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彼に似た星空

作者:おかぴ1129
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15.私たちのホーム

 青葉が敵戦艦の攻撃を受けて大破判定の傷を受けた頃、私は自分たちの力を過信し、敵戦力を甘く見ていたことを少し後悔していた。

 この少し前、敵の水上部隊を私たちは難なく全滅させることに成功していた。敵艦隊は駆逐艦5隻と軽巡洋艦1隻。そんな貧弱な艦隊に私達が遅れを取るはずもなく、戦闘が終わった時のこちらの損傷は、鈴谷が小破判定、比叡と霧島がかすり傷、私と榛名と青葉は無傷だった。

「テートク! 今敵艦隊を全滅させたヨ!!」
『お疲れさま。被害状況を知らせてくれ』

 戦闘が終わった段階で、私はいつものように提督に通信を送った。戦闘に区切りがついたところで、一度提督と通信を行い、進軍か撤退かの判断を仰ぐことは私たち鎮守府の決まりとなっている。

「鈴谷が小破判定、比叡と霧島がかすり傷、他は無傷ネー」
『んーなら問題はなさそうだな。鈴谷、どうだ?』
「鈴谷は大丈夫! まだまだ行くよー!!」
『比叡と霧島は?』
「共に問題ありません!」
「私はどこまでも、お姉様と一緒です!!」
『それは頼もしい…他のみんなも問題はないな?』

 私は榛名と青葉に目線を送った。二人共、力強い目で私を見つめ返し、頷いた。

「大丈夫ネ! ワタシたちはまだまだ進軍出来るヨー!!」
『了解した。進軍を許可する。何度も言うが、ヤバいと思ったら即時撤退するように』
「了解ネー!! じゃあダーリン、またあとでネ!!」
『だからダーリンはやめろッ!!』

 ひとしきり彼をからかった後、浮かれていた私は『ちゅっちゅーっ』とエアキスをしながら通信を切った。

 それが数十分ほど前。そして今現在、私たちは進軍した先に潜んでいた敵主力艦隊と交戦している。先ほどのあまりに弱すぎる艦隊は、私達をおびき出し、慢心させるための囮だったのか…そう思えるほど、敵主力艦隊の戦力は強大すぎた。

 まず、私たちの索敵範囲外からの敵空母の爆撃で、榛名と比叡が中破レベルのダメージを負った。その際鈴谷が緊急発艦させた瑞雲は、敵の直掩機にすべて叩き落とされた。

 続けて、敵戦艦2隻からの強烈な砲撃を浴び、榛名と鈴谷が中破レベルのダメージを負った。こちらの位置を正確につかんだ砲撃だった。おそらく私たちの頭上にいる観測機を利用した弾着観測射撃を行ったのだろう。

 その後も、敵艦隊からの砲撃は雨あられのように降り注いだ。私の艤装も何度か被弾した。

「ちょ…まっ…これじゃ反撃出来ないしーッ……!!!」

 鈴谷の悲鳴が聞こえたのと、青葉が被弾したのはほぼ同時だった。敵の徹甲弾をもろに食らったらしく、一撃で大破レベルのダメージを負っていた。

「金剛さんすみません! 青葉はもう雷撃不可です!!」
「鈴谷ももう撃てないー!!」

 しまった。これは完全に失策だ。予想出来なかったという言い訳が通用するレベルの損害ではない。しかも私たちにこれだけの損害を出しておきながら、敵艦隊はほぼ無傷。これはどうひっくり返っても、今の私たちが勝てる相手ではない。

「お姉様…どうしますか……?」
「旗艦は青葉ですけど、いざというときは金剛さんに指示をあおげと提督から言われています」

 皆が一斉に私を見た。答えは決まっている。

「撤退シマス。この段階でワタシたちは敵に攻撃すら出来てないネ。これでは勝つことなんて出来ないデス」
「ですね」
「榛名が先導をお願いネ!」
「了解ですお姉様!」

 榛名が全速力で戦線から離脱した。中破状態ゆえ、そこまでのスピードが出ることはないが、ここから離脱する分には充分なスピードといえる。次に私は、鈴谷を見た。

「鈴谷、瑞雲はまだ残ってマスか?」
「あと1機だけなら」
「なら、榛名の後について、先にここから離脱するネ! そしてここから離れたら、瑞雲を発艦させて周囲の索敵をお願いシマース!!」
「分かった!」

 鈴谷は頷き、榛名の後をついて離脱した。残るは4人。

「青葉は比叡が連れて行ってあげるネ! 大破状態だとそこまでスピードは出せないデス!」
「すみません金剛さん比叡さん……」
「そんなに謝らなくていいんだよ青葉…お姉様と霧島は?」
「ワタシは三式弾を持ってマスから、それを撃ちまくって敵の直掩機と艦載機を叩き落としマス!!」
「徹甲弾を持ってる私は、逃げながらの砲撃で敵を牽制すればいいんですね金剛お姉様」
「さすが艦隊の頭脳・霧島ネー」
「お任せ下さい」
「わかりました。金剛お姉様、霧島、ご武運を」
「すみません。金剛さん。後はおねがいします」

 そこまで言うと、比叡は青葉を連れてこの海域を離脱していった。後に残されたのは霧島と私。

「霧島…いちばん大変な役目をお願いするネ……」
「金剛お姉様こそ、敵艦載機の排除は大変ですよ?」
「大丈夫デス。私は昨日、テートクから指輪をもらいマシタ」

 私は左手の薬指にある、指輪の感触を確かめた。この指輪が、この、私と提督をつなぐ証が、私に無限の力を与えてくれる。この指輪さえあれば、私は彼の元に帰ることが出来る。そう思えたゆえの、この人員配置だった。

 フと、私たちの頭上を敵艦載機が通過していった。恐らくは、先ほど戦線を離脱した4人を追う算段なのだろう。しかし私がそれを許すはずがない。私は速やかに三式弾を撃ち、その数機の敵艦載機をすべて撃ち落とした。

「お見事ですお姉様」
「あの四人の元へは一機も艦載機は向かわせないヨー」
「では私も……この霧島、今だけは頭脳ではなく力で圧倒します!!!」
「オーケイ!! じゃあパーティーを始めるネ!!!」

 私は霧島の背後につき、襲いかかる敵艦載機のすべてを三式弾で叩き落としていった。一方の霧島は殿となり、徹甲弾による牽制射撃を敵艦隊に浴びせ続けた。形こそ牽制だが、霧島の一撃は徹甲弾も相まって破壊力は破格だ。何度か敵艦への直撃と撃沈を確認した。

 敵艦隊も負けじと攻撃を行ってくる。いくら私が敵艦載機を落としたといえども、すでに奪取された制空権はそう簡単に取り戻せない。敵戦艦の弾着観測による正確無比な射撃と、私の三式弾の猛攻を掻い潜った敵艦載機からの爆撃は、私と霧島に着実にダメージを与えていった。それでも私たちは、死にもの狂いで撤退しながら砲撃し、砲撃し、砲撃した。

 敵艦隊との距離が開いて砲撃が届かなくなり、敵艦載機の影も見えなくなった頃、私は自分が中破レベルの傷を負っていることに気付いた。三式弾も底をつき、私はもはや満身創痍だった。

 さらに状態が酷いのが霧島だった。霧島は艤装も装束もズタボロになっており、明らかに大破判定のダメージを負っている。砲塔も折れ、自慢のメガネにもヒビが入り、水面に立っているのがやっとのようだった。

「霧島?! 大丈夫デスカ?!」
「ハハ……お姉様…久々に力づくの戦闘をして、霧島はちょっとくたびれてしまいました……」
「肩を貸しマス! 捕まるネ!!」
「ありがとうございますお姉様……」

 私は霧島に肩を貸し、出来るだけスピードを上げて限界域から離れた。しばらく走ったところで、たった一機残っていた鈴谷の瑞雲が私たちを見つけ、私たちは無事、再び合流することが出来た。どうやらこの海域の付近に小島があるらしく、榛名たち四人はそこで姿を隠しながら、私達が戻ってくるのを待っていたようだ。

「ところでお姉様……鎮守府に通信は出来ますか?」

 満身創痍な上、大破判定の艦娘が二人いる状態だ。どうしても出せるスピードが限られてくる。その状態の中で索敵を鈴谷に任せ、出来るだけ早いスピードで鎮守府に帰還している最中の、比叡の一言だった。

「Shit……そういえば、全然通信してなかったネー……」

 比叡に言われるまで、彼に通信を送ることをすっかり忘れていた辺りが、先の戦闘がいかにすさまじいものだったかを物語っていた。私は軽く舌打ちしたあと、彼に通信を送ろうとした。

 しかし私の通信機が破損してしまったのか、返信が全く来ない。先の戦闘は激しいものだったし、私も艤装に何度かダメージを受けている。そのような状況では、通信機に問題が発生するのも仕方のないことだろう。

「ダメデース。繋がりませんネ……みんなはどうデスカー?」

 私が肩を貸している霧島は、力なく首を横に降った。比叡と青葉も首を横に降った。

「榛名はどうデスカ?」
「ごめんなさいお姉様…榛名の通信機も壊れてしまったみたいで…」
「鈴谷は?」

 鈴谷も申し訳無さそうな顔で首を横に振った。

 この段階で、言い知れぬ不安が私の胸を襲った。確かに先ほどの戦闘は激しかった。私達がその戦闘で受けた損壊も甚大なものだった。だからといって、こう都合よく全員の通信機が壊れることなどあるのだろうか? もし、この中の誰かの通信機は無傷の状態で、にもかかわらず返事がないのだとしたら…もし、私たちの通信が鎮守府に届いてないのだとしたら…そしてもし、届いていながら返事が出来ない状況にあるのだとしたら……

「みんな! 急いで戻るネ!!」
「お姉様、無理です! 霧島と青葉が大破判定でスピードはこれ以上出せません!!」
「Shit……!!」

 私には自覚はなかったが、その時私はおそらくいらだちを顔に出してしまっていたのだろう。青葉と霧島が申し訳無さそうにうつむいているのが見えた。

 私も出来れば二人をいたわりたかったが、それ以上に、胸に去来する言い様のない不安感を早く払拭したかった。なぜ私は、これほどまでに不安を感じるのだろう? 通信機が壊れ、鎮守府と通信ができなくなる状況など、これまでに何度も経験したはずだ。それなのに、なぜか今回だけは、考えただけで胸が押しつぶされ、叫んでしまいたくなるかのような不安感が襲い掛かってくる。私はなんとか気持ちを押し殺し、必死にスピードを上げたくなる気持ちを抑えた。

「え……ちょ……」

 不意に鈴谷が立ち止まり、わなわなと震え始めた。

「? 鈴谷?」
「どうしたノ?」

 私たちも、鈴谷の異変に気付いた。常に明るくていたずらっぽい笑顔を浮かべ、たとえ大破判定の状況でも『ちょっとマジ恥ずかしいし〜……』とまだ余裕を感じさせることの多い彼女が、立ち尽くし、体を震わせ、困惑と恐怖に震えた表情で私を見た。

「金剛さん……みんな……どうしよう」
「鈴谷?」
「どうしよう…鎮守府見えた……鎮守府見えたけど……」

 満身創痍の私たちを迎え入れてくれるはずの鎮守府は、粉塵と煙の漂う瓦礫の山と化していた。
 
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