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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  五 ~極限の戦い~

 
前書き
2017/8/20 全面改訂 

 
 翌朝。
 朱儁から渡された金を、稟と風に見せた。
 重さからすれば少額ではないのであろうが、如何せん私では具体的な価値がわからぬ。

「こ、こんなに戴いたのですか?」
「おおー、大金ですねー」

 二人が驚くのを見る限り、朱儁はかなりの額を渡してくれたらしい。
 恐らくは、身銭を切ってくれたのであろう。
 朝廷の高官であれば、不正を考えるならいくらでも私財が貯め込める時代。
 ……だが、あの御仁はそうではないようだ。
 私がもっと力をつけた暁には、十分に礼を返さねばなるまいな。

「では、折角の資金だ。有効に用いたいが、何か案はあるか?」

 かつては、近藤さんから私が言われた台詞。
 あの頃は、いろいろと私が取り仕切らざるを得なかった。
 近藤さんは大将としての器は十二分に備えていたが、とにかく万事大雑把であり金遣いも荒かった。
 だが、今はこうして頼れる知恵袋がいるのだ。
 私などが一人で考え込むよりは、全て任せた方がいい。

「私は、やはり兵の増員と、武器の購入に充てるのが良いかと思います」
「糧秣も大事ですねー。朱儁将軍につかないとなると、手持ち分だけでは心細いですし」

 ふむ、糧秣か。
 先だっての戦いは奇襲が成功した事もあり、負傷者を十数名出しただけで済んだ。
 さらに降伏した黄巾党の連中を武装解除の上、解き放ったのだが……。

「どうせ行くあてもありやせん。旦那についていきやす」
「今更他の部隊に合流したって、先は見えているんで。それぐらいなら、いっその事真人間に戻りてぇんです」

 ……こんな調子で三千余名もの賊兵が、我が軍に加わる事を願ってきた。
 無論全員を受け入れる訳にもいかぬので、これから数日をかけて厳しい調練を施すつもりでいる。
 その上で人間性を見極め、使える者だけを残す。
 ただでさえ低い兵の練度が上がらぬばかりか、要らぬ狼藉に及ぶ者を抱え込みかねない。
 いずれにせよ、糧秣が大量に必要である事に変わりはないが。

「風」
「はいー」
「糧秣はあと、どのぐらい保つ? 仮に投降した連中を二千名加えるとして、だが」
「そうですねー。節約しても……残り三日、というところでしょうか」

 三日、か。
 それでは、選り分けの為の調練ですら追いつかぬ。

「どうなさいますか、歳三様。この資金で手配するとしても、こんな短期間で集めるのは至難の業です」
「それに、あまり慌てて買い集めると足下を見られますしねー」

 思わぬところで、難題が発生してしまった。
 尤も、人間は食わねば生きてはいけない。
 そして我らは、その糧を自力で得る術がない。
 となれば、その分はどこからか調達するしかない。
 これが賊であれば民から奪い取れば良いが、我らはそうした連中を相手に戦っている。
 そして正規の方法で調達するのは、ほぼ不可能。
 ……ならば、答えは一つだな。

「稟、風。今一度、このあたりの黄巾党について調べて欲しい」
「御意」
「了解ですよー」



 その夜。
 私の天幕に、皆を集めた。
 そして、もう一人。
 降った黄巾党の中で、面構えが違う者がいた。
 それに気づき、連れてこさせたのだ。

「あ、あの。俺に何の御用で?」

 髭面に似合わず、男は不安げに私を見る。

「心配するな。お前に聞きたい事があるのだ」
「へ、へいっ!」
「まず、名を聞かせて貰えぬか?」
「俺は、廖化、字を元倹と言います」

 廖化……そうか。
 確か、彼も後の蜀将の一人。

「では廖化。私がこの義勇軍の指揮官、土方だ。こちらが軍師の郭嘉と程立。そちらは武将の関羽、張飛、趙雲だ」
「よ、よろしくお願いしやす。それで御大将、俺に何をお聞きになりたいので?」
「うむ。まず、お前もこのまま我が軍に加わりたい。それに相違ないな?」
「ありやせん。流浪の末、食い詰めて黄巾党に身を投じちまいやした……最近はどうもいけねぇ。無闇に人を殺す、女を犯す、食料や金を奪う。正直、嫌気が差していたところで」
「なるほどな。ならば、知っている事を、私に話して貰いたい」
「へい。俺の答えられる事であれば」
「よし。まず、程遠志、という者を知っておるか?」
「へえ。大賢良師から、五万の兵を与えられ、幽州に向かっている将でさあ」
「ふむ。他に将は?」
「副将が鄧茂。後は知りやせん」

 ほぼ、うろ覚えな私の知識と同じ、か。

「廖化」
「へい」
「我が軍は、この程遠志を討とうと考えている。どうだ、協力せぬか?」
「し、しかし御大将。俺もさっき言った通り、奴は五万からの兵を抱えていやすぜ?」
「わかっている。だから、お前の協力が必要なのだ」
「…………」

 廖化は、考え込んでいる。

「勝算は、ありなさるようで」
「うむ。お前の協力さえあれば、確実に勝つ」

 淀みなく、私は断言した。

「……わかりやした。俺でよければ、使ってやって下せえ」



 そして二日後。
 我軍は、大興山なる山を望む場所に布陣。

「では廖化。頼むぞ」
「へい。お任せ下さい」

 私の命じた通り、廖化は動き出す。

「主。果たして上手く行きますかな?」
「大丈夫だ。あの男ならば、心配要らぬ」
「ご主人様。何故、そこまで自信がおありなのです? あの男も、元々は賊ですぞ?」
「愛紗。お前は、私の策に反対なのか?」
「い、いえ……。ただ、民を苦しめていた男を、あのように信用なされてよいものか、と」

 愛紗の心配は、わからぬでもない。
 だが、あの男は間違いない。
 彼が廖化だから、という理由だけではない。
 戸惑いながらも、真っ直ぐに私を見返してきたあの眼。
 心に疚しいものを持つ者は、その奥を見透かされる。
 思えば、楠や荒木田らもそうであった。
 これでもし、廖化が裏切るようであれば、所詮私の眼が曇っていた……それだけの事だ。

「愛紗。この戦が終わったら、一度ゆるりと話したい。良いか?」
「ご、ご主人様と……ですか?」
「不服か?」
「い、いえっ! 私のような武骨者が相手で宜しいのかと」
「おやおや。何故に赤くなるのだ、愛紗?」
「照れているのだ」
「う、煩いお前たち!」

 そのやり取りを見ていた周囲の兵達に、笑いが広がる。
 戦を前にして、些か緊張感に欠けている気もするが、我が軍は不正規軍。
 気の弛みさえなければ、過度に緊張するよりは、却って良いのやも知れぬ。

「歳三様。布陣、完了しました」
「風の方も終わりましたよー」
「よし。皆集まれ、軍議を開く」
「はっ!」

 天幕などと大層なものなどない。
 そこがそのまま、本陣となる。

「稟。作戦を説明してくれ」
「はい。敵はこの大興山に籠っています。数は、廖化の情報通り、ほぼ五万との事です」
「まともに当たっては、いくら相手が賊軍とは言え、厳しいものがある、か」
「そうです。とは言え、この軍を破らない限り、我らはここまで、となってしまうでしょう」
「前にも言いましたが、糧秣は明朝までしか持ちませんねー。鈴々ちゃんが食べ過ぎたらすぐですが」
「仕方ないのだ、鈴々は食べ盛りなのだ!」
「威張って言う事ではなかろう、鈴々」
「風も愛紗も止せ。鈴々だって、わかっているだろう?」
「当然なのだ!」
「ご主人様は、鈴々に甘過ぎます。もっと、厳しくしていただかないと」
「愛紗ちゃんに同意なのです」
「へへーん、愛紗達よりお兄ちゃんの方がわかっているのだ♪」
「無論、万が一にも風の計算よりも足りなくなるような事はない、それで良いのだろう? 万が一になれば、真っ先に疑われるのは鈴々だからな」
「う……。釘を刺されたのだ……」
「皆の者。主の差配には逆らうだけ無駄だぞ?」
「腹一杯食べたければ、勝つ事だ。そうだな、稟?」
「はい。程遠志ですが、率いる兵数は五万で間違いありません。ですが、糧秣が不自然な程、集められている形跡があります」
「不自然とは、どの程度なのだ?」

 私の問いに、稟は眼鏡を持ち上げながら、

「確たる量はわかりません。ただ、廖化らの話をまとめると、程遠志はここを拠点に半年間は居座る予定だとか」
「五万が半年間か。無補給とは思わぬが、それでも数ヶ月、戦闘に耐えるだけの量があると見なして良いだろうな」
「つまり、あいつらをやっつければ、ご飯が食べ放題なのだ!」
「やれやれ。鈴々ちゃんはそればかりですねー」
「そう申すでない。酒も手に入るのだ、一石二鳥ではないか」
「星まで言うか。全く、我が軍は何故にこのような……」

 全く、仲がいい事だ。

「風。噂の方は流し終えているな?」
「はいー。二日かけて広めてありますから」
「お兄ちゃん、何をしたのだ?」
「うむ。我らが千足らずの兵力で、攻め寄せる事を広めさせたのだ。降伏して、解き放った賊を使ってな」
「ご主人様! それでは、わざわざ敵に情報を与えたようなものではありませんか。ただでさえ、我らは劣勢なのですよ?」
「落ち着け、愛紗。主が何の考えもなしに、そのような真似をする筈があるまい?」
「星ちゃんの言う通りですねー。まず、向かってくるのがもし官軍だったり、数が自分達よりも多い、と知ったら、賊はどうすると思いますか?」
「私ならば、まず様子を探らせる。迂闊には仕掛けられん」
「では、逆に今の我が軍の状態を、ありのまま知ったとしたら、どうですか?」
「一気に打って出て、追い散らすまでだ」

 きっぱりと、愛紗が言う。

「そうなのですよ。でも、率いるのは将とは言っても賊ですから、きっと侮っている筈です」
「……なるほど。それならば、全軍ではなく、一部を差し向けてくる可能性がある、と」
「そうだ。だが、それならば少数でも対抗出来る筈だ」
「でもお兄ちゃん。一部をやっつけても、まだまだたくさん残ってしまうのだ」
「その通りです、鈴々。ですが、少しでも警戒されてしまえば、その時点でこちらは終わりです。まずは、敵を引きずり出して叩き、その上で策を講じるのです」
「うー、稟みたいに難しい事はわからないのだ……」
「とにかく、明日までに勝負をつける、それが全てだ。稟、では各将に指示を」
「わかりました。鈴々、二百の兵を連れて、敵陣の前に出て下さい。必ず、副将の鄧茂は打って出るので、何とか討ち取って欲しいのです」
「了解なのだ!」
「その後で、程遠志が全軍でかかってくるでしょうから、一当てしたら、算を乱して逃げます。星は、兵二百を連れてこれを待ち伏せ、挟撃して下さい」
「承知した」
「愛紗は、混乱に乗じて、残りの百名を率いて、程遠志を討って下さい」
「うむ」
「私と風は森に潜み、銅鑼や鐘を鳴らします。そして、頃合いを見て、朱儁将軍から借りた旗を立てます。もちろん虚兵ですが、敵に混乱を引き起こすのが狙いです。これは、志願してきた黄巾党の者を使います」
「稟、私はどうする?」
「歳三様は、私達の警護を願えますか?」
「わかった。では皆の者、頼んだぞ」
「御意!」



「黄巾党、出てこいなのだ!」

 鈴々の声が、夕闇の中に響き渡る。
 それを合図にするかのように、敵陣から兵が出てきた。
 数は……凡そ三千、というところか。
 全軍でも五百の我が軍を相手にするには、些か大袈裟な数だ。
 流布した情報を聞き、我らを完全に侮ったが故、だろうな。

「ガーッハッハッハ、おいガキ! お前がこの乞食どもの大将か?」
「鈴々達は、乞食ではないのだ!」
「ああん? 鍬や鋤じゃ、俺達には勝てないぜ? さっさと帰って、おっかさんの乳でも吸ってな!」
「へへーん、鈴々が怖いのか? 所詮、弱い者虐めしか出来ない、見かけ倒しなのだ」

 と、男の顔がみるみる強張っていく。

「おい……調子に乗るなよクソガキ。俺様を誰だと思ってる、泣く子も黙る、鄧茂様だぞ?」
「知らないのだ。お前、バカか?」

 鈴々にからかわれ、鄧茂は憤怒の表情に。

「言わせておけば、このガキ! そんなに死にたいか!」
「やれるものなら、やってみるのだ」
「テメェ、ぶっ殺す!」

 鄧茂は、大斧を振り回しながら、鈴々に襲いかかる。

「死ねぇぇっ!」
「それは、こっちの台詞なのだ。うりゃりゃりゃ!」

 鈴々は、構えた蛇矛を、凄まじい速さで繰り出した。
 そして、

「グエッ!」

 一合も打ち合う事なく、鄧茂は倒れた。

「副将鄧茂、鈴々が討ち取ったのだ!」
「おおおーっ!」

 すかさず、味方から歓声が上がる。
 一方、いきなり将を失った賊軍。
 確かめるまでもなく、完全に浮き足立っている。

「よし、みんな! 鈴々に続けー!」

 火の玉の如く、敵に斬り込む鈴々。

「うりゃりゃりゃりゃ!」
「ぐはっ!」
「ぎゃっ!」

 数は我が軍の三十倍もいる筈の賊軍だが、戦うどころではないらしい。
 鈴々の蛇矛が振るわれる度に、どんどん人数を減らしていく。

「流石は鈴々ですね。鄧茂の部隊は壊滅状態です」
「お兄さん。敵の本陣に動きが出てますよー」

 私の双眼鏡を使っている風が、敵陣を覗きながら言った。

「よし、鈴々に合図を送れ」
「はっ!」

 控えていた兵が、一条の火矢を、空へ放つ。
 銅鑼の音が鳴り響き、地響きがした。

「合図は?」
「……ありました、あれです!」

 稟が、双眼鏡で見つけ出したようだ。
 かすかに、敵本陣で松明が振られている。

「皆、抜かるな。まだ勝った訳ではない!」
「応っ!」

 敵はほぼ全軍、出撃のようだ。
 後は、手筈通りに皆が動けば……。
 鈴々は、出てきた敵軍に突っ込み、少し戦ってから、

「敵が多すぎるのだ。一旦、引くのだ!」

 声を張り上げながら、撤退していく。

「逃すか!」
「鄧茂様の仇だ、皆殺しにしろ!」

 殺気立った賊は、当然追撃を始める。

「ぐへっ!」
「あぐっ!」

 今度は、味方が討ち取られていく。
 ……短い間とはいえ、苦楽を共にしてきた仲間。
 それを喪うというのは、何度経験しても、嫌なものだ。

「まだ、合図は出さないのですか?」

 焦れたような、兵の声。

「まだだ。星の隊が布陣する場所まで、奴等を引き付けねばならぬ」
「し、しかし。このままでは、味方が全滅してしまいます!」
「落ち着け! そんな事はさせぬ!」

 私とて、余力があればこのような、犠牲の多い戦術は採りたくない。
 ……しかし、百倍もの敵が相手。
 しかもじっくり構える余裕がない我が軍には、選択の余地などない。

「稟、風」
「はい」
「何でしょうー」
「……このような戦、重ねては行わぬ。よいな?」
「……歳三様が、そうお望みとあらば。知恵を絞りましょう」
「お兄さんが、冷酷でない事は、風もわかっていますから。稟ちゃんと一緒に頑張りますよー」
「……頼む」

 私は、顔を上げて敵陣を睨み付けた。
 ……頃合いだな。

「星に伝令を」
「ははっ!」
「かかれーっ!」

 掛け声と共に、一斉に矢が放たれる。
 勢いに乗って追ってきた賊は、いきなりの事に慌てふためいている。

「怯むな! 敵は小勢だ、押し潰せ!」

 よく通る声だ。
 あれが程遠志かも知れぬな。
 ……とは言え、日も暮れ、夜の帳が辺りを包み込んでいる。
 敵味方の識別だけはつくようにしておいたが、流石に離れていては人相までは掴めぬ。

「お兄さん、そろそろかとー」

「そうだな。よし、旗を立てろ! 銅鑼と鐘を鳴らせ!」

 合図と共に、辺りが喧噪に包まれた。

「か、官軍だーっ!」
「敵の増援だ! 大部隊だぞ!」

 敵に紛れて、味方があちこちで声を出す。

「か、囲まれてるぜ?」
「う、うわーっ!」
「狼狽えるな、てめえら! この程遠志様がついている!」

 自ら、居場所を明かしてくれたか。

「程遠志、見参! 土方軍が一の青龍刀、関雲長!」
「ほざけ、下郎がっ!」

 程遠志が、得物を一閃。
 軽々と、愛紗はそれを受け止めた。

「ほう、力だけはあるようだな!」
「何だと、この女!」

 力任せに、愛紗に向けて降り下ろす程遠志。
 どうやら、得物は同じ、青龍刀のようだ。
 ……だが、持ち主の技量に差があり過ぎるらしい。

「どうした? 全く当たらぬが?」
「うるせぇ! これで、どうだっ!」

 怒りに任せて、今度は突き。
 だが、変わらず、余裕で受け止める愛紗。

「聞くと見るとでは大違いのようだな、程遠志?」
「ぬかせっ!」
「ならば、こちらから行くぞ! はぁぁっ!」

 受けてばかりだった愛紗が、攻撃に転じた。

「な、なんて馬鹿力だ!」
「フッ、死ねっ!」

 愛紗の一撃を、今度こそ受け損ねたようだ。

「ああ……ぐはっ!」

 幹竹割りにされた程遠志、勿論即死だ。

「敵総大将、程遠志!この関羽が討ち取ったり!」

 愛紗の声に、戦場は一瞬、静まり返る。
 そして、

「うぉぉーっ!」
「ひぃぃぃーつ!」

 歓声と悲鳴が、同時に辺りを支配していく。

「終わりましたね」
「……いや、まだだ。敵を完全に黙らせる必要がある」
「むー。それには、人数があまりにも足りないです」

 その時。
 新たな地響きが、近付いてきた。 
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