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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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昔妄想したものの書けず仕舞いに終わった幻のIS小説のプロット。

 
前書き
企画倒れになったIS二次小説のプロットを挙げてみます。
途中まで書いたんですけど、執筆時のテンションが当時の精神状況と相まって非常に独特だったため、今になって書き終えることが出来なくなってしまったという非常に奇妙な作品です。

タイトルは……『無位無官でありたかった』。これも決定じゃなくて仮の名前だったんですけどね。 

 
 
 主人公の名前は風原真人(かざはらまなと)。15歳男性。

 幼い頃に母親から酷い虐待を受けた挙句に育児放棄され、女尊男卑社会の歪みをモロに受けた地区で育ったために性格が猛烈に鬱屈。人間不信と爆発的な反抗心から以降孤児院から中学まで絶え間ない虐めと報復の暴力に明け暮れる日々を送るも、里親と親友に少しずつ心を開き、高校からは里親に孝行しようと考え始める。

 しかし、IS適性検査に引っかかったことで自分の進路を完全に捻じ曲げられ、あまつさえ家族と友達から引き剥がされることになる。彼にとって親友の存在は半ば依存さえしていたほどに心を許していたため、自分の意見を封殺された真人は精神的不安定なこともあって自殺未遂を起こす。

 以降、親友を得る前の反抗心剥き出しの状態で政府の施設に強制的に入れられ、教育を受ける。その際に「あること」が起き、人間不信に女性不信の症状が追加された状態でIS学園に入学することとなる。

 首元にはチョーカーが装備されており、これは政府が要した真人の「首輪」である。真人が暴れた際、このチョーカーから直接真人の体内に鎮静薬や睡眠薬が注入される仕組みになっており、操作する人間が誰なのかは真人さえ知らない。これのせいで真人は逃げ出すことが出来ない。



  第一章

 真人は学園に対する強烈な反抗心のせいか入学しても周囲には碌に口も利かず、常に一人で行動。特に担任の千冬に関しては潜在的な「大人は敵」というイメージから内心で敵視し、軽蔑しているそぶりさえ見せる。当然そんな態度を取っていれば周囲の女子からも陰口や悪口を言われるようになるが、むしろそれが真人にとっての「日常」であるために意に返さない。

 成り行きで一夏と順番でセシリアに勝負することになるが、この時点で既にセシリア=傲慢=いつも相手にしていた敵という認識で特別な感情を何も抱かない状態になる。また、この戦いが日本政府によるデータ取りの為の茶番であることに強烈な不快感を感じつつも、両親が政府の管理下にあるために直接的な犯行はせずに表面上恭順する。

 生徒会からの監視も兼ねてのほほんと同室になるが、ほぼ完全無視。あるときに「よく見る悪夢」から目を覚ました際にのほほんが心配して水を差しだすが。その姿に過去の様々な光景がダブった真人は拒否。半ば被害妄想のような感情から「俺を見下すのは止めろ」と告げ、のほほんを泣かせてしまう。

 のほほんには、真人が何を考えて、どうして自分を拒否するのが分からなかった。彼の経歴は知っているし、ある程度は理解しているつもりだったが、実際にはうわべだけの事。当の本人が一切心を開く気がないために、自分が彼の触ってはいけない部分に触れてしまったのだと感じて深く思い悩む。
 なお、この頃から真人の評判が癒子などを中心に本格的に悪化し始める。


 セシリアとの決闘では計算上打鉄でセシリアには勝てないことは理解していたが、一瞬の隙をついて猛攻を仕掛ける。これは委員会や政府に対する完全なパフォーマンスなのだが、馬乗りになって顔面に拳銃を発砲し続けるという余りにも暴力的な攻撃はセシリアを恐怖させる。

 同時に、それほどまでに過激な攻撃を仕掛けたにもかかわらずセシリアの抵抗で敗北した真人は、この勝負そのものに全く興味がないように立ち去ろうとする。そこでセシリアは、真人が常人と根本的な部分で違う存在であると感じ、何のために戦うのか問いかける。
 真人が戦ったのは実質的に親の為だ。血の繋がらない里親だし散々迷惑をかけて泣かせたが、それでもやっと理解しあえた両親に余計な心労を賭ける結果にならないために敢えて狗のふりをした。だから真人の回答は「家族のため」の一言だった。

 その後、セシリアは一夏と戦う前の休憩時間にもう一度真人と出会い、少しばかり家族の事を話し、「家族の為に戦える貴方が羨ましい」ということと、セシリアがそのような人間であることを伝える。それまでセシリアの名前を覚えてさえいなかった真人はセシリアが何故そんな話をしたのが理解できずに怪訝な顔をするが、セシリアの中に無意識ながら中学時代の親友にあった「芯」のようなものを感じ、少しだけ話をした。
 「オルコットの名は、お前の母親と父親が名乗った姓だ。それを名乗るお前は今、両親と肩を並べている」。最悪の家族だった肉親の姓を捨てた真人なりの解釈だったが、セシリアはどこか得心がいったような表情を浮かべた。
(なお、この際に軽いジョーク交じりの会話まで交わし、真人はセシリアが思ったよりキュートな人物であると感じた)

 彼を巡る環境は最悪だが、セシリアとは少しだけ通じ合えたのであった。

 なお、千冬たち教師も教える側として若輩ながらも真人を見守ろうと考えていたため、セシリアと親しくなったことを喜ばしく思う。しかし、彼女たちは真人を巡る様々な困難の入り口にすら立っていない事を、まだ知らなかった。

 


 第二章

 一夏は、IS学園という環境が内包する歪な認識に気付き始める。セシリアにまぐれ勝ちした一夏はやたら褒められているのに、自力でセシリアに肉薄した真人の評価が異常に低いどころか一方的に貶されていた。更に箒に「そもそも一夏の住む地域の外では更なる女尊男卑が広がっている」という事実を知らされる。
 あんな存在が、自分たちと同級生――真人には避けられているが、彼が努力をしたであろうことは一夏にも想像がついた。故に、そんな事実も確かめようとせずに一方的に是非を決める周囲が許せない。でも自分と話している時はどこまでも普通で『善悪の境』が見えない。少しずつ、一夏は自分が正しいのかと悩み始めていた。

 一方、真人は上級生からも目を付けられ、一瞬の隙を突かれて階段の下に突き落とされる。新聞部の薫子は偶然にも両者に気付かれない場所から決定的な瞬間の撮影に成功したが、なんと虐めをしたのは薫子も親しい友達だった。これを公開すれば大ニュースだが、同時に友達に対する裏切りに等しい行為を行うことになる――薫子はどうすればいいのか分からず、問題を先延ばしにする。

 真人はこの際に腕の骨にヒビを入れるが、傷を負っているという「弱い姿」を周囲に悟られれば付け入る隙を作ると考えて敢えて何食わぬ顔で授業を受ける。一応ながら千冬の小耳に入れるが、骨のダメージは隠していた。しかしスポーツ経験者の箒に僅かな仕草からダメージを見抜かれる。
 結局大事になり生徒会手主導で犯人探しが行われ、薫子はとうとう沈黙していることに耐えきれず楯無に密告。真人を階段から突き落とした上級生は「諸事情で退学」になった。これが真人=権力を傘にするというイメージが上級生に定着する切っ掛けを作り、真人の迎えたくなかった結果を迎える。

 その後、IS委員会から回された専用の第二世代IS『雑多(ミソラス)』を受け取った真人は、思う。ISに本当に自我があるのなら、その自我は地獄を彷徨っている。「お前は産まれてから死ぬまでずうっとこのISという棺桶に縛り付けられて、他人に動かされてるだけだろうが。まるで俺だな」。

 その日、真人は奇妙な夢を見る。そこは嘗て自分が虐待されたアパートの一室。最悪の思い出の塊。見るのも嫌だった真人は玄関先に置いてあったバットで室内を滅茶苦茶に壊すが、それを白いワンピースの少女が止める。「どうして壊すの?ここは貴方の心の中よ?」。少女はここが真人の目の前に現れたのは、ここが真人にとって大切な場所だからだと言う。そして、何度も壊してはいけないと止めに入る。「貴方って変よ。自分の大切な場所を自分で壊して、そのくせどこにも行きたがらない」……やがて、夢は覚めた。

 流石に精神的な疲労が蓄積してきた真人は、未だにしつこく近づいてくるのほほんと少しだけ話し合うことにする。彼女が生徒会の回し者であることは気付いていたが、逆にある程度の意思疎通が必要だと感じたからだ。唯一の趣味である「魚を釣らない釣り」に彼女を誘い、率直な意見を告げる。

 口を開くと直ぐに弱音を吐きそうになる。身の上を語れば必ずと言っていいほど同情される。そんな風に周囲に思われるのが嫌だから、口をききたくない。お前も余り積極的に関わろうとするな――そんな不器用で意地っ張りな自分という存在を伝え、「俺は付き合いが最悪な嫌われ者でいい」と告げる。
 が、のほほんは「でもせっしーと仲良くしてるじゃん」とご立腹。自分もセシリアのように自然体で接したいんだと言いたい事だけ伝えてどこかに行ってしまった。

 直後、束が正体を隠して真人の元に現れる。彼女は元々イレギュラーな彼を嫌っている節があったが、直接会話したことで決定的になる。二人は会話をするのに、互いに一切分かり合う気が無かった。真人は唯の塵の一つ――その塵の一つと、束の思考パターンが似ていた。その事実が、束のプライドを僅かに傷付けた。「あいつは死んでもいい。守らなくてもいい」。束はこれから訪れる一つの事件をまるで無視することにした。

 同刻、鈴が学園に来るも原作通り一夏と喧嘩。ただし、一夏は学園に渦巻く見えない悪意のせいかそれまでほど短絡的な思考はしていなかったため、リーグ開始前に和解することとなった。その頃、のほほんと二人きりで真人が出かけたことを聞いたセシリアはモヤモヤした感情を覚える。その感情の正体が「恋」じゃないかと同級生に面白半分で指摘されたセシリアは、何故かその言葉を否定することが出来なかった。




  第三章

 のほほんとセシリアのせいか少しずつ毒気が抜かれて自然体になっていく真人。しかし、上級生との嫌がらせ合戦が発生して「自分か敵地にいる」という潜在的な敵対意識を喚起され、再び人間不信よりへと偏っていく。
 そんな中、真人は「日本政府主導の健康診断」に向かわされることになる。真人の国籍は日本政府の預かり故に、怪しくても面倒でも行かない訳にはいかない。学園は監視役兼護衛として真耶を同行させ、政府の車に二人は乗り込む。

 真耶は日本政府に対して警戒心を抱いており、普段のおどおどした態度からは想像もつかないほど冷静な態度をとるが、精神が不信感よりで大人を信用しない真人は一貫して内心で彼女と距離を取る。真人は真耶さえ実は日本政府と通じているのではないかと疑っていた。
 実は日本政府の教育機関に強制的に叩き込まれた際に真人は手痛い「裏切り」に遭っており、どの組織も信用しきれないでいたのだ。更に日本の『IS庁』長官が殺害されたというニュースが届き、真人はこの車が本当に政府の命令で出された車なのかさえ疑い始めていた。

 そんな折、高高度からレーザー攻撃を受けた車が大破。真耶やボディガードを見失った真人は、そこでレーザーの熱が社内に充満したことで全身を焼かれたガードマンの死体を発見し、パニック状態に陥る。生まれて初めて目撃する、余りにも生々しい現実にその場で嘔吐した真人はもうだれも信用できなくなった。政府の護送さえバレたのだ、犯人は絶対に自分を狙っている。

 そんな折、タイミングよく真耶が姿を現して真人の安否を気遣う。だが不信感とパニックが重なった真人は完全に冷静さを欠き、真耶をテロリストと勘違いしてIS拳銃で発砲。頭部を撃ち貫く。
 殺人の事実に冷静さを取り戻し、自分が取り返しのつかないことをしたと激しい後悔と不安にさいなまれる真人だったが、殺した筈の真耶が立ち上がる。「あ~あ……(まな)ちゃんったらツレないんだから。そんな所も愛しいんだけどね?」。彼女は全身にスライムのような兵器を纏って真耶に擬態したテロリストだったのだ。銃弾はその得体の知れない装備に衝撃を吸収され無力化されていた。

 テロリストの女は真人を安全な場所へ連れて行くと告げる。「真ちゃんの為なら私はなんだってしてあげる。組織を敵に回してもいい、それでも絶対に幸せにする。だからねぇ……来て?」。全く信用が出来ない筈の言葉なのに、真人は何故かそのテロリストの言葉に「本気の気遣い」を感じて戸惑う。その瞬間、本物の真耶が現れてテロリストと真人の間に割って入り、交戦を開始する。「私の生徒から離れなさい!この不純異性交遊者(クソビッチ)ッ!!」。

 その頃、裏から真人を護衛していた更識の裏部隊はすぐさま彼と真耶の保護に動こうとするが、レーザー砲撃と共に突如現れた謎の武装集団が都心を行き交う人々に無差別銃撃を開始。住民を護るために援護に行き損ね、足止めを受ける。
 テロリストは真耶の予想外の抵抗のせいで「時間切れ」に陥り撤退。しかし、戦闘開始前の砲撃で腹部や足に大きな火傷と裂傷を負っていた真耶は出血で意識不明になり、真人は真耶を治療するために救援に来た自衛隊を頼る。祈るように待つ真人の元に、彼女に緊急手術を施した医師の女性が現れる。一先ず真耶は助かったらしい。だが、疑っていた真耶に人生でほとんど見たことがない「大人が責任を持って子供を守る」という光景を見せつけられた真人は、自分の愚かしさに苛まれる。しかも彼女が重傷を負ったのは自分が狙われた巻き添えであることが更に圧し掛かった。
「自分の所為なんて思わない事ね。こういうのは治せなかった医者が悪いって思いなさい」。「……それで割り切れるほど、真っ直ぐ育っちゃいません」。「自惚れてんじゃないわよガキンチョ。人は死ぬときは死ぬの。そう出来てるんだから、命が残ってて健常者と変わらず生活できるならそれを喜びなさい」。「……はい」。医者の言う事は納得できなかったが、真人はそこにプロフェッショナルの精神を感じた。

 遅れて更識部隊の一人が真人に状況を報告する。テロリストや砲撃によるビルの倒壊で十数名の死者と100名単位の負傷者を出したという事実を、真人は沈痛な面持ちで受け入れた。更にテロリストは何者かによって薬と催眠で操り人形にされた存在であり、今回の為の捨て駒にされた一般人だったという。事件終了と前後して全員が捕縛されたが、半数は心不全や精神崩壊で死亡し、残りも廃人同然。更識からしても真人からしても、政府からしても……あまりにも犠牲が多すぎた

 そんな折、母親が重傷を負ったという子供が真人に石を投げつける。ISのスキンバリアで弾かれる無意味な行動だったが、それに呼応するように生存者が一斉に真人と、更には治療中の真耶にまで責任を押し付けて騒ぎ立てる。責任を全うした真耶まで責められたことに苛立った真人は周囲に「IS操縦者にはそもそも人を守る義務など無い。そんな社会に文句も言わずに恭順していたのはお前達だ」と罵倒する。大人たちは黙りこくったが、石を投げた子供だけは何一つ納得できていなかった。真人はその少年の瞳に、幼い頃の荒れていた自分を重ね、「彼だけが真実を見つめている」という錯覚を覚えた。

 意識を取り戻した真耶は真人を気遣うが、すっかり卑屈になり責任を感じていた真人はそれでもなお本心を隠そうとする。真耶は真人が無理している事をすぐに見抜き、全力で本音をぶつけて真人に溜めこんでいる感情を少しでも出してほしいと要求する。すると、真人は上ずった声でこう告げた。
「先生のお腹の傷は跡形もなくスッキリ消せるそうですけど、右足の火傷はどう治療しても痕が残るそうです……俺に付き合って巻き込まれたばかりに、一生ものの傷を負わせてしまいました」。自分はこんな立派な人間に関わるべきではない――彼はそう思っていた。しかし、そうやって辛い事を自分のせいにして取り込んでしまうことこそ、真耶が最も彼にして欲しくないことだった。二人は言いたいことも言えないまま距離だけが縮まり、すれ違う。

 一方学園ではゴーレム襲撃事件が発生して一夏がこれを原作通り解決する。しかし、鈴が「一歩間違えば全員死んでいた」と泣きながら訴えたことで、一夏の心にまた一つ「何が正しいことなのか?」という漠然とした疑問が積み重なる。二律背反的なその問いに正答など見つからない。
 さらに、自分がそうして事件を解決している裏で真人があまりにも過酷な事件にぶつかっていたことを知った一夏は、自分の力が余りにもちっぽけであることを再度自覚させられた。「俺は、風原のやつを助ける事は出来ないのか――?」。そんな事は、ない筈だ。




  第四章

 風原達の知らない場所で三つの動きがあった。一つは男性IS操縦者と専用ISについて情報を抜きだそうとするデュノア社。一つは千冬の個人的な真人護衛依頼を受け取ったラウラ。そしてもう一つ――真人の父親である風原真二の行方を掴んだ日本政府だ。

 間宮真二は女性をとっかえひっかえしながら借金取りから逃れる生活を送っており、真人はそんな中で生まれた子だった。真二は子供が出来て暫くは真人の母親の「ユウミ(現在行方不明、身元不特定)」と暮らしていたが面倒になり逃走。その後も数人の女性と関係を持った後、二人目の子供を授かっていた。その後の真二の行方はぷっつり途切れている。
 この父親の遺伝情報に男性IS操縦者の謎が隠されている可能性を考えた政府はその女性の娘を半ば強制的に保護し、母親も連動して身柄を保護する。現在の生活を壊されたくなかった娘だったが、母親は「連れて行きたいなら連れて行けば?私には関係ないし」と保護されることより自分だけの環境を優先。彼女はもとより「母親らしい母親」ではなかった。それでも母親だと信じていた娘は身勝手な理論に怒りが爆発し、人間関係上の絶縁状態になる。

 真人の異母兄弟に当たる少女――中学3年生の「九宮梓沙(このみやあずさ)」は母親を恨んだ。身勝手ない政府も恨んだ。しかし最も恨んだのは、父親と顔も知らない兄だった。「絶対にぶん殴ってやる……ッ!!」IS学園強制編入の準備中も、その意志は揺るがなかった。


 一方、人が死ぬ現場を見た真人はその日、夢を見る。いるのは再び忌まわしいあのアパートの一室。そこで真人はテレビを見ていた。テレビの画面越しに、あの日に自分を責めた人々が口々に「お前のせいで喪った」と真人を糾弾した。そこに、前の夢にも出た少女が現れてテレビを遮る。
 自ら苦しむような映像を見る必要はない筈だ、と少女はテレビの電源を切ろうとするが、真人はテレビを見続けた。あの人が不幸になったのは、ろくでなしとろくでなしの間に生まれた屑の自分がこの世に存在したから。それが動かしようのない事実だと、真人は受け入れてしまっていた。
 そのうちに少女は泣き崩れる。「どうして自分から苦しみを受けようとするの?貴方が苦しいと、私も苦しいのに」。真人は、何故この少女がここにいるのかを微かながら疑問に思った。

 現実世界でも真人には重い現実が圧し掛かる。死体を見た心的外傷から肉を見るだけで吐き気を催すようになった真人の身体はさらに弱り、もうのほほんの手助けを突っぱねる余裕もなくなっていた。事実上のほほんに体調管理されながら、真人は部屋の外ではしゃぐ生徒達を見つめる。
 ほんの数日前、日本の都心で死者が出たのだ。正体不明のテロリストに執拗に弾丸を撃ち込まれて即死した人も、建物の下敷きになるぺちゃんこにされた人も、何が起きたのか分からないまま消し炭になった人もいるのだ。人間らしい死に方ではない理不尽な死に方をしたのだ。ISと自分のせいで。しかし、人々は何事もなかったように時を過ごしている。
 「あれだけ死んで、副担任まで死にかけても所詮は他人事かよ……狂ってる」。のほほんによるとあの事件は倒壊事故ということにされたそうだ。あの恐ろしい事件はそんな陳腐な言葉に変えられてしまった。のほほんは、普通に生きている人間を怖がらせないように情報操作するのは仕方ないと言った。そして、本当ならば自分たちのような裏の人間が全部泥を被ればそれでいいのだという。しかし、それは目を逸らしているだけだ。「全部嘘っぱちじゃないか。こんなの……騙されてるだけじゃないか」。

 同刻、時系列的に一足先に学園に到着することになったラウラが入学する。ところが真人の護衛を任されたラウラは一般生徒としては極端に不器用で、行動の多くが空回ってしまう。余りにも飛び抜けた世間知らずっぷりを不審に思った真人は本人にその事を詰問し、そこで初めてラウラが幼いころから兵士として育てられていた事を知る。
 幼いころから世間を知らずに半ば強制的に兵士としての性能を求められながら生きてきたラウラは外の事を何も知らない。ただ、兵士として落ちこぼれていた頃に千冬に教官として助けられ、深い恩があるとラウラは説明したが、この時真人は千冬に激しい怒りを覚えた。

 真人は、子供の環境は親によってすべてが決まると強く信じている。だからラウラのようにどうしようもない場所に残された子供がそこから肉体的、精神的に脱出するには、大人が助けるしかない。なのに、千冬はそれをやっていない。やろうと思えば出来ただろうにやらなかった千冬。その癖過去の恩を利用してラウラをこちらに嗾ける千冬。それは真人が最も嫌う「汚い大人」に限りなく近い印象を与えた。

 真人は千冬にそのことを詰問するが、それに対して千冬は冷ややかだった。千冬は物事がそう簡単ではないことを知っているし、ドイツ軍に干渉することが孕む問題も極めて冷静に見極めている。それに――千冬はラウラ達くらいの年頃の時、一夏を護りながら運命を自力で切り開いてきた。「子供だからと言って自力で出来ないことなどない」。これが真人と千冬の価値観を真っ二つに分けた。『現実を知らない甘えた子供』と『人の心が分からない薄情な大人』は喧嘩別れした。

 以降、真人は千冬に対するあてつけのようにラウラに一般常識を教え込んでいく。時にはセシリアやのほほんの力も借りて、ラウラを千冬無しでも生きていける存在にしようと意固地になっていた。それは結果的に普段感情を表に出さない真人の本来の姿を出す事になり、気付かないうちに真人とクラスメートの心の距離は縮まっていった。ラウラも真人を護衛対象という目線から「第二の教官」として感じ始め、真人の独特の常識教育によってきちんとしたコミュニケーションが取れるようになっていく。

 だが、そんな中で担任の千冬は苦悩していた。真人の考えていることが分からない。生徒ほど距離が近いわけではない千冬は真人の考えが理解できず、どう対応すればいいのかが分からずにいた。前に喧嘩した時には微かに彼の本音を感じたが、当の本音が千冬と相容れなかった。「だったらどうしろというんだ、お前は……!」。生徒を特別扱いしないことを心がける千冬だが、言葉に出来ないもどかしさが苛立ちを覚えさせていく。
 更に、千冬にはもう一つ真人と相容れない部分があった。異母兄妹の「九宮梓沙(このみやあずさ)」が近々入学することについて、真人に伝えた時の事だ。彼女の面倒を見てやるように伝えた千冬に対して、真人は拒否した。「向こうはそんなことは望んでいない。むしろ殴りたいくらいに思ってるだろうよ」。そんな勝手な予想を根拠に、自分の妹の存在堂々と拒否する――それは弟を第一に考えて生きてきた千冬からは到底受け入れがたい価値観だった。

 だが、ラウラの時に風原はこうも言っていた。『あんた、ラウラを助けるのが面倒になったんじゃあないのか?』。風原の発した言葉が千冬の頭から離れない。あいつと自分が同じである筈がない。なのに――生徒として特別扱いはしないと決めているにも拘らず、千冬はどうしようもなく真人のことが「嫌い」になっていた。




  第五章

 シャルロットは父親が嫌いだった。一流の人間の一流の考え方。実に無駄のない合理的な思考。そして、「シャルにはそう接した方が利益がある」という思考の元の発言。その何もかもがシャルにとっては気に入らないのに、シャルが父に逆らえない立場にある事を父はよく理解している。シャルが反撥心を持っている事も、内心で悪態をついていることも、すべて知っている。だから、彼はシャルを道具として最大限生かせるように「大切にする」。

 男のふりをして学園に入学した時にシャルが感じたのは、全てが薄っぺらい世界。薄っぺらい嘘と、それを見抜こうともしない薄っぺらい人々。シャルルとしてクラスに歓迎されたときにシャルが真っ先に感じたのは、一方的な好意に対する嫌悪だった。自分は女なのだ。なのに、誰も気付かない。誰もが「男の生徒で転校生」であることが大事なのであって、シャルロット・デュノアのことなどどうでもいいと考えている。シャルはクラスという単位を「衆愚の塊」だと思った。
 同時にシャルは思う。こうして他人を下卑している癖に、自分は唯の社長の駒でしかない。騙している妾の子の分際で、周囲を見下す事しか出来ない非力な存在。そして何より、本心を一言も漏らさずに全部自分の中に仕舞い込んでいる嘘つきな自分。シャルはそんな自分が一番嫌いで醜いと思っていた。

 そんな中、シャルは一人の男に目を引かれた。不快に感じたことを不快だと言い放ち、周囲に何一つ遠慮せずに空気を乱し、他の誰よりも『自分らしい』ということを貫く。周囲がへらへらとシャルを迎合する中で、シャルにひとかけらも心を許す気がないその男の名は真人。
 彼と同室になった(のほほんはほぼ通い妻状態なので実質3人?)シャルはどうにかこびへつらって彼と仲良くなろうとするが、彼はどこまでもシャルを突き離す。そのうちに本心を隠すのが馬鹿らしくなってきたシャルは、真人の前で少しずつ自分のお利口でない部分を吐露するようになる。

 父親に押し付けられた地位に甘んじているシャルの不満や本音。それは日本政府の監視下に置かれているも同然の真人の考えと符合する点が多く、真人は次第にシャルを「仲間」として認めていく。シャルもま真人と喋っている間は押し付けられた任務の事を忘れられる。シャルも真人も段々と砕けていき、周囲もそれを見て態度を軟化させる。全てが上手く行っているように見えた。

 しかし、ある日突然それは訪れた。

 些細な事故と勘違いから、シャルが女性であることが発覚したのだ。真人は当然最初こそシャルのことを本当に男性なのか疑ったが、学園が何も言わずに通したことを鑑みてシャルが女っぽいだけの男だと考えるようにしていた。だが、実際には女性だったと判明した時、真人の心にトラウマが蘇る。

 今までに幾度か受けたことのある、女性から男性への性的暴行の経験、それに対する憎しみと不快感。そして何より政府の施設に押し込まれた頃に教育係をしていた――真の母親とはこんな人ではないかとさえ思った――女性が実際には「真人を操り人形にするための調教係」だった事を知った時の不信感。それが一斉に蘇った真人は、叫ぶ。「俺を裏切ったな……俺を裏切ったなぁぁぁーーーッ!!」。シャルからすればそれは突然の豹変だった。

 シャルはそのまま部屋から荷物ごと一方的に追い出される。最初は戸惑い、やがて「確かに嘘をついていたのは悪かったなぁ」とぼんやり考えたのだが、たっぷり2時間ほど考えたシャルは自分が全然真人の対応に納得していない事に気付く。それまで割と仲良くしていたし、割と共感する部分も多かったし、今更「実は女でした」だけであそこまで怒られる謂れはないのではないか。要するに、シャルはちょっと怒っていた。
 シャルは改めて真人の部屋に行く。一度素直に騙していた事だけ謝ってもう一度話し合えば分かり合えるだろうと思ったのだ。しかし、真人の部屋の前には何故かのほほんが通せんぼをしていた。のほほん曰く、泣いてるらしい。やけ食いしているらしい。誰にも会いたくないと意地を張ってるらしい。

 想像以上に甘ったれで乙女みたいなことになっている真人にシャルは呆然とする。何というか、イメージと違い過ぎる。しかしのほほん曰く真人は元々意地っ張りで脆い人間らしい。その口調はどこかキツく、まるでシャルが悪者のような物言いだった。

 翌日、別にハニートラップなどをする気はなかったと謝りにいくシャルだが、真人はそれを無視。しつこく追跡するも無視。全力無視。真人が何を考えているのか分からないシャルは戸惑い周囲に意見を求める。すると一夏から「意固地になってるんじゃないのか?」という意見と、セシリアから「あの人と分かり合うには真正面から喧嘩を売るのが一番ですわ」という意見を受け取る。

 シャルは、シャルからしてみればものすごく些細なことでここまで意固地になる真人に完全にキレた。「おどれは面倒くさい乙女かぁぁぁ~~~~っ!!」こうなったら意地っ張りの『仲間』と真正面から戦争だ!シャルは教室内でツーマンセルトーナメントで絶対に真人を倒すと盛大に宣戦布告した。

 真人勢力(のほほん、セシリア、ラウラ)とシャル勢力(一夏、箒、鈴)は真正面から……半ば無理やり引っ張られる形で激突。最終的に真人&ラウラと一夏&シャルの正式試合での激突に発展。売り言葉に買い言葉で、ラウラも潜在的に一夏に持っていた嫌悪感を一方的にぶつけ初めて試合は泥沼と化した。
 乱闘の末にラウラ、一夏はダウン。最終的に残ったのは武装が全て壊れたミソラスとリヴァイブのみ。二人は互いの不満や本音をこれでもかというぐらいぶちまけながら殴り合いを開始。僅かな僅差で真人のミソラスがパワーダウンするも、二人は完全にお構いなしでISを脱ぎ捨てて更に殴り合う。
 「何が社長の妾の子だ!悲劇のヒロインぶりやがって!!」「そっくりそのままお返しするよ悲劇のヒーロー気取りのイタイ人の癖に!!」「分かった風に言うな、男モドキがぁッ!!」「僕だってあんなクソ親父さえいなきゃ女の子としてスカート履いてたよっ!そっちなんか腰抜け犬のくせに!負け犬馬鹿犬政府の犬!」「うるせぇッ!!俺だって首のチョーカーと家族の事さえなけりゃ好き好んであんな屑連中の言いなりになんかなるかぁッ!!ISなんぞクソくらえだッ!!」「悔しいけどそれだけはちょっと同意だねッ!!だから今脱ぎ捨ててせいせいしてるよ、このフランス製疫病神の鉄屑にねッ!!」「俺もこの国連が寄越したポンコツを捨てて胸がすく思いしてらぁッ!!」

 全国放送で垂れ流しになる余りにも低俗で問題発言だらけの二人の口論。本格的な護身術を利用して確実にダメージを与えるシャルだが、真人も異常なタフネスで容赦なくシャルを殴っていく。やがて互いに顔面がボロボロになるまで殴り合った二人だったが、元々体が弱り気味だった真人が先にダウンしてしまう。

 まだまだ言い足りないしぶん殴ってやりたい気持ちのシャルだったが、腫れあがった彼の真人はシャルにもたれかかりながら「ごめん」と一言呟いた。その瞬間、シャルの瞳から涙が零れた。「僕も、ゴメン」。先ほどまで怒っていた筈なのに、不思議とその時の二人は冷静に自分にも非があったことを素直に認め切れていた。ぽつぽつと自分が本当に言いたかったことを伝え合った二人は、互いにもたれ合うように肩をよせてアリーナを去っていった。呆然とする観客たちを置き去りにして、『仲間』として。
(レーゲン暴走は起こらないまま終了)

 全国放送で色々と暴露してしまったシャルは、社長の事を気にしないで女として真人の友達になる事を選んだ。当の社長は「娘の意志を尊重するために一計を案じた父親」としての役割を演じ切り、馬鹿な民衆を騙し切ったようだ。それももうシャルには興味のないことだった。




 
※プロットで説明しきれていない話。

セシリアは真人の第一人者的な存在で、真人とは軽口やジョークを言いあうくらいには仲がいいです。元々友達少ない勢のせいか、よく真人と共に歩いている所を目撃されます。内心で「わたくし、ひょっとして真人さんのことが好き……?」とか思ってます。

のほほんは、真人のメンタル保護を更識に依頼され、当人の人の好さもあって真人という人物を理解するために最前線で試行錯誤する存在です。最初はかなり邪険に扱われますが、涙は出ても決してあきらめません。今では体調管理係になり、真人の心の脆い部分にそっと手を添えています。

ラウラはクラリッサに間違った知識を与えられては真人含む周囲に即座に是正されることで、段々と真人間(まにんげん)になっています。天然ボケのラウラの間違いを真人がどこか間違った視点から修正する様は日常茶飯事で、見ていて妙に和むと評判です。

シャルは完全に「新たな友達」であり、男女間の友情を成立させています。距離感はセシリアに近いですが、一緒の部屋に住んでいる彼女はそこからさらに一歩踏み込んで真人をからかったり、逆にからかわれたりします。信密度だけなら一番真人と近いです。

鈴はのほほんと友達になり、その過程で真人のことをいけ好かない奴と思っています。が、日本時代や中国での代表候補争いのせいで、虐めや人間関係に対する価値観は真人と似ています。理解は示しているけど慣れあう気はない、ある意味真人が一番接しやすいタイプです。

簪は、割と序盤でのほほんが泣かされたことに腹を立てて生徒会メンバーに復帰。なんやかんやで楯無とそれなりに打ち解けている。共通の敵を前に人類は一つになるようだ。

 山田先生はあれ以来真人と出くわすたびに昔の男と再会ような微妙に意識し合う空気を醸し出しています。距離そのものは縮まっており、教師に素直に従わない真人がちゃんと従う先生一号として周囲の同僚から「スゲー」って言われたり「年下キラー」って言われたりしています。

唐突に存在が語られたと思ったら殺されたIS庁長官は、IS登場から間もなくしてこういう庁を作るべきだと主張して実際に作り、長官になった女性です。能力主義者で、女だろうが男だろうが仕事が出来ないなら無能とバッサリ切り捨てる容赦のない人でした。この事件を切っ掛けに、彼女の部下だった男性の一人が「仇討ち」のような感情で裏での調査を開始します。
ちなみにこの日から数日、IS庁で働いていた女性の一人が車内に拘束された状態で何かの薬物を点滴で入れられ心停止しているのが確認されます。犯人はどうやら彼女になりすましてIS庁に侵入したようです……。
  
 

 
後書き
予想以上に長くなったので分割します。 
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