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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 4. 『堕ちてゆくのはぼくらか空か』
  Episode 22. Stand on the Sky

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

第四章、開始です。

リーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。
 

 
<Lina>

 六十一層の迷宮区への道を塞ぐダンジョン『エアリア楼閣』。

 その中で最初の浮遊フィールド『第一空中回廊』にて。

 負傷したアスナとスイッチした一護は、小型フィールドボス『エルドアギラ』に空中戦を挑んでいた。

 二十メートルはあろうかという高さまで空中を踏みしめて(・・・・・・・・)一気に駆け上がり、自身の後方に空気の足場を展開。無色透明なそれを蹴って突撃し、同じく一直線に向かってくるボスと交錯する――かと思ったが、そのニメートル程手前でさらに足場を作り、真上にジャンプ。身体を上下逆様にした無茶な体勢のまま、

「ドコ見てんだ、よ!!」

 彼の姿を見失ったボス目掛けて、カタナ用単発重攻撃《尽月》を叩き込んだ。発生した強烈なノックバックにより、体長三メートル強のボスの筋肉質な身体が大きく歪む。
 その隙を逃さず、宙返りした一護は勢いそのままに空中かかと落としを敢行。ゴズンッという鈍音が響き渡り、弱点部位を強撃されたボスはHPをごっそり減らしながら墜落した。

 ボスが砂塵を巻き上げて地面に激突した場所と、私やアスナがいる地点の中間に一護は着地した。全快から減っていないHPやビシッと伸びた背中が、彼が未だに負荷の欠片も負っていないことを表していた。

 と、立ちこめていた砂煙が晴れ、拳に紅色の光を宿したボスの姿が見えた。羽根を大きく広げて寝かせ、腰を沈めた体勢は、典型的な突進攻撃の予備動作。

「突っ込んでくるわ! 避けて!!」

 アスナはそう叫びつつ、細剣を構えてその場から飛び退こうとした。距離があるとはいえ、空中戦に特化したこのボスの加速力は既存の飛行モンスターの比ではない。すぐに射線上から離れなければ。私も短剣を構えつつ、ボスの進路を見極めるべく集中する。

 しかし、

「ふんっ!!」

 一護の取った行動によって、その警戒心は無駄になった。

 予想通りに放たれたボスの突進攻撃。拳を真正面に突き出して突撃してきたボスを、なんと一護は素手(・・)で受け止めた。

 流石に突進の勢いは殺しきれず、そのまま私たちのすぐ手前まで押しやられてきた。けど、自分のそれより二回りは大きい拳に真正面から五指を突き立て、両足を踏ん張った体勢は崩されていない。なおも拳を押し込もうとするボスの金眼も驚きに見開かれているように見えるのは、私の錯覚だろうか。

 なにより、

「う、嘘でしょ……ヒットポイントが、全く減ってない、なんて……」

 アスナの言う通り、一護はノーダメージで防ぎ切っていた。

 これはすなわち、フィールドボスの突進攻撃を相手に、速度を殺しつつ素の腕一本でのジャストガードを成功させてみせた、ということだ。やろうと考えたことすらないその絶技に、アスナだけでなく私も素直に驚いていた。

 そんな私たちの気持ちに答えるように、ボスと素手同士の鍔迫り合いをしていた一護は、少しずつ敵の拳を押し返しながら、

「……なに驚いてんだよ。素手の攻撃が、同じ素手で止められねえわけ、ねえだろ!!」

 言いきり、同時にボスの腕を掴み直して捻じり上げ、手前に引っ張り込んだ。

 押し合いから一転、全面に引っ張られたことでボスの上体が揺らぐ。その隙に一護の刀が閃き、連続技が開始された。

 下段からの斬り上げに斬り払い二発、さらに再度斬り上げ――と見せかけて、刃をうねらせるように急旋回。逆袈裟を叩き込んで、トドメに下段から思いっきり突きあげる。
 フェイクを織り交ぜたカタナ用五連撃《狂渦》だ。パワータイプの技でありながらもフェイントを含む珍しいソードスキルをまともに受け、HPをレッドゾーンまで削られたボスは、再び後退を強いられた。

「軽量級のボスってのは、やりやすくていいな。重量級(デカブツ)相手だと、こうはいかねーしよ」

 いや別に軽量級でも重量級でも、ボス相手にそんなことができるのは貴方くらいでしょ。

 独りごちた一護に私が心の中で突っ込みを入れた直後、視界の先から何かが飛来。同時に一護が刀を一閃。鋭い弧の形に見えた紅いそれを迎撃した、ように見えた。

「クソッ! いきなり速度が上がりやがった」

 そう毒づく彼のHPは、一瞬前と比べて僅かではあるが削られていた。声に含まれた苛立ちが、彼の心境を物語る。

「……ねえリーナ。今の、見えた?」
「紅い三日月型の光が飛んできたのが、かろうじて」

 アスナと同じくHPを削られていた私は、体力回復用のポーションの空き瓶を咥えつつ、ボスから目を逸らさずに言った。

「状況から見て、一護はその光を刀で防いだ。けど、その瞬間は見えなかった。HPが減ってるってことは、多分防ぎきれなかったんだろうけど」
「うん、そっか……私なんか、紅い光が瞬いたことしかわかんなかったよ」

 アスナに見えない。私も完全には見切れない。見切れても、一護でさえ防ぎきれない。
 高レベル三人が揃ってコレってことは、おそらく、予備動作を見極めないとヒットがほぼ確定の理不尽系攻撃だろう。一刻も早くパターンを見つけて、次の戦闘で対処できるようにしておかないと。

 空中に飛び立ち連続して紅い閃光を放ってくるボスと、それを躱し弾き飛ばす一護。なんとか軌跡だけは目で追えるそれを見ながら、私はその予備動作を探しつつ、次のスイッチに備える。

「チッ!! 反応はできても刀の速度が追っ付かねえか。 こうなりゃ……!」

 地味にHPを削られてストレスが溜まってきたのか、イライラを隠そうともしない一護はその場から大きく飛び上がり、閃光の射線から逃れた。

 ボスもそれを追うように飛翔し一護に接近するが、

「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、限定解除】」

 距離が詰まる前に一護のコマンド詠唱が完了し、青い光が彼の身体を包み込んだ。

 同時に、彼の頭上に表示されたHPがイエローまで減少し、代わりに羽根の生えたブーツのアイコンがカーソルの上に追加された。
 つい最近出現した、HPを犠牲に任意のパラメータに一定時間プラス補正をかける『死力』スキルの追加オプション、『限定解除』だ。

 ボスはそれに臆することもなく、威嚇するように翼を大きく広げた。やっと見つけた、予備動作らしい爪の振りかぶりを経て、再度の閃光が瞬き――、

「遅えよ」

 一護のはるか手前で爆ぜた。

「「……え?」」

 私とアスナの腑抜けた声が重なった。現実に思考が置いてきぼりを食らった感じがする。

 一護はいつの間にか刀を振り切った体勢を取っている。敵の攻撃にばかり気を取られていて一護のアクションに目が行っていなかったせいか、何をしたのか分からなかった。もちろん、彼のHPは減っていない。
 その動きに気づけなかったこともだが、それよりもどうして閃光が一護に到達する前に霧消したのか、そっちの方が理解できなかった。ハテナで頭が埋め尽くされそうになる。

 しかし幸いなことに、その直近にして最大の疑問だけは、すぐに解決されることになった。

「なってねえな。斬撃を飛ばす(・・・・・・)ってのはこうやるんだ……!」

 モンスターには通じないはずの人語の挑発を飛ばしながら、一護は右足を一歩退き、同時に刀をテイクバックする。対して、ボスはそれに危機感を覚えたかのように構えを解き、体勢を低くして突進攻撃の体勢を取る。

 しかし、ボスがそこから攻撃へと移行する前に、

「月牙……じゃねえや《残月》!!」

 一護が刀を神速でフルスイング。

 蒼い燐光を纏った刃から、青白い三日月状の光が放たれ――今まさに突進しようとしていたボスの下半身を消し飛ばした。

 今度は攻撃の軌跡が見えた。着弾の瞬間もぎりぎりで見極めることができたものの、実際にデュエルで使われたらひとたまりもないだろう。明確には視認できなかったが、一護の台詞から今のがなんだったのか、ようやく分かった。

 カタナ用遠距離攻撃スキル《残月》だ。

 『限定解除』と同時期に習得していたのは本人から聞いて知っていた。だが、実物を見たのは初めてだった。ここに来る前、一護が「見て腰抜かすなよ」と大言壮語していたのにも、今なら納得できる。それだけ凄まじい技だった。

 呆気にとられて言葉も出ないアスナとやっと納得した私の前に、ボスを討伐した一護が軽々とした足取りで着地した。半減したHPの回復のために、口にはポーションの瓶が咥えられていた。とりあえず、お疲れ、と短く労っておく。

 私の言葉に片手を上げて応じた一護は、空になったポーションの瓶を投げ捨つつ、短く息を吐いた。

「ったく、五分でくたばるくらい弱っちいのに、なんであんなのがココの門番なんてやってんだよ。大人しく琵琶湖に帰れってンだ。トリ人間だけによ」
「ただいまのジョーク十八点。無論、百点満点で」
「……殊勝に『お疲れ』とか言ってきたから、今日は珍しいなと思ってたらコレかよ……必死こいてボス斬ってきた相方に対する台詞じゃねーだろ、それ」
「私、お笑いに関しては辛口なの。悔しいならもっとセンスを磨いて」
「オメーのクソ音痴っぷりには、まだ勝ててる気がするな」

 いつものノリで軽口の叩きあいを始める私たち。その応酬を見てやっと我に返ったらしいアスナが、慌てて一護に詰め寄った。

「ちょ、ちょっと一護! さっきの攻撃ってなんなの!? っていうか、あのボスの赤い光みたいな攻撃、見切ってたの!? 突進攻撃(チャージ)相手にジャストガード決めてるし、ホントどういう身体してるのよ!!」

 普段の毅然とした彼女らしくない振舞いだけど、それも無理ないと思う。それくらい、さっきの攻防、特に素手でボスを止めたことは非凡な行動だったのだ。

 このゲームでジャストガード、つまり相手の攻撃をダメージを受けずにふせぐスキルを成功させる方法は、主に二つ。
 敵の攻撃の瞬間に盾で同威力の弾き(パリィ)を行うか、あるいは相手の攻撃速度に合わせて自分の防御部位を動かし、接触時の衝撃を限りなくゼロに抑え込むかのどちらかだ。
 先ほどの状況から判断するに、この死神代行サマは、腕をばねのようにして敵の拳打の衝撃を削ぎつつ受け止め、かつ両足の踏ん張りや地面に突き立てた右手の刀によって突進自体の威力に対抗。私たちがいる地点に到達するまでにそのエネルギーを削ぎきってみせた、ということになる。
 それをやろうと思った一護の度胸にも驚きだけど、何よりそれを実行しきってみせた彼の身体捌きの方が凄まじい。一層のボス戦以来度々思うことだけれど、この人は普通に戦うということをしないんだろうか。

 関心とも呆れともつかない感想を抱く私を余所に、一護はいかにも「鬱陶しい」って感じの目で閃光閣下を見やった。

「あ? なんだよ。いたのか、アスナ」
「いたわよ最初から! 大体、私が一人であのボスと戦ってるところに貴方たちが来たんでしょう!?」
「そうだっけか?」
「アスナ、この人脳みそ八ビットだから、記憶能力は期待するだけムダ。それより、お腹すいた。早く帰ろ」
「あ、テメエ! 言うだけ言って逃げんなコラ!」
「それは貴方もでしょ、一護!!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、もうすぐ日が落ちるダンジョンに背を向け、私たちは主住区へと歩みを進める。
 遠くに見える夕日の眩さが、明日の天気も良好であることを知らせていた。



 ◆




 アインクラッド全体で見ても、六十一層は極めて異質な構造を取っている。

 フロアの高さは他の層の三倍近く、総面積も広い。見渡す限りの大草原の上に主住区となる街『ロザージュ』と大小様々な島が浮かぶ形となっていて、それら全てを覆うように安全圏が設定されている。
 フィールドダンジョンも、地続きのごく普通ものから浮島だけの空中ダンジョンまで存在し、宙を飛ぶ飛行モンスターも多く生息してるせいで、攻略の難易度は他と比べても高いと言える。間合いの外をブンブン飛ばれてヒットアンドアウェイ、なんてやられた日には、間違いなくHPが黄色か赤に染まる。

 加えて、この階層内では、プレイヤーが空中を自在に移動できるようになっている。
 NPCショップで無料配布されている『スカイ・ハイ』という名前のアンクレットを装備することで、プレイヤーは『空中を翔ける能力』か『体表に空気の鎧を展開して防御力を引き上げる能力』のどちらかを自由に選択できる。
 前者は機動力重視のプレイヤーに、後者は安定性重視のプレイヤーのために作られていると思われる。特に空中歩行は(流石に迷宮区内では使えないという制限があるみたいだけど)上空からの急襲やふっ飛び中の足場の確保など、バトルスタイルに幅が出来るメリットが大きい。付けているだけで、落とし穴なんかの一部トラップを無効化できるし。

 しかしこのシステム、使いこなすのは意外と難しい。

 常に足元に「空気を踏みつける意識」を張り巡らせていないと足場が消える。というか、この「空気を踏みつけ」「足元に堅固な足場を構築する」感覚自体、曖昧でよくわからないってプレイヤーが、私も含めてほとんどだった。
 初日でさっくりできてたのは、何でも魔人こと血盟騎士団長のヒースクリフと、何故かあっさり順応してみせた一護くらいだ。フロア解放の十分後、慣れない空中歩行システムに四苦八苦する私たちを余所に、二人して余裕綽々の顔で宙に立っていたのを今でも思い出す。戦闘以外でもあの二人はバケモノクラスだと、私たちが実感した瞬間だった。

 そんな出鱈目二人組はさておいて、その難易度のため大多数のプレイヤーが地道な練習を強いられ、苦手な者は走るどころか、立つことも困難な有様だった。鍔迫り合い中なんかに一瞬でも気がそれれば足場が崩れて落下、地面に叩きつけられる。逆に足場にばかり意識を取られていると、競り負けてダメージを負うことになる。便利な反面高難易度なシステムに、少なくないプレイヤーが防御力アップへと能力を切り替えたみたいだった。

 しかし、空中歩行の技術がなければ、迷宮区へと続くダンジョン内の空中回廊エリアの踏破は困難を極める。難しいからと言って放棄するわけにもいかない。
 なにより、このシステムの使い方の巧拙がこの層での狩りの効率や戦闘の難易度に直結するとあって、血盟騎士団や聖竜連合といった大型ギルドを始め、多くの攻略組プレイヤーが真面目にこの空中歩行に取り組むことに。その結果として、主住区下の大草原ではガチ勢から観光目当ての者まで、多くのプレイヤーたちが空中で七転八倒する光景が日夜繰り広げられていた。

 かくいう私は、初日で既に空中に立つ・歩く・跳ぶをカンペキにこなしている相方に教えを請い――その際、日頃のお返しとばかりに散々バカにされたが――三日をかけて、なんとか最低限戦闘に耐えうるレベルにまで達することができていた。
 まだ一護のように「逆様の状態で上空に足場を作り、それを蹴って高速で落下」とか「敵の直前で正面に足場を作って緊急離脱」なんて高等技能はできない。それでも、足場を作れなくて両足が宙を掻き落下、なんて無様な真似はやらかさないようにはなってきた。お昼寝おやつを一切ガマンして練習した甲斐があったというものだ。無論、訓練完了後に露店に突撃して、一護が「無限バキューム」と呆れ果てる程にバカ食いしたのだけれど。

 そんな過程を経た私と同様、一護に空中歩行を教わりに来た人は多かった。
 結局は場数をこなすことでしか上達はしていかないが、それでも手本があるのとないのとではイメージの作り易さが段違いになる。『黒の剣士』キリト、『閃光』アスナ、攻略組ギルド『風林火山』にプレイヤー支援ギルド『SSTA』など、顔なじみを中心としたプレイヤーが一護の元に集い、文句たらたらの一護がもたらすアドバイスに従って銘々で訓練を重ねてきた。

 そうして月日は流れ、六十一層解放から五日後の六月八日。

 ようやく攻略組の空中歩行の技術がなんとか戦闘に耐えられるレベルにまで到達し、迷宮区へと続く陸空混合系広域フィールドダンジョン『エアリア楼閣』の攻略が開始された。



 ◆



 ギルド本部に報告に行くと言うアスナと転移門広場で別れ、私たちはすっかり日の暮れた主住区を歩きだした。

 彼女曰く、

「今日はほんの偵察のつもりだったのに、まさか最初のフィールドボスを撃破しちゃうなんて思わなかったわよ。貴方たちの協力があったって、団長にはちゃんと報告しておくから」

 とのこと。

 明らかに厄介事が追加で飛んできそうな発言に、一護が「余計なコトは言わなくていい」と返したのだけれど、その時にはもう、アスナは五十五層へと転移した後。とばっちりで私にも面倒が来ないとも限らないし、メッセージの一つでも飛ばしておこう。

 前方ノールックでメッセージを打ちながらどうにか人ごみをかいくぐり、辿り着いたのはいつものような華やかなレストラン街――ではなくて、静かな主住区の西端だった。ここからは毎日きれいな夕日が見えるのだが、無論、それを目的にここへ来たわけじゃない。特に躊躇することなく、高台から空中へと身を躍らせ、空を翔ける。

 主住区『ロザージュ』は大きな盆のような土台に乗っかった円形状の街である。その周りには、無数の島が浮遊していて、何もないただのちっぽけな無人島から、NPCのショップが建っているものまで様々な規模の島が存在する。
 その中の一つ、真新しいコテージが建つ島に、私たちは降り立った。

 ここは、つい三日ほど前に現金一括で購入した、私たちのプレイヤーホームだ。

 お値段二百万コルポッキリのこのお家。シンプル家具一式が備え付けられていること、調理スペースが整っていること、なにより、四畳半はありそうな大きなソファー(クッション二十個付き)が付いていることに私がノックアウトされ、渋る一護を三十分かけて説得し、どうにかこうにか買うことができたものだ。この世界に来て初の七ケタ出費はかなり痛かったけど、私は後悔していない。
 ホームがあれば宿を探して歩き回る必要はないし、島一つをこのコテージが丸々占拠しているから、ご近所トラブルなんてものも存在しない。

 なにより、

「さあ一護、お腹が減った。ご飯の支度、はりーあっぷ」
「……はぁ。だからホームなんざ買いたくなかったんだよ」
「今日も素敵なディナーを期待してる。がんば、名シェフ一護」

 やろうと思えば毎日三食、一護のご飯が食べられる。

 このことは一護も気づいていたらしく、外食を好む彼は最後までこの点でごねていた。けど、私の誠心誠意の説得(という名の駄々)に結局は折れ、しかも我がままを通す条件として私が最初に提示した「一護五十万コル、私百五十万コル」を破棄。普通に割り勘でいいと言ってくれた。

 流石に申し訳なくて、自分で我がまま言った分のお金は出すから、と言ったのだけれど、

「仲間内で金払いが不平等とか、意見通す代わりに金出すとか、キライなんだよ、そーゆーの。貸し一つにしとくから、その内どっかで返せ」

 とぶっきらぼうに言われ、そのまま一人百万コルで購入してしまった。彼が意外と堅気で、ついでに優しいってことを再確認した瞬間だった。

 とはいえ、流石にその言葉に素直に甘えるほど、私は恩知らずではない。
 借りはどこかで返すとして、彼の食事準備の負担が増える分、彼が今まで担当していたモンスターハウス関連の情報収集やSSTAでの模擬戦の仮想役を引き継ぐことにした。一護を「ベリっち」と呼んでからかって遊んでいるらしいアルゴには、少し残念そうな顔をされたけど。

「リーナ、この前買ってきた真っ黒いロブスター的なナニカが山ほどあんだけどよ。なんか希望の調理法とかあるか?」
「グリルがいい。バター焼きがベスト」
「あー、楽だしそれでいいか。あとはシーザーサラダにスープに……」

 いつものしかめっ面のまま、てきぱきと料理を進めていく一護。流石、料理スキル七百越えは伊達じゃないみたいだ。
 これでエプロンの一つでも付けていれば立派なヤンキーシェフの完成なんだけど、この前買ってきて勧めたら断固として拒否された。なんでも、男がエプロンするなんざ女々しい、とかなんとか。世界中のクッキングパパに喧嘩を吹っ掛けるような勢いのエプロン拒絶反応によって「一護にシェフのコスを着せて鼻で笑う計画」は第一段階で頓挫した。無念。

「……よし、こんなモンか――」
「できた?」

 一護の独り言を遮るように、私はキッチンに文字通り飛び込んだ。
 オーブンの前でしゃがみこんでいた一護は跳躍した私を見ても動揺の欠片も見せず、しかしシカトもせず、肩で担ぐようにして私を受け止めた。

「ぐぇ」
「ジャマだぞオラ。どっか行け」
「……美少女が空から降ってきたというのに、この受け止め方はどうかと思う」
「自分で言うか、それ。つうかわざわざ受け止めてやったってのに、ブーたれる方がどうかと思うぞ」
「ノリ悪い」
「言ってろ」

 そのまま彼は私のベルトの辺りを掴むと、私をソファー目掛けて放り投げた。ぼふんっ、という柔らかい音と共に私はクッションの山に埋もれ、暖かな暗闇が私を包む。

「……ふう、至福」

 思わずそう呟く私の背後で、カチャカチャと食器が触れ合う音がした。
 振り向くと、一護が出来上がった料理を運んでいるところだった。全部任せっきりは悪い気がして、私も運ぶのを手伝う。
 根菜とウィンナーたっぷりのミネストローネに、葉野菜中心のシーザーサラダ。メインディッシュの黒ロブスター(仮)のグリルは特大の鉄板の上でバターの良い匂いを漂わせ、バスケットに山と積まれた黒パンがテーブルの四分の一を占めた。

 四人掛けのテーブルに向かい合うようにして二人で座り、私のストレージに常備してあるワインを互いのグラスに注ぐ。メインの魚介(ロブスター)に合わせて選んだ白ワインが、透明なグラスを満たしていった。

「それじゃ、六十一層フィールドボス討伐を祝って――」
「ああ、そう言やあのトリ公、一応フィールドボスだったんだっけか。だとすりゃ、余計にあんなに弱かった理由がわかんね……」
「それは今は置いといて。はい、乾杯」
「あーへいへい、乾杯、っと」

 適当な乾杯を済ませ、星が灯り始めた夜空をバックに、私たちは夕食を食べ始めた。 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

第四章はオリジナルエピソード、六十一層編です。流石にフロアボス討伐までは行きませんが、キリがいいところまで書いていきます。

主住区『ロザージュ』(フランス語で「石楠花」の意。高嶺の花という慣用句の由来になった花です)のイメージは、霊王宮の零番離殿のような感じです。あれの周りに、大小様々な島がたくさん浮いているのを想像していただければ良いかと思われます。

そして、メインヒロインはリーナさんに決定しました。相方ポジからの昇格(?)おめでとうございます。
……ところでこの二人、惚れた腫れたがないクセに、既に現時点で充分イチャコラしている気がするのは、書いてる私だけでしょうか?

あと、一護が月牙天衝……もとい《残月》を習得しました。
別にスキル名を《月牙天衝》にしても良かったんですが、ゲームにて既に斬撃を飛ばす《残月》なるスキルがあるとのことでしたので、そちらに準拠しました。 
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