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ワグネリアン

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第三章

「あの二人、それも絶頂期だったからね」
「確かに二人はいいさ」
 神谷も二人は認めた。
「しかしね」
「それでもというのかい」
「そうさ、あの二人以上にだよ」
「ベームはよかった」
「そうさ、それにね」
 神谷はさらに言った。
「ワーグナー歌手はあの二人が最高じゃない」
「君が言うにはだね」
「テノールはルネ=コロ、ソプラノはヒルデガルト=ベーレンスだね」
 この二人だというのだ。
「最高はね」
「違うね、テノールとソプラノはね」
 脇坂も言う。
「メルヒオールとフラグスタートしかいないよ」
「その二人は古いね」
「ああ、実にね」
 脇坂が出したヴォルフガッセンとニルソンの前の世代のそれぞれのテノールとソプラノについてだ、神谷も岩田も言った。
「確かにいい歌手だよ、二人共」
「僕もそう思う、しかしね」
「古いというのかい、彼等が」
「一体何時の歌手なのか」
「大戦の少し後だね」
 彼等の世代はというのだ。
「それではもう歌い方が古くなっている」
「現代のものじゃないよ」
「過去だね」
「二人共ね」
「君達はそう言うから駄目なんだ」
 脇坂も負けじに言い返す。
「あの二人のよさは永遠だというのに」
「そうして過去を有り難がってばかりで前に進まないのはね」
「ワーグナーをわかっていないことだよ」
 二人もそれぞれ一歩も引かず言い返す。
「だから君は駄目なんだ」
「ワーグナーを知らないんだ」
「メルヒオールやフラグスタートで止まっているから」
「君はまだまだなんだよ」
「そう言う君達こそだよ」 
 言われても言い返す、それの繰り返しだった。
 その三人を見てだ、店のウェイトレスは眉を顰めさせてマスターに言った。
「あの」
「あの人達だね」
「また何か言い合ってますね」
「そうだね、ワーグナーがどうとか」
 こう言うのだった。
「この店に来たらだね」
「いつもああですね」
「困ったことにね」
 実にと言うのだった、マスターも。
「もう千日戦争だよ」
「あの人達の言い合いまとまったことがないですね」
「ないよ」
 それこそと言うのだった、ウェイトレスの娘に。
「僕は彼等をもう十年は見てるけれど」
「十年前からああですか」
「そうだよ、もう些細なことで引かないんだ」
「今度はニーチェとか言ってますね」 
 三人でだ。
「あとトーマス=マンとか」
「教養を出し合ってるね」
「出し合ってぶつけ合ってますね」
「それで三人共一歩も引かずにね」
「自分が正しいってばかり言って」
「あんなのをね」
 それこそというのだ。 
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