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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第十八話 王子の目

 マクシミリアンが監禁されていた部屋を出て窓から外を見ると、太陽は真上辺りにまで昇っていた。

「……ド・フランドール伯は何処にいるんだ?」

 周囲に気を張りつつ廊下を進む。

「それにしても……くそっ」

 マクシミリアンは耐えられなくなって目をこすった。
 実は部屋を出た辺りから、目の奥がヒリヒリと軽い痛みを覚えていた。
 この症状に心当たりがあるとしたら、やはり破壊光線だろう。

(さっき、連発したせいなのか?)

 と、分析したが、今、真相を調べる状況ではない。
 破壊光線でこの場を切り開こうとした矢先に、この目の違和感にマクシミリアンは危機感を募らせた。
 魔法で治そうにも杖を奪われた状況では、不可能と言わざるをえない。

(武器はチンピラから奪ったピストル二挺と包丁一丁か)

 見つからない様に、空き部屋の隅に隠れて、痛みが引くのを待っていると、幸い30分程度で痛みは引いた。

(これからは、連発は禁止……だな)

 そう、心に決め。部屋を出ようとドアへ向かうと誰かの足音が聞こえる。どうやらこの部屋の主人のようだ。
 慌てて、クローゼット中に隠れると、女の声が聞こえてきた。

(あっ、この声は)

 昨日、夜伽にやって来たフランシーヌという女の声だ。

(たしか、ド・フランドールを名乗っていたな。伯爵の縁者か?)

 疑問に自問自答していると、フランシーヌはお付のメイドに。

「一人で着替えるから外で待ってて」

 と、言ってメイドたちを部屋の外に待たせ、部屋に入ってきた。どうやらフランシーヌの私室の様だ。
 フランシーヌはマクシミリアンが隠れているとも知らずに着替え始めた。
 クローゼットの隙間から覗いて見ると、程よく実った胸と、白いレースの下着が艶かしい。

(コイツは眼福だな……)

 などと、興に浸っているとフランシーヌがマクシミリアンが隠れているクローゼットに近づいてきた。

(おっと、サービスタイムは終了か)

 内心つぶやき、いつでも動けるように待ち構えた。見たところ下着のみで杖を持っていない。

 フランシーヌがクローゼットを開けると、待ち構えていたマクシミリアンと目が合う。
 驚きの声を上げようとした瞬間、ピストルの銃口を無理やり口に捻じ込まれ声をあげる事ができない。
 そしてマクシミリアンは銃口を銜えさせた状態でフランシーヌを無理やりクローゼットに引きずり込み、すかさずクローゼットの戸を閉めた。
 狭い空間に密着した状態の二人は、別々の反応を見せた。
 フランシーヌはとにかく驚きの表情を、マクシミリアンは無表情に見えるが目が据わっていた。

「え、えんは」

 殿下……と、言いたかったのだろう。

「こんにちは、ミス・フランドール。昨夜はよく眠れましたよ。

 皮肉を言いつつ、ニヤリと笑った。

「いろいろ、聞きたいことがあったんですよミス・フランドール」

「……うぐ」

「ド・フランドール伯は何を企んでいるのか、知っていたら是非教えて欲しいですね」

 マクシミリアンは、にっこりと笑った。

 一方、部屋の外では一向に出てこないフランシーヌを心配してメイドがノック後に入室してきた。
 しかし、室内には誰も居ない。慌てた、メイドはフランシーヌの名を呼んでも返事は返ってこなかった。

「妙な真似をしたら、この引き金が重いかそれとも軽いか……試してみる事になりますがよろしいですか?」

 座った目のままフランシーヌに聞いてみた。
 マクシミリアンの演技力が加味されたこの脅しに、フランシーヌは目じりに涙を浮かべ、首を小刻みに縦に振った。
 メイドは声を掛けるだけで室内を詳しく調べる事はせず、他の場所へ行ってしまった。

「早々に引き上げたな。信頼されているのか……それとも……ふふ」

「……うう」

「それとも、部屋のものに触ったら鞭で打つ……とでも言ってたのか?」

 なじる様にフランシーヌに問う。
 マクシミリアンは、味方と判断した者には優しく、敵と判断した者には、たとえ女であっても容赦しなかった。

 メイドの気配が完全に無くなったのを確認すると、ピストルを咥えさせた状態クローゼットの外に出てドアに鍵を掛けた。

 ここでようやくフランシーヌを解放した。
 フランシーヌは、床にへたり込んでゴホゴホと咳き込み、ついには泣き出してしまった。
 罪悪感がマクシミリアンを襲うが、心を鬼にして最後に仕上げに取り掛かった。

「ミス・フランドール」

「あっ」

 マクシミリアンは、にっこり笑うとフランシーヌの頭を抱き寄せ。

「ごめんね、本当にごめん。僕の本意ではなかったんだよ」

 ささやく様に耳元につぶやく。
 突然訪れた、死の恐怖に混乱したフランシーヌの心に優しい言葉を掛ける。
 飴と鞭……と、言うべきか。もしくは下げてから上げる、人身掌握術を披露した。
 幸い、効果は有った様で、フランシーヌは落ち着きを取り戻した。

「大丈夫だよ、フランアシーヌ。僕に任せておけば、万事大丈夫だ」

「殿下……」

 何が、どう大丈夫なのか……具体的に説明しない。
 だが、フランシーヌはそこまで考えが行き届かず、マクシミリアンを信用しきった様な顔を……
 地獄の中で仏に出会った様な顔を向けた。
 目の前に居る仏こそ地獄に突き落とした張本人なのだがフランシーヌは気付かない。

「人質である僕が逃げた事で、ド・フランドール伯の計画は頓挫してしまった」

「……」

「こうなってしまった以上、トリステイン王国は、決してド・フランドール伯を許さないだろうね」

「……」

 フランシーヌは黙ったままだが、徐々に未来へ絶望したような顔になる。

「フランシーヌはこの計画には反対じゃなかったのかな? ド・フランドール伯の命令で夜伽までさせられてさ」

「……殿下、私は」

 怯えるフランシーヌに逃げ場所を用意する。

「だから、フランシーヌは僕に協力してくれないかな? みんな、ド・フランドール伯が悪かった……そうだろ?」

「うう、殿下、マクシミリアン殿下! 申し訳ございませんでした!」

 フランシーヌは懺悔をしだした!
 ボロボロと涙と流すフランシーヌにマクシミリアンは……

(計画通り!)

 と、内心ほくそ笑んだものの……
 フランシーヌの、まるで神を見るような眼差しに。

(薬が効きすぎたか?)

 と、少しだけ後悔した。

「と、ともかく、事件解決に協力してくれれば、ド・フランドール伯は無理でもフランシーヌだけは助かるように執り成しますから。いわゆる司法取引という奴です」

「兄上は、助からないのですか?」

「兄上? やっぱり兄妹だったんだ。さっきも言ったけど、ド・フランドール伯の事は、こういう事になってしまった以上、極刑は免れないでしょう。ですが、フランシーヌが生き残ればド・フランドールの血は残ります」

「そう……ですか」

 フランシーヌは、そのまま黙り込んだ。








                      ☆        ☆        ☆







 多少問題があったが、フランシーヌの協力を取り付けたマクシミリアンは、情報収集を行った。

「それじゃ、昨日のパーティーに参加した、貴族たちは皆人質に?」

「はい、パーティー会場の大ホールに全員集められているようです。随伴の魔法衛士たちもそこに集められていると聞いています」

「殺されたのは、直接護衛していた二人だけだったのは、不幸中の幸いか」

「申し訳ございません。魔法衛士の皆様には、弁解の使用も無く……」

 そうして、ひたすら平謝りするフランシーヌに、いい加減、辟易してきたマクシミリアンは……

「ド・フランドール伯の責任であってフランソーヌの責任じゃないよ。それと、そう何度も頭を下げるのも無し……いいね?」

「……分かりました」

 フランシーヌは、そう言ってまた頭を下げた。

「……まぁ、ともかく」

 マクシミリアンは咳払いを一つした。

「まずは人質の救出が先だね、僕の杖は何処にあるか分かりますか?」

「殿下の杖の在り処は分かりませんが、人質たちの杖の場所は知っています」

「ひょっとしたら、僕の杖も一緒かも知れないね。案内してもらえますか?」

「分かりました。付いて来て下さい」

 そして、マクシミリアンはフランシーヌの後を付いて行った。

「そういえば……」

「何でございましょう?」

 警戒しながら、杖のある場所へ向かう途中、マクシミリアンは気になっていることを尋ねてみた。

「フランシーヌって、背が高いよね、一体どれくらいあるの?」

 と、失礼と思ったが質問した。

「前に測った時は、180サント程……でした」

 フランシーヌは顔を真っ赤にしながら答えた。
 だが、マクシミリアンは違和感を感じた。照れの赤ではなく羞恥の赤だったからだ。

(スーパーモデル並の体系なのに……)

 と、マクシミリアンは首を傾げたが、答えはすぐにフランシーヌの口から出た。

「やっぱり、おかしいですよね、私って……」

「どういうことですか?」

「実は私、今年で14なんです」

「えっ!?」

 マクシミリアンは思わず声を上げた。
 てっきり、20歳前後だと思っていたからだ。
 ちなみにマクシミリアンの身長は165サントだ。

「14なのに、こんなに大きくて……殿下、やっぱり、私っておかしいのでしょうか?」
 
「……ええっと」

 マクシミリアンは少し考え……

「世界中にはいろんな人が居ますから。フランシーヌの場合はむしろセクシーで羨ましいって思われるんじゃないかな?」

「そうでしょうか?」

「フランシーヌの事をおかしいって言う人が居たら、その人の見る目が無いのか、もしくは小さい子が好きなんだよ!」

「……」

 フランシーヌは黙って頷くと、

「ありがとう……ございます。少し元気が出ました」

 そう言って、ニコリと微笑んだ。
 あらゆる男を魅了して止まない色気と、何処が儚げな雰囲気とを持つアンバランスな少女に、マクシミリアンは目が離せなかった。










                      ☆        ☆        ☆





 フランシーヌに服を着せると、杖を保管している場所へと先導してもらう。
 途中、警護のヤクザ者をやり過ごし、運悪く、ばったりと出くわしたヤクザ者には、フランシーヌがスリープクラウドで眠らせた後、見つからないように近くの空き部屋に放り込んでおいた。

「そう言えば、あの人相の悪い連中。前々から付き合いがあったのか?」

「私も詳しい事は分かりません。ですが、以前ドレスを仕立ててもらった商人が、みかじめ料が高いとか何とか……そう言っていたのを覚えています」

「そうか、ショバ代を……ね」

「ショバ代?」

「ああ、こっちの話」

 マクシミリアンの脳内では、この状況を利用してアントワッペン内のヤクザ者を一掃させる事を考えていた。

「もうすぐ着きます」

 マクシミリアンが暴力団殲滅計画を練っていると、フランシーヌが到着した事を知らせてくれた。
 人気のまったく無い区画で、目的の部屋には人の気配がする。

「それじゃ、突入する前に室内の状況を調べよう」

 マクシミリアンは、ピストル2挺と包丁1本の他に、眠らせたヤクザ者から、さらにピストル1挺とダガーナイフを1本を奪っていた。

「殿下自ら戦わずとも良いのでは?」

「まだそんな事、言ってるのか。戦力は多いほうが良いだろう? それに……もう僕は、人を何人か殺してるんだ、この期に及んで、戦うなとか言うな」

 すこし怒気を孕んで言う。

「も、ももももも申し訳ございません!」

 フランシーヌは土下座しだした!

「ちょっと!? 声、声が大きいよ」

 マクシミリアンはオロオロとうろたえ、フランシーヌは顔を青くしたまま固まっている。

『ん? なんだ? 声が聞こえたぞ』

『ちょっと、見てきます』

 ヤクザ者の声が聞こえた。
 思いっきりばれたようだ。

(ヤバイヤバイ)

 辺りを見渡すと隠れられそうな部屋は無い、マクシミリアンは決断を迫られた。

(こうなったら!)

 トトトト……と、音を立てないように小走りで駆けると、近くのドアが開いて男が顔を出した。
 マクシミリアンは、立ち止まらずに腰に挿したダガーナイフを、男の右目、目掛けて付き立てた!

「うおっ……!」

 しかし、付き立てたダガーナイフは目標を外れ、両目の間の部分に刺った。
 ガキリと、骨の感触がナイフの柄から感じ取れた、だが勢いに乗ったナイフは骨をズルリと滑り、右目の奥へ奥へと突き刺さった!

(脳まで達した!)

 マクシミリアンは、刺さったダガーナイフの柄を、ぐるりと回転させ脳を破壊した。
 崩れ落ちた男は、びくんびくんと痙攣している、もう助からないし助けるつもりも無い。

「だ、誰だてめぇ!」

 もう一人の男は、絶叫に近い声を上げた。

(声は一つしかしなかった!)

 一応、絶対音感の持ち主のマクシミリアンは、男の声の他に別の声を感じなかった。

(見張りはこの二人だけだ!)

 瞬間、マクシミリアンの目が光った!
 本日、三回目の破壊光線である。
 二条の破壊光線は男の腹に当たり、絶叫を上げながら灰になった。

「……」

 室内に入ったマクシミリアンは周囲に気を張った。

「……」

 読み通り見張りは二人だけで、室内には人の気配は無い。

「殿下……」

「ああ、フランシーヌ。杖はこの部屋でいいのかい?」

「その……平気……なんですか?」

「平気? ん~……ああ、人殺して平気って意味か。そうだね……」

 マクシミリアンは少し考える素振りをした。

「相手の脳をえぐった感触は、まだ手に残っているよ。平気かって言われれば、そうだね……平気じゃない……かな」

 マクシミリアンは震える右手を押さえつけながら答えると、フランシーヌの後ろから抱きしめられた。

「ちょっと、なにしてんの?」

「殿下、泣いています」

「え?」

 マクシミリアンは、自分の頬を撫でると確かに涙が流れていた。

「あれ? 何で涙が?」

 涙と供に次第に痛みがぶり返してきて、目を開けることが出来なくなってしまった。

「お優しい殿下の御手を血で汚してしまうなんて……なんと、お詫びしたらよいか」

「いやいや、別に悲しいから泣いてるんじゃないから! 目にゴミが入っただけだから!」

 マクシミリアンは、この涙と痛みは破壊光線の副作用だろうと、結論付けた。
 幸い、先の大立ち回りのとき、最後に放った破壊光線はフランシーヌには見えてなかったようだが、だからと言って『破壊光線のせいです』……とは言えない。

「それよりも、ヒーリングは使えるかな? 使えたら、僕の目にかけて欲しいんだ」

 誤魔化しながら、フランシーヌに頼み込んだが……

「申し訳ございませんが、ヒーリング用の秘薬がありません」

「あら、それじゃいいや。時間が経てば治るからさ」

「差し出がましいかと思われますが……」

 妙に艶っぽく笑ったフランシーヌは、マクシミリアンの正面に立ち……

「じっとしていて下さいね……」

 マクシミリアンの、頭を固定して、目をぺろりと舐めた!

「な、なにすんの!?」

「目にゴミが入ったと仰ったので私の舌で清めようと……」

 フランシーヌのやわらかい舌が目蓋の中へと進入して眼球を撫でた。

「おおう。こ、これは……」

 マクシミリアンは、未知の感触に悶えてしまった。
 痛いかと思ったが痛くない。むしろ、マッサージみたいで気持ちいい。
 時間にすると10分程度、フランシーヌの舌はマクシミリアンの両眼を優しく洗い清めた。
 どういう訳か、痛みと涙はピタリと止まり、違和感も無くなった。

「……ックン。ご馳走様でした」

 マクシミリアンの涙は舐め取ったフランシーヌは満足そうに淫靡に微笑んだ。

「あ、ありがとうフランシーヌ」

「どうしたしまして、殿下のお役に立てて嬉しいです」

「でも……なんだ。嫁入り前の若い娘が、こういった事するのは、いかがなものかと」

「殿下がお困りのようでしたので……それに殿下の為なら、私……」

「……」

 フランシーヌは、何かのスイッチが入ったように積極的になり、匂い立つような色気を発した。

(このままでは非常にまずい)

 押さえが利かなくなってしまう……
 泣きそうなカトレアの姿を脳内に作り出し煩悩を押さえ込んだ。

「ととっ、ともかく! 人質のみんなを助ける為にも、杖を探そう!」

「……そうですね」

 何処か残念そうな顔をしながらマクシミリアンに続いた。

(フランシーヌって、こういう娘だったのか?)

 女の子って生き物が、ますます分からなくなった。


 
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