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藤崎京之介怪異譚

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case.6 「闇からの呼び声」
  短いつなぎ 12.22.PM.1:43



 俺はあれから眠り続けていた。目覚めたのは一日以上経ってからからのことだった。
「皆には迷惑掛けたな。」
 周囲に集まる団員達に、俺はそう言って頭を下げた。すると、田邊とは親しい真中が言った。
「先生、謝らないで下さい。僕達だって遣れることはあります。先生一人が全て責任を負うことはないんです。今来てない奴だって、二人一組で警察と一緒に田邊を探してますし。」
「まだ…見付からないのか…。」
 俺がそう言って俯くと、真中は再び口を開いた。
「大丈夫です。奴は何でも出来るから。たとえ一人でも、奴なら何でも乗り越えて僕達のところへ戻ってきますよ。」
「そうだな。田邊君が戻ってきた時、私達がこんな状態だったらきっと怒るだろう…。明日から、また演奏しよう。彼がどこへいても聞こえ、いつでも戻ってこれるように…。」
 俺がそう言うと、団員達は「はい。」と小さいながらも力強い声で答えてくれたのだった。

 それから年も明け、一月も半ばを過ぎた。年末年始の演奏も滞りなく終わり、俺達は次の段階へと進もうとしていた。

 ただ…田邊だけがそこにはいない…。

 その為、俺は日本にいる宮下教授へと連絡を入れたのだった。団員達のことを頼むために。
「話は分かった。じゃが、本当にそれで良いのかね?」
「はい。本当は一年で返すつもりだったんです。それに…ここは彼等にとっては危険ですし、また誰かが…と考えると、私にはこうするしか出来ませんから…。」
 俺がそう言うと、宮下教授は電話口の向こうで浅く溜め息を吐いてから言った。
「そうか…。君に反対するものも居るじゃろうが、こちらは全員を引き受ける用意はある。藤崎君、君は君で充分気を付けたまえ。恐らく…今の君にとって、田邊君が一番の足枷になると奴等は考えたんじゃろうからの…。」
 分かっている…それを分かっているからこそ、俺はずっと苦しんでいるんだ…。
 田邊は、俺の教え子の中でも最も優秀で、そして最も俺の感性に近い人間。あの事件が無かったら…きっとこうなることもなかっただろう…。
 河内を喪い、ただ沈鬱に世界を眺めることになったあの事件…。あれからもう十年もの月日が流れた…。鈴木も小林も、そして宮下教授も心に深い傷を負ったが、今でさえそれぞれに重いものを負って生きている。俺も同じだ…。
 どうしてこんなことになったかなんて解らない。ただ言えるのは、俺を抹消したい奴がいる…と言うことだ。
 俺が生きている以上…あの悲劇は繰り返される。
 教授との会話を終え、俺が聖堂でそんな考えに浸っていた時、俺の回りに団員達が集まってきたのだった。
「今日は休んでいいんだぞ?皆どうしたんだ?」
「先生…また、あの事を思い出していたんですか?」
 真中が俺の前に来てそう言った。こいつは直接的にあの事件とは関わっていないが、田邊が話したらしいのだ。
 団員達の中には、少なからずそれを知る者もいる。特に真中は田邊とは幼馴染みだから、全てを知っていてもなんら不思議ではないのだが…。
「先生。俺、田邊から言われてたんですよ。」
「…何を?」
 いつも明るい真中が、その時は違っていた。その瞳は真剣そのもので、俺はそんな真中に驚いた。
 田邊が…親友である真中に言っていたこととは…。
「田邊の奴、俺にこう言ったことがあったんです。もし万が一自分が消えたなら、先生を支えてほしいと…。」
「何で…そんなことを?」
 聞けば歩道橋事件の時、俺が眠り続けているのを見ながら、隣に一緒に来ていた真中にそう言ったそうだ。
 何を思って言ったのかは解らない。だが、その時の田邊は何か必死な感じがし、真中は「分かった。」と答えるしかなかったと言う。
「だから正直…今回のこと、あまり驚いてないんです。あいつは…先生、貴方を守りたかったんだと思います。一番尊敬する師を…。」
「馬鹿な…!」
 俺は拳を握り締めた。
 田邊だって、俺がそんなことをされても喜ばないことを知ってる筈だ。だが、彼の中の決意は揺るがなかったのだ。
「信じよう。皆で祈っていれば、神だって今の世でも奇跡を起こしてくれるかも知れないからな…。」
 俺がそう言うと、皆は「はい。」と答え、後はただ…黙って過ぎ逝く時を見つめていたのだった…。



      case.6 end


 
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