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相模英二幻想事件簿

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山桜想う頃に…
  Ⅶ 同日 PM9:55



「佐野さん、ここは?」
 私達は松山警部の計らいで、佐野さんにとある場所へと連れてきてもらっていた。そこは古い木造の建物で、あちこちに修理した箇所がみてとれた。
「こんなでも町役場ですよ。署を出る前に連絡を入れたら、資料を揃えておくと言ってました。」
 これまた随分と親切になったもんだ…。今朝まで留置されてた筈なんだが…一体何が原因だ?私は多少訝しく思いながらも、先へ行く佐野君を藤崎と一緒に追った。
 私達が町役場の中に入って見ると、中は想像に反して意外と近代的だった。それぞれの机にはパソコンが置かれ、奥には最新式のコピー機まである。エアコンは無論としても、何で自販機があるんだ…?確か外にもあった筈だが…まぁ、いいか。
 私達が入って直ぐ、初老の男性が奥からこちらへと向かってきた。佐野さんが連絡をつけていた人だろう。
「お待ちしてました。連絡頂いていた件ですね?」
「はい。こちらのお二人が、電話で話していた探偵の相模さんと、音楽家の藤崎さんです。」
 佐野さんがそう言って私達を紹介するや、その初老の男性は態度を一変させて、私達…と言うより藤崎へと握手を求めてきた。
「私、この役場で部長をしております米屋謙吾と申します。まさか…こんな場所で藤崎様にお目にかかれるとは思いもしませんでした!」
 そう言われた当の本人は、意味が分からず唖然としている。
「あのぅ…どこかでお会いしたことが?」
「これは失礼致しました。私、先生の演奏の大ファンでして、いつもCDを聞かせて頂いております。お顔はお写真で…。」
 どうやら藤崎のファンのようだ。こいつ…いつの間にCDなんて出したんだ…。
「京。お前、CDなんて出してたのか?」
「ん?一応は出してるよ。まぁ、あんまり有名な作曲家のじゃないから…。」
「誰のだ?ハイドンか?モーツァルトか?」
 私は古い知識からなんとか作曲家の名前を探して聞いた。以前は楽器をやっていたが、私は藤崎のやる古楽では無かったため、古すぎると実はさっぱり分からない…。
「いや、そんなに有名な作曲家じゃないよ。ラインケンにブクステフーデ、それにエマヌエル・バッハだ。」
「エマヌエル…バッハ?バッハは有名だろ?」
 私が不思議そうに聞くと、横から何故か米屋さんが口を挟んだ。
「相模さん。エマヌエルは有名なセバスティアン・バッハの次男ですよ。先生が出されたのは、その次男の協奏曲集です。」
 私は半眼で藤崎を見たが、藤崎は「そう言うこと。」と言って笑ったのだった。私はちんぷんかんぷんなのだが、無論、横にポカンと立っている佐野さんも同様だった。
 おっと…こんな話をしにきた訳じゃなかったな。
「それで、資料は用意して頂けましたか?」
「はい。会議室にご用意してありますので、そちらでお調べ下さい。」
 私がそう言うと、米屋さんはニコニコしながら私達を会議室へと案内してくれた。藤崎はファンがいて嬉しいだろうが、私と佐野さんは苦笑いするしかなかった…。
 用意してくれた会議室は、然程広い部屋ではなかった。ま、この建物の中に広い部屋なんてのは期待するだけ無駄か。
 私達が入って先ず目にしたのは、机に置かれた段ボールとコピーの山だった。それが全て…お目当ての資料だろう。
「結構ありますねぇ。」
「まぁ…これでも選別したんですが、時間が無かったもので…。中には無関係のものも混じっているかも知れませんが…。」
「結構ですよ。この短時間で、よく用意して頂けたと感謝します。」
 とは言ったものの…これは厄介な仕事になりそうだ。私達三人でこれを調べるとなると、かなり時間がかかるだろう。私がそう考えつつ椅子に座ると、佐野さんがこう言ったのだった。
「それでは、私は仕事がありますので…この辺で署へ戻ります。終りましたら、連絡入れて頂ければ迎えに上がりますので。」
「えっ!?」
 佐野さんは私が何か言い出す前に、一礼し身を翻して出ていってしまった…。入り口に立っていた米屋さんは、佐野さんが出ていった後を見てキョトンとしていた。
「逃げたな…。」
「ああ、逃げたな…。」
 私達は残る米屋さんを見ると、米屋さんは苦笑して「私も仕事に戻りますので、失礼致します。」と言ったのだった。当たり前か…。残った私と藤崎は、資料の山を見て溜め息を洩らすしかなかったのだった。

 暫くは、二人で端から黙々と資料を見ていたが、そこへドアをノックする音が聞こえた。
 私達は誰が来たのかと顔を見合せたが、直ぐにドアが開いてそれが誰かを知った。そこには、半眼でこちらを見ている亜希と結城の姿があったのだ。
「お前ら…どうしてここへ?」
「どうしてここへ?じゃないわよ!何で私を置いてったのよ!何だかバタバタしてたと思ったら、何も言わずに二人してどっか行っちゃうし…心配するでしょうが!」
「そうですよ先輩。折角ここまで出向いたのに、僕、馬鹿みたいじゃないですか…。」
 あぁ…すっかり忘れてた…。事件のことばかりで、二人のことまで気が回らなかった…。
 前を見ると、藤崎もしまったという風な表情を浮かべて固まっている。亜希と結城は、腕を組んで未だ睨んでるし…。
「あ…あのな…」
「もういいわよ!どうせ事件のこと、何か手掛かりがないか調べてるんでしょ?私達も手伝うから、さっさと終わらせましょ?」
 亜希はそう言うと、中に入って空いてる席へと座ったのだった。
「結城君!あなたもそんなとこ突っ立ってないで、早くこっちに来て手伝いなさいよ!」
「は、はい!」
 あぁ…結城がコキ使われてるよ…。後で吃驚するような請求書が郵送されなきゃ良いけど…。
 私達はそんな二人を加え、暫くは資料の山と格闘していた。そんな中、結城が何やら見つけたらしく、私を呼んでその資料を見せた。
 それは随分と色褪せた紙束で、漢字と片仮名で書かれているためにかなり古いものだと分かった。その上、インクもかなり掠れているために読みづらい。
「先輩、ここに…。」
 私が四苦八苦しながら読んでいる中の一点を、結城は指で示した。そこには<明治廿年>と記され、何かの調査報告書の様に思えた。その為、私は紙束の表紙を見てみると、そこには機密文書の印が押されていたのだった。再び元の頁へと戻って読み進むと、そこには意外なことが記されていたのだ。
「これは…!?」

明治廿四年四月ニ起コリシハ 次男兼造ノ手ニヨルト考エラレルモノナリ。但シ 謙継氏ノ遺骸ハ荼毘ニフサレ 其ノ証拠トナリシモノハ喪ワレテイル為 調査続行不可能ト判断ス。故ニ調査ハ終了トミナスモノデアル。

 それは、あの櫻華山で起きた事故の調査書だったのだ。恐らくは、ここに別の書類と共に一部だけ混ざったのだろう。他は全く別物で、当時の杜撰さが窺われた。
 私はそれが警察が調べたものかどうか知るため、再び表紙を見た。すると、表紙の一番下、それも小さな字で何か書かれていた。
「警護隊…第四班…?」
 まぁ…今だときっと、捜査係とかそういう感じなんだろう。だが…そんなものが何故、こんな役場なんかに保管されているんだ?私は気になって、仕事中の米屋さんを呼んで聞いてみた。
「この箱のやつですね?実はこの建物、以前は警察と診療所も入ってたんですよ。大戦後になって、やっと分割されたんです。まぁ、人口も少なくて、この建物でも間に合っていたようですが…。その時、警察も診療所も、こんな風に置いてった資料なんかもあって、一応は保管してあるんです。」
 有り得ないだろ…?曲がりなりにも極秘となってる資料だぞ?いや…それだけ平和だったってことなんだろうがな…。
「で、米屋さん。ここに書かれている“警護隊第四班"っていうのは、一体どんな組織だったんですか?」
「あぁ…それですか。私が父から聞いた話ですと、表立って捜査出来ない事件…例えば、貴族や資産家などの事件扱いされなかったものを、独自に調査・解明する組織だったようです。組織と言っても、たった二人しかいなかった様ですが。」
 探偵…みたいなものか?私はそう思って、再び米屋さんへと問い掛けた。
「では、何か大事があったとして、そこに不審な点があった場合、それが地位のある人物に関していたならば、全てこの警護隊第四班が担っていた…そう言うことですか?」
「そう言って差し支えないでしょう。ですが資料が乏しく、大半は処分されてます。私が知っているものは、その堀川家に関するものと、分家の畑名家に関するものとの二つだけですから。」
「畑名家…?」
 聞いたこともない姓に、私達は困惑した。分家はあって不思議じゃないが、ここにある資料や今までの話にも一切出てこなかったからだ。
 まぁ…古い資料だから、抹消や紛失と言うことも有り得るだろう。だが…伝承や亡くなった女将の話にすら出てこなかったのは府に落ちない。ここで言えることは、問題が増えたと言うことだ…。
「その畑名家は、現在どちらへ?」
 私が疑問を口にする前に、結城が先に米屋さんへと質問した。米屋さんは些か困った表情を浮かべながら返した。
「いえ…この分家は、昭和半ばで絶えてしまってるんですよ。屋敷が火災にあって、その時、一家八人全てが焼け死んでるんですよ。」
「その資料…ここにない様ですが…?」
 私がそれを聞くと、今度は腕組みまでして溜め息を吐いてしまった。聞いてはいけなかったか…?
「畑名家の資料はですねぇ…一部を除いて、三十年近く前に全て処分する決定を受けまして…。最期の当主だった畑名吉弘氏が国会議員だったので、どうも彼に関わった人物からの指示みたいでしたねぇ。チラッと見ただけですが、どうも税金を横領していたみたいでしてねぇ…いや、今のは聞かなかったことにしてくださいよ?」
 米屋さんはそう言って、頭を掻きながら笑った。だがそうなると…分家は断絶ってことか。
 一体どうなってるんだ?堀川家ってのは、単に栄吉の長男の死から何かが始まってるんじゃないのか?この分家の火災にしたって…八人全員が死ぬなんてのは有り得ることなんだろうか?この悲劇にさえ理由があるとするなら…。
「なぁ英二。これ、関係あるんじゃないか?」
 藤崎が何か見付けたようで、私に古びた文書を持ってきて見せた。それは和紙に筆で書かれたもので、この資料の山と全く印象が異なるものだった。何故こんなものが混ざっているかは不明だが、それに目を通すと、そこには「山内」と「堀川」の文字が見てとれた。他に栄吉や謙継、櫻華山を命名した堀川宗彌の名前も見付けることが出来、関係資料であることが分かった。
 その文書をよく読み進んでゆくと、見知らぬ名前も記されていたのだ。それは伝承にも他の資料にも無かった長男謙継の妻、ハツ。そしてもう一人、イトと書かれた名があったが、こちらはこともあろうに「謙継の妾」と記されていたのだ。
「京…これって…。」
「そうだな。恐らく、これは何かの報告書だろう。文体からするに、ハツが夫である謙継を誰かに素行調査させてた…そう考えられるな。」
 確かに…そう読み取れる内容だが…。もしそうであれば、これは驚くなんてもんじゃない。男尊女卑の時代にあって、妻が夫を調査させるなんて…。このハツという女性、一体何者なんだ?まぁ…それだけ夫を愛していたとも受け取れるが…。だが、これを調査した人物は誰なんだ?
「はぁん…なるほどねぇ。」
 私は最後まで読みきると、これを書いた人物らしき名を見付けた。それは最後まで名が出てこなかった人物…謙継の弟、兼造だ。
 ハツは義弟である兼造を使って、夫の身辺を調査させていたのだ。考えてみれば、兼造は兄である謙継の右腕と目された人物だ。一緒に仕事をしていたため、妻であるハツよりも長い時間を過していた筈だ。それに…ハツは気が付いていたんだろうな。兼造が自分を好いていたことに。とすれば、このハツという女性、相当な悪女だったかも知れないな…。
 だが、こちらが真実だとすれば、伝承はかなり改竄されている。ま、後世にそのまま伝えちゃまずいと思えば、いくらでも改竄出来るか…。
「京。この一件、どうやら裏が見えてきたようだな。」
 私は見ていた古文書を静かに閉じて言った。皆、私が何か話すことを期待しているように、私に視線を集中させていた。しかし、私はその期待を裏切るように、たった一言口にしただけだった。
「櫻華山へ行く。」
 それを聞くと、藤崎を抜かした全員が豆鉄砲でも喰らったような顔をした。
「先輩…?あの山に…何かあるんですか?」
 結城が不思議そうに問ったが、私は藤崎に合図すると、彼を伴って部屋を後にしたのだった。背後から結城と亜希の声が聞こえるが、小言は帰ってからゆっくり聞くことにし、私は直ぐに櫻華山へと向かって急いだのだった。



 
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