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ワグネリアン

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第四章

「十年続けているんだよ」
「ある意味凄いですね」
「うん、彼等はね」
 それこそというのだ。
「十年も言い合ってるんだよ」
「喧嘩ばかりていましたか」
「喧嘩じゃないんだよ、あれで仲がいいから」
「そうですね、よく見れば」
 ウェイトレスも三人を見て言った。
「あの人達言い合いはしてますけれど」
「暴力は絶対に振るっていないね」
「わかっていないとか駄目だとか言いますけれど」
 三人共見事なまでに出している、こうした言葉を。
「罵ったりはしないですね」
「うん、つまりね」
「あの人達はですか」
「そう、普通にね」
 それこそというのだ。
「ああして言い合っててね」
「それを楽しんでいますか」
「そうなんだ」
「だからマスターもですか」
「言い合っていても大声じゃないね」
「ですね、声は抑えていますね」
「あれで紳士なんだよ」
 三人共、というのだ。
「しっかりとね」
「だといいですけれどね」
「まあ放っておいていいよ」
「わかりました、それなら」
「そういうことでね」
「私仕事に行きます」
 ウェイトレスは店にお客さんが来て言った。
「また」
「頼むよ、あの人達はね」
「放っておいていいですか」
「あれで害はないから」
 周囲にはというのだ。
「気にしなくていいよ」
「それなら」
「あの人達の楽しみだからね」
 ああして言い合うことがというのだ。
「気にしなくていいよ」
「それなら」
「はい、それじゃあ」
 こう話してだ、そしてだった。
 店の方は三人を置いておきながら働いた、そのうえで。
 三人は延々と言い合っていたがやがてだ、こう言うのだった。
「じゃあまた話そうか」
「うん、それじゃあね」
「またね」
 こう話してだった、そのうえで。
 三人は礼儀正しくお金を払ってだ、そして。
 普通に店を後にした、その三人を見てだった。
 ウェイトレスはマスターのところに戻ってだ、こう言った。
「何か普通にですね」
「紳士だね」
「はい、マスターの言う通りだ」
「だからいいんだよ」
「そうですか、あれだけ言い合っても」
「そうなんだ、気にしなくていいよ」
「わかりました、そういうことですね」
 頷いてだ、こう言ったのだった。
 しかしだ、こうしたことも言ったのだった。
「そう、放っておいてもいいですね」
「そういうことだよ」
 こう話してだ、そしてだった。
 ウェイトレスはマスターにだ、また言った。
「じゃああの人達がまた来ても」
「安心してね」
「応対しますね」
「ワーグナー好きはああだから」
「言い合ってもですか」
「あの人達はいいワグネリアンだからね」
 つまり礼儀正しいワーグナー好きだというのだ。
「いいんだよ」
「そういうことですね」
「そう、普通にね」
 マスターはあらためて言った。
「今度来た時もね」
「普通にコーヒーお出しします」
 ウェイトレスは普通に言った。そうして彼女の仕事をするのだった。彼等のことを心に留めたままで。


ワグネリアン   完


                      2015・12・14 
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