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SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》

作者:鳩麦
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コラボ・クロス作品
戦士達×RoH
  Roh×戦士達 《ニ話─買い物にて》

2024年1月2日19:53

ボクは今、第五十層の迷路のような街の中を、今日出会ったばかりの男の人に連れられて歩いている。
つい一時間位前まで……この層の転移門広場で、倒れて、枯れた声を上げていたボクを救い上げて、食べ物をくれて、希望を……救いをくれたのは……本当にたまたま通り掛かっただけの、それこそ、白馬の王子様でも無ければ勇者でも英雄でもなさそうな、どちらかと言えば、粗雑そうな印象すら受ける、この世界では珍しい和服を着た、ボクより一、二回りくらい年上の、男の人だった。

名前は、リョウコウさんと言うらしい。でも長いから、皆リョウと呼ぶと言われて、ボクにも好きに呼べと言ってくれたので、ボクも同じように呼ぶ事にした。
ボクの目的を話した時、初め、リョウさんは「無理だ」と言った。きっとその意見は正しくて、しかもボクの事を案じてくれてもいたのだと思う。
しかしそれでも、ボクはその言葉が悲しかった。其れはつまり、ルビーを死なせろと言われたのと同じ意味だったからだ。だから、本当はリョウさんが正しいと分かっていた筈なのに、ボクは駄々をこねてしまった。
みっともなく泣いて、無理を押してくれとリョウさんに叫んで、怒られて……きっと、本当にリョウさんにとっては迷惑だったんだと思う。けどそれでも、どうしてもルビーを、ボクに取っての、生まれて初めての本当の友達を諦めたくなかった。

其れに……あの時、本当に心から人を疑ってしまった時……ボクは本当の意味で、自分が怖かった。
きっとあの時ボクは、ボク自身の心を殺しかけて居たのだと思う。
そう確信してしまうくらい、周囲の全てが、ボクの事を根幹から塗りつぶそうとして居た。ボクは、今この瞬間でもその恐ろしさをはっきりと思い出す事が出来るし、きっとこれから先、ずっとそうなのだろう。
けれどその中から、この人はボクを救い上げてくれた。偶然でも、気まぐれでも構わない。ただ、あの暗さから、あの冷たさから、あの寒さから、ボクを救い上げてくれた。
それだけで、ボクに取っての彼は、本物の英雄だった。だから……だからその人に[不可能]だと言って欲しく無かったのだと思う。

勝手だとわかってる、迷惑だと分かっている。けれどそれでも……やはりどこかで、僕はリョウさんに期待してしまって……もう一度この人が、ボクを助けてくれるのではないか……僕等を、救い上げてくれるのではないかと、そう思ってしまった

その結果……ボクの我儘な願いが叶ったのかは分からないけれど……それでも、リョウさんはもう一度、ボクに手を差し伸べてくれた。手を貸してくれると言ってくれた。

それから少しして、今、ボクとリョウさんは目指す場所へ向かうための準備のために、第50層をひたすら歩いている……

「多分この辺の筈なんだよな……」
大通りから一本入った所にある裏道でリョウさんは周囲をきょろきょろと見回しながら歩く。大凡準備というのは、ボクの装備を整える事が主なのだとリョウさんは言った。それもその筈だと思う。ルビーを助ける事が出来る唯一の可能性を求めてこれから行くのは、第47層と言う最前線からたった数層しか離れていない、現在の階層の中では明らかな高層域にあたる場所なんだから。

ついこの間までボクが居たのは、第22層。当然、レベルもそのレベル帯に対する安全マージンしか取って居ない。47層は、そのレベルよりも遥か上のレベルのモンスターが出現する階層で、今の僕が行けば掠っただけでも即死は免れないし、装備を整えたとしても危ういくらいで、本来ならば主街区を覗きに行くだけならばともかく、フィールドに出るなど絶対にしてはいけない筈の階層。
怖くない、と言えば嘘になる。けれど今のボクには戦って死んでしまう事より、このまま何もせずに、ルビーの事を本当に死なせてしまう方がずっと怖かったし、少しでも可能性があるなら、その可能性を諦めたくも無かった。

「お、此処だ此処だ」
「ほぢっ!?」
「ん?」
と、不意に立ち止まったリョウさんに考え事をしていたボクは即座に反応出来ず、そのままリョウさんの背中に突っ込んでしまう。だ、ダメダメだボク……

「~~~~ッ……」
「お前何やってんだ。ぼーっとしてると棒に当たるぞ~」
鼻を押さえてフラフラと後退したボクを、振り返ったリョウさんが呆れたような顔で見た。

「ご、ごめんなさい……って、何で棒……!?ぼ、ボク犬じゃな……!」
「はいはい行くぞ~」
抗議しようとしたボクの言葉を無視して、リョウさんは実に楽しそうに笑いながら目の前の宿に入って行く。絶対からかわれてる……!!

「んーと、お、おうエギル!」
「おう。来たか」
「……!?」
宿のフロントらしき場所の中に入ると、その一角に向けてリョウさんが片手を上げる。と、其処で僕等を待っていたのは、チョコレート色の肌をした、とても彫りの深いスキンヘッドの男の……って、こ、怖……!?

「ん?その子が例の子か?」
「おう、今回の依頼人だ」
「……!?あ、ああ、あの、ぼ、ボク……」
その顔によく合った重みのあるバリトンで喋るその人が、ボクの事を一瞥する。其処から不思議と滲みだす威圧感に圧されて、思わず声が裏返ってしまった。
が、彼はボクを見て一瞬驚いたような顔をすると、リョウさんに向けて手招きする。

「あ?」
怪訝そうな顔でリョウさんが彼に近づいて行くと、その人は行き成りリョウさんの肩を掴んでその顔を覗き込み、極真剣な声で言った。

「誘拐の片棒ならかつがねぇぞ」
「あぁそう、かいっ!!!」
「Oh!?」
「わっ!?」
いきなりのあんまりな発言に怒ったのか、リョウさんが肩をつかんだままのその人にヘッドバッドをかました。ゴツンっ!と鈍い音がして、その人は思いっきりのけぞる。
フンッ、と鼻を鳴らして、リョウさんが言う。

「あのな、俺がこんなガキに手ぇ出すほど飢えてるように見えんのか阿漕商売野郎!」
「ち、ちょっとしたジョークだジョーク……ったく、けどなぁ、流石にお前変な客って……なぁ?」
「…………」
男の人が、困ったように頭を掻いた。体格や顔立ちからあった恐ろしげなイメージに合わないそんなユーモラスな動作に、見えないだろうけれど、思わず苦笑してしまう。
この人の言いたい事は、大体分かる。今のボクは、其れこそ普通に立っているだけでも大分周囲の雰囲気から浮くほど、ぼろぼろでみずぼらしい格好をしている。恐らくは商人プレイヤーであるこの人が、ボクを見て違和感を覚えるのは当然だろう。

「しゃーねーだろ?服変える暇が無かったんだよ。まぁ客は客だ。金は払うから普通に応対してくれや」
「そうは言うがな……ったく、長い付き合いだ。別にどうこう言うつもりはねえが、お前、今度は一体何にまきこまれてんだ?」
「そりゃ、秘密だ」
にひひ……と含みありげに笑って、リョウさんはシラを切る。ボクとしては少し居心地が悪かったけど、下手にボク情報何かをばらされるよりは、ずっと良い。

「それでだな……」
「あ、あの……」
ボクの方を見たリョウさんに続いてボクが焦ったように声を出す。けれど其れが文章になるよりも早く、その人が「分かっている」と言うようにコクリと一つ頷いて言った。

「おう、おまえさんがユミルだな。俺はエギルだ。話は聞いてる、素材を買いたいんだってな?」
「えっ、へっ?」
「ん?オイリョウ」
「あぁ、そうだ言ってなかった」
突然、覚えのない事を聞いてきたエギルさんにボクは咄嗟に聞き返す。その様子に違和感を感じたのかエギルさんがリョウさんを見ると、注文する物を考えていたらしいリョウさんは気が付いたように拳で手の平を叩いた。

「オイオイ……」
「わーりわり、ちょっと待てな。おい、ユミル」
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれて緊張しつつボクはリョウさんに向き直る。

「大事な事だからよく聞けよ?先ずこれから先、お前には正直今まで使った事無いくらい大量に金がかかる。理由は分かるな?」
「装備や……アイテムを整えなきゃいけないから……ですよね」
「おう。でだ。今回使うそれらの金を、今だけ一旦俺が立て替えてやる」
「……!」
その申し出は、正直に言って、とてもありがたかった。実際問題として、唯の中層プレイヤーで有ったボクには、圧倒的に先立つ物が足りなかったからだ。
もし僕がお金を払うとしたら、ボクにそろえる事が出来る準備は高が知れているだろう、けれどそれらをリョウさんに立て替えてもらえるなら、そろえる事が出来る装備やアイテムのグレードは格段に跳ね上がる。

「ただし!勿論あくまで立て替えるだけだ。もし、事が上手く行ったなら、その時はちゃんと金は返してもらう。期間は設けねェが、お前が出来る範囲でゆっくりでもちゃんと返せ。出来るな?」
「はいっ!」
きっと其れは、ボクからすれば目玉が飛び出るほどの金額になるのだろう。けれど当然ボクは即座に頷いた。これはあくまでもボクが頼み込んで、リョウさんに無理を押してもらっているのだし、この位の責任は当然だと思った。

「……と、言う訳でだ、先ずはこのおっさんから素材を買う訳だが……なー、エギル、多少まけてくんね?」
「……リョウ、お前狙ってやったな?」
「はっはっは。何の事かねエギルくん」
「?、?」
リョウさんがテーブルにやや乗り出す形でエギルさんに話を振ると、何故かエギルさんは額に手を当てて溜息を吐いた。よく分からず首を傾げているボクの前で、エギルさんは呆れたようにリョウさんを睨む。

「ったくお前は……悪人っぽいぞ」
「冗談、俺は善良だっての」
「ぬかせ。ったく新年早々これか。埋め合わせはしろよ、でなきゃこの先全品50%ONだ」
「げっ、マジかよ……」
「……?」
何やらボクの分からない所で二人には通じる部分が有ったらしく、エギルさんが脅すように言って、リョウさんが苦笑しながら両手を上げたりして居た。

その後、ボクはリョウさんに立て替えてもらって、エギルさんから沢山のアイテムや必要な素材を買う事になるのだが、この買い物の真実をボクはずっと後になって知る事になる。

……実は、エギルさんは攻略組にも参加している上級のプレイヤーで、その傍ら商人プレイヤーとしての実績も上げつつ、かつ、売上で中層プレイヤーへの支援もしていると言う凄い人だったのだ。
そして、そのエギルさんがボクのような子供の中層プレイヤーが上層のプレイヤーに頼みごとや借金をしていると言う事実を、リョウさんはわざとエギルさんに見せつけたのである。
エギルさんとしては、こんなシーンを見せつけられては、ボクに対して、相当の値引きをしない訳にはいかなかったというわけらしくて……。

「おう、ユミル」
「え?」
次の店へ行く時の去り際、エギルさんがボクを呼びとめた。振り向くと、苦笑しながらエギルさんはボクに忠告してくる。

「こいつに付き合わせるならな、何にしろ覚悟はしておいた方が良いぜ。俺達の中でも無茶苦茶な奴の一人だ」
「は、はぁ……」
「おいおい、酷くねぇ?」
苦笑しながらリョウさんは言ったけれど、実際の所、リョウさんが普通のプレイヤーと少し違う人だと言うのはボクも薄々だけれどわかって居た。
……そう言えば、ボクはリョウさんの事は何も知らないな……

「……あの、リョウさん」
「ん?」
「リョウさんって、攻略組の方ですか?」
「ん、あぁ。まぁ一応な」
別にさしたる事でも無いと言うように、リョウさんは答えた。

攻略組。
この世界を前へ前へと進める原動力であり、ボクら中層プレイヤーにとっては、所謂……文字通りの、雲の上にいる存在。
ボクらにとっては、その存在は言わばテレビの向こうにいるアスリートや、軍人に近い物が有った。
存在も、其れが現実に起きている事であると言う事も知っている。けれどその事実はボクらの中では何処か別世界の事として認識されているようで、現実感が無く、その事をどう考えれば良いのかも良く分からなかった。と言うより、何も考えた事は無かったから、どう認識すればいいのかすらわからない。

……そんな人と、ボクは一緒にいるのか……

ふと、そんな事を思う。
ルビーが死んでしまってから此処まで、ルビーの為にと必死になってやってきたけれど、いつの間にかボクは、リョウさんに対して、何処か後ろめたくなっていた。

これから行く場所は、まだ攻略された事のない未踏破のダンジョンなのだと言う。その場所が攻略組の攻略目標である迷宮区とは逆方向に有ったために、これまでは無視されて来た場所だった。
例え攻略組と言う十分な安全マージンを取っている人たちであっても、何が有るのか分からない未踏破のダンジョンに初めて行くと言うのは、それだけで十分すぎるほどに危険が伴うもの。まして最前線にもかなり近いダンジョンでは、あるいはボクどころかリョウさんも、命の危険があるのかもしれない。
そんな場所に、連れて行ってもらおうとしている。その事実が、重く重く、ボクの心にのしかかる。
其れに、まだリョウさんには、明かしていない秘密もあった。ボクが、最期の瞬間の、本当にギリギリまで明かさずにいようと決めている秘密が……

「……おいユミル、お前聞いてるか?」
「えっ!?は、はいっ!?」
「はい、聞いてねえ。ぼーっとすんなっての。今から別の層に飛ぶぞ。良いか?」
「あ、わ、わかりました……ごめんなさい……」
コクコクと頷いたボクに苦笑すると、リョウさんは転移門へと入って行く。

「ほら」
「え」
と、不意にリョウさんが転移門の中から手を伸ばしてきた。突然の事に、一瞬何の行動なのかが分からずボクは固まる。

「一々何処飛ぶとか説明すんの面倒なんだよ。はよ来い」
「あ、えっと、はいっ」
確かに、そう言えば飛ぶとは言われたが、何処に飛ぶとは言われていない。見失っては大変とばかりに、ボクはリョウさんの手を掴んで転移門に飛び込んだ。

「転移──」

────

2024年1月2日20:27

「どれ、ここが大事な所だ……」
「次は装備、ですよね……?」
「おう。今回においちゃ、お前の命そのものだなぁっと」

転移してきた此処は、第48層主街区《リンダース》。
歩きながら、リョウさんは周囲を見渡していた。どうやら誰かを探しているみたいだけど……

「あの……また誰かと待ち合わせてるんですか?」
「いや。待ち合わせっつーか、まぁ目印捜してんだ。この辺に水車小屋が……あった」
リョウさんと歩いてきた主街区の先には、カタカタと小さな音を立てる一件の水車小屋が有った。その小屋を見るようにして、小屋の前に人影が一つ。

「ちょいと失礼。アンタがリズベットさんか?」
「あ、やっと来た……じゃあ、そう言う貴方がリョウコウさんですか?」
振り向いたのは、ボクとそんなに背の変わらない女の子だった。
ピンク色の髪に、そばかすの付いたやや幼げな(ってボクが言うのも変だけど……)顔立ち、ダークブルーの大きな瞳。ラズベリー色のコートを着ていて、ぼくたちがお客さんだからか、微笑を浮かべるその顔は何処となく人形めいて見える。

「あぁ。情報屋の紹介で来た。こんな時期に貸切で鍛冶屋を引き受けてくれるってやつは珍しいからな。よろしく頼むぜ」
「こっちこそ……じゃない、此方こそ。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて笑顔で応答するリズベット。けど何となく、その顔が引きつってるような……?あれ?この人もしかして……

「……お前さん、客商売とか愛想笑い得意じゃねぇだろ?」
「んなっ!?」
言ったーーー!!?躊躇い無く言っちゃったぁ!?そ、そりゃボクも少しそう思ったけど、何のオブラートにも包まないではっきり言っちゃうんだそう言うの!?あぁ、でもリョウさんって結構言う事はザクザク言っちゃう人なのかも……割とボクもさっきザクザク言われたような……

「んな緊張する事ねーって、普通で良いから普通で。変に引きつった笑い方とかされるとこっちが緊張すっからよ~」
「な、なな、な……!」
う、うわぁ、言いにくい事をズバズバと……怖くないのかなぁ……?絶対怒らせると思うんだけど。

「え、えぇええ!!そうよそうですよ!!商売初めて一年ちょっと!未だに客相手の仕方が苦手な人間よ私は!悪い!?」
「いや。別に悪いとは言ってねーって。まぁそんな感じで話してくれりゃこっちも変な気ぃ使わなくて済むんで、さっさと商談に移ろーぜー」
「~~~っ!!」
へらへらと笑いながらリズベットの怒鳴り声をさらりと受け流すリョウさん。ボクには見える……リズベットの頭の上に浮かぶ怒りマークと、リョウさんの頭の上に浮かぶ大量の音符マークが……

「あぁっ!もういいわよ!アンタの言う通り、さっさと商談に移りたい、寒いし」
「て言うか、なんでこんなとこで商売なんだ?何も野外じゃ無くて良かったろ」
「え?あぁ」
リョウさんが彼女の後ろにある水車小屋を見ながら言う。確かに、もう1月のこの時期、アインクラッドは寒冷ステージで無くても全体的に気温が低いし、其れで無くても此処は水車小屋……つまり、水場の近くなので、他よりも気温パラメーターが低く設定されているような気がする。
と、リズベットはその水車小屋を一瞥して、少し気恥ずかしげに、けれど自信ありげに胸を張った。

「大した意味は無いのよ。ちょっとした予行演習ね」
「予行演習だ?」
「そ、まぁそれに関しては良いでしょ?それより気になってたんだけど」
と、不意に、リズベットはリョウさんの後ろに突っ立っていたボクに視線を向けた。

「ど、どうも……」
「うわ、子供じゃない。その子何よ?アンタもしかして誘拐犯なの?」
「またそれか!ちげぇよ!こいつはユミル。今回お前さんが防具を作る相手だ」
リズベットの発言に突っ込みつつ、リョウはボクを示して言う。
その会話に何となくまた居心地が悪くなりつつも、とりあえずとばかりに、ボクは頭を下げた。

「ゆ、ユミルです……よろしくお願いしますっ」
「へぇ~」
リズベットは一瞬ボクらをいぶかしげに見て首を傾げたが、すぐに気を取り直したらしい。

「ま、いっか。私はリズベットよ。今はしがない路上鍛冶屋だけど、近いうちに店を持つつもりだから御贔屓に。よろしくね」
「は、はい……」
「さてと、自己紹介も済んだ所で、だ。此奴が持てる限りで、アンタに作れる最高の防御力を持ってる装備を……30分以内に作って欲しいんだが、出来るか?」
リョウさんの説明に、リズベットは苦笑して、肩をすくめる。

「聞いてはいたけど、割とせっかちなのね~。急ぎの用事でもあるの?」
「ま、そんなところだ。その編は詮索しねーでくれると助かる」
「オーケー。ま、良いわ、出来る限りの事はする。素材は持ち込み?それともこっちで用意した物にする?」
「一応いくらかは買ってきた。後はそっちに任せる」
言いながらリョウさんは朝袋を幾つかリズベットの前に出現させる。恐らくあの中には、先程エギルさんから買った素材アイテムがたくさん入っているはず。

「へ~、結構集めたわね。この中から、か……」
「どうだ?出来そうか?」
「ふふん。ま、やってみるわよ。これでもマスタースミスなんですからね」
「ほう」
自信ありげに微笑んだリズベットに、リョウさんはニヤリと笑う。容姿は二人とも若いそれなのに、その光景は傍から見ると、熟練した戦士と職人の会話に見えて、何となくかっこいい。

「さてと、それじゃあユミルだっけ?とりあえず、限界のパラメーター教えてもらえる?」
「あ、はい、えっと……」
言いながら、ボクは自分の筋力値から算出した最大装備加重等のパラメータを説明する。
ちなみにだけれど、元々のボクは斧使い。そして元来斧は他の武器と比べると大分重めの武器なので、それを扱うためにステータスはかなり筋力寄りに割り振ってある。つまり同レベル帯の他の人達と比べると、僕の筋力値は高い部類に入るのだ。急ぐには不向きだけど、少なくともある程度の装備は装備出来る自信があった。のだけど……

「えぇ!?いや、でもそのステータスだと……要求レベルの防御力に届かせるにはかなり……」
「えっ!?」
突然リズベットが困ったようにいうので、僕は驚いてしまう。リョウさんには先程この数値を伝えて事前に要求防御力を情報屋さんを通してリズベットに伝えてもらって居たはずなのだけど、どうやらリョウさんが指定した防御力からリズベットが予想していた筋力値より、ボクの筋力値は大分下だったらしい。ちょっとばかり悔しく思いながらも、ボクはリョウさんを見た。

「えっと……」
「あぁ、武器は要らんから盾含めた防具だけ装備前提で作ってくれ。ギリギリ届くだろ?」
「え、そ、そりゃあ届くけど……けどそれじゃ本当にギリギリよ?それに攻撃出来ないんじゃ……」
「攻撃しないから問題ねぇ。頼む」
リズベットの目を見ながら、きっぱりとリョウさんは言った。
そうだ。元々、今回の旅の間でボクは攻撃をする予定は無かった。ステータス的に見て、どう考えても戦力に慣れないのがわかっていたので、あくまで防御に徹することにしたためである。ボク個人としては、それはとてももどかしいのだけど……戦力になれない以上は、仕方ない。
少しの間、彼女は困惑したように黙り込んでいたけれど、やがて大きく息を吐くと、額に手を当てた。

「全く……何する気よアンタ達……」
「さっきも言ったが、秘密だ。悪いな」
苦笑しながら言うリョウさんの顔を、リズベットは少しの間ジト目で見て……けれど、やがて諦めたよう頷く。

「はぁ……いいわ、作ってやりますとも。ちょっと待ってなさい、30分ね」
「出来るか?」
「まぁ見てなさい」
肩をすくめて、リズベットは防具の制作に映る。先ず露店を開く為のアイテムである、ベンダーズ・カーペットを地面に引き、そのから出て来た、あらかじめ制作モードにしておいた携帯式の簡易炉をみて表示させたウィンドウに幾つかの項目を打ち込むと、鞴を押す。
小さな炉の中が真っ赤に焼けた所に、リズベットはリョウさんが持ち込んだ素材アイテムの中から金属のインゴットを幾つかと、数種のモンスター由来の甲羅や皮を入れていく。アイテムが投入される度、炉の中が色とりどりに瞬き、やがて幻想的な光を放ち始めた……

「……っ」
炉の中の鉄が十二分に赤熱した所で、リズベットはそれを一気にやっとこで引きずりだし……

「フッ!」
カーン!と甲高い音を立てて、金床の上の其れを手に持ったハンマーでたたき始める。真剣に取り出された金属塊だけを見つめるリズベットの瞳の中で、其れは何度も何度も叩かれ、ハンマーとの間に火花を散らす。
本当の鍛冶屋さんなら、此処から更にもう一度金属を温め直したりして、金板を更に曲げて鎧の形にするんだろうけど、リズベットはそんな様子も無く、ただただその鉄塊を叩いて、叩いて、叩きまくる。
それを200回も繰り返しただろうか?あるいはもっと叩いたかもしれない頃、突然金属が眩く光り始め、即座にリズベットはやっとこを外した。するとその光の中で金属はゆっくりと形を変え、やがて、一つの姿へと固定する。
浮かび上がったのは、白銀色のプレートアーマー。余計な装飾は無く、武骨ながらも、その無駄を省いたフォルムは何処かすらっとして居て、ボクは素直に綺麗だなと思えた。これが、機能美と言うんだろうか?

「よし、ひとまず見てくれる?」
「おう」
いいながら、リズベットは防具の性能を示したウィンドウを此方にまわす。

「んー、同レベル体だと……まぁまぁってとこか」
「そうね。防御能力としてはおよそ期待値よりやや上ってところかな」
「そ、そうなんですか?」
およそどの程度の防御力なら良いのかが分からないボクは眼を白黒させていたけれど、二人はなんだかんだ納得しているらしかった。

「機会があったら、こういう時の期待値の出し方とか教えてやるよ」
「は、はい」
分かっていない様子をみて、面白がるように笑いながらそんな事を言うリョウさんに頷いて、ボクはもう一度目の前の鎧を見る。
これを着るのかぁ……

「どれ、んじゃ一回装備してみろよ。今お前大分軽装だから、ちょっと勝手がちげぇって分かるはずだ」
「あ、はい」
言われてボクは、装備メニューを開く。と、其処で不意に、手が止まった。ボクが今装備しているフード付きのマントは、システム的にでは無いにしろ感覚的に少し動きを阻害する。
全体的に動きやすくするにしても、防具の具合をリズベットやリョウさんに見せるにしても、マントは取った方が良いのかもしれない。けれどそれには……

「…………」
「?なんだ、どした?」
「あっ、いえ……その……」
いぶかしげな顔でボクの事を見たリョウさんに、ボクの中の不安が少しだけ膨れる。もし、ボクの……ボクの容姿を見た時のリョウさんの反応が……

「あ、あの……」
「あ?」
「……いえ、その……」
一瞬、マントを外さなくても良いかと聞きたくなって、けれどこれだけの恩義を受けておきながら顔も見せようとしない自分への情けなさが込み上げて来て、躊躇う。そんな様子を見て、あるいは何かを察してくれたのかもしれない。不意にリョウさんは苦笑すると、後ろ手に頭を掻いて言った。

「お前、そのフード、取りたくねェとかなら、普通に言えよ」
「ッ……」
「別にお前の顔なんざ見んでも俺は困らんしな。好きにしろ」
ぶっきらぼうで、面倒くさがるようなその言葉。けれどそんな風に言われてしまったら、ボクにだって嫌でも気遣われている事が分かってしまう。
出会った時からそうだけれど、リョウさんは器用で、何でも上手くこなしてしまいそうな雰囲気では有るけれど、何処か不器用な所もある。そんな人だった。今のは、正直すぐにわかってしまう位、不器用だったけれど……

「……いえ」
そんな事を思ってしまって、自然と湧き上がって来る小さな笑いを堪えながら、ボクは答える。
この人なら、きっと……

「平気です」
言いながら、ボクはフード付きのマントを装備から外した。

────

フード付きの、ボロボロのマント、出会ってから一度としてはずそうとしなかった其れをユミルが装備から取り除いた時、先ず初めに目に付いたのは、鮮やかな金色……ブロンドと言うのだったか。そう、ユミルの髪は、およそ日本人にしては珍しい、プラチナブロンドと呼ばれる類の髪だった。まぁ其れを言うなら、目の前にいる鍛冶屋の方が珍しい髪の色をしているのだが、そちらはあくまでもシステム上の設定なのに対し、ユミルの其れは驚くほど自然で柔らかな黄金色をしていて、其れが機械的に設定された物では無く、彼自身が元々持つ遺伝的形質から来る物だと理解出来る。髪型はリョウには良く分からなかったが、ボブカットと呼ばれる髪型で、髪自体はとてもさらさらとしていてさわり心地がよさそうだ。
また、髪と同じように、瞳もまた多くの日本人とは違う、透き通るような翡翠色。此方はエメラルドグリーン、と言うべきなのだろうか。等とリョウが考えていると……

「うっわぁ……」
「え、えーと」
何故かリズベットが、ユミルににじり寄って居る。口が半開きで、両手がわなわなとしており、その姿はお預けされた魚ににじり寄る猫……と言えば聞こえはいいが、もう殆ど唯の変態にしか見えない。

「ち、ちょっと触らせて……」
「え、えぇっ!?」
「そのさらさらの髪触らせて!」
「うわぁっ!?」
ついににじりよる通り越して跳びかかるようにユミルに近づいたリズが、彼の髪を撫でだす。なんでだか知らないがやや興奮した様子である。

「うわぁ、さらさら……すっご……アスナとかに見せたら何て言うかな」
「あうわぅぁ~!?」
何やら思案顔でユミルの髪をさらさらしだしたリズベットに対しユミルは完全に混乱したらしく目をグルグルさせながら腕をブンブン振ってるが全く抵抗になって居ない。

「おーい、俺の相方で遊ぶな~。てか鎧つけるんじゃねーんかよ」
「あ、そうだったっと。って、アンタは何か無い訳?この子の顔、さっきの様子じゃ今初めて見るんでしょ?」
「あ?何かっつってもなぁ……」
リズベットに言われて、リョウは首を傾げながら後ろ手に頭を掻く。と言っても外人めいた顔立ちなら、エギル当たりの方がよっぽど外人っぽいし、かと言って彼女のようにやたらと髪をいじる趣味もリョウには無い。

「あぁ、そういやお前ってハーフ?」
「え?あ、えっと……クォーターです。お母さんがハーフで……」
「あぁ。成程な」
リョウは言いながら納得したように首を縦に振ると、肩をすくめる。

「ま、さっきも言ったが正直顔についちゃ俺にとってはどうでも良いからな、このぐらいだろ気になったのは」
「っはー、こんなかわいい子捕まえてそれぇ……?」
「可愛い云々は知らん。つーかなんだ、んじゃ俺がガキ相手に欲情すりゃ満足か?」
「よくじょっ……!?」
「そう言う事じゃないわよ!!」
面白がるように言ったリョウの発言に、二人の顔が一気に朱くなる。特にユミルの顔がやばい。火を噴いたように朱い。

「ま、俺には残念ながらガキに性欲を感じたりする趣味は無い訳で、リズベットさんの願望は叶わない訳だが」
「ちょっ!?まるでアタシがアンタを欲情させたいみたいに言うの止めてくれる!?」
「違うのか?」
「違うわっ!!」
うっはっはっはっ!!と笑いながら言うリョウに、リズが顔を真っ赤にして怒鳴る。
と、その対象であるユミルは、と言うと……

「うー……」
リズの後ろに付いて、リョウをやたらと睨んでいた。

────

それから、着付けた鎧を会わせ、其れを強化し、具足と、盾を作り終えてユミルが装備する頃には、あっという間に20分以上が過ぎていた。
そうして、ようやくユミルはフル装備で登場したのだが……

「…………」
「……ぷっ」
「!?」
完全装備のユミルを目にした途端に、リョウが吹き出した。

「な、わ、笑いました!?」
「ぷくく……い、いやなんつーかよ、ずんぐりしてんな」
「そ、そうですか……?」
込み上げて来る笑いを抑えるように言ったリョウに、ユミルが自信な下げに言う。其れを見たリズベットが心底不服そうに言った。

「完全に鎧に着られてるわよねぇ……あぁ、どうせならもっと似合う装備作りたかったわよ……」
恨めしそうに自分を睨む彼女にリョウは苦笑しながら両手を上げ、その手をヒラヒラと振る。

「まぁそう言うなって、なぁ?」
「え、えぇっと……」
困ったように言うユミルに苦笑して、リョウは肩をすくめた。

「そいじゃ、そろそろ行くか。ありがとな。リズベット」
「良いわよ別に。あ、そだリョウ」
「ん?」
不意に何か思いついたようにリョウを呼びとめたリズベットに、リョウが振り向く。

「はい」
「ん、あぁ、そう言う事か」
不意にリズベットが飛ばしてきたウィンドウをみて、リョウが納得したように笑う。リズベットが飛ばしてきたのは、フレンド申請だったのだ。

「割と商売上手だな」
「そう?ま、お客さんは一人でも多い方がいいのよん」
「だろうな」
笑いながらリョウはその表記にYESを押す。即座にフレンド登録が完了され、ただでさえ多いリョウの連絡先がまた一つ増えた。

「あ、ユミルもね。はい」
「えっ?」
同じように、リズはユミルにもフレンド申請を飛ばす。と、ユミルが妙な反応を見せる。そのウィンドウを見て一瞬、とても不思議そうに目を丸くしたのだ。

『ん?』
「…………!」
しかし其れはそれ程長くは続かず、リョウが内心で首を傾げる間に、ユミルは突然大きく目を見開くと、狼狽えたようにその瞳をふるわせ始めた。その反応で、リョウは何となくの事情を察する。

『成程、な。此奴……』
「今度はもっと似合う装備作るから、贔屓にしてくれると嬉しいわ」
「え、えっ……」
フレンドの申請ウィンドウとリズベットの顔を交互に見比べてから、ユミルは戸惑ったようにリョウの顔を見た。その表情は、今にも泣き出しそうにすら見え、同時に問うていた。即ち、「本当に自分がこれを受けて良いのか」と。

「……受けたいなら受けときな。知り合いは大いに越したことねぇよ」
「う、ぁ、は、はいっ」
言いながら、思わず、と言わんばかりにユミルは震える指でYESを押した。リズベットは満足そうにニコリと笑うと、立ち上がりながら言う。

「オッケー。それじゃ、今度からは私の事は“リズ”って呼んで?いい加減リズベットじゃ長いでしょ?」
「ちげぇねぇ。んじゃ、またなリズ」
「さよなら、リズベットさん」
「ちょっとぉ?ユミル?」
「え?」
リョウとユミルが交互に挨拶する、が、ユミルの言葉を聞いた途端に、リズは不機嫌そうに眉をひそめた。

「リズベットじゃ無くて、リ、ズ!言った直後から忘れない!」
「あ、は、はいリズベッ(ギロッ)じゃ無くてリズ!」
「よろしい」
ふふーん、と笑いながら胸を張る彼女に、リョウは内心苦笑して、肩をすくめる。

『殆ど強制じゃねぇか』
けれどユミルには、これくらい強引な方が良いのかもしれない。そんな風に思って、あえて何も言わなかった。

「えっと、じゃあ……またね、リズ」
「えぇ、またのおこしを。お客様?」
ちょっと気取った調子で、ウィンクをしながらエプロンドレスの端をちょこんとつまんで言うその姿は、彼女の桃色の髪に違わず、とても愛らしく見えた。

────

2024年1月2日21:08

「~♪」
「…………」
鼻歌を歌いながら歩くリョウの後ろを、ユミルがトコトコ……と言うよりガシャガシャと音を立てて歩く。まだ重装備に慣れないユミルに、けれどもその装備のまま歩かせて居るのはやはり少しでも慣れさせる為と言う部分が大きい。
これまでの彼と比べ、圧倒的に重量のある装備を身に付けたユミルの歩みは、傍目に見ても明らかに遅くぎこちない。特に布中心の装備からいきなりの変更なのでその違和感は半端ではないはずだ。転ばないか見ている此方がひやひやする。

「転けるなよ~?」
「は、はい」
からかうように言ってやると、律儀に頷いてユミルは付いて来る。リンダースからすでに人通りの多い別階層に来ていたが、周囲の人々に対するユミルへの視線は鎧に着替えて以来は大分変わっていた。以前のボロボロマントの時はその薄汚さ、気味の悪さから、明らかに不快感や不気味そうな視線しか受けていなかった彼はしかし、今はどちらかと言えば、苦笑や微笑ましい物を見るような目で見られている。
それはそうだろう。先程までと同じく顔は見せていないとは言え、慣れない重装備でヨタヨタと歩く小さな兵士、と言うより“兵士の格好をした子供”を見て、不快感を示す大人と言うのは少ない。
寧ろその手の初心者(ニュービー)に向けるベテランプレイヤーの目線は、自分の初心者時代や子供らしさに重ねての優しさを含んだそれになりやすいのだ。
他人の視線等というのは、それを向けられる側の態度や格好一つでどうとでも変わる。リョウが素材を買った後直ぐに装備を作りに向かった理由の一つは、このようにユミルの格好を少しでも見られるようにする意味も有ったのだ。他人の格好や容姿に無頓着なリョウから見ても、先程までのユミルは正直ひどかったのである。

『にしても、使い魔を殺されたビーストテイマーねぇ……』
今まで意図的に考えていなかった事案について、リョウは歩きながらも考えを巡らせ始める。
と言っても、リョウ自身、そもそもビーストテイマーという存在についてそこまで知っている訳ではない。どのようにモンスターと関わり合うのか、どんな風に使い魔にするのか、そしてそれが運良くそれを為したプレイヤーにとってどんな意味を持つのか。それらについて、リョウが知っている事は殆ど無いのだ。

まして、何故ユミルの使い魔がプレイヤーに殺されなければならなかったのかなど知る由もないし、かと言って正面を切ってユミルに聞くなど勿論無しだ。必然的にリョウに出来るのはせいぜい、想像するくらいである。

『しっかし……』
さて、使い魔の手なづけ方はともかくとして、ユミルにとっての使い魔がどういった存在だったのか。これは、彼の今までの様子から容易に想像がついた。先程の態度からもわかる通り、この世界に置いて、彼はフレンドの一人すら作った事も無いようだった、言葉に(残念ながら)嘘偽り無く、彼にとっての使い魔は正真正銘産まれて初めて出来た友達。たった一人……否、一匹の友だったのだろう。
その友が殺されたのだ。その時の彼の心境や今彼がどれだけ必死かは、想像に難くない。だが……

『わかんねーなぁ、何で殺す必要があんだ?』
そもそも事例が希有すぎて予測が着かないのだが、他人の使い魔をわざわざ殺す理由と言うのは、一体何だったのだろう?例えば、その使い魔本体や、テイマーの方に強い憎しみや怒りが有る場合だが……高々一匹のモンスターに、其処までの憎しみを募らせると言うのは正直な所おかしな話だ。
モンスターと言うのは本来いくら殺そうが再湧出(リポップ)するのが当たり前。使い魔になろうがなるまいが、モンスターと言う大きな枠組みでみれば、特殊な類で無い限り特定のモンスターに憎しみを募らせるプレイヤーの例は稀だ。と言うかそもそもそんなに憎いなら、その特定のモンスターが湧出するフィールドに行って、そいつら相手に無双していれば済むだけの話である。

ともすると、ユミルの方が恨まれるような、あるいは憎まれるような事をしたのだろうか?いや、その可能性も考えにくい。

前述したように、ユミルにはフレンド登録した相手の一人すらいない。
そして、こんな事を言うのも何だが、フレンド登録と言うのは実はMMORPGではそれこそ言葉通りの“友人”と言う程の意味は持たない、かなりポピュラーかつライトな連絡手段の一つだ。
その登録相手は、偶に連絡する知り合いや、行きつけの武具店の店主、情報屋や偶に利用するプレイヤーショップのオーナーから、リョウのような攻略組に関しては各ギルドとの窓口役になっているプレイヤーのような仕事上だけの付き合い等、かなり多岐にわたる。
そんなフレンド登録にあって、ユミルの其れには一人の登録すら無かった。このSAOと言うゲームが開始されてから、既に一年以上が経っているのだ。はっきり言って、これは最早一定以上の人間との付き合いを、そもそも“持たない”事でしか不可能な域だ。そもそも他人と関わり合いを持っていないのなら、そもそも他人に恨まれようも、憎まれようもない。

『…………』
さて、その線が消えたとなると、他に考えられるのはその使い魔を殺すことによって殺した側に感情的な物とは違う、別な利益が有る場合だ。
一番に思いつくのは、モンスターを倒した時に得られるアイテムや、EXP(経験値)である。しかしこれにしても、高々一匹のモンスターを倒した所で得られる経験値等高が知れている。わざわざ他人から恨みを買うような事をして“使い魔”を殺してプラスになるような高い利益が有るとは到底思えない。

「…………はぁ。わからん……」
頭を軽く掻きながら、リョウは唸った。やはりこの少年に関する情報が少なすぎる。せめて……

「……なぁ、ユミル」
「へ?は、はい……」
せめて、彼の使い魔がなんだったかだけでも分かれば良いのだが……

「…………」
「……?」
脇目だけでユミルを見下ろしたリョウを見上げながら、ユミルがガション。と小首を傾げた。その奥の瞳は少しだけ、不安げにも見える。

「……そういやだるまって丸いから転んでもすぐ起き上がるよな」
「どう言う意味で言ってますか!?」
ニヤリと笑った一言にユミルがショックを受けたように言った、はっはっは。と笑いながら歩きだすリョウの後ろを、ユミルが不満げにむ~む~言って付いてくる。

其れを問う事は簡単だ。しかし此処に至るまで、ユミルは自分の使い魔に関する情報を、決して自分の口から言いだそうとはしなかった。
深く考え過ぎているのかもしれない。けれどリョウには其れが、その事を話す事自体を避けているように感じたのだ。……だから、今は良い。どちらにせよ、何れは分かる事なのだ、今は今で、目の前の事に集中するべきだろう。

────

「さて、この中のどいつかなんだが、たぶん割と分かりやすい所に……」
「あの、次は、何を買うんですか?」
「ん?あぁ、装飾品だ。少し調整したくてな……」
「?」
調整とはどう言う事なのだろう?と言うか、何を調整するのだろうか?そんな疑問が頭の中に浮かんだけれど、今はとにかくリョウさんに付いて行く事を優先しよう。そんな事を思って、ボクは慣れない鎧のままリョウさんに続いていく。

ボクらが次にやってきたのは、現在の商業プレイヤーが多く集まっているとある階層の、露店街。もう店じまいも近い時間だからか周囲の商人プレイヤー達には《ベンダーズ・カーペット》をしまう姿や、それまで人が居たのだろうと分かる空白が目立っていて、丁度、お祭りが終わる前の、少し物哀しい雰囲気をかもした近所の商店街を思いだしたりする。
そう言えばお父さんやお母さんと行った事は合ったけれど、それ以外の人と、お祭りなんかを回った事は無い。お父さんがいなくなって、学校に行くようになってからは、お祭りその物に余り行く事が無くなってしまった。……ボクはあまりクラスの子達に好かれている方ではなかったから。

「お、居たぞ。こっちだ」
「あっ」
と、ぼーっとしていると少しリョウさんから離れてしまって慌ててボクはその背に追いつく。スタスタと歩くリョウさんの歩幅はボクと比べると大分広いので、少し油断するとすぐに離されてしまう。
そして……

「おう、来たぜハーライン」
「はっはっは!やや遅かったようだね!いやいや構わないよ、真に美しい物を見るためには其れ相応に心の準備と言う物が「いやぁ悪かったなぁ店じまいする直前に」せ、せめて最後まで言わせてくれたまえ……」
「……」
えーっと、何て言うんだろ、こういうの……ボクたちの前にあるカーペットの上には、一人の男性プレイヤーが立っていた。けして大きいとは言えないベンダーズ・カーペットを舞台に見立てたようにして大げさな恭しい礼をしよう……として、リョウさんに出鼻をくじかれてこけかけたような体勢になっているその人は、片方の目に片側だけの眼鏡……モノクルだっけ?を付けて、髪は金髪の、多分、何かのアイテムできっちり整えられた髪型。それに、肩の部分に、名前は忘れたけど、服のフサフサ(ファー)が付いたとてもキラキラとした装飾付きのマントを着ていた。

「あいっかわらず凝った装飾してんなぁお前」
「いやいや、この程度ではまだまだだよ、わざわざ指名で依頼をしてくださるお客様をこの程度の格好で迎えるのはとても心苦しいんだが何分店じまいの一歩手前だったものでね、せめて君が淑女(レディ)であるなら私としてももう少し「そいで?依頼した物なんだけど、出来てるか?」私の台詞に割り込むのを楽しんではいないかね!?」
な、なんだか独特なペースを持った人だけど、リョウさんはどうやらこの人を扱いなれているみたいだった。

「メッセでも言ったろ?今ちっと急いでんだよ。お前語りなげーんだって」
「やれやれ、新しき年を迎えて早々にやってきたお客様からの扱いがこれとは、今年は前途多難だよ?」
「そいつは残念だったな。代わりに代金は弾んどくぜ」
「金銭的な問題では無いんだけれどねぇ」
はぁ。と溜息を吐きながら、ハーラインと呼ばれたその男の人は肩をすくめてやれやれと首ふる。うーん、やっぱりお芝居っぽい。

「まぁそれでもその早々の時期に御依頼を頂いた事は恐縮だね。何時も御贔屓にしていただけている事は素直にありがたい」
「お前の趣味はともかく、腕は確かだからな」
「ちょ、趣味はともかくと言うのは聞き捨てならないのだがね?私としてはそこが最も大事なものでだね……」
「はいはい良いからはよ答えろって。物は出来てんのか?」
身を乗り出すようにまた語り始めようとするハーラインを、リョウさんが呆れたように諌める。何て言うか、凄くなれてるなぁ……多分、ボクじゃ絶対にこの人と話すのは無理だと思う……

「やれやれ……愚問だとも。このハーライン、依頼された仕事もこなせないほど鈍ってはいないよ?」
「そりゃいい。後はもう少し語りが短いと良いんだがなぁ」
「?なにか言ったかね?」
「気の所為だろ」
後半をぼそっと言ったリョウさんの言葉にハーラインは首を傾げたが、リョウさんが誤魔化したので首を傾げてそのまま黙る。ちなみにだけど、ボクにははっきり聞こえた。うん、同感。

「それでは商品の受け渡しと行こう。しかし、全く真逆な効果の二つとはねぇ……これが御依頼の品だよ。本当はもう少し作りこんだデザイン性を重視したかったのだが、やはり時間の無さが痛くてねぇ」
「いや、デザインは求めてねぇよこの際」
やや溜息がちに言うハーラインから小箱を受け取りながら、リョウさんは苦笑した。だんだん、このハーラインと言う人がどんな人なのか分かってきた気がした。何て言うんだろう、あーてぃすと?自分自身の作る、装飾品に、“作品”としてすごくこだわりを持ってるんだって言う所では、きっとさっき会ったリズべッ……じゃない、リズと同じだけど、この人は“職人”よりも、“芸術家”としての面が強い人なんだと思う。

「そいじゃ失礼して……お、確かに、お前にしちゃ控えめだな」
「だろう?やはり装飾はもっと優美で煌めくような……「んじゃ、代金は?いくらだ?」この期に及んでまだ割り込むのかね!?」
またしてもリョウさんがハーラインの言葉に割り込む。さっきハーラインは楽しんでないかと聞いてたけど、うん、リョウさんこの顔は楽しんでる。

「全く……お代はこの通りだよ。それでこの装備は、両方君が付けるのかね?」
「ん?いや、片方は此奴だ。ほい、代金」
「うむ、これで取引成立だね。しかし……この子がかね?」
「あぁ」
「え、えと……」
と、不意にリョウさんが僕を指して、ハーラインが僕の顔を覗き込む。無意識の内にちょっと脚が下がった、ボクは自分でも自覚が有る位人見知りなので……その、こういう人は少し苦手なんだと思う。

「おぉ、これは失礼。私はハーライン、この通り、彫金師をしている。以後お見知り置きを。失礼ながら、君の名前を伺ってもよいかな?」
「え、えと……ゆ、ユミルです……」
「ふむ、美しい名前だ。叶うならその兜を取り、その顔を私の前に晒してはもらえないだろうか、小さな戦士殿?」
「は、はい……」
「……あ、ちょま……!」
やっぱりお芝居っぽい動きで言ったハーラインに、ボクは思わず自分が被って居た鎧兜を取ってしまう。フルフェイス型の其れが完全に外れる寸前、リョウさんが、何故か焦ったような声を上げたけれど……

「へ?」
いかにも遅かった。

「お、おぉ……おぉぉおおおおおおおお!!!!!」
「!?」
「あー、しくった……」
突然凄まじい大声を上げて、ハーラインがボクの手を掴んだ。いきなりの事に反応出来ずに掴まれるがままになると、ハーラインの顔が目の前に出て来る。

「プリンセス!!!!!」
「ひっ!?」
「ったく……しょうがねぇ……」
「あぁ、何と美しい瞳だ。その澄んだ翡翠はエメラルドすら及ばぬ輝き……そして金糸のような髪……我が瞳がつぶれないのが嘘のようだ……プリンセス、どうか、どうか私、ハーラインと婚姻の「すまん、許せ」ちがっ!!!?」
最後まで言いきるより前に、ハーラインが変な声を上げて吹っ飛び、後ろの壁に叩きつけられてそのまま地面にずり落ちてまったく動かなくなった。

「はぁ、二度目だな……此奴蹴るの」
「り、りり、リョウさん!?何したの!?」
「ん?蹴った」
「い、いやそうじゃ無くて、え、ハーラインさん気絶してる!?ダメージ無い筈じゃ……」
「いや、ダメ無くても勢いしだいでシステム保護の上からノックバック入るんだぜ?知らなかったのか?」
「普通知らないと思うんだけど!?」
余りにも驚いて目を白黒させながら僕はリョウさんに向けて突っ込む。なのにリョウさんは寧ろ楽しそうに笑いながら何でも無い事のように言った。

「いやまぁ金は払った後だったし。平気だろ。それより、ほれ」
「え、わっ!?」
言いながらリョウさんが投げてよこした鈍色のリングを、ボクは慌てて受け取る。其れは何かの植物の凄く細かい装飾が施されたブレスレットリングだった。きっと、さっきリョウさんがハーラインから受け取った物なんだろうと言うことはボクにも分かる。

「これ……なんですか?」
「ん?あぁ、Mobのヘイトを下げて、ついでに隠蔽率を上げる装飾品だな。ちゃんと装備しとけよ」
「は、はい」
言われて、ボクは装備ウィンドウからそのブレスレットを腕に付ける。一瞬消えたブレスレットは、すぐにボクの腕に装備された状態で表れた。
しばらくそのブレスレットとにらめっこをしていると、リョウさんが唐突に言った。

「……とりあえず歩くべ。行くぞ、あぁ、此奴頼むわ!」
「あいよぉ!」
「へっ!?」
リョウさんがすぐ近くにいた別のプレイヤーに言うと、その商人プレイヤーは苦笑しながら片手を上げて応じた。……ここでのハーラインの扱いが分かった気がする……

……

…………

………………

「さて、と……ユミル、これで準備終わりだ」
「ッ……」
歩きながらリョウさんが言いだしたその言葉に、ボクは無意識の内に息を詰めた。それは、つまり……

「今から目的地行くぞ、圏外出る。覚悟出来てんな」
「あっ、はっ、はいっ!!!」
圏外、これまでのようにシステム的な保護は一切ない、モンスターがひしめき、一歩間違えれば死が待っている、この世界の殆どを埋め尽くす世界。其処に、ボクたちは向かう。ボクの友達を……ルビーを、助けるために。

「おし、付いて来い」
「…………!!」
無言で、ボクはリョウさんに続いた。
意識しないままで、僕は胸の前に手を持って行く。

待ってて、ルビー。きっと……絶対に、君を、助けるから……!

────

転移門への道を歩きながら、リョウはふと考える。

『そういやぁ、ハーラインに聞くの忘れてたな……』
別にとりとめのない、ちょっとした思いだし事。何て事の無い、小さな記憶。

『一匹減ったって話だったし、聞いときたかったんだがな……』
リョウとハーラインの本来の関係は、彫金師と、“素材屋”である。リョウはハーラインに依頼された素材を手に入れて、彼の彫金や装飾の為に届ける漁師のような物。その代わりに、リョウは彼からは優先的にサービスを受け、通常の相場より多くのコルを受け取っているのだ。
そんな彼から、最近依頼されている素材が有った。と行っても、手に入るかの確率はかなり低い。つい最近合った出来事で、その可能性はもっと下がってしまった。

『ミストユニコーンの素材、ねぇ……』
戦いの時が、近づいている。
 
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