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竜門珠希は『普通』になれない

作者:水音
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第1章:ぼっちな姫は逆ハーレムの女王になる
  縁の糸が絡まりすぎて動けないとか

 
前書き
 
「……あたし、この授業が終わったら、今夜の晩御飯考えなきゃ」


 とかいう間抜けな死亡フラグはありですかね?
 
 

 
 



 ――翌日。

「よーし、それじゃあペア組んで柔軟体操」

 体育教師の一声に、生徒たちがめいめいにペアを組んでストレッチを始めるという、よくある体育の授業開始前の一コマ。

 ――けどその一言、結構“ぼっち”には死亡フラグ立てかねない言葉です。


 男女別にして五十音順に並べたところで、お互いのことを知らないと、たとえ同性でもお互い触れ合うのも遠慮してしまうというもの。
 遠慮し合うのならまだしも、仮に、万が一、(イジメレベルの)嫌がらせでもあろうものなら容赦ない“しごき”が待っているというのに。


「あ、あのー……」

 そして現在――1年C組の体育の授業の冒頭、さっそくペアを組む相手がいない珠希はなるべく目立たないように体育教師に自己申告をする。

「ん? どうした竜門」
「えっと……、ペアの相手がいません」

 なお1年C組在籍の36名中、女子生徒は16名。
 計算上、ペアは8組できるはずである。――珠希を覗いた15人のうち、1名が欠席して2人が気怠そうに「オンナノコノヒ」を訴えなければ、だが。


 いや、別に本気で酷い人は動けないくらい酷いから理解していないわけではないし、珠希にもいずれ巡ってくるものだから理解も共感もできないわけではない。だがその「オンナノコノヒ」を訴えた2名が授業直前まで更衣室で腹を抱えて大笑いしているのを目撃していて、今も見学者スペースから元気そうな声を上げているのを見ると、なんか腑に落ちない。
 ……いや、別に、何か不満があるとすれば、何もここで“ぼっち”の特殊スキル発動する必要もないんじゃないかなー、と思わず自分の運の無さを呪ってみたくなるくらいで。


「それじゃ仕方ないな。誰か仲のいい奴のペアに混じってくれ」
「あぅ……」
「どうした? まだ何かあるか竜門?」
「……い、いえ何も――」

 ――ないわけないし!
 ってか、“誰か仲のいい奴”って単語は余計じゃボケ!!

 心が○びたがっていたらきっとそんなぼっちの絶叫を体育館に響かせていたであろう珠希は、口の端が引き攣っているのも気づかず、適当にペアに混ぜてくれそうな女子を探そうとするが――。


「………………あ、あれっ?」


 なぜか全員から目をそらされる。次々と。
 運動部系からも、文化部系からも、ギャル系やサブカル系からも。

 あっれー?
 あたし、ここまでクラスの女子から嫌われてました?

 てかむしろいつの間にこんなに強大な(あたし抜きの)ネットワークができてたんだろ?
 これは確実にクラス女子全員のLI○Eグループ(あたし抜きの)結成されてるわ。


 小心者の猜疑心が精神状態をおかしな方向に走らせている中、不意に珠希の背後から声がかけられる。

「ねえ竜門さん。よかったら……なんだけど」

 明らかに女子の声ではなかったけれど、男子の声だったけれど、それでもこのままぼっちよりはマシだと振り返った先には、珠希もよく知る数少ないクラスメートの顔があった。

「えっとさ、なんか知らないけど隣からおかしなオーラで出始めてるから、一緒に柔軟体操やらない?」
「おい匂坂。誰が変なオーラ出してるって? あ?」
「いや君だよ? この場で相武くん以外誰がいるんだよ?」
「あ? 勝手なことぬかすんじゃねぇぞ」

 明らかに険悪なオーラを全身から放出する昴を喩えるなら悪霊のごとく左後ろに憑りつかせ、スクールカーストの階層を自由自在に移動するクラス委員である匂坂雅紀は、さくっと無理難題をスクールカーストの制度対象外の少女に吹っかけてきた。

「ってわけで竜門さん。彼のブレーキ役を頼めないかな?」

「いやいやいやいや……。それってあたし生贄じゃん。ブレーキ役じゃないじゃん!」
「生贄じゃないよ。人柱だよ。人身御供ともいうけど」
「役割的には全部同じだよっ!」

 珠希のツッコミを無視し、さらりと言葉を言い換えただけの雅紀は本質的な部分を全く否定せずに話を進めていく。
 まったく、人当たりのよさそうな表情と雰囲気を醸し出せることもあって、将来は口八丁手八丁の詐欺師がお似合いではないか。

「でも竜門さん。そうじゃないと他のクラスメートが相武くんに委縮するんだよねえ」
「だからってあたしの身の安全は――」
「じゃあここは民主主義的に決めようか」
「民主主義的ってーと?」
「多数決」
「だろうね。そうだと思ったよ」

 民主主義()
 この世の数多の民主主義を採用する法治国家内において、なんと甘美で強大な権力を持つ単語(ひびき)だろうか。実際は何の法律にも則っていないことが多いにもかかわらず、それはまるでアリから見上げるゾウのごとく巨大な意思と威圧をもって牽制してくる。

 けれどそれはあくまで大多数(マジョリティ)という大樹(けんりょく)の陰に隠れられる者たちのための言葉だ。

「で、あたしの屍を超えていけってか?」
「わかってるじゃん。そのゲームそれなりに面白かったし」
「全然わかってないし! てか方向性さりげなく変えないでくんない?」

 悪いけど、あたしは匂坂くん(アナタ)のゲームの趣味嗜好なんてこれっっっぽっちも聞いちゃいねーんですよ。
 てかその作品、もう8年近く前(201×年現在)になるんですけど。


「コラ竜門。せっかくの匂坂の好意を無碍にするのか?」
「えっ? 怒られるのあたしですか?」
「大丈夫だよ竜門さん。俺は何もやらしいこと考えてないし」
「そこで清廉潔白な聖人ぶるのが余計に怪しいんですけど!?」

 体育教師の言葉を追い風に、漫画にあるような後光がかったエフェクトを背後に出現させ、スクールカーストの階層を自在に移動する普段の雰囲気に拍車をかける雅紀の前に、珠希は何とか抵抗を試みる。


 ――柔軟体操。
 それは否応なしに相手の身体に密着する可能性が格段に上昇する行為である。

 決して珠希は雅紀のことを嫌っているわけではなく、手足や肩くらいなら親密な異性から触れられることに拒否感があるわけでもないが、雅紀との関係が親密かどうかといわれると疑問符が付く。しかも、新入生対象のオリエンテーリングなんてのがあったにもかかわらず、今の今までまともに喋ったことがあるのは星河と昴くらいという有様なのだから、他の男子に至っては言わずもがな、だ。


「え? そう? じゃあどうしたらいいんだ相武くん?」
「気にすんな匂坂。この女に手を出したら逆にお前が殺されんぞ」
「え? そうなの?」
「この女、たぶん喧嘩慣れしてる」
「えっ?」
「え? あ、ちょ、待っ……。昴くんっ!?」

 うわぁぁぁっ!!
 このヤロウ、さりげなくあたしの過去暴露(バラ)しやがったし!?

 てかあたしは降ってくる火の粉を払おうとしただけだし。
 いや、そりゃあ、時たまやりすぎちゃった感はあるにしてもさ。

 ――とにかく、目立つにしたって悪目立ちする方向だけは避けようとしてたのにっ!


「あ、じゃあやめようかな」
「手ぇ出す気だったんかいっ!」
「冗談だよ。軽いイタリアンジョーク」
「なんでイタリア? てか誤解招くからイタリアの人に謝れ!」

「竜門っ! 授業の邪魔するなら出て行ってもらうぞ」
「ぅえ? そ、それは困ります……」
「さ、竜門さん。これはもう俺たちと組んだほうがよくない?」
「くっ……」

 かの「72」とは違う意味で言葉を飲み込まざるを得ない状況に陥ってしまった「93」の珠希は、仕方なく――あくまで、仕方なく。表面上は好意を受け取る素振りで――雅紀の誘いの言葉に乗っかることにした。
 そうでなければ、特別狙っているわけでもないが、皆勤賞に早くもケチが付けられてしまう気がした。


「……この詐欺師め」
「竜門さん。そこは舞台役者と言ってくれないかな?」

 スクールカーストの中でルーザーにもなれなかった真性ルーザーの、敗北の弁ならぬ負け惜しみの言葉すら雅紀の地獄耳は聞き取ってきたが、本来、口が達者なのは男ではなく女である。

「黙れ三流大根」

 この珠希の強烈なカウンターに、雅紀の聖人ぶった表情にわずかながらヒビが入った。



 それから程なく――。

「っあ゛い゛だだだぁ……っ!!」

 そんな、女子高生(JK)らしからぬ声を上げているのはこのお話の主人公(ヒロイン)、竜門珠希その人である。


「っま、待って……匂坂、くんっ。……っふ。こ、これ以上……っはぁっ!?」
「大丈夫だって。竜門さんなら」
「はぁ……っ。ん、っく……。も、もう無理ぃ……っ!!」

 状況が状況なら男も女もあらぬ妄想であらぬ箇所をカタくさせてしまうほど艶めいた声を上げる珠希の後頭部から声をかけてきたのはクラス委員の匂坂雅紀。

 人当たりのいい雰囲気と表情をもってして自由にスクールカーストを移動し、人脈を着実に広げているという稀有なスキルを持った……今はドSの容貌(かお)を見せる聖人ぶった大根役者である。

「いっ、痛いっ! 痛いからっ! だから……もう、やめ……っ」
「な、なあ匂坂。お前、これは結構ヤバくね?」
「ん? 別にこれくらい――ほら、竜門さんも頑張って」
「っ、ふぅ、んぁ……っ!? あっ! そ、そこ……っ。そんなにしちゃ……ぁっ!?」

 なぜこんな奴をクラス委員に選んでしまったのかという後悔も若干頭をよぎらせている相武昴の眼前、現役テニス部員の雅紀の手によって帰宅部の珠希は容赦なくその固くなった筋肉を伸ばされていた。

 とはいえ、筋肉の柔軟性は全部が全部、身体能力やケガに直結しない。
 もちろん柔軟性があることに越したことはないのだが、競技によって要求される筋力量は違うし、鍛えるべき筋肉とそれに伴う柔軟性は全く違う。競輪やスピードスケーターは大腿部を、陸上短距離はそこに加えて腕と胸の筋肉を鍛えなければならない。
 簡単な話、長距離を走るマラソン選手に、物を遠くに投げるための筋力を求めても仕方のないことである。逆に無駄な筋肉をつけるとアスリートとしての能力を著しく低下させることになりかねないのが事実である。


 あと、ヒロインが顔赤らめて苦しそうに喘いでいるからって、すぐイヤラしい想像するんじゃないぞ、良い子のみんなは。
 今はまだ、体育の授業中なんだから。



「よーし、柔軟終わり!」
「ああ、終わっちゃったか」

 体育教師の短い笛の音を合図に、柔軟体操に名を借りた雅紀の、三流大根役者と罵られたことに対する珠希への報復は終焉を告げた。

「っ、はぁぁぁぁぁぁ……んっ」

 報復……ではなくハードな柔軟体操から解放された珠希は紅潮した顔を隠す気力すらなく、力ない息を吐き続けながら体育館のフロアに横になる。
 なお、冷たいフローリングの心地よさに思わず漏れた珠希の声がやけに艶めかしく感じたのはこの場にいる男だけではなかった、と珠希の矜持のために書き記しておこう。


「見てらんねえな、おい」

 痛いくらい突き刺さる男子勢の視線にも気づかない、窮鼠猫を噛みまくっている小心者を前に昴はさすがに昨日の珠希のカミングアウトの内容が偽らざる事実であったと確信する。
 何しろ、当の本人が基本的に発汗吸湿性能優先のために生地が薄い体育着であるということすら忘れ、横になっても隠しきれない膨らみをゆっくり上下させている。そこに紅潮した顔と潤んだ瞳、艶めいた唇からは短く荒れた呼吸音が漏れているのだから、思春期の男子に向けてこれに反応するなというほうが厳しい内容だ。

 某「歩くセ×ロス」を三次元化したら限りなくこれに近づくのではないだろうか。
 当の珠希はラクロスもセク×スもやったことはないが。

「ほら竜門。手ぇ貸してやる」
「んふ……ぅ」
「情けねえ声出すなバカ」

 あまりの痴態(嘘偽りない表現)を見てられなくなった昴が助け舟を出そうと手を差し伸べると、自分の無防備っぷりに自覚すらない珠希はどこか甘えたような声で昴の手を握ってきた。

 ……この女、やっぱ何かズレてんだよなぁ。

 珠希の痴態をチラ見していた男子たちとは別の視点で、その痴態に呆れるしかなかった昴は一気に力を入れて珠希の身体を腕一本で持ち上げる。


「っあー。痛かったぁ……」
「匂坂の奴、容赦なかったしな」
「ん。もうね、アソコが裂けるかと思った」

 そう言いながら、昴のすぐ目の前で珠希はモソモソとジャージのボトムをあちこちまさぐり始めた。

「お前な、そういうのは(ヤロウ)が見てないところでやれ」
「いや、だってキモチ悪いじゃん? 食い込むと」
「だからこそそういうのは男が――いや、誰も見てないところでやれ」

 ……この女、やっぱ何かズレてんだよなぁ。主に性的な方向に。

 はたして羞恥心というものを持っているのかと首を傾げたくなるほど普段は無防備な癖に、向けられる悪意には敏感。しかしながらそれに対する攻撃力は尋常ならざるものを持つ少女の捉えどころのなさに、昴は呆れ混じりの溜め息を腹の底から思い切り吐き出す。

「よしっ。これでオッケー」

 やっと気持ち悪くないパンツのポジションが決まったのか、どこかすっきりした面持ちになった珠希を見て、昴はやっとお守りから解放されたかと安堵した――が、それも束の間。

「さて、とりあえず匂坂くんには報復を考えようと思うんだけど」
「お前何も懲りてねぇのな!」

 こうやって報復合戦(あらそい)は人種を、国境を、時代や世代を超えて受け継がれていくんだな、とひとつ賢くなってしまった昴。


 けれど、そもそも、経緯を振り返ればこうなった元凶は(コイツ)のはずなのに――とかいうツッコミはナシだ。
 肝心の珠希の頭の中が既に雅紀への報復しかない時点でもう、何か色々とダメだった。


「ここで退いたらただの腑抜けじゃん。飛べない豚はただの豚だよ」
「今のお前を的確に表現している台詞だな」
「う゛……っ。豚扱いはさすがにクるわぁ。女心的に」

「お前に女心(そんなもの)があったことに驚きだ」
「アナタにそう見られてたことに驚きだよ」

 珠希の中の女心がはたしてどこに存在するかという議題は永久に不問するとして――。


「あの……相武くんに竜門さん。話聞いてた?」
「そりゃあもちろん」
「とりあえずバスケすんだろ。このチームで」
「あ、話は聞こえてたんだ」

 クラスメートの1人――名前はいずれ思い出せたら思い出そう。決して思い出せないとか作者が考えていないとかそういうわけじゃない――から状況確認を求められ、珠希と昴はいつの間にか決められていたチームメンバーにそう返す。

「っつーか、このチームだけじゃねえか? バスケ部経験者いねえの」

「俺、野球部」
「俺はサッカー部」
「私はバドミントンだし」
「私は吹奏楽しかやってきてない」

 昴の質問に対し、めいめいに自分の入っている部活を答えるクラスメート兼チームメイトたち。綺麗にここまでバラけるものなのかというのは別にして、思わず元幽霊美術部員は肩をすくめてしまった。

 他のクラスメートの部活事情など、新入生オリエンテーションやホームルームでの自己紹介の際に聞いた以上のことは知らないものの、現状は野球部とサッカー部とバドミントンと吹奏楽と帰宅部2人の6人で他のクラスメートが組んだバスケ経験者が確実に1人いるチーム相手にバスケをしろという流れになっている。授業だから仕方ないけれど。

 唯一、運が良かったと言えば、珠希と昴を除いた全員が体力の必要な部活に入っているということか。運動神経やセンスは無視するとして。
 しかも帰宅部の二人、珠希も本人の意思とは無関係に運動神経と身体能力に非の打ちどころはなく、昴も星河の言葉を信じれば身体能力に問題はなさそうだった。


「ま、適当にやってりゃいいんじゃね?」
「まあな。授業だし、怪我してもしゃーないし」

 しかし、珠希と昴のチームがゆるーい空気を醸し出しながら作戦会議にもなっていない作戦会議を終わらせたところで、体育教師がとんでもない一言を言い放った。

「あ、言い忘れてたが、最下位のチームは最後に片付けしてもらうからな」



    →本気・やる気
     適当・ゴマカシ

    それをす○るなんてとんでもない!



 まるでどこかのRPGのような画面が脳内に浮かんだ珠希だったが、同じような思考に至ったのは他のクラスメートたちも同じようだった。

「うわ。マジだりーわ」
「けど負けんのも癪じゃん」

「これはマジメにやるしかないのかな?」
「そう、だね」

 ただただめんどくさいのを嫌うクラスメートたちが目の色を変え、クラスを5チームに分けての総当たり戦となった授業への姿勢変更を余儀なくされる状況になる中、これを機会にチームメートの女子と仲良くなろうとすればいいところで珠希は一人、さてどうやって報復しようかと別チームになった雅紀を相手に頭を捻っていた。



  ☆  ☆  ☆



 小学校、中学校、高校と進学していくにつれ、クラスのリーダー的存在というものはよくその姿や象徴を変える。

 小学校はとにかく活発で「俺に・あたしについてこい!」という俺様リーダータイプがクラスの先頭に立つことが多い。もちろん、そのリーダーが何かと周囲とトラブルを起こすところもテンプレだ。
 それが中学校になると成績上位陣かつ部活に入っている人物像にすり替わる。小学校と比べても「委員会」やら「生徒会」の存在が大きくなり、いつの間にか派閥や徒党が組まれていたりするため、発言力を得るためには問題処理能力の高さまで暗に求められていたりする。
 そして高校の場合だが、こればかりは何とも言えない。いくつかのタイプはあるが、その学校のレベルによってリーダー像があまりに乖離しているせいだ。


「えっ……と、竜門さんが俺の相手(マーク)すんの?」
「うん。あたしじゃ不満とか?」

 ちなみに小心者ガチオタのクラスのリーダー像はこの三流大根役者であり、今、体育の授業でやっているバスケの対戦相手だったりする。

「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ問題ないじゃん」
「う、うーん……」

 どこか遠慮がちに、でも腑に落ちないと言わんばかりの表情をはっきり浮かべて返す雅紀だが、珠希との身長差は約10センチ。ミスマッチもいいところである。

 それでも珠希がスタメン出場を直訴して、昴がそれに押し切られた以上、他のチームメート兼クラスメートたちは何も文句を言えず、結局チーム全体で珠希の雅紀への報復を後押しする形となってしまった経緯はどうでもいいとして――。
 なお珠希と昴のチームメンバーが6人のため、ベンチには吹奏楽部員の女子がいる。やはり体力と運動神経は別物だったと証明してくれた彼女には一時休憩が必要だった。


「おーい、匂坂。パス」
「おう」

 ひたすら柔軟体操時の報復をするべく密かに燃える珠希に気づかず、パスを受け取った雅紀はドリブルを始めようとした。が、次の瞬間――。

「あれ……?」

 雅紀の手元から、先刻まであったはずのボールがなくなっていた。

 と同時に、コート脇から試合を見ていたクラスメートから声が湧き上がった。



 ……
 …………
 ………………

「――で、昴くん。どれくらい本気でやればいいと思う?」

 チーム2試合目となる、雅紀のいるチームとの試合開始前。
 自分のいるチームの初戦敗北をコートの外で黙って見届けていた珠希が、不意に昴にそんなことを尋ねてきた。

「なんでそんなこと聞くんだよ」
「んー。本気にも程度ってものがあるじゃない?」
「程度、か」
「それに……面倒なことになりたくないし」

 珠希の言うその「面倒なこと」が「授業の後片付け」ではなかったことを後々昴は悔やむことになるのだが、とにかく初戦を落とし、かといってこのまま負けを重ねて授業の後片付けまでしたくなかった現状、後先考えずこう返してしまった。

「とりあえずお前は雅紀にリベンジするんだろ? やるなら徹底的にやってこいよ」



 ………………
 …………
 ……


 昴の言葉を額面通りに受け取った珠希の行動は、それはもう見事だった。


 パスを受け取った雅紀からターンオーバーを奪い、そのまま速攻。独走状態のままゴール下からシュートを決めて2点。

 続いて雅紀へ放たれたパスをカットすると、フリーで相手ゴール前に走り込んでいたサッカー部員のチームメートにピンポイントでロブパスを送り、アシストまでしてみせる。
 しかもパスのタイミングで走り込んでいたチームメートのほうを全く見ていない、いやゆるノールックパスだった。


「……なあ相武くん」
「なんだ?」
「竜門さんって、バスケ部未経験だって言ってたよな?」
「ああ、そうだな」

 だからといってバスケをまったくやったことがない、と言えば嘘になるレベルだ。
 昴も、昴に声をかけてきた野球部員のチームメートもそれは同じである。バスケくらい、体育の実技授業でやったことが一回や二回はある。

 だがこの二人、小学校時代――当時小2の珠希が小6男子相手にバスケで無双したことを知らない。知らない結果が、これだった。

「それでもあのスキルはハンパなくね?」
「俺もこの展開は予想外だった」

 顔色ひとつ変えず、設定された試合時間6分の中、一人で20点近く稼いでいる。しかも独断専行の王様プレイなどせず、ちゃんとチームメートにパスも送ってだ。

 そんな二人の会話の途中、再び声が上がった。主に男子から。

「……マジで?」
「……マジで」

 相手チームの雅紀含めたクラス全員の視線の先、珠希の放ったシュートは体育館の照明にぶつかるかと思うほど高い放物線を描いてゴールに吸い込まれていく。
 しかも当のシューターは眉ひとつ動かさず、珠希を相手していた雅紀たちは呆然とする中、結果は紛れもない事実として昴たちのチームの得点に+3されていた。

 ちなみに珠希の髪色は赤茶けており、黒縁眼鏡などかけていない。


「俺初めて見たわ。女子が片手(ワンハンド)3P(スリー)決めるの」
「俺もだよ」
「しかもブザービーターとか」
「そのうえセンターサークル近くからだしな」

 社会人やオリンピックなど女子バスケの試合自体がないわけではない。だがその試合映像を目にする機会がほとんどない状況で生きてきた昴たちにとって、センターサークル近くから、片手で、しかもバスケ部に入ったことのない女子がシュートを決めるのは衝撃的な光景に間違いなかった。


「……とりあえず、試合終わっちまったな」
「だな」
「俺たち、何かしたっけ?」
「竜門にパスしただろ」
「それだな」

 そんなことを言いながらも、実際のところ自分たちはこの試合で何をしたかなどもはやどうでもよかった。実際のところは二人ともちゃんと珠希からシュートをアシストされているが、クラスメートの誰もを、授業監督をしていた体育教師ですら思わず手を止めて見入ってしまうほどのプレイを立て続けに見せた珠希には素直に昴も驚嘆していた。



 そして授業終了後――。


「すっごい! すっっっごくない竜門さん?」
「え? あ、うん……。そうだった?」
「マジでバスケ部未経験なの?」
「うん。バスケ部に入ったことは、ないかな」
「今からでもバスケ部は言ったりしないの?」
「う、うん。放課後は何かと忙しいし。家の手伝いとか」
「えー。もったいないなぁ」

 授業の冒頭に(柔軟体操の際の痛みによる)喘ぎ声をクラスメートにリスニングさせていた珠希は、その後の試合は控え目だったものの、圧巻のプレイ内容を褒めちぎるクラスメートの女子たちに囲まれるようにして女子更衣室に向かっていった。
 むしろ、当の珠希本人が女子陣のテンションについていけていない。
 しかしどうやら打ち解ける度合いは珠希も他の女子と変わらないようで、これをきっかけにクラス内に同性の友人の一人でもできてくれたらと思うと、昴はわずかだが肩の荷が下りた気がした。

 ――というのも束の間、その軽くなった昴の肩に今度は別の人間の手が置かれた。

「相武くん。ちょっと聞きたいことあるんだけど?」
「どうした匂坂。そんな疲れた顔して」
「たぶん君のせいだと思うよ」
「ああ、竜門のことか」
「わかってるんなら余計に原因は君だな」

 昴の肩を叩いたのはモラハラ気味発言で有名な某部ちょ……ではなく、私立稜陽高等学校普通科1年C組のクラス委員の自称舞台役者。
 多少の善意の背後に洒落にならないジョークを潜ませた演技を三流と珠希にこき下ろされ、その仕返しに柔軟体操で男子の夜のオカ○になるに十分な喘ぎ声――ただ、残念なのは苦痛バージョンであったこと――を珠希に上げさせたものの、その当人から壮絶な報復を受け取った男のなれの果てであった。

「あと、何か失礼なナレーションを脳内でしてるだろ?」
「たぶん気のせいだ。匂坂の被害妄想だ」

 いや勝手に貶めないでくれ、と言われても、実際に軍配が上がったのは珠希のほうである。
 体育の実技授業という、男子にとって女子の前で「俺ってこんなことできるんだぜ」アピールするには一役買ってくれる場で、雅紀は同じクラスの、しかも運動部未経験の女子から一方的にフルボッコされたようなものなのだから。


「そいつは悪ぃな。あの女があそこまで暴れると思わなかったんだよ」
「そこは別に気にしてないよ。クラス委員としては、竜門さんがクラスの女子と付き合いがないのはヤバいと思ってたし。この程度の踏み台で済むなら軽いもんだろ」
「匂坂。お前、何気にちゃんとクラス委員してんだな」
「それは語弊がある言い方だな。でも女子のネットワークってのは無視できない存在だよ。まあ、広義的な一般社会ではそんなのなくても生きていけるけど、こういう狭い領域だとそうはいかないしね」

 男子更衣室にむかう道すがら、雅紀のクラス委員としての観察眼に感心する昴と、思わぬ自身の対外評価に苦笑する雅紀だったが、不意にその足を止めた雅紀に、思わず昴も足を止める。

「まあ、何にせよ竜門さんの運動神経はたぶんクラス……いや学年でもトップクラスだろうね。スポーツをしないっていうのが不思議なくらい。けどそういうハイレベルな能力やセンスを持った子は時間が経てばこういう狭い領域だと疎まれて距離を置かれる。しかもそれは男よりも女のほうで顕著なんだ。これはどういうことかわかるだろ?」

 ――それがクラス委員の下す判断かよ。
 珠希のフォロー(だいじなこと)は全部俺任せとか、やっぱりこいつは基本的に仕事しないタイプのクラス委員だな、と三流舞台役者の認識を上書き更新した昴は小さく溜め息をついてぼやいた。


「……クソ。俺の肩の荷はまだ下りないのかよ」



 
 
 

 
後書き

え? 体育の授業だってのに着替えシーンがない?
それは誰も希望者がいなかったら削除するに決まってるじゃないですか。

決して忘れてたわけじゃない。忘れてたわけじゃあ……()
  
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