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噂につられ

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4部分:第四章


第四章

「ハイビスカスの香水。どう?」
「つまり中に入るのね。絶対に」
「今更って気もするけれど。その言葉は」
 伸介が突っ込みを入れてきた。
「とにかく行くわよ。いいわね」
「わかったわよ」
 玲子はそのハイビスカスの香水をたっぷりとかけてから校門を乗り越えた。真夜中の学校の中は完全に静まり返っていてそれだけで不気味なものがある。今五人はその中に潜入したのであった。まずはその不気味な沈黙が彼等を出迎えたのだった。
 校庭もそうであった。校門からすぐに校庭であったがそこにあるのは何もなかった。そこにいるのも朝香達五人だけであった。
「誰もいないわね」
「今のところはね」
 朝香が玲子に答える。
「けれどすぐに」
「変なこと言わないでよ」
 玲子は朝香に対して言い返した。
「本当に出て来たら」
「それが面白いんじゃねえか」
 賢治は玲子の言葉を聞いて楽しそうに言ってきた。
「鬼が出るか蛇が出るかってな」
「妖怪がね」
 伸介もそれに続く。
「出るのかな、本当に」
「噂が本当だったらね」
 勝也も言った。
「出るかもね。そうしたら」
「出ないに決まってるじゃない」
 今の玲子の言葉は完全に願望であった。出て欲しくはないという。
「そんなの」
「そんなこと言ってると出るのよね」
「そうそう」
 その玲子の言葉に朝香と賢治が突っ込みを入れる。
「大抵ね」
「それも後ろから」
「えっ!?」
 今の賢治の言葉にびくっとした玲子は慌てて後ろを振り向く。だが幸いにしてそこには誰もいなかったし何もなかった。彼女はまずはそのことにほっと安堵するのだった。
「よかった、いなかったわ」
「怖がりねえ、本当に」
「仕方ないじゃない」
 からかってくる朝香に言い返す。
「何が出てもおかしくない状況だし」
「だからそれを見る為にここにいるんだろ?」
 賢治がまた玲子に言う。話しながら辺りを見回す。
「まあ今は何も見当たらないけれどな」
「そうだね」
 伸介は周りを懐中電灯で照らしながら見回していた。
「いないね。何も」
「こっちも」
 勝也も懐中電灯を使っていた。しかしそれでも何も誰も見当たらないのだった。
「校舎は・・・・・・何もないか」
「そっちは聞いていないわ」
 朝香が勝也に応えた。
「だから別にいいんじゃない?」
「そう。それじゃあ」
「そっちはいいってことで」
 二人は朝香のその言葉に頷く。玲子は校舎に入らないと聞いていささか嬉しそうであった。
「まああの中は必要ないしね。入ったらもっと怖いし」
「本音出てるわよ」
 今度は朝香が突っ込みを入れる。どうにも素直な玲子であった。
 何はともあれ校庭を見回す。すると。
「んっ!?」
 最初に気付いたのは伸介であった。
「何かいる!?」
「えっ!?」
 それを聞いた玲子の顔が本当に一変した。
「嘘でしょ、それ」
「いや、今」
「あれっ、何処!?」
 それを聞いて勝也も尋ねてきた。
「何処にいるの?」
「ここだったんだけれど」
 伸介はすぐにある場所を懐中電灯で照らした。それを見て勝也もそこを照らす。
「ここ?」
「うん。さっき何かいたよ」
「嘘、それって」
「かもな」
 怯えだす玲子の横で賢治が楽しそうに言う。
「いよいよ。出たか」
「ええ。妖怪が」
 朝香も楽しげな声であった。だが玲子は全然違っていた。
「冗談じゃないわよ、そんなの」
 ムキになってまで言う。
「いたらどうするのよ。まして真っ暗だし」
「だから落ち着きなさいって」
 朝香も懐中電灯を出してきた。賢治も。彼は元々夜目が効くのか今まで懐中電灯を出さずに辺りを見回していた。だがここで遂に出してきたのだ。
「香水たっぷりかけてるのに」
「それはそうだけれど」
「いざとなったらこれもあるわよ」
 朝香はそう言ってジュースのペットボトルを出してきた。かなり甘いことで有名なジュースである。
「これがね。だから安心よ」
「安心していいの?」
「だから怖がることはないのよ」
 完全に怯えた顔になっている玲子に対して言う。
「わかたわね。じゃあ」
「わかったわよ。それじゃあ」
 玲子もその言葉に頷くことにした。そうして彼女も懐中電灯を出して辺りを見回す。すると本当に何かが見えたのであった。
「やっぱり・・・・・・いる」
「みたいだね」
 伸介も言う。
「何かな。まさか」
「そのまさかかもね」
 また朝香が楽しそうな声をあげる。
「だったらどうする?」
「じゃあこれ」
 勝也はすぐに香水を出してきた。それを皆に手渡す。
「用心にね。これで大丈夫だよ」
「ああ、そうだな」
 賢治は相変わらず余裕の態度であった。
「玲子ちゃんもどうだい?」
「私はもうかなりかけたけれど」
 周囲を必死に見回りながら答える。
「だから別に」
「それでこんなに怖がってるのかよ」
「悪い!?」
 顔は向けずに声だけで問う。声に険が篭っていた。
「それが」
「だから気にし過ぎだって」
「ねえ」
 また朝香も言う。
「出るわけねえだろ」
「それで何でここまで怖がるのよ」
「怖いからよ」
 言い訳になっていないが理由にはなっている見事な言葉であった。
「そういうのが」
「やれやれ」
 朝香はそんな玲子の言葉を聞いて肩をすきめてみせてきた。
「そこまで言うのね。困ったわ」
「けれどさ」
 伸介は相変わらず辺りを懐中電灯を使って見回している。その中で言ってきた。
「何かいるのは間違いないみたいだし」
「だとすると何かな」
「そうだな。そろそろ完全に馴れたみたいだしな」
 賢治は急に自分の懐中電灯を切ってしまった。そのうえで言ってきた。
「もうこれはいらないな」
「どうしたの!?」
「見えてきたんだよ」
 目を細めて辺りを見回しながら言う。
「完全にな。辺りが」
「あんた夜目が利くのね」
「そういうことさ」
 朝香に答える。
「俺はもうこんなのはいらねえ。そっちの方がはっきり見える」
「それで何が見えるの?」
 玲子は恐る恐る彼に尋ねた。彼女は必死に懐中電灯を動かして辺りを見回している。
 
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