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ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~

作者:紫水茉莉
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アインクラッド編
  6.アルトの戦い方

―――――――不思議な人だなぁ。
ミーシャが無理矢理連れてきた両手剣使いの横顔を眺めつつ、アンはそんな事を思った。
会ってからまだ1日もたっていないが、アンはアルトに少しだけ違和感を抱いていた。
違和感とはつまり――――表情の変化の無さだ。
彼の表情が変わる瞬間を、全く見ていないのだ。アンが円月輪(チャクラム)を主武装にしていると知った時すら、驚いたというよりは確認を取ったという風だった。今までの人たちは皆一様に驚いた顔をしたというのに。
アンの目の前を行くアルトは、ナツやシルストの問いには応じるものの、自分からは全く話そうとしない。タクミといい勝負だ。やっぱり、ギルドに誘おうなんて無理があった・・・
「へぶっ!?」
「気を付けろ」
しまった。深く考えすぎて前見てなかった。
アルトの背中に思いっきりぶつかってしまったのだろう。アルトががアンを見ていた。
「あ、ゴメンね?」
自分より大分高い位置にある顔を見上げて謝ると、やっぱり彼は無表情で前に向き直った。そこには、金属製の扉があった。
「ミーシャ、どうする?」
シルストが問う。入るか入らないか、ということだ。こういう部屋には宝箱があったりレアなアイテムがドロップするモンスターがいたりするが、アラームトラップのような悪質な罠もあったりするので気を付けなければならない。
「うーん・・・時間的にもポーション的にも、この部屋で最後かな。アルトはどう思う?」
「この部屋にトラップが仕掛けられていたという情報は聞いたことがない。入っても損はない筈だ」
アルトは、ミーシャの限りなく省略した質問を正確に予測して答えて見せた。
「おし、アイテムがあったらラッキー、モンスターだったら戦闘。皆いい?」
メンバーが口々に返事をしたり頷いたりするのを見て、ミーシャはニッコリと笑うと扉を押し開けた。


***


部屋の中には、確かに宝箱があった。だが、全員部屋の中に入ったとたん、モンスターの湧出(ポップ)も始まった。6人の後ろで扉はガンッ!と音を立てて閉まった。小さな声でシルストが呟く。
「・・・ヤバそう」
「くるよ」
タクミの声に、シルストらは表情を引き締めた。湧出(ポップ)が完了しつつあるモンスターに視線を合わせる。表示された名前は≪warlock・mihisho≫――――――――魔人ミヒイショ。
「――――違う」
そう低く囁いたのはアルトだった。
「どういう意味?」
「俺は前にもここに来たことがある。だが、外の奴等と同じようなゴーレム型モンスターだった。魔人、なんて名前は聞いたことがない」
「マジで・・・」
そんな会話をしている間に、モンスターの湧出(ポップ)は完了した。紫色の金属っぽい身体を反らし、口を開けて――――――――
「――――ゴルアアァァァァァァ‼」
大音量の叫びにアン逹は思わず耳を押さえる。間髪いれずに、粗雑な鋳鉄製の両手剣を携えた魔人から同心円状に光が放たれた。視界左隅に新たに表示されたアイコン。アイコンの表示は――――――――ステータス低下を表す、先っぽを下に向けた青い矢印。
「来るぞ‼」
アルトの叫びにハッと意識を戻す。持ち上げられた剣が狙うのは、一番前にいたナツだ。
ガァァァン‼と剣と盾がぶつかり合う。
「くうううぅ・・・!」
ナツが呻き声を漏らした。魔人の放った光のせいで防御値が低下し、抜けた攻撃がHPを2割持っていってしまった。
「下がれ‼」
アルトがナツの前に飛び出した。
「俺がタゲを取る。ミーシャ、ナツ、シルストは一旦下がれ!アン、扉が開くかどうか確認しろ!タクミ、転移結晶使ってみろ!」
慌ててアンは扉に向かう。同時にタクミの「コルデー!」という声が聞こえる。
アルトは予想済だったのかもしれないが――――扉は、開かなかった。今度は、スローイングダガーで突く。ほんの僅かに、傷がついた。
「駄目、壊せるかもしれないけど、開かない!」
「結晶も無理だ」
「・・・結晶無効化空間。最悪の(トラップ)だ」
シルストが軽く唇を噛む。
「・・・ミーシャ!どうする!?」
アルトの問いに、ミーシャは一瞬だけ迷ったのかもしれなかった。扉は破壊不能オブジェクトではなかったため、時間はかかるが壊すことができれば外に出られる。だが、ミーシャはニッコリ笑って言った。
「よし、倒そう!倒して帰ろう!」
やっぱりか、とぼそっとタクミが呟いた。まぁ、ここで戦わないミーシャはミーシャじゃない。
「アルト、やるよ!ナツお願い!」
今までずっと魔人の剣を捌き続けていたアルトは、「ナツ!」と声を掛けて後ろに跳んだ。絶妙のタイミングでナツが飛び込む。今度はしっかりと受けた。
「最初はガンガン攻めなくていいから、攻撃パターン覚えて!HPがイエローになりそうになったら引いて‼」
了解!と――――珍しくタクミも――――それぞれが声を返す。やっぱりアルトは軽く頷いただけだった。
「よし――――行くよ‼」


***



最初の数十分は我慢の時間だった。
次々に繰り出される今日攻撃の数々を、懸命にナツが止める。時折アルトやミーシャも加勢して、できた隙をタクミやシルストのソードスキルが突く。剣が届きにくい頭をアンの円月輪(チャクラム)が抉る。
特に声を出していたのは、何とアルトだ。魔人の攻撃パターンをいち早く見切り、「下段強攻撃!」だの「袈裟斬り!」だの叫ぶ。それに導かれるように繰り出される攻撃を避けるのは、だんだんと容易くなっていた。ステータス低下効果のある光も、床に伏せれば防げるということがわかり、余裕が生まれてくる
「あと少し、レッドになるよ!」
片手剣ソードスキル≪ホリゾンタル・スクエア≫を打ち込み、ミーシャが叫んだ。とうとう、HPがレッドになる。「よし!」と歓声をあげたのはシルストだ。魔人の剣が床と水平に構えられる。目の前にいるのはナツ。
その瞬間、アンは違和感を覚えた。――――――――溜めの向きが、微妙に違う。
アルトが「全員下がれ!」と叫ぶのと、魔人が攻撃を放ったのは、ほぼ同時だった。
両手剣ソードスキル≪サイクロン≫――――――――攻撃範囲、全方位。
視界のパーティー平均HPが、一気に赤く染まった。元々レベルが高いアルトと離れた場所にいたアン以外、全員レッドに落ちている。(タンク)であるはずのナツまでが、全方位のソードスキルに対応しきれなかったらしい。
ミーシャは吹き飛ばされながらも回復結晶を取り出そうとした。しかし、その手が一瞬凍りつく。
残っている結晶は、もうなかった。
どうすれば――――――――――――。
止まりかけた思考を、1人の青年の声が揺さぶった。
「俺がタゲを取る!他は下がってポーションで回復しろ!アン、援護してくれ!」
アルトはそう叫ぶと――――――――片手で、両手剣を構えた。
「え・・・!」
ミーシャの驚きの声をよそに、魔人の剣が降り下ろされ、アルトが手が霞むほどの速度でそれを迎え撃った。ガアン!と大音響を撒き散らす。これまでのように完全に剣を止めるのではなく、斬り払いで軌道を変えたのだ。しかしあれほどの威力、しかも両手剣を片手で受けるのは、いったいどれだけの筋力値、そしてスピードが必要なのか、アン達には検討もつかなかった。


回復用のハイ・ポーションを飲み、じりじりと増えていく仲間達のHPを確認しながら、アンはもう何度目かも分からない円月輪(チャクラム)スキル≪ハーフムーン≫を放った。文字通り半円の軌道を描き、円月輪(チャクラム)がヒット。アルトは神がかり的なぶつかり合いを何度も繰り返し、少しでも隙ができればすかさずソードスキルを打ち込む。
――――――――あと少し、あと少し・・・!
しかし、そこでアルトが致命的なミスをしてしまった。やはり疲労が溜まっていたのか、うまくパリィできずに刃をまともに食らってしまい、壁に叩きつけられる。アルトのHPがごっそり減る。
「ぐ・・・!」
呻き、それでも立ち上がろうとしたアルトに、追撃の手が迫る。
「アルトさん!」
ナツが叫んだ。アンの円月輪(チャクラム)では魔人を止めるのは難しい。それでも投げようとした、その瞬間。
「ハアァ!」
裂帛の気合いと共に、ミーシャが片手剣ソードスキル≪スラント≫を放つ。魔人が仰け反る。HP、残り数パーセント。
「全員一斉攻撃!」
ミーシャの号令に、全員が床を蹴った。
ミーシャの片手剣ソードスキル≪シャープネイル≫。3連撃。
ナツの槍スキル≪ヴェント・フォース≫。4連撃。
シルストの短剣ソードスキル≪トライ・ピアース≫。3連撃。
タクミの細剣ソードスキル≪リップ・ラヴィーネ≫。2連撃。
アンの円月輪スキル≪クレセント・ムーン≫。直線軌道貫通系。
アルトの両手剣ソードスキル≪ライトニング≫。4連撃。
過剰とも言える攻撃の嵐が魔人を包み込んだ。
「グルオァァァ‼」
今回ばかりは、魔人の声は悲鳴に聞こえた。5人を散々手こずらせた≪魔人ミヒイショ≫はぎしりと硬直し、次いで爆散した。
 
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