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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百八十二話 批准




宇宙暦 799年 5月 3日    ハイネセン  ユリアン・ミンツ



ようやくハイネセンに帰ってきた。僕は昨日の夜、ヤン提督は三日前に。宇宙艦隊が降伏してヤン提督達が捕虜になった事は輸送船の中で知った。とても心配だった。だからハイネセンに戻ってヤン提督に会えた時は本当に安心した。帝国軍は同盟が降伏した時点で捕虜を解放したようだ。同盟政府は降伏してこれからどうなるか分からない。それでもヤン提督と離れた時程には不安を感じていない。

『おはようございます、ユリア・クラウンです。昨夜遅く帝国との間で講和条約が締結されました。その内容を政府が発表しましたのでお伝えします』
朝食の用意をしているとTV電話に映るアナウンサーが幾分興奮した面持ちで講和条約の内容を話し出した。興奮しているのはアナウンサーだけじゃない。一緒に映っているキャスター、コメンテイターも興奮している。そしてヤン提督は静かにスクリーンを見ていた。

・銀河帝国は自由惑星同盟を正式に国家として認める。
・自由惑星同盟は銀河帝国を正式に国家として認める。
・銀河帝国と自由惑星同盟は戦争状態を終結する。
・銀河帝国、及び自由惑星同盟は人類が二分されている状態を非正常なものと認め三十年後に統一国家を創成する。
・自由惑星同盟は人類統一のためにあらゆる面において協力する。

「三十年後に統一ですか?」
「うん、そのようだね」
そう言うとヤン提督が小さく息を吐いた。アナウンサーの言葉はまだ続いている。テーブルに朝食を運ぶ間にも人的交流、経済的交流の促進、領土の割譲、軍の縮小、そして安全保障費を帝国に支払うなどの条件が読み上げられた。

「何故直ぐに統一しないのでしょう?」
「そうだね。……ユリアンは三十年後の自分を想像出来るかな?」
「三十年後ですか? ……今のヤン提督よりも十五歳程年上になるんですよね、立派なオジサンだな。……ちょっと考えられないですよ」
僕が笑いながら答えるとヤン提督が“それだよ”と言った。

「今直ぐ同盟が無くなるとなれば同盟市民は強く反発し抗議するだろう、同盟は混乱するに違いない。しかし三十年後ともなれば余り現実感が無い。特に高齢者にとっては自由惑星同盟が無くなる前に自分の寿命が尽きる可能性も有る。そういう状況で抗議するかな?」

うーん、如何だろう? ちょっと難しい様な気がする。その事を言うとヤン提督が“そうだね”と言って頷いた。
「それに帝国は同盟を国家として認めると言っている。自由惑星同盟はもう反乱軍じゃない。そういう部分でも酷い事にはならないんじゃないかと思わせている」
「なるほど、確かにそうですね」

「相変わらず強かだ。帝国が恐れている事は同盟市民が一つに纏まって反帝国運動を起こす事の筈だ、それを防いでいる。同盟市民を混乱させ分断し各個に撃破する……」
「戦争みたいですね」
ヤン提督が大きく頷いた。
「その通り、外交は形を変えた戦争だよ、ユリアン」
なるほど、未だ戦争は続いているんだ。では先ずは補給を摂らないと……。
「食事にしましょう、提督」



帝国暦 490年 5月 7日    ハイネセン  ホテル・カプリコーン ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



惑星ハイネセンでは連日反帝国、講和条約批准反対デモが起こっている。最高評議会ビルの前、ホテル・カプリコーンの前、ハイネセン記念スタジアム等だ。しかしいずれも参加人数はそれほど多くないし気勢も上がらない。やはり三十年後に統一するという事、つまり帝国は同盟市民の不安を解消してから統一しようとしている、同盟市民に配慮しながら統一を進めようとしているという事で困惑が有るようだ。

マスコミもそのあたりの事を指摘している。もし批准を拒否すればどうなるのか? 帝国は今すぐに同盟を滅ぼして統一するのではないだろうか? そうなれば状況は今以上に悪くなるだろう、デモ参加者はそれを分かっているのかと……。そのためデモ参加者からは直ぐに同盟を滅ぼすと言ってくれれば良いのにと泣き言まで出ているらしい。相変わらずウチの元帥閣下は性格が黒いわ、なんでこんなにドス黒いんだろう。でもそのくらいじゃないと宇宙を統一なんて出来ないのかもしれない。

その元帥閣下は自室でパジャマの上にガウンを羽織り、紅茶を飲みながら詰まらなさそうにTVを見ている。昨日熱を出して寝込んだ。今日は平熱に戻ったけれど仕事は禁止、静養する事になっているせいだと思う。私とリューネブルク大将が説得した。当然だけど元帥が発熱でダウンした事は緘口令が布かれ公にはなっていない。艦隊司令官達でさえ知らない。こんな事が外に漏れたらどんな騒ぎが起こる事か……、想像したくない。

ドアをトントンとノックする音が聞こえると“リューネブルクです”という声と共に大将が部屋の中に入って来た。
「如何ですか、御具合は」
「見ての通り、悪くありません。暇です」
詰まらなさそうな声と表情にリューネブルク大将が苦笑を漏らしながら近付いて来た。挑発しないで下さいよ、大将。補給士官が誤ってココアの在庫を少なく積んだせいで飲み切ってしまったんです。

「外の様子は如何ですか?」
「まあデモ隊は大した事は有りませんな。今のところ警備に不安は感じません。もっとも油断は禁物ですが」
リューネブルク大将の答えにヴァレンシュタイン元帥が“そうですか”と言って頷いた。

「問題はこれからでしょう。期限は三週間、少しずつ期限が迫ります。それが同盟市民にどういう影響を及ぼすか……」
「……」
諦めるか、それとも反発するか、同盟市民が三十年という期間をどう受け取るかで分かれるだろう。今はまだ判断出来ずにいる。

「それに三十年後の統一、現状では実感が分かんでしょう。真綿で徐々に首を絞めるようなものですな。時が経つにつれて少しずつ息苦しくなっていく。……相変わらず意地が悪い」
リューネブルク大将が含み笑いを漏らすとヴァレンシュタイン元帥が不愉快そうに顔を顰めた。それを見て大将が声を上げて笑った。

「意地悪をしているわけではありません。三十年かけて併合の準備をする。そこには同盟市民、フェザーン市民にも参加して貰います。形としては併合による統一ですがこれは新たな帝国、いえ国家の創生なのです。その事はトリューニヒト議長にも言いましたよ」
ちょっとムキになっている。少しだけど可愛い。本心なんだろうけど同盟市民が理解するのは難しいかな。

「まあ我々は閣下の御考えを理解していますから良いですが同盟市民にとってはなかなか理解し難いところでしょう。あっさり敗けたという事実が有りますからな。講和条件は厳しくて当たり前、同盟が消滅しても仕方が無い、そう思った筈です。ところがこれでは……」
またリューネブルク大将が笑い声を上げた。……その辺にしてくれませんか、大将閣下。元帥閣下が顔を顰めています。後で苦労するのは私なんですから……。



宇宙暦 799年 5月 8日    ハイネセン ある少年の日記



今日はホテル・カプリコーンに行ってみた。凄く警備が厳重で中に入る事は出来なかった。まあ入れるとも思ってなかったけど。ホテルの周囲にも大勢の帝国軍の兵士が居て厳しい表情で警戒していた。当然だよね、ヴァレンシュタイン元帥が泊まっているんだから。

警備兵の前でデモ隊が騒いでいたけどあんまり迫力は無かったな。あれならやらない方が良い様な気がする。ホテル・カプリコーンに泊まっているのはヴァレンシュタイン元帥の他には警備兵と元帥の幕僚、数名の艦隊司令官とその幕僚だけらしい。他の司令官達は皆宇宙にいるって聞いた。

その所為かな、ハイネセンでは余り帝国軍の兵士の姿を見る事は無い。僕らの生活も占領前と余り変わらないから時々占領されているって事を忘れそうになるくらいだ。TVで講和条約の内容討議を放送しているけどどうもしっくりしない。本当にハイネセンは占領されているのって聞きたくなる。友達も皆僕と同じ事を言っている。

TVで言っていたけどそれも帝国の深謀遠慮なんだそうだ。要するに講和条約を力で押付けたというイメージを避けるために兵士を少なくしているんだとか。有り得ると思う。何と言っても相手は宇宙で一番狡賢いヴァレンシュタイン元帥なんだから。

どうなるのかな、僕達。講和条約を批准するのかな? 三十年後の併合って本当なんだろうか? 二十三日が討議の最終日だけど議会は講和条約を承認するのかな、それとも拒否するのかな。拒否したらどうなるんだろう?



宇宙暦 799年 5月 12日    ハイネセン ある少年の日記



吃驚したよ。ヴァレンシュタイン元帥の周囲には同盟からの亡命者が居るらしい。ホテル・カプリコーンを護っているのは帝国の装甲擲弾兵だけどその指揮官リューネブルク大将は同盟からの亡命者なんだそうだ。帝国風の名前だから気付かなかったよ。正確には幼少時に帝国から同盟に亡命して大人になってから帝国に逆亡命したらしい。同盟ではローゼンリッターの第十一代連隊長だった。

今では装甲擲弾兵総監の地位にあって帝国の陸戦部隊のトップなんだとか。信じられないな、そんな人に自分の護衛を任せるなんて。同盟じゃ亡命者は決して歓迎されない、出世だって余りしない。でもリューネブルク大将はヴァレンシュタイン元帥の信頼が非常に厚いそうだ。その証拠に帝国で大将にまで出世している。

副官のフィッツシモンズ大佐も同盟からの亡命者だ。副官なんて側近中の側近、腹心だ。宇宙艦隊司令長官の副官なんて言ったら帝国軍の機密に一番近い所に居るようなものだ。その副官が亡命者だったなんて……。信じられないよ、裏切られたらとか思わないんだろうか? 同盟人に対して偏見とか無いのかな? 陰謀好きの狡賢い奴、そう思ってたけどそれだけじゃないのかな。



宇宙暦 799年 5月 20日    ハイネセン ある少年の日記



今日、母さんと夕食を食べていたらTVでとんでもない事を言っていた。ヴァレンシュタイン元帥が街に出て買い物をしたらしい。書店で本を九冊。買い物は今日だけじゃない、以前にもスーパーでココアを大量に買ったらしい。元帥はココアが好きらしいけどどうやら在庫が無くなってしまったようだ。わざわざ自分で買わなくてもと思ったけどTVでは元帥は街に出る事で同盟市民の様子を自分の目で確認したんじゃないかって言っている。そうかもしれない、母さんも頷いていた。

ちなみに元帥が買った本は『自由惑星同盟建国史』、『銀河連邦史、その始まりから終焉まで』、『政治思想の変遷。銀河連邦の終焉から銀河帝国の創成まで』、『消された声、和平論について考える』、『ダゴン星域会戦記』、『オルトリッチ提督回顧録』、『バーラト星域の開発について』、『星系別経済格差と人口問題』、『軍事費の増大と財政破綻』。

軍事関係の本だけかなと思ったけど歴史、政治、経済の本も買っている。それに『ダゴン星域会戦記』って帝国が敗けた戦いの戦記だし『自由惑星同盟建国史』は……、良いのかな? 元帥の立場で。いや講和条約が批准されれば同盟は反乱軍じゃなくなるから問題無いのかな。

議会では相変わらず延々と討議している。政府は承認を求め議員達は拒否を求めている。毎日大騒ぎだけど僕の周りの大人達は諦めモードだ。議員達は拒否って言ってるけど拒否なんて出来るのかって。僕もそう思う、軍は降伏しちゃったしアルテミスの首飾りもない、拒否なんて出来るの? いや拒否したらどうなるんだろう? そっちの方が心配だ。一緒に新しい国を作ろうと言ったのに拒否するなら奴隷にする、そう言われたら如何するんだろう?

地方の自治体からは戦争が無くなるんだから良いんじゃないかって声も有るらしい。これまでは戦場になる事も有って怖い思いをしたけどそれが無くなる。それに戦争が無くなれば開発が進んで暮らしが良くなるって。僕はハイネセンに居たから良く分からなかったけど地方では開発が進んでなくてかなり不便な暮らしをしている人達もいるようだ。そういう人達は良い暮らしをさせてくれるなら帝国でも構わないって考えているみたいだ。

裏切り者って言いたいけど母さんも同じ様な事を考えている。僕が戦争に行かずに済むならそれが一番だって。どうせもう帝国には敵わないんだから素直に講和条約を承認して統一に向けて準備した方が良いって。民主共和政が無くなっても良いのって訊いたけど母さんは“負けちゃったんだもの、仕方ないわ”って言ってた。確かに負けちゃったんだけどね、仕方ないのかな……。



帝国暦 490年 5月 24日    ハイネセン  ホテル・カプリコーン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



トリューニヒト議長が批准書を持ってきた。昨夜二十三時五十分に同盟評議会は強行採決で講和条約を承認した。賛成が僅かに反対を上回るという際どい評決だった。もっともやらせらしい。議員達は最初から否決するつもりは無かったようだ。

だが市民には不甲斐ない姿は見せられない。そういう事で揉めてる姿を見せたのだとか。なんでも裏では誰が反対し誰が賛成するかの振り分けで最後まで揉めた様だ。政治を劇にするなよな。批准書は二部。これを俺が持ち帰りフリードリヒ四世が署名して一部を同盟に返還する。それで講和条約が効力を発揮するというわけだ。

「ヴァレンシュタイン元帥」
「何でしょう」
「私は最高評議会議長を辞職しようと考えています。同盟ではもう政治家としては生きていけません」
「……なるほど、残念な事です」
トリューニヒトは傷付いた様な表情をしている。一応ここは悼んでおこう。

「そこで、閣下の御手伝いをさせて頂きたいのですが……」
「私の?」
「ええ、そうです。三十年、同盟と帝国の統一のために御手伝いを」
トリューニヒトは生真面目な表情を見せている。なるほど、帝国の中に食い込もうというわけか。狙いは権力? 政治家としての仕事? 或いは民主共和政か?

「分かりました、協力して頂きましょう」
「有難うございます」
トリューニヒトが嬉しそうな表情をした。まあいい、同盟についての貴重な情報源だと思おう。使い道は有る筈だ。それに身の安全を保障するという意味も有る。トリューニヒトが殺される様な事になれば帝国に協力するのは危険だと思われかねない。今後の仕事にも影響が出る。それにしてもトリューニヒトね、何だか碌でもない連中ばかり俺の所に集まるな。まあ慕われるのは良い事だと思おう。




 
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