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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百八十三話 会見



宇宙暦 799年 5月 25日    ハイネセン  ユリアン・ミンツ



予想外の来訪者が有った。帝国軍宇宙艦隊司令長官ヴァレンシュタイン元帥。なんか騒がしいなと思って外を見たら高級そうな地上車と装甲車が官舎の前にたくさん並んでいたからびっくりした。そして今、元帥と副官のフィッツシモンズ大佐、ヤン提督、僕の四人で紅茶を飲んでいる。本当は僕なんて遠慮しなくちゃいけないんだろうけどヴァレンシュタイン元帥が一緒にって誘ってくれた。凄く嬉しい、元帥に感謝だ。

四人で紅茶を飲んでいるけどとっても静かだ。ちょっと緊張する。カップをソーサーに置こうとしたらカチャッと音がした。拙いな、凄く響く。三人を見たら元帥がニコニコしていた。恥かしかったけどホッとした。
「ヤン提督、提督は三十年後の統一を如何思いますか? 忌憚ない意見を聞きたいのですが?」
穏やかな口調だけど心臓がキュっとなる様な感じがした。

「混乱を防ぐという意味では賢明だと思います。そして強かで狡猾だとも思います」
え、そんな事言っても良いの? そう思ったけどヤン提督は穏やかに紅茶を飲んでいる。わざと怒らせようとしているのかな。でもヴァレンシュタイン元帥とフィッツシモンズ大佐は顔を見合わせて苦笑しただけだった。

「確かに強か、狡猾と取られても仕方がないかもしれません。しかし私の本意は混乱を防ぎたい、です。帝国も同盟も相手に対してあまりにも無知で有りすぎると思います。三十年かけて無知からくる敵意や反感、蔑視を取り除きたいのです」
「……」

「家族を戦争で失ったのは同盟市民だけでは有りません。帝国にも戦争で家族を失った人がいます。その怒りや悲しみが無くなるとは思っていません。しかし三十年平和が続けば相手を理解し認める事は出来るのではないか。そうなれば人類社会を統一し一つの共同体を作る事が出来るのではないかと考えています」
静かな口調だったけど凄く熱いものを感じた。

「帝国による統一ですか?」
提督が問い掛けた。ちょっと皮肉っぽく聞こえたけど提督は嗤っていなかった。そして元帥も気にしてはいなかった。
「ええ、そうです。帝国による統一です。しかし帝国人だけが創る帝国では有りません。この後、帝国はフェザーンへ遷都します」
「遷都……」

ヤン提督が呟いた。フェザーンへ遷都、凄い話を聞いちゃったけど良いのかな、ヤン提督はともかく僕にまで話しちゃって。でもフィッツシモンズ大佐は驚いていない。もう知っているんだ。この人、同盟からの亡命者だって聞いたけど凄く信頼されているみたいだ。

「フェザーンに腰を据え帝国と同盟を統治する。政治的な立地は申し分ありません。経済的にも重要ですし軍事的にはフェザーン回廊を直接押さえる事になる。これ以上新帝国の首都として相応しい場所は無いと思います」
「なるほど、そうですね」
ヤン提督が素直に頷いた。

「新しい都で新たな帝国を創る。帝国人だけじゃありません、フェザーン人、同盟人にも参加して貰います」
凄い、呆然としていると元帥が僕に視線を向けた。悪戯っぽい光が有った。
「……トリューニヒト前議長も参加しますよ」
ヤン提督と同じ黒い瞳、そして輝いている。自分のやっている事に誇りを持っているのだろう。羨ましいと思った。

「如何かな、ミンツ君。君もフェザーンに来ないか? 新しい国創りに参加したいとは思わないかな?」
「え、でも僕はまだ子供で……」
どぎまぎしながら答えるとヴァレンシュタイン元帥が朗らかに笑った。

「帝国は三十年かけて国創りを行う。いや実際にはもっとかかるだろう。統一が出来るまで三十年だ。君はずっと子供なのかな?」
「そんな事は有りません」
ちょっと声が大きくなった。元帥がまた朗らかに笑った。なんか上手く操られている様な気がする。頬が熱くなった。

「フェザーンで勉強しながら世の中の動きを見る。そして君の力を試してみないか?」
行ってみたいという気持ちは有るけどヤン提督と離れるのは……。
「ヤン提督と離れるのは不安かな?」
「ええ、そうです」
どうして分かるんだろう。僕ってそんなに表情に出るのかな? ちょっと悔しい。

ヴァレンシュタイン元帥がヤン提督に視線を向けた。
「如何です、ヤン提督。貴方もフェザーンにいらしては、……歓迎しますよ」
「……」
「同盟を離れるのは気が引けますか?」
「多少はそういう気持ちは有ります」
幾分戸惑いながら提督が答えると元帥がウンウンという様に頷いた。

「帝国と同盟は人的交流を積極的に図ります。その中には官僚達も含まれる。同盟の官僚達には帝国での国造りに参加してもらいますし同盟に行った帝国の官僚達には同盟の社会制度を十分に学んでもらいます。そうする事で見識を高め新しい国造りに役立ててもらう。それを知れば同盟市民も新たな帝国に不安を感じずに済むと思うのです」

声が明るい。ヴァレンシュタイン元帥は謀略家のイメージが強いけど目の前にいる元帥からは誠実さが強く感じられた。それに偏見とか傲慢さがまるで感じられない。なんか不思議な感じだ、こんな人が帝国に居るなんてちょっと信じられない。

ヤン提督は如何するんだろう? こんなに一生懸命誘って貰ってるけど……。ヤン提督を見た、提督は表情が無い。多分心を押し殺している、何を考えているんだろう。ヴァレンシュタイン元帥が僕をフェザーンに誘ったのもヤン提督を勧誘する為の筈だ。ちょっと悔しいな、僕もこんな風に誘われてみたい。

「ヤン提督、外に居るだけでは何も変わりませんよ。内に入ってこそ変えられるのです。評論家で満足出来るなら外でも良いでしょう。しかしそれで満足出来なければ貴方は不平家になる。将来の有る若者を育てるには相応しいとは言えない、そうでは有りませんか?」
ヤン提督が口元に力を入れるのが分かった。怒っている?

ヴァレンシュタイン元帥とフィッツシモンズ大佐が帰った。ヤン提督は結局元帥に返事をせず元帥も無理に答えを求めなかった。ヤン提督はずっと考え込んだままだった。僕も答えを訊けなかった。どうなるんだろう……。



帝国暦 490年 5月 25日    ハイネセン  ホテル・カプリコーン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ヤンのところからホテルに帰るとグライフスが来ていた。軍服ではなかった、同盟市民が着る様なスーツを着ている。穏やかな表情の参謀タイプの男だ、不自然には見えなかった。挨拶をして呼び出しに応じてくれた事を感謝するとグライフスが戦勝を祝ってくれた。阿る感じは無かった。その事が心地良かった。

「同盟軍には加わらなかったのですね?」
俺が問うとグライフスが淡い笑みを浮かべた。
「誘われましたが断りました。情報提供については已むを得ず応じましたが……」
「仕方がないでしょう。ここに住む以上家賃代ぐらいは払わないと」
「家賃代ですか。まあ、そうですな」
今度は苦笑を浮かべた。困ったな、余り面白くなかったか。

「グライフス大将が亡くなられたブラウンシュバイク公の依頼で貴族連合軍から離脱した事を知っています。さぞ御辛い事でしたでしょう。御心中、お察しします」
「有難うございます」
俺が頭を下げるとグライフスも頭を下げた。なかなか出来る事じゃない、自分の名誉を捨ててブラウンシュバイク公の依頼に応えたんだ。俺なら出来たかどうか……。余程に信頼関係が有ったのだろうな。グライフスにそこまでさせた事、それだけでブラウンシュバイク公が愚物で無かった事が分かる。

「おかげでエリザベート様、サビーネ様を無事に保護する事が出来ました。陛下も、そしてアマーリエ様、クリスティーネ様もその事を大変喜んでいますし大将に感謝しています。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯もヴァルハラで感謝しておいででしょう」
俺が言うとグライフスが眼を閉じて何かに耐えるような表情を見せた。
「……最後の最後で逃げる事で御役に立つとは……、情けない事です」
振り絞るような声だ。泣くのではないかと思ったが閉じた目から涙が零れることは無かった。慰めはしない、それが出来る男はヴァルハラに行ってしまった。

「この後批准書を交換すれば講和が、そして帝国による統一が約束されます。帝国はそれを祝し大赦を行う予定です。グライフス大将が帝国に戻っても何の問題も有りません」
「……」
「皆様方、大将が戻るのを待っていますよ」
フリードリヒ四世、御婦人方、御息女方が待っている事を告げるとグライフスが眼を瞬かせた。
「……有難うございます。……ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の墓前で御報告もしなければなりません。戻らせていただきます」

グライフスは誠実で思慮深い男だ。帝国に戻ったら侍従武官にでも推薦しよう。そして宮中でブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の遺族の傍に居て貰う。きっと良い侍従武官になる筈だ。彼女達を誠心誠意守ってくれるだろう。フリードリヒ四世も安心するに違いない。

大赦が行われれば他の亡命者も戻ってくるだろう。生まれ故郷に戻れば大人しくなる筈だ。変に居場所を無くすと暴れ出す可能性が有る、それよりはましだ。だがランズベルク伯アルフレッド、奴は別だ。必ず捕え全てを喋って貰う。その後どうするかは被害者達に任せよう。娘を誘拐された母親、夫を、父親を失う事になった女達に……。



宇宙暦 799年 6月 15日    ハイネセン  最高評議会ビル  ジョアン・レベロ



ホアンと伴に最高評議会議長室に行くとトリューニヒトが笑顔で迎えてくれた。
「おめでとう、レベロ。何時かは君が最高評議会議長になるとは思ったが私と君との間で引き継ぎ作業を行う事になるとは思わなかったよ」
「この時期に最高評議会議長になる事が目出度いとは思えんな」
「そう言うな。君達のどちらかがなるしかないんだ」
まあそれもそうだな。ホアンの顔を見ると肩を竦めるような仕草をした。私が議長として帝国との折衝を、ホアンが議会対策を、正しかったのかな、この選択は……。

講和条約の批准後、トリューニヒトが議長辞任を表明した。議員達の間で議長を巡って争いが生じるかと思ったが殆どそんな動きは無かった。あっさりと私が議長になる事で纏まった。三十年自由惑星同盟は存続する、とはいえ帝国の保護国としての三十年だ。帝国の出方が不透明な今、議長になるのは危険だと思ったようだ。今後、帝国の出方が穏やかだと判断出来れば議長職は魅力のあるポストになるが厳しければ魅力のないポストになる。候補者を探すのも容易ではない事態になるかもしれない。

引き継ぎはそれほど煩雑ではなかった。これまで一緒にやってきたのだ、二言三言とは言わないが短時間で終わった。
「では我らが新しい主の所に行くかね? 御挨拶をしなければならん。うん、大変だな。我々は同盟市民の他に帝国という主を持つわけだ。これは二股というのかな?」
ホアンがウンウンと頷いている。

「ホアン、楽しそうに言わんでくれ」
「いかんかね、私は楽しみなんだが。君だって会ってみたいと言っていたじゃないか」
「それはそうだがもう少し分の良い立場で会いたいよ」
私がぼやくとトリューニヒトが笑い出した。
「贅沢だぞ、レベロ。私に比べればずっとましだろう」
トリューニヒトの言葉にホアンも笑い出した。そんなに笑う事は無いだろう、二人とも。でもトリューニヒトの立場よりはましに違いない。

三人でホテル・カプリコーンに行くと直ぐにヴァレンシュタイン元帥の執務室に通された。ちょっと安心した、待たされずに済む、向こうはこちらに敬意を払っている様だ。部屋に入るとヴァレンシュタイン元帥が笑みを浮かべながら出迎えてくれた。黒いマントと軍服、しかし穏やかな表情からは軍の実力者には見えない。

「ようこそ、トリューニヒト議長。そちらのお二人を紹介していただけますか?」
「もう前議長ですよ、元帥。私の後任となるジョアン・レベロと彼を補佐するホアン・ルイです。私の政権では財政委員長と人的資源委員長を務めていました」

ヴァレンシュタイン元帥が私とホアンを見ている。不思議な表情だ。確かめるように私達を見ている。ソファーに座り紅茶を飲みながら歓談した。紅茶を出してくれた副官は部屋から出て行った。部屋には我々四人しかいない。三対一、信用されているという事だろうか。

「帝国としては同盟を追い詰めるつもりは有りません。無理なく統一に持って行きたいと考えています」
「無理なくと仰いますが統一そのものが同盟を追い詰めるとは思われませんか?」
ホアンが問うとヴァレンシュタイン元帥は頷いた。

「否定はしません。しかしそれは同盟政府に乗り越えて貰わなければ……。私が言っているのは故意に同盟を追い詰める事はしないという事です」
「……」
故意か、故意に追い詰められればどうなるのだろう? 市民は暴発し混乱する、或いは強制的に統一が早まる可能性も有るだろう。対立が、怨恨が残ったままの統一か。確かに望ましい事ではない。ヴァレンシュタイン元帥が“御不満ですか?”と訊ねて来た。不満か、こちらに配慮しているのは理解出来る。しかし納得出来るかと言われれば答えはノーだ。私だけじゃない、皆がそう答えるだろう。

「自由惑星同盟はルドルフ大帝に対するアンチテーゼとして存在しました。今の帝国はルドルフ大帝の負の遺産を清算しつつあります。門閥貴族は力を失い劣悪遺伝子排除法は廃法になった。同盟政府の言う暴虐なる銀河帝国は存在しなくなったのです。アンチテーゼである自由惑星同盟もその存在意義を失った。そうは考えられませんか?」

「存在意義ですか、仰る意味は理解出来ますが……」
「感情では納得出来ない」
「そうです」
「だから三十年かけようと言っています。今直ぐ納得してもらう事を望んではいません」
手強いと思った。トリューニヒトの抵抗をまるでものともしない。

同じ想いなのだろう、ホアンも溜息を吐いている。
「国体はどうなりますか? 主権は……」
「勿論、皇帝主権ですよ、レベロ議長。だからと言って皇帝は全てが許されるという形にはしたくありません。私としては憲法を創る事で帝国と皇帝、政府、臣民の関係を規定し勅令で臣民の権利を保証する、そうしたいと思っています。そのためにも市民の権利を重視する同盟人の見識が必要だと考えているのです」

なるほどと思った。目の前の若者は帝国を専制君主制から立憲君主制へ移行しようとしているのか。
「議会を創る考えは有りませんか? 皇帝権力のチェック機関として」
ホアンが提案すると元帥が口元に笑みを浮かべた。
「議会制民主主義を、特に選挙による議会制民主主義を考えているなら無駄です。導入するつもりは有りません」
元帥の眼が冷たく私達を見据えていた。先程まで有った友好的な雰囲気は無い。冷徹な目、雰囲気だ。これがこの男の本質だろう。そしてこの男は立憲君主制は目指しても議会制民主主義には否定的だ。

「三十年後、統一国家新帝国において反帝国感情に溢れた旧同盟市民と反同盟感情に溢れた旧帝国臣民が口から泡を飛ばして言い争う姿など見たくありません。私は人類が抱えている政治制度による対立を解消したいと考えているんです。そのために三十年かけて統一しようとしている。そこを理解してください」
「……」

「政治制度に拘るのは止めて貰います。人類は百五十年もの間それが原因で戦い続け大勢の戦死者を出してきた。馬鹿げていると思いませんか?」
「……」
「私はシャンタウ星域では一千万人以上の同盟市民を殺しました。今回の遠征では出来るだけ戦死者を出さないようにした。少しでも流血を少なくし敵意や憎悪を募らせないためです。貴方方にはそういう気持ちは分かりませんか?」
「……」

私達は答えられなかった。自由惑星同盟は後三十年の命だ。それは仕方が無い事なのだろう、同盟は国家としての命運を使い果たしたのだと思う。だが政治制度、思想は残したい、そう思ったのだが……。エゴなのだろうか? 人の権利を守る思想が人の対立を生む。そして殺し合いになるのだとしたら……。我々人類は今まで何をしてきたのだろう?









 
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