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馬鹿兄貴

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4部分:第四章


第四章

「僕、徳大寺彰人といいます」
「徳大寺彰人?」
「隣のクラスにいるんですけれど」
「ああ、そういえば」
 どうしても自分の兄との言い争いにばかり集中してそれで隣のクラスにはそれ程注意を払っていなかった。言われてやっと気付いた程である。
「いたわよね」
「はい、そうです」
 あらためて日和に対して言ってきた。
「実はですね」
「あっ、ちょっと」
 彼が言おうとしたところで顔を顰めさせて右手を前にやる日和だった。
「早く私の目の前から消えた方がいいわ」
「どうしてですか?」
「私のこと、知ってるわよね」
「はい」
 日和のその言葉に頷いくのだった。
「お兄さんですよね」
「あいつはそれこそ私に声をかけてきた人間は誰でもね」
「それはわかっています」
 やはり頷いて言う彰人だった。
「けれど。それでも」
「それでもって。まさか」
「今度の休みですけれど」
「だから駄目よ」
 少しきつい顔になってまた彼を制止した。
「こうして話をしているだけでも危ないんだから。だから」
「言うなってことですか?」
「言ったら何が起こっても知らないわよ」
 咎める声で述べる日和だった。
「それこそね」
「いえ、構いません」
 その意志をあくまで変えようとしない彰人だった。
「そのつもりですから」
「そのつもりって。正気なの?」
「正気でなくてこんなこと言いません」
 あくまでこう言うのであった。
「こんなこと。そうでしょう?」
「どうなっても知らないわよ」
 その目を半開きにさせて彼に告げた。
「それ以上言ったらそれこそね」
「言います」
 最早何も恐れないといった感じの言葉であった。
「僕と今度の休み映画館に」
「映画館だけれどね」
「何かあったんですか?」
「駅前の映画館一回一時閉館になったことあったわよね」
「はい」
 そんなこともあったのである。その原因は何なのかは日和はよく知っているのであった。彼女にとっては甚だ不本意なことにである。
「あれね。うちの兄貴がやったのよ」
「お兄さんがですか」
「私がその前で映画館の人に声をかけられてね」
「それでどうなったんですか?」
「勝手に私をナンパして薬漬けにして北朝鮮に売り飛ばすつもりだって考えたのよ」
「北朝鮮にですか」
 また随分と飛躍した考えではある。
「普通の駅前の映画館が」
「そんなのある訳ないでしょ?けれどあいつはそう考えたのよ」
 うんざりとした顔で述べるのであった。
「それでね。一悪一滅って叫んでトラックで殴り込んで」
「トラックでですか」
「それで映画館を破壊したのよ」
 そういうことであった。
「一人でね」
「それはまた凄いですね」
「で、一時閉館になっていたのよ」
 そういうことであった。また随分と出鱈目な話である。
「結果としてね」
 ここまで話したうえでまた彰人に対して述べた。
「他にも一杯あるわよ。けれど今君が言った言葉でやっぱり」
「僕に来るんですか」
「いつもどっからか話を聞いて行動に移るのよ」
 まさに地獄耳なのであった。
「もうすぐにね。手遅れよ」
「手遅れでもいいです」
 しかしそう言われてもこう言う彰人であった。
「っていうかそんなこと最初からわかっていましたから」
「死ぬわよ」
 また咎める目で彼に告げた言葉である。
「本当に。いいの?」
「構いません」
 あくまでも己の意見を変えないといった調子であった。
「何があっても。ですから」
「覚悟はできているのね」
「覚悟!?違います」
 はっきりとした声で述べた言葉であった。
「本気なんですよ」
「墓石は用意したわね」
 彼の話をここまで聞いた日和はこれまた随分なことを言った。
「お坊さん?神主さん?神父さん?どれを用意できてるの?」
「いえ、どれも」
「じゃあ無縁仏ね」
 言葉はさらに随分なものになる。しかしそれでも日和は言うのであった。
「まあそうなるのも運命ね。わかったわ」
「それじゃあですね」
「今度の休みまで命が持てばいいわね」
「今日の放課後に」
「放課後!?」
「はい、放課後です」
 にこりと笑って日和に述べてきた。
「お兄さんのお家に」
「ってことは私の家でもあるんだけれど」
「ああ、そうですよね」
 何故かここではあまり考えてはいない感じの彰人であった。どうやら結構天然なところもあるらしい。自覚はしていないようであるが。
「そういえば」
「自分から死にに行く人ははじめてよ」
 ある意味珍しいとまでいうのであった。
「本当にね」
「死にに行くって」
「馬鹿がいるのよ」
 鬼とは言わない。これであった。
 
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