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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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御使いのいる家 ぱ~と3

 
前書き
御使いの中でサクリファイだけ「姉」なのは、残念過ぎて世話が焼けるから逆に身近に感じているのが理由です。それにしても、なんか「サクリファイ姉」って呼び方が妙にしっくり来るような……。 

 
 
 雨の日には憂鬱な気分にさせられる。
 布団も干せないし、洗濯物が乾かないし、外出すると服や靴が濡れる。天空より無数に零れ落ちる雫の大合唱が屋根を叩くなか、俺はダラけにダラけながらテレビを見ていた。テレビのモニターの向こうでは皺くちゃのジジイ共がスーツ姿でダラダラと身のない国会答弁を続けている。

「あ~あ、面白くねぇの。与党も野党もいっつもダラダラ同じことばっかり言いあって議論なんぞ一つも進んでねぇじゃんか。これ民主主義の意味あんの?」

 国民の声と国会の審議内容には明らかに見えない壁がある。それが13年ほど生きてきた俺の抱いた政治に対する端的なイメージだ。増税すんなと言っても増税するし、どうでもよさ気な法案に限ってやたら議論は白熱している。この明らかな温度差を見ていると、選挙で人を選ぶ意味が分からなくなってくる。
 そんな俺の疑問に反応するのはイライラハゲのドクトリンだ。

「民主主義という前時代的な思想にも疑念を呈するが、この国会が民意を反映していないのは明らかだ。既存の価値観の上でしか行動できない傲慢な連中め……これだから人間という生き物は分を弁えておらぬ!指導者を選りすぐったところで所詮は塵の一粒に過ぎん!このような停滞した国には絶対的な指導者が必要なのだ!そう、我々御使いのような――!!」
「お前それで失敗してんじゃん」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 全ての文句がブーメラン戦隊になって心臓に突き刺さりまくったドクトリンが悲鳴を上げて倒れる。そう、御使いこそ独裁で失敗した最たる例である。最初は全世界のシンカの入り口を先導する気だったらしいが、ここでシンカする存在を選り好みし始めたのがケチの付きはじめだ。

 アイツは未熟、アイツは相応しくないと勝手に相手を値踏みしその行く末を操作する様は、正に故事に言う「助長」――大きなお世話そのもの。おまけにアドヴェントを面白半分に追放したテンプティみたいなのを放置し、更には独断専行の塊なサクリファイ姉も「同族だからオッケー!」と放置しているのだから目を覆わんばかりの悲惨さだ。
 最終的に真化するうえで最大の邪魔者と化したこのマヌケは、結局「お前達が消えろ!!」というキレる若者のドストレートかつご尤もな意見を論破できずにテンパって撃沈するハメになったのである。
 怒りは盲信的だ。怒っている間は自分が正しいものと信じて疑わないが、冷静な者の俯瞰で見れば大抵の場合は隙がある。ドクトリンはいろいろと知識や主義を交えて説教のようなことを言うが、その主張に矛盾があっても気付けないということは常に冷静じゃないということである。

「実は御使いの中でも討論最弱なんじゃないか?どう思うサクリファイ姉?」
「ドクトリンは……使命に囚われすぎたのです。かくあるべきという理想に心が追い付いていないが故に、彼は自己矛盾に気付けませんでした。御使いは完全な存在になったと言いながらアドヴェントを追放し、都合のいい時だけ御使いという繋がりを持ち上げる……ある意味、彼が最も人間的な御使いだったのかもしれません」
「で、そんな悲惨な状態になって嫌気がさしたサクリファイ姉は政治的無関心に突入して責任放棄したと」
「だ、だってシンカの道を進む者たちと御使いの醜い争いを見るのが嫌だったんです……」
「真実を知っていて何もせずにシルバニアファミリーしてた残姉さんがある意味一番罪深いね」
「あああああーーーー……ッ!!」

 逃れ得ぬ真実に残姉さんの心がマキシマムブレイクしてしまったようだ。めっちゃゆっくり倒れていくので仕方なく着地点にクッションを挟んでおいた。やっぱこの人の周りだけ時間の流れが遅いような……これもエタニティ・フラットの応用なのか?面倒くさい人である。
 哀しみとは得てして自己陶酔的な部分がある。自分が不幸で孤独であることを理由づけることで行き場のない感情に正当性を与えることが出来るため、哀しい哀しいと言っていればどこまでも心が逃げ続ける。逆に言えばサクリファイ姉が最後に真実に辿り着けたのは、自分が間違っているという漠然とした意識から目を逸らす為に『哀しみ』に縋っていたのが理由なのかもしれない。

「ミツル、彼等も悪気がある訳じゃないんだ。御使いがこの地に再臨してまだ間もない……己の過ちを見つめ直すまでは加減してやってくれないか?」
「アドヴェント……ちょっと気になってたんだけど、『至高神Z』とか『超天死神光(ウルティウム・デウス・イニティウム)』とかって自分で名前付けたの?ヘリオースに比べて超絶ダサいんだけど」
「ぐはぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

 アドヴェントさんが血を吐いて後ろ向きに倒れた。きっと計画段階で名前とか必殺技とかものすごく入念に妄想していたに違いないが、どうやら『喜び』の意識の集合体にはネーミングセンスが欠けていたようだ。
 『喜び』とは要するに自分が喜ぶように解釈できれば何でもいいわけで、言うならば超ポジティブな自己満足だ。ポジティブシンキングで周囲が何と言おうが自分は最終的に正しいと確信しているので、完全に論破されるまで自分の思想に何所までも盲信的になれる。

 と、一通り御使いの心を抉ったところでテンプティがふらっとリビングにやってきた。

「ミツル~冷蔵庫のアイス食べていい~~……って何この死屍累々!?」
「気にしない気にしない。黒歴史という名の過去の罪と向かい合ってるだけだから。あ、それとアイス食べるなら俺の分も取ってくれよ。チョコナッツの奴」
「え、それはいいけどサ……放置なの?」
「これしきで立ち直れなくなるようなら人間社会で生きていけないよ~」

 一瞬テンプティにもトドメを刺して全滅させようかとも思ったが、雨で憂鬱だからお喋り相手がいなくなるのは嫌だ。認めるのは非常に癪だが………テンプティのウザさは最終的に笑って済ませられるものなのだ。少なくとも、俺の前では……。
 て、テンプティの事を気に入ってる訳じゃないぞ!ただ、気が合わない時は合わないけど、合う時は合っちゃうってだけの話だかんな!ツンデレとかじゃなくて悪友的なアレだから!!



 = =



 惑星エス・テランで生きる人間たちは、何のためにシンカを求めたのか。
 きっとその答えは融合の時に細分化されてしまって御使いの中でもバラバラなんだと思うけど、テンプティはこう考える。

 「死の恐怖から解放され、何の不安もない生き方を手に入れる」。

 死への恐怖とは人間にとって究極のストレスであり、「楽しみ」の対極に位置する。だからテンプティは己が「楽しみのテンプティ」として存在するようになった時、死の恐怖から解放された絶対的な地位を全力で楽しんだ。
 他の生命体がシンカするのを邪魔することに抵抗はなかった。至高神ソルの下に全ての行動が許されているので、責を負う必要もなかった。テンプティの立場そのものが絶対的な免責であり、御使いの存在でさえペテンだったからだ。

 この世の全てはペテンで出来ていた。例え誰かに恨まれても、絶対的な時間と空間の超越者であるテンプティには何でも出来た。騙すことも、驚かせることも、恐怖で泣き叫ぶように追い込むことも、なかったことにすることも、全部出来た。嫌だと思ったものは即排除して新しい遊びを探す。気に入らないゲームを売り払って新しいゲームに没頭する飽きっぽい子供のように、テンプティは思いつく限りの楽しみを追求し続けた。

 全てを楽しむことが出来た。何故なら楽しみの反対である悩みや苦しみ、不安を抱く必要が御使いには全くなかったからだ。やがて御使いにこれまでにない変化が起きても――例えばドクトリンがアドヴェントを追い出すと言い出した時も――テンプティは「面白そう」と思った。

 御使いは完成された完全な存在だったから、変化というものがない。別段一人いなくなっても困ることはないし、「何かが変わるかもしれない」という期待もないわけではなかった。結局その変化は最悪な形で実現するんだけど、その頃は何とも思わなかった。
 何より、御使いと共にいるよりあらゆる世界の知的生命体(オモチャ)と遊び続ける事の方が楽しくてしょうがなかった。ありとあらゆる世界のあらゆる存在――無限大の選択肢。その頃にもなると『楽しみ方』も豊富になり、自分の死さえペテンにすることに躊躇いを覚えなかった。死んでも生き返る、いや、本質的には最初から死んですらいない。だからやりきれない時はやり直せばいいし、失敗した時は次に試せばよかった。試行錯誤にも「取り返しのつかないこと」がないのだから、何一つとして焦りもなかった。

 ただ、この宇宙の消滅を防ぐという点に置いてだけ、テンプティはドクトリンにひたすら協力した。無限の遊び場を約束するこの宇宙が無くなれば、テンプティの『楽しみ』は終わりを告げる。一億二千万年に一度の大災厄の回避を自分たちが乗り切りさえすれば、宇宙は勝手に増えていって遊び場は確保できる。
 唯一そこだけが、テンプティにとってペテンに出来ない『真実』だった。

 だから、その真実が崩壊した時、テンプティのペテンは砕け散った。


 ――まだわからないのか!宇宙の大崩壊を招く真のバアル……!

 ――それはお前たちなんだよ!!

 ――自分たちの事が何も分かっていないようだな……!


 理屈は簡単だった。
 『消滅しようとする力』に備えて御使いは砕け散ったソルの力を集結させ、その最中にシンカに到達する資格がない知的生命体――『存在しようとする力』を滅ぼしてきた。そして『消滅しようとする力』と『存在しようとする力』は本来均衡を保っている。ここに御使いの大きな思い違いがあった。

 御使いは、選ばれし者ではない悪しき種を狩り尽くし、優良な存在を『真徒』として取り込んで災厄を乗り切ってしまえば宇宙は存続すると考えていた。だが、悪しき種の代表だった地球人からすれば、全く違った見え方をする。

 『存在しようとする力』は『消滅しようとする力』を倒す事も出来る。事実、Z-BLUEたちは見事にあらゆる危機を乗り越えて見せた。そうなると地球人からすれば『既に1億2千万年に一度の災厄は退けている』ことになる。この時点で宇宙は存続する筈なのだ。

 なのに、御使いはそこから更に『存在しようとする力』をひたすらに滅亡させようとする。つまり、存続する筈の未来を御使いが刈り取っている。この時点で、彼等から見ると『消滅しようとする力』と御使いの存在が完全に重なる。すなわち、御使いが真の『根源的災厄』になる瞬間がそこにあった。

 1億2千年の時を経て、テンプティの目の前に越えた筈の現実が立ちはだかった。
 自分の存在こそがこの宇宙にとって害悪で、余分で、存在する必要がない。
 「恐怖や不安からの解脱」という免責の根底は余りにも脆く崩れ去った。

 それからは流されるがままに濁流に飲み込まれる。
 『王の力』によってペテンにした筈の『死』から逃れられていないことを思い知らされ、最期はひたすらに生を願って懇願するも聞き入れられず――そこで、テンプティという一つの意識は一度消滅した。


 ほんの一瞬か、あるいは永遠にさえ思える消滅という名の静謐から目が覚めた時、御使いは絶対者としての力を喪って人間の部屋に転がっていた。混乱はあったが、目覚めたテンプティが何よりも最初に感じたのは「生きている」というたったそれだけの――御使いとなってからは一度も感じたことがない感覚だった。

 生きている。

 自分は生きている。

 ペテンでもない、幻でもない、確かにここにいる――。

 生きる事の恐怖が嫌で逃げた末に、生きている事に感謝すら覚えることになるなど、エス・テランの人間たちは思いもしなかったろう。最終的に御使いとしてのテンプティは、目的地と全く違う「不完全な存在」という場所に辿り着いてしまったのだ。

 今、テンプティは将来の事を考えていない。今まで将来は考える必要のない物だったが、今は考える余裕がないぐらいに必死に生きている。あらゆる楽しみが色を変えた世界で、有限な「人間」という存在に逆戻りしながら生きている。今を楽しむことに必死過ぎて未来が考えられないほどに――。

 テンプティの隣では今、天竺(てんじく)(みつる)という少年が呑気にアイスを食べている。アドヴェントは彼が自分たち御使いをここに呼びこんだと言っているが、正直なところテンプティにはそれが真実かどうかわからない。ただ、そんな中でも分かっていることはあった。

 ミツルは平凡な人間だ。喜怒哀楽全てを欠かさず、ドライな感情のなかにも優しさや温かさが見え隠れする、普通の人間だ。そしてこの人間は、よく御使いの間違いや欠点をズバズバ指摘する。その言葉を聞くたびに、改めて思い知らされるのだ。


 ――永遠でないからこそ、ペテンに出来ないからこそ、見えるものがある。

 ――その違いを自覚できることが怖くて、不安で。

 ――だからこそ、それを克服できた瞬間がどうしようもなく『楽しい』。


(成長するって『楽しい』なっ♪ミツルともっともっと一緒にいれば、もっと見えてくるのかなー?)

 だとすれば、半端な次元力しか操れない今という環境も悪くない。
 御使いとしての力を大幅に失い、永遠の存在ではなくなり、考えなくてよかった喜・怒・哀の感情が戻りつつあるとしても……。

「ミツル」
「何だ?」
「生きてるって、楽しいね?」

 他人の姿を見て笑うより、自分から笑える『楽しみ』が、今はなによりも尊いから。

「………意味わかんね」
「あっ、照れてる~!ね、ね、テンプティのスマイルどうだった?キュンときた?」
「照れてねぇ。断じて照れてねぇ!お前みたいなお胸が平野な女には全くときめかねぇッ!!」
「ならこれでどうかな~?」

 ミツルの手を掴んでアイスを落とさないようにしながら、彼の膝の上に向かい合う形で飛び乗る。本人は「照れてねぇ!!」と言い張っているが、彼はスキンシップには弱いのだ。

「ど、どけっ!ちょっと、アイス食えないし!!」
「いやー、ミツルをからかって遊ぶのはやめられませんなぁ~♪あむっ!」
「あーッ!!てめっ、俺の食いかけアイスを頬張るなぁぁぁぁーーーーーッ!!」

 今日もテンプティは楽しみを求めて生き続ける。
 その向かう先を、シンカに繋がる成長の道へと変えながら。
  
 

 
後書き
ややシリアスなフリをしつつ、今回はこれまで。
この小説は、なるだけ全部の御使いを好きになれるように書いてます。たぶん。 
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