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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十四話 慢心

 第六次イゼルローン要塞攻防戦が始まった。この会戦はミュッケンベルガーが望んだ形で始まったものではない。ミュッケンベルガーは当初同盟領に踏み込む形で戦うつもりだった。艦隊決戦こそが彼の望みだったと言っていい。しかし同盟側の行動がミュッケンベルガーの予想よりも早く、イゼルローン回廊の同盟領側への出入り口を塞いでしまう。

やむを得ず帝国側はイゼルローン要塞での攻防戦によって同盟軍の撃破を図る事になる。原作では今述べたような展開で戦闘が進み帝国軍が勝った。そして現状は原作どおり推移していると言っていい。この原作での会戦のポイントを時系列で並べると以下のようになる。

1.ラインハルトが自分の戦術能力を確認するかのようにさまざまな戦術で同盟軍を翻弄し打撃を与えた事。

2.ヤン・ウェンリーがラインハルトの行動パターンを読み、罠にかけ損害を与えた事。その際、同盟軍グリーンヒル大将はヤンの意見を入れず十分な戦力を投入しなかった事。

3.ウィレム・ホーランド少将、アンドリュー・フォーク中佐による艦隊主力を囮にし、ミサイル艇でイゼルローンを攻略すると言う作戦案を実行した事

4.ラインハルトが敵作戦を見抜き妨害、ミュッケンベルガーが艦隊主力を使いさらに打撃を与えようとしたが、同盟軍が予備兵力を用い、乱戦状態になった事。

5.シェーンコップがリューネブルクを挑発し、決闘に持ち込みリューネブルクが戦死した事。

6.ラインハルトが敵の後背を遮断する動きを見せ、それにつられた同盟軍がトール・ハンマーで大打撃を受け撤退した事。

 今は1が進行中だ。もうすぐ2に移るのだが、こいつの対処法を考えなければならない。本来なら無視していい。この経験はラインハルトにとってプラスには成るが、マイナスには成らない。死なない程度に痛めつけられるのなら全然OKなのだ。しかし死んでもらっては困る。

そして、もしかするとラインハルトに対して死亡フラグが立っているんじゃないかと思える節がある。理由は同盟軍の動員兵力が原作より多いのだ。原作では三万七千隻程度のはずなのだが、今回は五万隻程度を動員している。動かせる兵力が多くなれば、当然選択肢も増えるだろう。原作とは違いラインハルトに対しても殲滅を狙ってくる可能性が有る。

 それにしても、前回ヴァンフリートでも原作より一個艦隊多く動員している。余りにもおかし過ぎる。単純にアルレスハイム星域の会戦の余波とは思えない。ヴァレリーにも色々確認して、ようやくこれかと思える相違点を俺は見つけた。おそらくこれがこの一年間の原作との相違を生み出している…。

 ロボスが元帥になっていない。宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボスは原作では帝国暦484年末に元帥になっている。理由は484年、同盟軍の全般的な優勢を確保した事が評価された事だった。この世界でも484年の状況は変わっていない、同盟軍が優勢だった。にもかかわらず昇進していないのは前年のアルレスハイム星域の会戦の敗戦が響いているとしか思えない。

484年の成果は前年の敗戦の穴埋めとしか認められなかったのだろう。ヴァンフリートで原作より一個艦隊多く動員したのは此処で勝利を収めれば元帥になれると思ったのではないだろうか。失敗したロボスは落胆したろう。当分元帥になれない、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥にも追いつけない、追い抜けない。

そんな時、ウィレム・ホーランド、アンドリュー・フォークがイゼルローン要塞攻略案を提案してきた。ロボスにとっては起死回生の一手に見えたろう、その気負いが五万隻の動員になっている。ヴァンフリートも今回のイゼルローン要塞攻防戦もロボスの元帥への執着から発生しているとしたら、当然原作とは違ってくる。もっと早く気付くべきだったのだ。今回のイゼルローン要塞攻防戦はかなり危険だ。ロボスにはもう後が無い。此処で失敗したらシトレとの差は決定的なものになる。なりふり構わず来るだろう。

 ロボスが元帥への執心で多くの兵に犠牲を強いようとしているのなら、ロボスと門閥貴族達は何処が違うのだろう。結局政治体制など関係なく、権力者の虚栄心、権力欲で犠牲者が出るということか。ヤン・ウェンリーが権力者になることを欲しなかった気持ちがわかるような気がする……。今回の戦いは勝たなくてはならない。ロボスの元帥への執着をへし折るのだ。中途半端な勝ち方ではない、圧倒的に勝つ必要が有るだろう……。

■ジークフリード・キルヒアイス

 ラインハルト様は連日回廊外に出撃を繰り返している。上からの制限を受けることなく自由な裁量権を持った事でここ二十戦以上、ラインハルト様は勝ち続けている。様々な戦術を試し、ラインハルト様も楽しそうだ。イゼルローン要塞へ戻り、補給と休息を済ませ出撃しようとしていると、作戦参謀ヴァレンシュタイン准将がやってきた。傍には女性士官が付いている。彼女が副官のフィッツシモンズ中尉だろう。背は准将より高い。赤みを帯びた褐色の髪でなかなかの美人だ。

「ミューゼル少将、これから出撃ですか。随分と武勲も立てられているようですが」
准将はこちらの事を知っているようだ。
「ああ、意外に歯ごたえの無い連中だ。色々な戦術を試す事で役立ってもらっている」
「まるで遊猟でもなさっているようですね」
「そんなつもりは無い」

皮肉を言われたと思ったのだろう、ラインハルト様の声が硬い。
「それならよろしいのですが。今日はどのポイントへ出撃なさるのですか?」
「ABA140ポイントだ」
「そうですか、敵も馬鹿ばかり揃っている訳ではないでしょう。お気をつけください。御武運を祈ります」

そう言うと、准将は軽く目礼すると去っていった。
「キルヒアイス、俺が慢心していると思うか」
「私はそうは思いません。ですが、ヴァレンシュタイン准将にはそう聞こえたかもしれないと思います」
ラインハルト様は少し不満げにヴァレンシュタイン准将の後姿を見た。准将は副官と話しながら歩き去っていく。ラインハルト様にとっても准将はやはり気になる存在なのだろうか。


■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

「閣下、先程の方がラインハルト・フォン・ミューゼル少将なのですか?」
「そうです」
「随分若いのですね」
そう確かに若かった。それに物凄い美少年だ。でも准将とは余り仲が良くなさそうに見えたけど… 

「今年、十八歳です」
准将より若い! やっぱり貴族って違うんだ。
「中尉。少将はグリューネワルト伯爵夫人の弟なのです」
グリューネワルト伯爵夫人! じゃ皇帝の寵姫の弟。
「それで出世が早いんですか?」
「中尉なら、皇帝の寵姫の弟だからといって手加減しますか?」
そんなものするわけない。

「いえ、しません」
「少将は天才です。実力で今の地位を得ました」
天才……。
「失礼ですが、閣下とどちらが上でしょう」
「私など相手になりません。比べるほうが愚かですよ」
ほんとうかしら。だって……。

「それより、先程ミューゼル少将が言ったポイントをルックナー提督、リンテレン提督、ルーディッゲ提督に伝えてください」
「はい」

■ジークフリード・キルヒアイス

 一瞬で戦況が変わった。私たちは敵を引きずり出し背面展開から攻撃を加えていた。今回も完勝だと思った直後、私たちは上下後方から新たな敵に包囲されていた。
「キルヒアイス、してやられた」
「ラインハルト様、落ち着いてください。何とか切り抜けましょう」

切り抜けられるだろうか? こちらが三千隻に対し敵の戦力は一万隻近いだろう、油断したのだろうか。ヴァレンシュタイン准将の言葉が思い出される。”まるで遊猟でもなさっているようですね”、”敵も馬鹿ばかり揃っている訳ではないでしょう” アンネローゼ様、申し訳ありません。私は貴女との約束を守れないかもしれません。

 何とか切り抜けようとするが戦力が違いすぎる、どうにも成らない。ラインハルト様も唇を強く噛み締めている。ラインハルト様が私を見た。瞳には絶望の色がある。私の瞳にも同じものが有るだろう。
「援軍です! 援軍が来ました!」
「なに、本当か」

確かに味方の来援だった。三千隻ほど艦隊が三個艦隊、包囲の外側から敵を攻撃している。
「よし! 味方と連動して切り抜ける。砲撃を下にいる艦隊に集中せよ!」


 包囲を切り抜けた後、ラインハルト様は来援した三人の提督ルックナー、リンテレン、ルーディッゲに連絡を入れた。それにしても運が良かった。彼らが来てくれなければどうなっていたか。
「今回の来援、かたじけない。危ないところを助かった」
「礼なら、ヴァレンシュタイン准将に言われるがよろしかろう」
「!」

「われら三人、准将から卿を助けてくれと頼まれたのだ」
「……ヴァレンシュタイン准将に」
「それでも卿らに助けられた事は間違いない。改めて礼を言わせてもらう、感謝している」

 運では無かった。援軍はヴァレンシュタイン准将の手配だった。彼は私たちの慢心を見抜いていたのだ。そして忠告をした。しかし私たちは愚かにも彼の忠告を無視してしまった。彼はそれを見て、援軍を手配したのだ。
「ヴァレンシュタイン…」
気がつくとラインハルト様が口惜しげに彼の名を漏らした。
 

 
 
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