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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 3. 『世界を変えた人』
  Extra Episode "Deathberry @ X-mas"

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

番外編です。山も谷もございません。
三人称で書きました。

宜しくお願い致します。 

 
「よお、エギルいるか。いつもの頼む」
「いらっしゃい一護。こんな聖なる日まで狩り三昧たぁ、お前も寂しい奴だな」
「うるせーな。グダグダ言わずにとっとと視ろ」

 十二月二十五日、午後四時二十八分。

 三十八層主住区に在る小さな雑貨屋で、軽口をぶつけてくる店主(エギル)に一護は不機嫌そうな声で言葉を返した。新調したボア付きコートの肩口を乱雑に払うと、うっすらと積もっていた雪が真っ白いポリゴン片となって舞い落ちる。
 その名残を蹴散らすように一護は店内にズカズカと入り、そのままどっかりと丸椅子に腰を下ろした。同時に慣れた手つきでトレード欄を提示、エギルは軽く首肯して鑑定を始めた。

「今日は珍しく独りか?」
「ああ。クリスマス限定だとかいうスイーツの露店からリーナが動かねえんだよ。アイツの暴食に付き合ってたら、時間も胃も、ついでに財布も持ちやしねえ。説得すんのも面倒だし、メッセージだけ放って抜けてきたんだ」
「変わらねえな。あいつもお前も」
「ほっとけ」

 苦笑交じりのエギルの言葉にぶっきらぼうに答えながら、頭の後ろで手を組んで、一護は窓の外を眺める。日の入りの早い季節故か、五時にもなっていないにも関わらず、外の景色はすっかり夕焼け色に染まっていた。低い家屋の屋根に積もった真っ新な雪が、臙脂色の陽の光を受けてキラキラと輝く。
 真冬ならではの幻想的な光景に、しかし一護は何の灌漑も感じない様子で退屈そうにため息を吐いた。

 と、その吐息が消える前に、

「オーッス! ギルさんいるカ……って、ベリっちもいたノカ。奇遇ダナ」
「オメーの『奇遇』は妙に嘘くせえから不思議だな、アルゴ」

 分厚いマントを翻してアルゴが店内に飛び込んできた。小柄な体躯にエネルギッシュな空気を纏って現れた彼女に、一護は愛想のない言葉で、エギルはトレード欄から視線を外さずに片手を上げて、それぞれ答えた。

「失礼ダナ。プロの情報屋として、オレっちが今まで(ガセ)を流したことなんて一度もねーゼ?」
「その言葉がもうガセだろ。無断で俺の記事作っといて、次は許可取ってからにするからっつう台詞を何回聞いたことか」
「仕方ねえダロ。ゴシップは鮮度が命、チマチマ交渉してるワケにはいかねーんダ。それに、毎回事後承諾はとってるじゃねえカヨ。詫び金付きデ」
「パチこいたことにゃ変わりねーじゃねえか。その内ピノキオよろしく鼻が伸びてきても知らねーからな」
「そりゃ困るナ、後でいいコトして帳消しにするゼ」

 金色の目を細めてニッと笑った情報屋は、ひらりと身を翻してカウンターの前へと向かった。鑑定を続ける巨躯の店主と比べると幼児のように小さい身体を椅子に落ち着け、小難しい顔をして鑑定作業を進めるエギルの方を見やる。

「ギルさんはお仕事中カ?」
「ああ、一護の戦利品の査定中だ。もう少し待ってくれ」
「アイヨ。ってか、リっちゃんはドコダ?」
「クリスマス限定屋台につきっきり、だそうだ」
「ありゃ、それは当分動かねーナ。で、ベリっちはヒマした挙句に雑用ってカ。辛い現実だナ」
「うるせえよ。勝手なこと言ってんな。おいエギル、まだ終わんねえのか?」
「へいへい、ちっと待てよお……よし、これで終了だ。金額は、こんなもんでどうだ?」

 馴染みの仲とはいえ、第三者(アルゴ)がいる状況下で買い取り金額を声高に言うのを避けたのか、エギルは計算結果を告げずにトレード欄の申請によって一護に示した。金額を一瞥し、一護は少し考え込む素振りを見せたが、数秒も経たずに首肯した。

「ああ、これでいい。取引成立だ」
「毎度あり。また頼むぜ」

 そう言うエギルに片手を上げて応えつつ、申請を受理した一護は立ち上がって出口へと向かった。

「なんダ? 急ぎの用でもあんのカ?」
「リーナからメッセージだ。六周してやっと満足したみてえだ。俺もハラ減ったから、合流してメシ行くわ」
「エ、まだ五時前だゼ? 早くネーカ?」
「こっちは今朝の六時から迷宮区に潜りっぱなしだったんだ。昼も大したモン食ってねえし、すきっ腹が限界なんだよ」

 そんじゃな、と別れの言葉を告げて、一護は店から姿を消した。後に残ったエギルは取引のログを確認しつつ、片手間でアルゴのお茶を出した。礼を言って受けとったアルゴは、湯気がもうもうと立つそれを少しずつ、少しずつ飲んでいく。

「それで? お前さんの用件は何だ?」
「依頼の情報が手に入ったカラ、教えにきたんダ。情報源が長ったらしいテキストだから、このままメッセージで転送するゼ」

 アルゴは窓を呼び出して下書き済みのメッセージを選んで送信、直後に長文で埋め尽くされたホログラムウィンドウが表示された。受け取ったエギルはその文字量にげんなりすることもなく、分厚くせり出した眉稜の下の目を細めて、大量の情報をゆっくりと読み込んでいく。
 最近不足している素材や供給過多の素材、上層で新しく確認されたアイテム等について、事細かに書かれたそれを時間をかけて読破すると、トレード欄を操作してアルゴへ情報料を支払った。マイド、という一言と共にアルゴが受諾。六ケタに及ぶ大金が一瞬で移動した。

「しっかし、さっき一護にも言ったが、クリスマスまで仕事たぁ随分と寂しいこったな。一護もお前も、ついでに俺も」
「仕方ねーダロ。みんなスッカリ馴染んじまってるガ、ここはデスゲームの中。一日も早く出るためだったラ、聖夜の一つや二つ、潰してやるサ」
「……まあ、そうだけどよ。せめて夜くれえはそれっぽく過ごしてもいいんじゃねえか? 俺はともかくとして、アルゴ、お前には相手はいないのか? 女性プレイヤーってことで、いろいろ男が寄ってくるだろうが」
「ンー、まあ、確かに寄ってくんのは少なからずいるサ。ケド、全員お引き取り願ってるからナ。魂胆が邪なのが見え見えダシ」
「あー、そりゃあなあ。男ってのは、例外なく単純な生き物だからな。女の余裕ってヤツで、一つ大目に見てやってくれ」

 二人は互いに苦笑を浮かべると、肩を竦めて見せた。黒肌の大男と白肌の少女、全く異なる容姿を持つ両者の動作が完全にシンクロする。

「そういう邪な感じがしなさそうなのは……キリトなんかどうだ? 口下手のバカだが、強いし優しさもある。歳も、そう変わらんだろう」
「キー坊は……まあ確かにアリかもしんないケド、でも男女間の仲については確実に興味なさそーだよナ。男友達ってノガ、一番しっくりきそうダ」
「そうか、それじゃあ……ああ、さっきまでいた一護はどうだよ。あれで意外と心の機微には鋭そう……いや、奴にはリーナがいたか」
「マーナ。流石にあの二人の間に入るのは無理ダ。明らかに個人空間(パーソナルスペース)を共有してるレベルだロ、アレ。食事に行っただけでリっちゃんに目付けられるし、分が悪すぎダ」
「だよなあ。アレで恋仲じゃねえってんだから笑えるぜ……ん? ちょっと待て。その台詞だと、一度は考えたってことか?」
「ン? 一度どころか何度か考えたぜ? ベリっち強奪計画」

 ア、これ内緒ナ、と付け加えて笑うアルゴを見て、禿頭の巨漢は目を丸くした。

「ほお、まさかお前から片思いすることがあるなんてな。なんだ、一目惚れってやつか?」
「いやいや、確かに顔はカッコイイけど、それだけで惹かれるほどオレっちは単純じゃねえサ。愛想がねえクセに優しかったり、つっけんどんなコト言ったかと思ったラ鋭かったリ、そういうギャップを見てたら、いつの間にか、ナ」
「へぇ、そりゃあ何とも、女子の恋って感じだな。意外にも」
「意外ってなんだヨ。失礼ナ」

 口を尖らせるアルゴに、スマンスマンと詫びながらエギルはお茶のお代わりを差し出した。毒々しい赤い色のお茶を、特に気にする風でも受け取って一口啜る。エスニックな香りが狭い店内を満たしていく。

「……でもまあ、確かにオレっちに恋の駆け引きっのは似合わねーかもナ。最近、自分でもそう思うようになっタ。
 イヤ、こう言うと語弊があるカ。なんつーか、オレっちは、アイツが楽しくしててくれればそれで満足なんダ。隣にいられなくたって、ちょっと離れたトコロから見守ってられれば、それで充分、満たされル」
「それ、なんか寂しくねえか?」
「マ、寂しいっつカ、競争にも参加しねーで退くのは惜しい気も確かにするけどナ。
 でも、これでいいんダ。
 隣にいたら、きっとアイツの顔しか見えなくナル。ベリっちの全部を見守るには、隣から一歩退かなきゃいけないんダ。
 今のベリっちの隣に立てるのは、同じ強さを持ったリっちゃんだけダ。詳しくは知らねーケド、他にも隣に立とうとしてる奴も、きっといるハズ。だから、ベリっちに必要なのは、傍で感覚を分かち合う人よりも離れたトコからアイツを見守り分かってやれる人。別に確証なんてねーケド、迷いなくオレっちはそう思ったタ。
 だから、オレっちがそうなるンダ。いっつも強気なアイツがやらかした時に、少しだけ背中を押してやれるような、そんな存在ニ。オトナのオネーサン、なんて日頃から言ってるからには、退く勇気の一つくらいは持ってねーとナ」

 カップを玩びながら、アルゴは目を細めて語った。その金の瞳には悲哀の色は一切なく、大人特有の慈愛に満ちていた。

「……なんか、想像以上に本気で一護のこと想ってるんだな、お前」
「ニシシ、マジに内緒だゼ? コレ……あ、そうそう」

 ふと思い出したように、アルゴはエギルの方を見た。禿頭の巨漢は、怪訝そうな目でその視線に応える。

「ついでに言っとくケド、ギルさんは圏外ナ。まあ、こんなコトぺらぺら喋っちまった時点でお察しだけド」
「ついでに言わなくていいだろ! 大体、俺にはリアルで妻がいるんだ。こんなところで不貞をはたらくつもりはねえ!」



 ◆



 四十八層主住区、リンダースにある一等級の宿。
 その最上階である三階の角部屋、スイートルームで一護はリーナと合流していた。アインクラッドでは珍しい「ルームサービス」システムや広いバスルーム、安宿よりも遥かに上質なベッドにリーナが食いついた結果、この部屋は一護たちによって一週間先まで占拠されることになっている。宿泊料金も当然それなり以上ではあるが、全て前払いで支払が済んでいる。

 執事然とした老NPCによって届けられた五人前のルームサービスに早速取りかかるリーナに対し、一護は呆れ十割といった視線を向けた。

「どこまで底なしなんだよ、オメーの食欲は。いくらなんでもドーナツ十個の痕にガチの晩メシは度を越えてんだろ」
「ングング……仮想の胃袋に限界は無い。食べようと思えばいくらでも入る」
「オメーだけバグってんじゃねえの? ソレ」

 巨大なチキンの肉をナイフでこそぎ落とす一護の言葉を、リーナはホットサラダを咀嚼することで無視した。色とりどりの野菜の束が、凄まじい勢いでリーナの口腔内に消えていく。

「この前もサチの料理ドカ食いしやがって。奴の厚意で食わしてもらったモンを、少なく見ても十人前は食いやがって。ちっとは自重しろよ」
「私がワガママ言って作ってもらったならともかく、厚意で出してくれたなら遠慮も容赦もしない。向こうも別に構わないって言ってたし、問題は無いはず」
「社会にはタテマエとホンネってのがあんだよ。アイツが皆のためにって作ったモンを独りで消費していいわけがねえことくらい分かれ、脳みそまで胃袋になってんのかよ」
「……一護、最近サチの肩持つこと、多くない?」
「あ? 別にンなことねーよ。フツーだろ……っと、なんか来たな」

 目の前に浮かんだメッセージ着信のアイコンに、一護は食事を中断する。人差し指でタップすると、サチからの短いメッセージが届いていた。

「……ウワサをすればってヤツだ。サチの奴がまたメシ作るから来てくれとさ。今度は自重しろよ。でねーと首ねっこ引っ掴んでソードスキル無効化エリアに放り込むぞ」
「このオレンジ野郎。通報するから」
「ウマいこと言ったつもりか腹ペコオバケ……あー、またフォルダが満タンになりやがった。新しいトコ作っとかねえと、めんどくせえ」
「……フォルダがいっぱい? 一護ってそんなにメッセージ使うっけ?」
「ああいや、最近になって急にだ。サチの奴がけっこうな頻度で飛ばしてくるからな。どーでもよけりゃ返信しねえから、返すのはごく偶にだ」
「ふーん……ちなみに、一日でどのくらい?」
「あ? えーっと……三十件くれえじゃねえか?」
「…………うわぁ」

 二日に一回使えば多い方であるリーナは、ドン引き、とばかりに顔をひきつらせる。対する当事者の方は特に気にした様子もなく、メッセージ欄を操作して新規フォルダを作成していった。

「まあ、黒猫団の訓練とか、SSTAのこととか一々知らせてくれてんだ。別にいいだろ、そんくらい」
「いや、立派なメール厨だと思うけど……」
「何だよ。つーかお前も最近、サチに冷たくねえか?」
「そんなことない。貴方が甘すぎるだけ」
「は? 何で戦線離脱した奴にまで厳しくしなきゃいけねーんだよ。アイツはアイツなりに頑張ってんだ、応援して何がわりーんだよ」
「悪いなんて言ってない。ただ、締めるところは締めておかないと、その内堕落する」
「そこまでマジになんなくてもいいじゃねえか。やっと今自分の道を見つけたトコなんだ。今まで散々キツイ思いしてきた奴を締めたらかわいそうだろ」
「ふんっ、この甲斐性なしの節操なし。どうせ、か弱い女の子を護れて気持ちいいだけなんでしょ」
「テメエ……!」
「……なぁに?」
 
 互いにフォークを握り締めたまま、二人は立ち上がる。一護の顔面は紅潮しており、対するリーナはどこまでも冷徹な表情。そして、そのどちらからも怒気が迸っていた。
 聖夜に似つかわしくない不穏な空気が高級感あふれる室内に満ち、どちらからともなく手にした武器(フォーク)を相手目掛けて振り抜こうとした瞬間。

 窓の外で、ドォーン!! という爆発音が響いた。爆発の炎のものとおぼしき閃光で、二人の顔が真紅に染まる。

「ッ!? なに?」
「知るか! 転移門の方からだ!!」

 フォークを投げ捨て咄嗟に臨戦態勢を解き、着の身着のまま二人は窓から飛び出した。
 そのまま隣の家の屋根に着地し、音の発生源へと駆けだそうと脚を踏み出す――。


 寸前、打ちあがった特大の花火(・・)が空に弾け、同時に再びの爆発音を轟かせた。
 

 最初は一度で収まったが、すぐに二度、三度と連続して鳴り響き、同時にすっかり陽の落ちた街は極彩色に彩られる。その派手な色と音に道行く人々も立ち止まり、夜の街に咲く火焔の花を眺めていた。

 すっかり意識を非常事態のそれに切り換えていたらしい二人は、しばしそのまま固まっていたが、やがて自然に緊張を解き、毒気を抜かれたようにその場に立ち尽くした。

「……すっげえ」
「……うん」
「去年は、こんなんあったっけか?」
「ううん、なかった……かな? 分からない。多分この時間、去年は迷宮区にいたと思う」
「そうだっけか」
「うん」

 短く言葉を交わし、上空を見上げる。
 視線の先には次の階層、五十層が屋根となって覆いかぶさっており、赤青緑と七色に輝く花火のキャンバスのようになっている。円、星型、柳と多様な形で炸裂する爆発する芸術。薄い部屋着のままで、二人はただ立ってそれを見続けていた。

 やがて、リーナが硬直から抜け出した。右手を振ってウィンドウを呼び出し、アイテム欄からカップと白ワインを取り出し、片方を一護に差し出した。

「……えっと、その、ごめんなさい。言い過ぎた」
「……え? あ、ああ。俺もまあ、悪かったよ。ムキになっちまった」
「きっとお腹が減ってたせい。うん、そうしよう」
「なんかガキみてえな理由だけど、まあ、それでいいか」

 苦笑を浮かべながらカップを受け取り、互いにワインを注ぐ。緑がかった液体が二つのカップを満たしていった。

「んじゃあまあ……互いに悪かったっつうことで、乾ぱ――」
「待って、せっかくのクリスマスでしょ。もっといい音頭があるはず」
「は? ……ああ、そっか。それもそうだな」

 咲き誇る満点の花火の群れ。それを背景に二人は向きあい、軽くグラスを合わせて、

「「メリークリスマス」」

 寸分のズレもなく、唱和した。 
 

 
後書き
お読みいただきありがとうございます。
感想やご指摘等頂けますと筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。

三人称視点に挑戦しました……やっぱりヘタクソですね。今後使うことは(多分)ないでしょう。
そして、展開的に誰がメインか明確になってしまった……どうかお察しくださいませ。
ちなみに、サチからのメッセージ数は四月からのカウントで、三十×三十×八、つまり七千二百通です。筆者ならビビって逃げます。愛故に? 重い愛は凶器なのですよ。

 
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