読んだ大蒜に十字架も買った。これは吸血鬼への対処だがそれでも買ったのだった。
「これでいいな」
「宗教に凝ってるのか?」
 そんな彼を見て大学の友人達は変に思った。共産主義国家という建前なのにこんなに宗教に凝って大丈夫かと言いたかったのだ。
「あまりそういうことは」
「ああ、違うさ」
 それについては笑って否定する。
「単なる魔除けだから」
「魔除け!?」
「御前の家狐でも出るのか!?」
 彼等は魔除けと聞いて今度はこう問うた。中国では昔から狐の話が多い。特に家に住み込んで怪異を為す話が多い。共産主義とはいえこうしたものを根絶できるわけではないので今もこうした話はある。だからこそ話に出したのである。
「いや、幸いそれは」
「わからないな」
「だったらどうして」
「まあそれに近いものを見に行くつもりだから」
 また笑顔で述べるのだった。
「これで銀の十字架を溶かした弾丸でもあれば完璧なんだけれどね」
「おいおい、それは」
「向こうの話だろ」
 友人達は呆れながら建国に言った。彼等もそれが何かは知っている。
「ここは中国だぜ」
「狼男は・・・・・・いたか」
 実は中国にも狼が人になる話はある。この国では虎が人になったり人が虎になる話が多いのだが狼が人になる話も存在してはいるのだ。もっともその性質は欧州の狼男とは幾分異なっているが。当然銀の弾丸が弱点でもない。彼等はそれも知っていた。
「いるけれどそれは」
「ここでは意味がないと思うぞ」
「そうか。じゃあ木の杭も要らないな」
「それ持っていたら捕まるぞ」
「止めておけ」
 友人達はそれは止めた。
「警官に何言われるか」
「洒落にならないぞ」
「わかった。じゃあそれは止めておくよ」
「当然だ」
「それにしても」
 ここで友人達はあらためて建国に対して問うのだった。彼もあまりもの妙な雰囲気に問わずにはいられなかったのである。
「一体どうしたんだ」
「こんなに急に色々と集めて」
「怪物を見に行くんだ」
 彼がにこりと笑って友人達に答えた。
「怪物!?」
「ひょっとしてそれって」
「そのそれさ。夜に出て来るっていう」
 彼はその笑みでまた友人達に答えてみせた。
「本当かどうか見ておきたくてね」
「ああ、あれか」
「何か最近言われてるな」
 友人達もゴミを捨てると出て来て頭から食べてしまう化け物の話は聞いていた。それでその点については納得して頷くことができた。
「それが本当か見たいんだな」
「そうだよ。別にいいだろう?」
「何があっても知らないぞ」
 友人の一人が怪訝な顔で言ってきた。
「本当に出たら」
「出るかね、本当に」
 もう一人の友人がその友人に尋ねる。彼は言葉を返してきた。
「出るからそんな話になるんじゃないのか?」
「けれどそれは噂だろう?」
「それが噂かどうか確かめたいんだよ」
 建国はここでその友人達に述べるのだった。
「本当なのかどうかね。噂なのかも」
「そうなのか」
「じゃあ頭から食べられてもいいんだな」
「そうならないようにする為に色々集めているんだよ」
 その事情も彼等に話す。彼とてそれで命を落とすつもりは全くなかったからだ。
「わかったね。じゃあ今夜にでも」
「やるのか」
「やるさ。吉報を待っててくれよ」
「生きていたらな」
「頑張れよ」
 友人達はこう彼にエールを送った。エールを送るだけしかできなかったがこうした話ではそれが精一杯であった。何はともあれ建国は真夜中の北京の街中にいた。様々な宗教の装備で武装している。その格好は一言で言うと異様であった。
「何かのファッションか?」
「パフォーマンスじゃないの?」
 真夜中でも一千万の大都市北京には人はそれなりにいる。彼等は擦れ違う度に建国の今の格好を見て顔を顰めさせていた。御札に十字架に大蒜を山程持ち服のあちこちにお経やら何やら書いた彼の格好は確かに異様そのものであった。
 しかし彼はそれについては全く平気であった。むしろ別のものを気にしていた。
 
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