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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第十七話 アントワッペン騒乱

 時間は前後して、マクシミリアンが別室で眠っている頃。
 ド・フランドール伯の自室では、王子誘拐事件に賛同した人々が集まっていた。
 顔ぶれはド・フランドール伯を始め、アントワッペン市の裏社会に君臨して来た者たちが集まる層々たるメンバーだ。

「アルデベルテさんは、参加してない様だが……」

 一人の男が発言した

「そもそも、アルデベルテが音頭を取ったと言うのに……」

「仕方あるまい。先の騒動と襲撃で奴はアントワッペン中の縫製職人から恨まれているからな。商会から出て来れないのであろう」

 この発言に、一同、大笑いだった。
 いつもなら利権を奪い合う敵同士だった彼ら裏社会の重鎮たちはマクシミリアンの改革で損害を受け存続の危機に立たされた、だがアルデベルテの弁舌とそれぞれの思惑が見事に一致して誘拐作戦は発動される事になったのだ。

「……」

 ワインを飲みながら笑いあう、重鎮たちを尻目にド・フランドール伯はチビチビと飲んでいた。

(どうして、こんな事になってしまったんだろう……)

 ド・フランドール伯は今更ながら、王子誘拐の後の事を想像して恐怖を覚えた。

 トリステイン第二の都市アントワッペンを首府にする、ド・フランドール伯爵家はトリステイン王国建国以来の名家だという事は前々回に解説した。
 しかし、アントワッペンをここまで大きくしたのは、歴代のド・フランドール伯爵の力では無く、名も無き多くの商人なのだ。
 だからこそ、『商人の都市』などと言われていたが、それまで歴代のド・フランドール伯は何をしていたかと言うと……何もしていなかった。
 正確には何もさせて貰えなかった。が、正しい。
 歴代のド・フランドール伯は商人たちの接待漬けで政治への意欲を失わされていた。
 そうしている内に、数千年経ち、先々代あたりには裏社会の人間や商人たちとの利権構造でガッチガチにされ政治意欲もを失い弱みも握られ、そして今の代で、マクシミリアンの改革によって破滅を迎える事になる。
 ド・フランドール伯は生き残りを図る為、商人たちを切り捨てようとしたが、ご禁制品の密輸や人身売買などの先祖代々から続く弱みを握られているためそれも適わず、一蓮托生の状態になってしまった。

(あわよくば、フランシーヌを寵姫に送り込んで生き残りを図ろうと思ったが……)

 妹のフランシーヌに、夜伽を命じたがマクシミリアンは、これを断った。

(どうして、どうして、僕の代なんだ)

 歴代の当主たちは、豪華絢爛、贅沢に次ぐ贅沢で生を全うしてきた。
 だからこそ、『なぜ、自分なのだ』と、自分の運命に理不尽さを覚えた。
 しかし、今更嘆こうと、すでに賽は投げられたのだ。

「しかし、上手く事は運びますかね?」

 ド・フランドール伯は、重鎮たちに話を振った。

「マクシミリアン王子を手中に収めておけば、トリステインは手出しは出来まい。そうやって時間稼ぎをして、ガリアからの援軍を待てば、悠々と独立が出来ましょう」

「ガリアへの使者は誰を使わせたのか?」

「我々の手先の中から選りすぐりの者を送りました」

 重鎮は自信満々に言う。

 彼らはアントワッペン市を、一種の自由都市として独立させる事が目的だった。
 しかし、ド・フランドール伯は、この陰謀が上手く行くとは思っていなかった。
 大国ガリアが約束を守るとは思えなかったからだ。

(ガリアが援軍を寄越すとは思えないし、たとえ、寄越したとしても、そのまま居座って、独立を許さないかもしれない)

 様々なしがらみに縛られ、未来に絶望し引く事も出来なくなったド・フランドール伯は、事ここに至り……

(滅ぶのならば、いっその事……)
 
 弱気になった心を黒い感情で塗りつぶす。

(王子を巻き込み、コイツ等を巻き込み……盛大に滅んでやろう!)

 ついに、滅びの美学とは違う、何か別の境地に行き着き、ド・フランドール伯は黒い笑みを浮かべた。







                      ☆        ☆        ☆






 ……夜が明けた。
 アントワッペン市内にある、マダム・ド・ブランの工場では、朝早くから羊毛を積んだ馬車が引っ切り無しに行き来していた。

「皆さん、おはよう。今日は王子様が工場見学にお越しになる予定よ、普段道理で良いって仰っているみたいだけど、みんな粗相のないようにね?」

 そう発言したのは、マダム・ド・ブランの元締め、ド・ブラン夫人だ。
 彼女、ド・ブラン夫人の一度聞いたら忘れられない声が朝礼中の室内に響いた。
 もし、マクシミリアンがこの特徴のある声を聞いたら。

『先代の猫型ロボットみたいだ』

 と、評しただろう。

 声だけでは無い。
 ド・ブラン夫人は容姿も異形だった。
 歳は四十過ぎだが身長は130サントも満たない、横も広い、そして三頭身だ。
 そんな異形の容姿でも、機を見るに敏で、マクシミリアンの改革にいち早く対応して一財産築き上げた。

「……そんな所かしら。それじゃ皆さん、今日も怪我の無いようにね」

 朝礼が終わると、従業員たちがそれぞれの仕事場に移った。
 従業員の何人かを見ると女性が多く、男女比は半々だ。

 これは先の騒動。
 アントワッペン中の縫製職人が、大商人アルデベルテの口車に乗って一種のストライキを起こした時の事だ。
 ド・ブラン夫人はこの騒動に乗じてミシン機を使い、アントワッペンに於ける縫製事業のシェアの奪う為、行動を起こそうとしたが人が足りない。
 ここで、ド・ブラン夫人は知り合いの平民の主婦層に片っ端から声を掛けて、人集めをしたからだ。
 かくして、女性比の高いマダム・ド・ブランはントワッペンに於ける縫製事業のシェアをごっそり奪う事ができた。
 特にミシン機の性能は素晴らしく、ちょっと職業訓練した程度の者が、熟練の縫製職人にしか出来ない様な早さの仕事をこなせる様になったのは革命的だった。
 レースと言ったミシンでは加工できない様な物は熟練の手を借りなければならなかったが、ともかく、マダム・ド・ブランはアントワッペンで一番の縫製工場になった。
 だが、困った事もあった。それでも大多数の縫製職人が職を失ってしまったのだ。
 失業の恨みが従業員に向けられる事を恐れた、ド・ブラン夫人は職を失った縫製職人の何人かに声を掛け、マダム・ド・ブランに再就職するする様に進言した。
 何人かの職人は再就職したが、その他の職人は受け入れなかった。
 幸い、縫製職人の恨みは、この騒動を煽ったアルデベルテ商会に向けられるようになった。

 これで一件落着……と、なれば大変良かったが、そうは成らなかった。
 大商人アルデベルテが、十数名のヤクザ者を使って、マダム・ド・ブランの工場を襲撃してきたのだ。
 そんな時、『彼』の存在がなければマダム・ド・ブランとミシン機は破壊されていただろう。

ド・ブラン夫人は、三頭身の身体を揺らしながら工場から外に出て、離れの小屋に居る、件の『彼』に朝食を渡すべく、鼻歌を歌いながら向かった。

「おはよう、聞いていると思うけど、今日、トリステインの王子様が御出でになるの」

「……ああ」

 『彼』は、なにやら研究に没頭していた。

「朝食、ここに置いておくわ」

 ド・ブラン夫人は朝食の乗った盆をを空いていた机に置いた。

 彼こそ、ミシン機を発明し、アルデベルテ商会の襲撃を退ける武器を作り撃退の指揮を取った男、名前をラザールといった。
 名前はラザールのみ姓は無い。そう、彼は平民だった。
 ラザールは、科学者であり化学者、数学者で軍事にも明るい、謂わば万能の天才と呼ばれる男だった。
 出身地のカルノ村から取って、『カルノ村のラザール』と、名乗っていた。
 しかし、カルノ村では、変人のレッテルを貼られ、村はずれの小屋で細々と研究をしていたところをド・ブラン夫人に見出された。
 ラザールはド・ブラン夫人に囲われる様になったおかげで、研究に没頭できる様になった。
 一日に三回、ちゃんと食事が出るので、一種の生活破綻者であるラザールには大変助かった。
 カルノ村では、今日の糧を得る為に、研究を中断して慣れない野良仕事をしなければならなかったからだ。
 そういう事で、ラザールはド・ブラン夫人に感謝していた。
 ド・ブラン夫人の方はというと、『夫人』という様に既婚者だったが、夫に先立たれ、残った遺産をどう使おうかと悩んでいたときにラザールに出会ったのだ。
  ラザールは発明品などを提供し、ド・ブラン夫人は住居と食事を提供する、二人は恋愛感情の無いギブ&テイクの淡白な関係だった。

「奥様……先ほど、マクシミリアン殿下がお越しになられると聞きましたが」

「ええ、何でも、ミシン機を是非見たいと仰ってらしたわ」

「なるほど、ミシン機を……」

「粗相が無いように気をつけてね」

「努力はしますよ」

 などと、語らっていると、外からド・ブラン夫人を呼ぶ声が聞こえた。

「何かしら? ちょっと行って来るから朝食、食べててね」

 そう言って、小屋を出た。

 ド・ブラン夫人が小屋から出ると、従業員の一人が息せき切って駆けて来る。

「どうしたの? そんなに慌てて……」

「大変です、元締め。門が……どういう訳か街の門全てが閉じられたって、大騒ぎになっています!」

「なんですって!?」

 思わず、ド・ブラン夫人は声を上げた。










                      ☆        ☆        ☆









 ハルケギニアの都市は、基本的に都市の周りを城壁で囲み、正門や裏門といった門からしか行き来できないような構造になっている。
 衛兵が、、朝になれば門を開け、夜になれば門を閉じる。
 旅人や行商人は、何とか日暮れまでに衛兵から許可を得て都市に入らなければ、門の前で夜を明かさなければならなくなるのだ。
 その門が、日も出ているというのに閉じたまま、という事は、明らかに異変を現していた。

 事件は、アントワッペン市正門で起こった。
 普段なら市内の大聖堂の鐘が鳴ると、それを合図に正門と裏門が開けられる。
 だが、大聖堂の鐘が鳴っても門が開く気配が無かった。
 人々、特に商人たちは口々に『おかしいおかしい』と、言い合っている。
 痺れを切らした商人の何人かは反対側の裏門から出ようと、馬車を引いて裏門ヘ向かったが、裏門でも同じ事が起こっていた。

「衛兵は何してるんだ! 早く開けろ!」

「今日中に納品しないと大損害なんだ!」

 怒りが頂点に達した。
 正門前では千人を超す人々が集まり、暴動寸前だった。
 一方、門の外でも、アントワッペンに入城する為に夜を明かした人々で混雑が出来始めていた。

「なぁ? どうして開けちゃダメなんだ?」

「領主様が、何があっても絶対に開けるな……って、御触れが来てるんだよ」

 衛兵たちも、この異常事態にどうするべきか苦慮していた。
 このまま、いたずらに時間を浪費すれば、暴動になりかねない……一人の衛兵が屋敷へ走ろうとした時に異変は起こった。

「おらっ! 今日は門は開かない事になったんだ、散れ散れ!」

「なんだお前ら!? こっちは忙しいんだよ! お前らこそ退けよ!」

 門の内側では、人相の悪い男たちが門の前に割り込んで『門は開かない』と、触れ回り、気が立っていた商人たちと一食触発になる。

「おい! 何やってんだ、さっさと退け!」

 怒りは波のように他の人々に伝染して行き、所々でケンカが始まった。

「……ケンカが始まった」

「なあ? 俺たち、止めなくて良いのか?」

「ば、馬鹿、俺たち二人だけで何するって言うんだ」

 衛兵たちは、止めるべきか迷っていると。

 ……パァン!

 と、銃声が響いた。

 一瞬の静寂が辺りを包み、銃声がした方向を、この場に居合わせた全員が見た。
 そこには、ケンカでしこたま殴られたせいか、顔中に青タンを作った人相の悪い男が、肩で息をしながら銃を構えていた。
 一方で、商人風の男が地面に倒れている、顔を見ると目を見開いたままピクリとも動かない。

「ひ、人殺しだぁ~~!」

 この言葉をきっかけに、正門前はパニックに陥った。
 響く怒声、悲鳴があちこちで起き、逃げ惑う人々が押し合いへし合い、誤って倒れた人を踏み殺す事でパニックを更に助長させた。

 アントワッペンの最も長い一日はこうして幕を開けた。
 
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