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猫又

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2部分:第二章


第二章

 だがそんなことを考えている間に先生は動いていた。教室の前の扉を開けその転校生を招き入れる。
「おう、こっちだ。入れ」
「はい」
 男の声だった。それを聞いた男子生徒達は落胆の声を、女子生徒は期待の声をあげた。
「何だ」
「どんな子かしら」
 見事に好対照であった。その対照の中でも沙世はぼんやりとしたものであった。
「どうせ転校生っていっても」
 自分と同じだと思っていた。だからといって足が三本あるわけでも身長が三メートルあるわけではないのだ。普通の人間に決まっているのだ。決まっていない方が恐い。だから彼女は別に何の期待もしていなかった。
 しかしそれは。大きく裏切られることになった。
「えっ」
 やって来たのは沙世の好みそのままだったのだ。背が高くて髪は黒い。眉は濃く、顔立ちはしっかりとしている。何処か日本人というよりはラテン系、しかもイタリアの匂いがする少年だったのだ。
「嘘、凄いハンサム」
 沙世にとってはそうであった。好みが分かれる顔であろうが彼女にとってはもうこれ以上はないという程の美人であった。
「若松澄也君だ」
 先生は彼の名前を紹介した。
「御両親の都合でこちらに転校することになった。宜しくな」
「宜しくお願いします」
 当人も挨拶をした。その声がテノールで高い。それもまた沙世の好みであったのだ。何もかもが彼女の理想であったのだ。心奪われるのも当然であった。
「あんな子が来るなんて」
 うっとりとして見ている。だがそれには誰も気付くことなく普通のホームルームを送っている。ここで先生がふと言った。
「席は・・・・・・おおあった」
 ここで気付いた。
「片桐の隣がいいな」
「私の隣の席なんか・・・・・・それは無理かな」
「おい片桐」
「けれどたまたま空いてるし。まさか」
「片桐っ」
「あっ、はい」
 先生の声にやっと気付いた。
「何をぼうっとしているんだ」
「す、すいません」
「気合が足らん。朝からそんなことでどうする」
 先生の決まり文句が出た。この先生は朝からどころか二十四時間気合を言うのである。ある意味非常にわかりやすくて面白い先生である。
「気合が入ったな」
「はい」
「じゃあ若松君が隣になるからな。宜しく教えてやってくれよ」
「えっ、私の隣ですか!?」
「何だ、聞いとらんのか」
「あっ、いえ」
 何か顔が急に赤らんできた。
「あの、それはその」
「そこが空いてるからな。不満でもあるのか?」
「別にないですけど」
「じゃあ決まりだな」
 話は沙世があれこれ応えている間にも進んでいく。
「何かわからんことがあればこいつに聞いてくれ。いいな」
「わかりました」
「片桐もそれでいいな」
「はい」
 顔を真っ赤にしてまた応える。
「宜しくお願いされますです」
「こら、文法が変だぞ」
「す、すいません」
 そんなこんなでホームルームが終わり転校生の若松澄也は沙世の横に来た。その席に座る時にそっと沙世に挨拶をしてきたのであった。
「宜しくね、片桐さんだったっけ」
「え、ええ」
 顔は真っ赤なままだった。その顔で応える。
「宜しく」
「何かあったらお願いね。来たばかりだから」
「こちらこそ。宜しくね」
「うん」
 その日はずっと顔が赤いままであった。沙世は何と言っていいかわからずずっと赤い顔のまま学校で過ごした。学校が終わって家に帰ってからも大変であった。
「ふうん、転校生か」
「そうなのよ」
 やっと落ち着いてきてトラに話をする。
「すっごいハンサムで。格好いいのよ」
「そんなに?」
「はじめて見たわよ」
 また顔が赤くなった。
「あんな子。素敵なんだから」
「成程ねえ」
「何か声もかけられないのよね。色々教えてやってくれって先生に言われてるのに」
「じゃあいいじゃないか」
 トラはそれを聞いて言う。
「教えてあげれば。先生からのお墨付きなんだろう?」
「それはそうだけど」
 だが沙世の顔は晴れない。
「けれど・・・・・・ねえ」
 塞ぎ込んだ顔を見せてきた。
「そういうわけにはいかないのよ」
(ははあん)
 トラはそんな沙世の様子を見てすぐに何かを見抜いた。
(嬢ちゃんも遂にか)
 心の中で笑みを浮かべる。それから何気ない様子で言った。
「先生の言いつけはまもらないとな」
「わかってるわよ、それは」
 沙世は答える。
「けれどね、何か」
「じゃあいいことを教えてやるよ」
「いいことって?」
「話す前にな、手の平に人って文字を書くんだ」
 トラは沙世にそう教える。
「そしてそれを飲み込む動作をするんだ。そうすればいいんだよ」
「どうなるの?」
「人と話せるようになるんだ。その転校生とね」
「それっておまじない?」
「いや、魔法さ」
 トラはここであえて嘘を言った。
「猫又の妖術って言うのかな。そんなところさ」
「魔法と妖術じゃかなり違うんじゃ?」
「原理は同じものさ」
 これはある程度は本当であった。どちらにしろ普通の人間には扱えないものだ。
 
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