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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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御使いのいる家 ぱ~と4

 
前書き
ミツルの住む街の住民をちょこっとだけ紹介する回。

5/8 ちょい修正 

 
 
 哀しみ。

 それは人が人であるが故に、生きているが故に、ずっと抱え込まなければいけない心。

 しかし、サクリファイは最近までこの哀しみを絶対的な感情として生きてきた。

 哀しみは誰しもが心に抱えているものだ。確かにそれは感じる当人にとっては絶対的な物なのかもしれない。しかし、生きとし生ける物には生きて前へ進む義務があるのであり、サクリファイの哀しみはそれを真っ向から否定するものだった。
 今あるものを失いたくない。永遠に残したい。前に進んで更なる哀しみを味わいたくない。一つ一つ積み重なる哀しみはやがて我儘と遜色ない位まで堕落し、思い知らされる。

 命の輝きを失った自分たちこそが間違っていたという、哀しみ。

 「悲しみの乙女」ハマリエル――いや、セツコの悲しみは、痛みや傷を抱えながら前へ進もうとする健気な強さがあった。ある意味、彼女の在り方は「いがみ合う双子」以上に人間的で、他のどのスフィア・リアクターより気高いものと言えるだろう。「いがみ合う双子」は誰の心にもある葛藤や二律背反、勇気を根源としているが、「悲しみの乙女」は抗いようもない大きな絶望の中から自力で這い上がらなければならない苦難の道だ。

 ある少年が、「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」と言った。それに対して別の少年は「いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植える」と答えた。今になって思えば、この言葉こそが御使いとZ-Blueの戦いの本質をよく表している。
 御使いがいくら命や真化の花を刈り取ろうとも、人類は決して存在することを――「ここにいる」ことを諦めない。それが生きるという事であり、無明の暗闇を照らす希望の灯となことを知っているからだ。

「消滅しようとする力より、存在しようとする力の方が強いとは言いません。しかし、存在する力はそれだけの可能性を秘めた存在なのです」
「そんな……だって私は宇宙の存続のために可能性を刈り取っていたのですよ!?その可能性を生み出す土壌を滅ぼさぬようにずっとずっと……!!」
「貴方の哀しみが今の私には分かります、カリ・ユガさん………しかし、それを越えられるのが人類なのです。私たちは真化の果てに……そして貴方は可能性の集約の果てに人類に斃された。それがこの宇宙の出した答えなのです……!貴方は泣いてもいい。哀しんでもいいのです……」
「サクリファイさん!サクリファイさぁん……!!う、うええええええええええええん!!エンドオブリバース怖かったよぉぉぉぉぉ~~~~ッ!!!」

 手に持っていたチューハイのジョッキを投げ出したカリ・ユガさんは大粒の涙を流しながら私に抱き着いてきました。

 現在、私ははよかれと思ってミツルの財布から失敬した1万円札を元手に彼女と「イザカヤ」という場所に来ています。普段は外に出たくないのですが、外から深い「哀しみ」を感じたので出てみると、そこには彼女――カリ・ユガさんがいたのです。お腹も空いているようだったので食事を取りつつ事情を聞いた結果、こんな感じになりました。

 可哀想に、こんなに震えて……どうやらドクトリンとテンプティ以上に怖い目に遭ってこの世界に流れ着いたようです。そんな彼女の哀しみを受け入れてあげるのもまた、御使いとしての新たな役目………役目、なのでしょうけど。

「ごふっ……ちょ、ユガさ、苦し……っ!?」
「うええええ~~~~~ん!!必殺仕○人の可能性なんてこの世から無くなっちゃえばいいのにぃぃぃぃ~~~~~!!」
「死゛、ぬ゛、ぅ……!?」

 身長2mオーバーを誇る超ビッグボディのカリ・ユガさんの体躯から繰り出されるハグの威力は想像を絶するほど凄まじく、私は自分の意識が次第に遠ざかっていくのを感じるのでした……。

 ――カリ・ユガ・ブリーカー!!死ねぇ!!

 意識が途切れる刹那、私は火の文明を生きた白いガンダムのパイロットの声を聞いた気がしました。



 住民ナンバー01,「カリ・ユガ」

 アンチスパイラル的な理論の下、宇宙崩壊を防ぐために膨れ上がりすぎた可能性を混沌に戻して世界をやり直していた存在。簡単に言えば宇宙存続のための安全装置(フェイルセイフ)で恐らくはガンエデンのような人造神と思われるが、本人は自分の事を女神だと信じて疑わない。
 設定を鑑みると「因果地平の彼方で眠る巨人」と同等の能力を持っていそうなのだが、集約に集約を重ねてとうとう死者の魂までも乗せた「命の輝き」に敗れ、気が付いたらこの世界にいた。その時のトラウマで必殺仕○人のテーマを聞くと無条件で震えが止まらなくなる。ついでにニャルラトホテプに異様な不快感を示しているようだ。

 身長2mオーバーという女性としても人としても破格の身長を誇る絶世の糸目美女で、普段は羽や白蛇、残り6本の腕を異次元に格納して完全に人型をしている。行く当てがなくて彷徨っている所をサクリファイに発見され、現在は彼女を姉のように慕っている。
 なお、後日彼女はミツルの部屋の隣に引っ越してきた。一体どこでお金や戸籍を手に入れたのかは謎である。



 = =



「………という女が隣の家に転がり込んできたのだ。どう思う、我が盟友クリティックよ」
「ふむ……元『知の記録者』としては興味深い話ではあるな、同志ドクトリン」

 蒸留酒の注がれたグラスを弄びながら、批評家クリティックは考える。
 アルティメット・クロスと呼ばれる舞台によって救われた世界――「UXの世界」とでも呼称すべきその世界では「命の輝き」の外に「無」を司る邪神たちが跋扈していたそうだ。そしてこの構図は同志ドクトリンの世界にあった「存在しようとする力」と「消滅しようとする力」の関係と非常に酷似している。おまけに世界を救う筈のカリ・ユガが「無」に属するという点においても御使いとよく似ている。

「実を言うとな、我々の宇宙にもそのようなものはあったのだよ。だが、『知の記憶者』としてそれに接触することは存在の消滅にも繋がりかねない危険な行為だ……ゆえに我等は宇宙を崩壊させる力が発生する直前になると世界から隠れ、新生した世界へと移っていた」
「初耳だな。しかし、そうか……方法としてはサクリファイが取ったものに似ているかもしれん。確実に記録を残そうとする君の職務への誠実さが見て取れるよ、盟友」
「む………まぁな。しかし何だ、ここへ来た経緯を考えるとその言葉は……」
「むぅ………いや、みなまで言うな。なればこそ我には盟友の気持ちがよく分かるぞ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ、同志よ」

 かちん、とグラスで乾杯し、二人はくいっと蒸留酒を喉に流し込む。二人して酒は飲まない性質だったが、人間として飲んでみるとなかなかどうして悪くない。ドクトリンは食事の必要ない存在だったので飲酒は当然排除しているし、クリティックもプログラムの存在であるが故に不要なものと割り切っていた。

 職務に忠実過ぎたが故に自らが傲慢であることに気付けなかったドクトリン。
 職務をこなす中で傲慢な意識のままに組織を作りかえてきたクリティック。

 どちらもやっている事は違うようで本質的に同じことだ。しかも互いに、未だに自分たちが否定されたことを納得しきれていないという点がシンパシーを感じさせた。以来クリティックは時折この男と酒を酌み交わしている。
 なお、クリティックはこの世界に来て直ぐに自分の地位を確立し、今は小さな情報会社の社長をしている。酒の代金はドクトリンの立場を知るクリティックの奢りだ。クリティック的には人の上に立って情報に関わっていればそれである程度は満足で、金には最低限しか頓着していない。

 私欲丸出しだったクリティックだが、彼はあくまで使命には忠実だった。その忠実たる部分はドクトリンにしては珍しく好感を持てる部分であり、今では彼を自分と同格の存在として『盟友』と呼んでいる。クリティックもまたドクトリンに自分と似た空気を感じ、『同志』と呼んでいた。

「でさぁ、ぶっちゃけ私って『知の記憶者』として扱い悪くないかと思うのだよ。インファレンスは超イケメンでアプリカントは男前、しかもレギュレイトも美人なのになんで私だけパッとしない中年姿だよと思うのだよ」
「それは我も思うぞ!見てみろ、アドヴェントもテンプティもサクリファイもピッチピチで小顔になりおって!何故我だけが年老いた姿なのだ!エス・テランの人間の無意識を綺麗に四等分してどうして一人だけムサくなった!?分かるだろう盟友、この不満が!」
「応ともさ同志よ!始原文明エスめ、もし私が過去に戻る機会があったらもっとハンサムな顔立ちと年齢に変更させてやる!デザインベイビーが許されるなら永遠の時を生きるこの私の顔をちょっとくらい良くしてもよいだろう!?」
「そうだ!!このような扱いに我等は共通の怒りを覚えていいのだ!これは正当な怒りだ!!」

 見苦しいおっさんたちの見苦しい文句がバーにぶちまけられる。バーテンダーは面倒くさそうな顔をしているが、ここのオーナーがクリティックなので下手なことは言えない。
 しかし愚痴るのも無理はないかもしれない。ドクトリンは出番が少なかった上に元々怒りっぽいし、クリティックは組織が自分だけハブされた状態で存続しているのだ。これで不満を感じない奴はいない。

「やってられぬ!!呑むぞ同志!!」
「呑もう、盟友!!一晩明かすぞ!!」

 ただし、二人の会話は純粋にジジ臭いというか、ダメな会社員の言い訳みたいというか………とにかく二人は小物臭いのである。言ってしまえば性格ブサイク。こればっかりは外見が変わっても決して変わることはないだろう。正に類友と呼ぶにふさわしい二人は人間離れしたペースで酒を呑みまくり、翌日の夜明けまでにバーの酒の半分を空瓶にしたという。

 これが後に「ドクとクリの人情ハシゴ酒」という伝説のローカル番組の始まりになることを、二人はまだ知らない。


 住民ナンバー02,「クリティック」

 実はサムライスタイルなパッとしない中年。かつてはザ・データベースの一人として活動していたが、システム存在から自我を持ったことによって独占欲を高め、ザ・データベースを私物化・独占化していった。ちなみにこのクリティックは2週目のラスボスを務めた方。

 地味、小物、おっさんと不人気三拍子が揃ったせいかザ・データベース唯一の完全悪役として一人だけハブられるという哀しい存在で、その背中からは哀愁さえ漂っている。なお、批評家らしくネチネチ物を言う態度は経営する会社の社員からも鬱陶しがられているが、才覚は本物なので皆渋々付き合っているらしい。



 = =



 その日――ミツルは自分にしては珍しくぱっちりと目を覚ました。

 軽く伸びをして、欠伸をし、いつものように布団に入り込んだテンプティの絡みつく腕を振り払ってベッドの下に足をつける。そして、「朝飯は出来てるかなぁ」と寝ぼけ眼を擦りながらたった一つの個室のドアを開けてリビングへと足を踏み入れた。

 そして、気付く。

 無駄に高そうなガラス張りの大きなテーブル――
 ふっかふっかの絨毯と簡易シャンデリアの光――
 レース付きカーテン、謎の名画、無駄に高そうなインテリア――

「おや、起きたかいミツル!!」
「………なぁアドヴェント。なんかテレビ変わってない?」
「60インチの液晶テレビだ!ゲームも完備だよ!!」
「………なぁ、アドヴェント。この部屋って確かダイニングキッチン含めてタタミ8畳あるかないかの面積だったよな?」
「今はなんとタタミ12畳分だ!ああ、ダイニングキッチンは隣の部屋にあるよ?」
「……………………俺のアパートってこんなだっけ?」
「何を言うんだいミツル?」

 アドヴェントはスムージーを飲む手を止める。健康に気遣うOLでもあるまいし朝から人の前でスムージー飲んでんじゃねえよ。というか我が家にそんなものを作る財政的余裕は………。あれ?

「この『高級』アパートは今日から君のものだよ!まさしく『俺のアパート』と声高らかに宣言できる素晴らしい場所だ!!実は昨日君が寝ている間に次元力の応用とドクトリンの伝手で改築してね!!あ、ミツルの部屋は勝手に触っちゃ悪いと思ってそのままの形にしてあるが、部屋には余裕があるから不満があったらすぐ言ってくれ!!」
「ん?」

 何か、話がかみ合わないというか、重要な事を見逃しているというか。
 俺は寝ぼける頭がいまだに完全に覚醒しないまま、首を傾げた。

「…………んん?」

 それから数分後、やっと頭の回転が戻ってきた俺は、自分の住んでいたアパートがまるまる改築されて超高級アパートと化している事に気付き、「なんでさ」と呟いた。

「これこそ我らの新たな門出に相応しいというものだ!!我はいたく感心したぞ!!」
「しかし贅を尽くした建物など、果たして人類に必要なのでしょうか……生活していけるのなら、前の部屋のままでよかったのでは……あのガルガンティア船団のように、古き良き生き方を……」
「そういうのを懐古主義って言うんだよ、サクリファイ。今は今として素直に受け止めよう」
「そーそー!それにテンプティは断然今の方がいいなぁ~!!ほら、前の部屋って狭くてムサくてダサかったし~!それにぃ、ソファーがふっかふっか!!」
「貴様、テンプティ!!埃が立つから子供のような低俗な反応をするのは止めよ!!あと迂闊にミツルに関する悪口を言うとまたアドヴェントが……」
「お仕置きがたらなかったかな、んん?」
「ひぃっ!!た、助けてミツル!!テンプティ、怖いのはヤダよぉ!!」
「結局部屋は広くなっても争いは絶えないのですね……哀しい……」
「ああそうだねー……こいつらの全面的な面倒くささは変わってねぇんだよねー………」

 部屋は広いのに、俺の周りだけ人口密度が高い。
 コメカミがピクピクするのを自覚しながら、俺は全開バリバリの大放出でため息を吐き出した。
  
 

 
後書き
という訳でWよりクリティック、UXよりユガたんの登場でした。個人的にドクトリンとクリティックの二人の小物臭漂う感じが好きです(笑) 
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