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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十三話 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ

 宇宙暦794年、帝国暦485年は私にとって激動の一年となった。春には自由惑星同盟のヴァンフリート4=2にある後方基地の対空迎撃システムのオペレータだった。しかし夏には帝国軍宇宙艦隊司令部作戦参謀エーリッヒ・ヴァレンシュタイン准将の副官を務めている。そして冬には同盟軍と戦う事になるだろう。

なぜこんな事になったのか? 理由はあれしかない。ヘルマン・フォン・リューネブルク、あの考え無しのアホ男のせいだ。足を挫いて動けなくなった私をどういうつもりか強襲揚陸艦ヴァンファーレンへ連れて行った。そして手当てをした後、
「まあ、しばらく此処でおとなしくしていろ」
と言って、空いている部屋に押し込んだのだ。そして私はイゼルローン要塞に着くまでほとんど放っておかれた。

 イゼルローンに着いたその日、リューネブルクは、一人の軍人を連れて私に会いに来た。黒髪、黒目、優しげな顔立ちと小柄で華奢な姿、まだ二十歳にはなっていないだろう。最初見たとき女の子かと思ってしまった。彼は私を見て驚いたように眼をみはった。カワイイ、同盟でならあっという間に超人気アイドルになれるだろう。少年は
「これはどういうことです、准将」

とリューネブルクに言い、説明を求めた。リューネブルクは彼に私を捕虜にした経緯を説明し始めた。幸い私は帝国語が話せたから彼がヴァレンシュタイン大佐と呼ばれる人物であり、この艦隊の参謀長で有ることを知った。ヴァンフリート4=2に押し寄せてきた艦隊は一万隻を超えたはずだ。その艦隊の参謀長。私は改めて銀河帝国とは階級社会なのだと思った。貴族のお坊ちゃまだから子供でも艦隊の参謀長になれるのだろう。

 彼はリューネブルクの説明を聞きながら時に首を振り、私を見、感心しないと言うように溜息をついた。そして説明が終わると
「准将閣下は女性運に恵まれませんね」
とリューネブルクに言って苦笑した。リューネブルクも苦笑した。はっきり言って面白くなかった。私の所為で女性運に恵まれ無いとはどういうことか、失礼な。リューネブルクは私の処遇について大佐に助言を求めた。おそらくヴァレンシュタイン大佐は有力貴族の子弟なのだろう、リューネブルクは彼の影響力を使って私の処遇を決めようとしている。

 選ぶ道は2つしか無かった、捕虜になるか、亡命者になるかだ。帝国での捕虜には人権がない、どんな酷い扱いを受けるかわからないから亡命者を選べ、とリューネブルクは勧めた。ヴァレンシュタイン大佐もそれを勧めた。私も異存は無かった。帝国の矯正区の酷さは聞いている。女性兵は危険なのだ。亡命者になるのは気が引けたが、毎日を襲われる心配をしながら生きるよりはましだと思った。その後だった、リューネブルクが妙な事を言い出したのは。

「参謀長。亡命者になっても一人で生きて行くのは大変です。男の自分でさえ苦労しました、女性ならなおさらでしょう」
「確かにそうかもしれません。…しかし良い方法がありますか」
「どうでしょう。参謀長は今回の武勲で将官になるのは間違いないでしょう。副官が必要ではありませんか」

「…彼女を私の副官にですか」
「そうです」
そういうことか…。つまりリューネブルクは私を目の前の大佐に差し出したわけだ、これからも大佐との繋がりを強めるための貢物が私だ。

「……」
「失礼ですが、参謀長の立場では副官を見つけるのはなかなか難しいかと思いますが」
「…そうかも知れません」
「それならいっそ彼女をどうです」
「…そうですね、そうしますか」

面白いじゃないのリューネブルク、この屑野郎。あんたの思い通りになるかどうか思い知らせてやる。
私はこの後、亡命希望者として艦隊旗艦オストファーレンに移された。

 旗艦オストファーレンに移された後、私はまたしばらくの間放置された。ようやくやって来たのはヴァレンシュタイン大佐ではなくリューネブルクだった。
「残念ね、リューネブルク准将。あの綺麗な貴族のお坊ちゃまは全然来ないわよ」
出会い頭の皮肉にもリューネブルクは全然動じなかった。

「はあ? お前何を言っている? 彼は貴族じゃないぞ」
「え、貴族じゃないの?」
「彼の名は、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン。平民だ」
「嘘! だって貴族でもなけりゃ、あんな子供が大佐で参謀長なんてありえないじゃない」
そうだ、ありえない。

「彼は実力で大佐になった。ついでに歳は二十歳だ、子供じゃない。この艦隊の司令官はお飾りでな、それこそお前の言う貴族のお坊ちゃま、いや御爺ちゃまだ。この艦隊を事実上動かしているのはヴァレンシュタイン大佐だ。宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の肝いりで参謀長になった」

ゲッ。宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の肝いり? 何者なのあいつ。
「…信じられない」
「今、大佐はこの間の戦闘の戦闘詳報を作成している。とてもお前に構っている暇は無かろうよ」
「……」

「お前、変なことを考えてなかったか?」
「変なことって」
「俺がお前を大佐に差し出したとか」
「……違うの?」
途端にリューネブルクは爆笑した、眼から涙を流すほどの大爆笑だった。

「俺は女を差し出してまで出世しようなどとは考えておらん。しかし、それも悪くないかもしれんな。彼は情に厚い男だし、お前を惨く扱うような事は無いだろう。将来性も有るし、頑張るんだな」
彼はそう言うと”いや、これは楽しくなってきた”、”彼も女運が悪そうだからな”などと笑いながら部屋を出て行ってしまった。

 彼が私の部屋にやって来たのはオーディンにつく三日前の事だった。
「あと三日でオーディンに着きます。多分中尉は何日間か亡命の経緯などを尋問されるはずです。これを読んでおいてください」
彼は私に三枚ほどの文書を寄越した。

「これは?」
「私とリューネブルク准将で考えた亡命の経緯です。准将が中尉を保護した事になっていますからね。辻褄を合わせておかないと可笑しな話になる」
なるほど、確かにそうだ。

「自由惑星同盟の言葉で書いています。覚えたら破棄してください。いいですね」
「はい」
彼はそのまま出て行ってしまった。親切な男では有るようだ。

 オーディンに着いた途端、私はいきなり何処かの建物に連れて行かれた。後でわかったのだが、情報部に連れて行かれたらしい。そこで亡命の経緯を調べられた。私は大佐が作成してくれた資料に基づき話をした。取調官はおざなりに調べただけで開放してくれた。もっとも亡命が受け入れられ、官舎が与えられるまで十日ほどかかった。そして私はヴァレンシュタイン准将の副官になった。人事局でヴァレンシュタイン准将の副官を命じられ、部屋を出るとそこに准将がいた。どうやら私を迎えに来てくれたらしい。

「ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中尉です。今度ヴァレンシュタイン准将の副官を拝命しました」
「よろしく頼みます、中尉。思ったより早く出られましたね」
「そうなのですか」
「ええ、普通は情報部でもっと取調べを受けます。今回はセレブレッゼ中将やムーア中将がいますからね。そちらから情報を取る事に主眼を置いているようです。運が良かったですね」

なるほど。あの二人が持っている情報に比べれば、私の情報などゴミのようなものだろう。
「閣下の新しい役職は決まったのですか?」
「ええ。宇宙艦隊司令部の作戦参謀を命じられました」
すごい。目の前の少年?は本当にエリートなのだ。
「よろしいのですか。小官を副官にして」
「まあ、いいんじゃないんですか、とりあえずは」
本当にエリートなの? ちょっと自信が無くなってきた。

 准将が新たに作戦参謀に任じられた頃、帝国では出兵計画が練られていた。八月末が作戦開始となるらしい。准将は宇宙艦隊司令部に着任するや否や出兵計画の作成に携わることになった。副官である私もそれに携わる事になる。はっきり言って其処は帝国軍の機密の宝庫だった、同盟の参謀将校や情報部の人間が知ったら眼の色を変えただろう。この機密をいつか役立てる事が出来るのだろうか。いつか同盟に帰る事が出来るのだろうか。とりあえずは此処の機密を頭の中に入れることが大事だろう。リューネブルク、いつかあんたに吠え面かかせてやる。あんたの大事な准将にもね。

 当然周囲の人間の私を見る眼は厳しかった。司令部には五十人以上の士官が参謀として作戦立案に携わっている。ほとんどの士官が亡命者がなんでこんな所に、そんな眼だった。准将を非難の眼で見る士官もいたが、准将は平然としていた。中には言葉に出して准将を咎める士官もいた。シュターデン少将といって准将を眼の仇にする四十年配の不機嫌そうな顔をした士官だった。

「ヴァレンシュタイン准将、この職場に亡命者を副官として伴うなど不見識ではないかね」
周囲でも何人かうなづいている人間がいる。
「亡命者を副官にする事が不見識だとは思いませんが」
ヴァレンシュタイン准将はおっとりと言った。この少年は険しい声を出した事が無い。よっぽど育ちがいいのだろうか?

「宇宙艦隊司令部に亡命者を入れるのが不見識だと言っているのだ!」
「なるほど。宇宙艦隊司令部にですか。そうかもしれませんね、では辞表を出しましょう。最近体の調子が良くありませんから。それなら問題ない」
ちょ、ちょっと。そんな簡単に辞めちゃうの。 

「卿は何を言っているのだ。卿を作戦参謀にと望んだのは元帥閣下なのだぞ。そのような事が通ると思っているのか」
元帥閣下の御指名! あんたほんとに何者なのよ?
「でしたら、元帥閣下に申し上げてください。ヴァレンシュタイン准将は作戦参謀に相応しくないと。元帥閣下の御了承さえいただければ何時でもクビに出来ます」

ひぇー。優しい顔してこの子怖い。お前なんかが一々口出すな、文句が有るなら元帥に言え、だなんて私にはとても言えない。シュターデン少将は不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうに歪めて准将を、私を睨みつけた。私は怖くて震えそうだったけど、准将は平然と作業を続けていた。本当に私が副官でいいのだろうか?


「閣下。本当に小官が副官でいいのですか?」
「構いません」
「しかし、クビになってしまったら…」
「構いませんよ。あそこにいるのは本意ではありませんからね」

「しかし、宇宙艦隊司令部といえば皆があこがれる職場ではありませんか」
「私があそこに呼ばれたのは、好き勝手させないためです」
「好き勝手?」
「ええ、前の戦いで随分好き勝手をしましたのでね。上から睨まれているんです。上は私を眼の届くところで監視しておきたいのでしょう」
「……」

「貴方が副官になってくれたのは好都合でした。上手くいけば辞められますからね。もっとも戦死の確率が低いと言う意味ではいい職場なのですが」
この男、外見は優しいけど、中身はとんでもない根性悪だ。心配して損した。
「あの、シュターデン少将のことですけど……」
「気にしなくていいです」
「え…」

「シュターデン少将は私が士官学校の生徒だったときの教官なんです。それが今では同じ職場で肩を並べて作業している。面白くないでしょうね」
「あの、士官学校時代というのは、どれくらい前なのですか?」
「そうですね、四年前かな」
四年で准将。そりゃみんな嫌がるわ。

 ミュッケンベルガー元帥がヴァレンシュタイン准将を司令部に入れたのは正しかったと思う。准将は間違いなく有能だった。司令部にいた参謀将校は作戦計画では有能だったが、補給計画では必ずしも有能とはいえなかった。言ってみれば作戦馬鹿がそろっていた。しかし准将は違う。

作戦計画と補給計画の両方を整合させながら出兵準備を整えていく。シュターデン少将でさえ認めざるを得ない有能さだったしミュッケンベルガー元帥も大満足のようだった。一体なんでそんなに補給計画に練達なのだろう。准将に聞いてみたら、士官学校では兵站科を専攻したとのことだった。兵站科って帝国では非エリートなんだけど、どういうことだろう? 相変わらず私にはヴァレンシュタイン准将が判らない。

イゼルローン方面への出兵計画は着々と進んでいった。もうすぐ出兵になるだろう。同盟軍を敵とする事になる戦いが、もうすぐ始まろうとしている。



 
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