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匹夫の雄

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第二章

「あの者は酔ってはおらぬ」
「そうなのですか」
「そう見えますが」
「酔っていませぬか」
「そうなのですか」
「確かに酔っている様に見える」
 信綱もそれは認めた。
「一見な、しかしな」
「それは芝居と」
「そう言われますか」
「足はふらついている様に見えてしかと摺っておる」
 摺足の動きをしているというのだ。
「武芸のな、身に着いた動きなら自然に出るものじゃが」
「しかしですか」
「それでもというのですか」
「あの動きはまた違う」
 見に着けたものが自然に出ているものではないというのだ。
「あえてそうしているものじゃ、動きが所々きびきびとしておる」
「そういえば石の投げ方も」
「何か」
「違うな」
「はい、犬に投げていますが」
「一発も当たっていませぬ」
「石は全てお堀に入っています」
 江戸城の堀にというのだ。
「お堀の水の中に」
「前に落ちるのではなく」
「全て」
「しかもな」
 信綱はさらに言った。
「あの者の目を見よ」
「目をですか」
「それを」
「暗がりでよく見えぬがな」
 それでもというのだ、丸橋のその目を。
「よく見るのじゃ」
「そういえば」
 夜目の利く者がだ、ここでだ。
 丸橋のその目をじっと見た、そのうえで信綱に言った。
「犬ではなく石を見ています」
「そして鋭いな」
「はい、睨む様な」
「酔っておる目か」
「いえ」
 違うとだ、その者は信綱にはっきりと答えた。
「あの目は」
「そうじゃな、それにじゃ」
「それに?」
「こちらに気付いてじゃ」 
 丸橋の動きを見ての言葉だ。
「離れていっておるわ」
「ではやはり」
「あの者は酔っておらず」
「何かを考えていますか」
「そのうえで堀に石を投げ込んでいるのですか」
「堀に石を投げ込むのは子供もしております」
 遊びでだ、こうした遊びは城の周りではよくあり彼等も見れば咎めるが強く止めることはしてはいない。これ位のことで怒りはしないのが幕府だ。
「この程度のことは何でもありませぬが」
「しかし何故石を投げ込むのか」
「面妖なことですな」
「睨んでまで」
「危ういな」
 信綱は目を鋭くさせて言った。
「これは」
「危ういといいますと」
「それは一体」
「ご大老にお話せねばな」
 こう言ってだ、信綱はすぐに正之のところに行ってことの全てを話した。正之もその話を聞いて目を顰めさせて言った。 
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