| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

応援

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

4部分:第四章


第四章

「また何時にも増して過激な記事だな」
「喜びをそのまま伝えました」
 こう上司にも報告する。胸を張って。
「これで駄目なら書き直しますが」
「いや、いい」
 上司はそれはいいとした。
「どうせ書き直しても同じような流れだからな」
「そうですか」
 本田は彼のいる新聞社と読者達からは激情の記者として知られていた。そのあまりにも感情をほとぼしらせた熱い記事が一部にカルト的に受けていたのだ。今では冷静かつクレバーな文体と記事の小坂と正反対でそれでいて人気を二分する名物記者となっていたのである。もっとも彼にとってはそんなことはどうでもよかったのだが。
「このままいく。この方が売れるしな」
「有り難うございます」
「相手は。わかってるな」
 上司は彼の顔を見上げて不敵な笑みを作ってみせてきた。
「御前の大嫌いな」
「わかっています」
 やはりその言葉も強いものだった。
「巨人なんかに負けはしませんよ」
「それを記事にぶつけろ。いいな」
「是非共」
 ここでも激情そのままの返事だった。
「書ききってみせます。阪急の日本一を」
「日本一か」
「阪急は勝ちます」
 これまた絶対の自信をみなぎらせた言葉だった。
「西本さんが。足立が。スペンサーが」
「強いぞ」
 上司はあえて彼に巨人は強いと告げた。
「わかってるな。王に長嶋だ」
「はい」
「小坂は彼等を冷静に分析しているがな」
「あいつは何て言っていますか?」
「言うまでもないだろう」
 返事はすぐでしかも一つだった。
「巨人有利だ。しかも八割以上の勝率らしい」
「それは阪急の勝率ですね」
 やはり負けてはいない。完全に阪急が勝つと思い続けている。
「まあ見てて下さいよ。あいつにも伝えておいて下さい」
「その言葉。信じていいな」
「若し勝ったら」
「勝ったら」
「俺にスコッチの最上級を奢って下さい」
 また随分と図々しい言葉だった。
「その時は」
「おい、俺が奢るのか」
「もうボトル用意しておくべきかと」
「全く。図々しい奴だ」
 口ではこう言っても苦笑いと共に溜息なので本音は違っていた。
「上司にそんなこと言うか。普通は」
「俺は普通ではないんで」
 自分であえて言う。実際のところ普通とはとても言える人間ではないのでこれはあえて自覚して楽しんでいた。彼も中々趣味が悪い。
「是非共」
「ああ、わかったわかった」
 上司もその申し出を受けることにした。心の中ではまあ巨人が勝つだろうと予想もしていたからだ。だからあえて受けることにしたのだ。
「その時はな」
「御願いします」
「阪急が負けたらどうするんだ?」
「その心配はありません」
 また断言する。
「では。今の阪急に資格はありますか」
「さてな」
 上司もここで記者らしい目になった。その目で冷静に分析しつつ彼に答えるのだった。
「一つあるとすれば」
「あるのですか、無敵阪急に」
「余所行きの野球をしないことだな」
「余所行き?」
「つまり自分達の野球をするということだ」
 彼が言うのはそれだった。
「西本監督の采配は確かにいい」
「ですよね」
 オーソドックスだが堅実なその際杯がいいと評価を受けていたのだ。西本はその生真面目な性格に相応しくオーソドックスな采配を好む男だったのだ。
「しかしだ。それでもだ」
「西本さんが本来の野球をされない時はですね」
「その時はまずいだろうな」
「そうですか」
「そしてだ」
 もう一つ気付いたのだった。
「あとは誰かが変な場所で意地を張らないことだな」
「意地を」
「その二つがなければ阪急にも充分勝機はある。選手の質は実際変わらないんだ」
 これはこの上司の持論だった。同じ野球選手なら、ということであるこれも一理ある。
「巨人だろうが阪急だろうがな」
「阪急の方が圧倒していますが」
「だから。話を聞け」
 人の話が耳に入らないのが本田の最大の特徴なのだ。困ったことに。
「いいか。問題はそれだ」
「その二つですか」
「そうだ。まあ全てははじまってみてわかるか」
 後はこう言うだけだった。そしてシリーズが開幕しあっという間に終わった。結果は阪急が敗れた。やはり巨人は強かった。世論ではこうだった。
 だが本田は。今にも血の涙を流さんばかりの顔で自分のディスクに蹲り。記事を必死に書いていた。
「その時スペンサーは思っただろう」
 阪急の助っ人でセカンドを守っていた男だ。大柄で好戦的かつクレバーな男である。今回の優勝の立役者の一人でもある。
「足立、君はよくやった。しかし」
 阪急の足立光宏が打たれた時だ。その時スペンサーは彼に握手を求め実際に二人は握手をした。その時のことを書いているのだ。
「野球は一人ではできないのだと」
「ふう、後は」
 横から小坂の声がした。
「川上監督のインタビューを載せて終わりか」
「そっちは楽しそうだな」 
 小坂の方を向こうともしない。しかし声は剣呑そのものだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧