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大刃少女と禍風の槍

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七節・始まりの最上階……その最奥を目指す

 
前書き
 飄々としていて掴み所がなく、常時おどけている様な青年・グザ。

 勿論というべきでしょうか……彼にもまた、それなりに語れる過去があります。
 まあ、当然ですがそれは後々という事で。


 今回は原作基準が多めの為、所々にグザのセリフや説明が入っている以外は、余り変わらないと思います。
 では本編をどうぞ。
 

 
 
 
 十二月四日、午前十時ちょうど。



 目前に迫る第一層のボスモンスターとの戦闘を前に、キリトは顔をしかめながら集合場所へと歩いていた。
 顰めている主な理由は、最頂部でのボス戦への緊張感だが―――実は別にもう一つある。

 それは今日のボス戦の結果次第で、今後のアインクラッド攻略に……否、この世界への認識に多大な変化が見られるかもしれないと、そう考えているためだ。


 勝てば皆に大きな希望を与えられることは自明の理、しかし敗戦ともなれば絶望の瘴気はより一層深く立ち込め、クリアーなど不可能だと言う諦観の思考が―――それこそ再起不能にも近いレベルで植えつけられてしまうかもしれない。

 生きて帰る為に負けられないのは当たり前……しかしこの戦いは、攻略組に属する者等の生死の有無を決めるだけではなく、後に控えるプレイヤー達に与えられる報告が吉報か凶報かで、アインクラッド攻略の進行率を決定付ける物でもあるのだ。

 己だけ生き残っても意味はない。

 自分自身のみにあらず、留まってきた者達の “光” をも、キリト達は考慮に入れねばならないのだ。
 双肩に圧し掛かる重み……まだ中学生であったキリトでは、顔が顰められて当然かもしれない。


「どうだい眠れたかい? キリトの坊主」


 そんな彼の背後から此処数日で既に聞き覚えのあるモノとなった、青年らしき声音に似合わ年寄りめいた口調で簡素な言葉が投げ掛けられる。
 既に知っているからか、其処まで悩む事無く振り向いてみれば、キリトの予想道理に刺青入りの半裸男、グザが居た。

 彼は槍を首の後ろに担いでおり、両腕を上げ手首を乗っけている。


「まぁ、ボチボチ……って所だな。昨晩は、あー……途中から、記憶がないけども」
「そう……それはよかったわ。もし残っていたり思い出していたのなら、腐った牛乳を1樽飲ませていた所だから」
「あ、あはははは……ハァー」


 キリトの途切れ途切れな発言に又も後ろから、今度は少女の物らしき高さであれども、感情を殺しているのか低く抑えられた声が掛った。
 引き攣りに引き攣った苦笑いでキリトは身体の軸を少し動かし、視線を徐に傾けて見れば、此方も思った通りフードケープを目深にかぶった少女、アスナが居る。

 声では如何にかこうにか押し込めたらしい感情も……しかし顔に出る事までは止められないか、彼女お得意の細剣スキル基本刺突技【リニアー】へ匹敵する鋭い眼を、キリトへこれでもかと向けていた。

 不機嫌ない態度の主な原因は、もしかしなくても昨晩の『浴室事件』に関わっている。そんな事など、態々考えるまでもなかろう。


(煩悩退散……退散……!)


 思春期男子には聊か刺激の強い光景を、キリトは如何にか思い出さない様にすべくか、少し険しい顔つきで先の思案の続きを始めた。

 もし仮に今日のボス戦クリアーが無残な結果に終わった場合、士気の状況によっては部隊の再編成も叶わないし、レベルと経験値取得効率の関係上、第一層ではもうレベル上げなど不可能に近い。

 されども余程の事が無い限り、連携を乱しさえしなければ死者0での切り抜けも、実は希望的目標でないともキリトは考えている。
 何せキリトはβテスター。コボルド・ロードの嘗てのレベルや戦闘状況は充分に熟知しており、加えて集まったプレイヤー達のレベルや装備グレードならば、寧ろベータテストよりも楽に戦えるのでは? とすら思ってもいる。

 勿論……命が掛っているが故の、予想外に値する事態が起きないとも限らない。


(いや、頭に置いておくべきはそこじゃないな)


 ……が、マイナス方面に例えてばかりでは埒が明かない。その言葉が脳裏に浮かんだか、一度首を振って前を見る。
 キリトの眉間に刻まれた皺は、気合を入れ直した為か既に取れていた。


「…………ふぅ」
「ヒヒハハハ……フゥ~」


 と、彼の左前と右後ろでほぼ同時に息を吐く声が聞こえ、まずは前方のアスナへ視線を合わせた。

 フードに隠蔽され全てを拝見する事など出来ないが、怜悧な光を持つ相貌には、見つめた相手へ儚さと鋭さを同時に伝えてくる。
 その佇まいは攻略広場と迷宮区、宿で見た物と寸分も変わらない。
 己の方が血気に早っている様だとも、キリトに感じさせていた。

 続いて後ろに傾け移動させ、グザの方へと目を向ける。
 息を吐く前に笑っていた事から思い設けてはいたか、彼の顔に映る薄笑に対してキリトは肩を若干落とすだけだった。息を吐いたのも、パイプから吸った煙を出す為だったのだから。
 此方も此方で迷宮区や早朝の有様と全く変化が見られず、気負っている所作を微塵も見せはしない。


(全く……)


 お前はもう少しぐらい緊張しろよ……と、キリトがそう言いたげな半眼になった。


「おい」


 そして若干ながらしかし確かな嫌悪感の混じる、三人目の声がキリトの背後から聞こえ―――


(は? いや、三人目なんて居ない筈だぞ?)


 つい二人と同じ表情で振り向こうとして、その声が聞覚えこそありながらも、自分達のパーティーには其処まで関係が無い人物だと思いあたる。

 表情を正して、改めて第三者の顔を拝んでみれば……第一回目の攻略会議で、ベータテスター排斥の意味と取れなくもない台詞を吐き、一時グザによって諌められた “キバオウ” の姿があった。

「分かっとるやろけどな、今日はジブンら後方へ引っ込んどれよ。飽くまでワイらのサポ役なんやからな」
「……」


 スケイルメイルとサボテン頭は昨日までの通りだが、その剣呑な眼には先日以上の非友好的空気を秘めている。


 それもその筈―――――キリトはアルゴを介して名の知らぬプレイヤーと、ある交渉をしていたのだ。

 内容は、自分が持つメインウェポン『アニールブレード』を買い取りたいと言う旨の話で、苦労して手に入れ運よく強化に成功したのだから、当然譲る気など毛頭なく断り続けてきたのだ。
 一番最後に断った際に提示された値段は39,800コルで、もうその金で一級品の装備を設えて鍛えた方が早く、一体全体何を考えているのか? ……と、キリトは盛大に大口を開けてしまった記憶がある。

 何度も何度も意味不明の交渉を続けていられるかと、昨晩遂にアルゴ経由で依頼人の名前を提示してもらった……のだが驚くべき事にその依頼人―――名の知らぬプレイヤーこそ、今キリトへ声を掛けてきたキバオウだったのだ。
 つまり、四万コル近い大金を積んで尚交渉を断られ、仕舞いには代理人を立てて隠していた名前までバレてしまった、非常に気不味い間柄に他ならない。

 ふつうは話しかける事は愚か、近距離に居る事すらも御免だろう。
 グザ並みのクソ度胸とキリトの方こそが委縮してしまいそうな態度を変えず、キバオウは最初に言葉告げた時の表情よりも、より一層憎しみを滴らせて顔を突き出してきた。


「大人しくワイ等が狩り損ねた雑魚コボの相手だけし取れ。オミソが絶対に出しゃばんなや」
「いやいや、予想外の状況も有り得るしねぇ。絶対にってのぁ、正直無理あるわな?」
「……! また、お前かいな……!」


 此処でグザがニヤリとしながら、キバオウ発言中に嘴を入れてきた。

 一昨日やり込められたのを思い出したか、キバオウは一歩引き若干たじろぐ。
 舌戦で勝てない事を、あの一回でも理解しているからだろう。


「それにオレちゃんらは人数が少なすぎる。前に出られても火力が足りねーし、安定した戦闘も出来やせんよ。普通に行けば、前方まで上がる理由なんざ元から無いんだわな」
「ハン、忠告しとかんと―――」
「白黒ハッキリさせるのは戦いの後つーたろう、今いがみ合ってどうすんだい? もし個人的感傷なら隠すのが吉だし、そもそもオレちゃん達が自己中にすりゃー連携が崩れる。攻略だって次回から退け者確定じゃないよ、それこそ無理だわな?」
「ぐ……っ……フン!」


 正論を突き付けられ何も言えなくなったキバオウは、如何にも納得がいかないか仮想の唾を吐いて地面に叩き付け、自分の率いるE隊の方へとノシノシ歩いて戻って行った。


「あー……えっと……えーと……」
「……グザさんのお陰で少しはスッとしたけど……何なの、アレ」


 二人のやり取りを茫然と眺めていたキリトだったが……アスナの鬱屈とした声で我に返る。
 
 声ですら敵意むき出しでは有ったが、彼女の瞳もまたキリトへ向けていた物より何割増しかで怖さが増量していた。
 己を向けられたものではなく、キバオウへ送っているモノだと頭では分かっているが、心はびくついてしまったか、キバオウよりもキリトが恐怖で引いてしまっている。


「あー、えっと、ソロプレイヤー共は調子に乗るな! ……ってことじゃないかな、うん」
「おーおー……勝手じゃないよ、そんなんは。別段迷惑もかけ取らんし、個人の価値観で恨み節を連ねられてもねぇ?」
「……あなたと一緒なんて少し嫌だけど、でも同意するわ。誰と組むか如何進むのか……ある程度は規範とかあるけど、それを覗けば後は私の勝手なんだから」
「あはは……」


 それでも如何にかこうにか質問に返答して、アスナとグザの返しに苦笑いしながら―――――されど内心では何処か絞め付けられる思いで、 『ベータテスターは調子に乗るな、かな』 とも自嘲気味に付け足す。


 交渉を断られただけではただ気不味くなるだけであろうし、そうなるとあそこまでの態度を取る理由はキリトが “ベータテスター” だと、確信付けているという理由以外彼には思い当たらない。
 しかしながら微かどころではすまない疑念と疑問が生じる。


 それは……アルゴですらもベータ時代のネタは決して売らないが為に、ならば一体どうやってその情報を仕入れたのか? という事だ。


 じゃあキリトがうっかり口にしているのかといえば、キバオウとは一昨日あったばかりで、迷宮区内での共闘すら一秒たりとも行っていない。
 それこそベータの “ベ” の字も口に出してはいない。

 グザに対して恨みがあるのだとしても、一昨日の件ではキバオウ自身も納得していたし、何よりキリトにまで当たる理由が無い。
 ……外見が細身でナヨッとしているから目を付けたと、イジメっ子宛らな理由で声をかけたにしても、肝心のグザが傍に居る時に実行しては先程の様になるのがオチ。
 何よりベータテスターかどうかという事から外れるし、グザがベータテスターかなど見た目だけでは決めつけられる筈も無いだろう。

 ハッキリしているのにハッキリしない……そんな気持ち悪さに苛まれながら、キリトはキバオウの背中を微妙な表情と、それを裏切らぬ微妙な心境で見つめた。


(……あれ?)


 そして、一番大きな違和感に気が付いた。

 もう一度説明するが、キバオウはキリトとの昨晩までの交渉相手であり、39,800コルもの大金を提示できる大金持ち。
 更に、その金額がそれぐらい凄い物なのかというと、コル全て注ぎ込めば一級品の装備を、武器に鎧に全身に買い揃えられて、オマケにNPCへ依頼しより強く鍛えられる程。

 即ち交渉を断られた以上、キバオウは潤沢な金銭をフルに使って『全身をコーディネート』するのが正しい選択で、リーダーどころかトッププレイヤーに相応しい『重厚かつ迫力ある』装備品を纏っているのが正しい姿なのだ。
 また反ベータテスターを掲げているのなら、自分の発言力を高める事を視野に入れればならず、尚更に新調強化の類は必須となってくる。


 ……だが――――彼の装備は以前と『何も変わらない』スケイルメイルで、剣すらアニールブレード等のレア品ではなくまた『何も変わらぬ』ワンハンドソード。
 グレード自体はそこまで悪くもないが、同時に極めて特別でも無く、グレードの高い武器に防具を拵える時間もコルも昨日まで充分あった。

 現にアスナの細い剣はより威力の高い【ウィンドフルーレ】に変えて、しかも幾回か強化まで施している。
 グザの右肩越しに掛けられている鉄板付きの布も、朝一番で新調してきたか見慣れない物に変更されている。


 此処まで言えば分かるだろう…………キバオウの姿には金銭面でも信条面でも、明らかな矛盾が生じているのだ。


(……何故だ……?)


 大金だからと温存していることを理由に挙げるにしても、此処で死んでは金を使うもクソも無い。デスゲームだからこそ命をよりガッチリと守るべく、しょうもない所でケチっている場合ではない。


 ならば? ―――そう考えかけたキリトの思考は、ディアベルの声で中断させられた。


「みんな、集まってるよな―――――ほんと唐突だけど、ありがとう!」


 確かに唐突にも程がある感謝だが、次に続く言葉で誰もが疑問を霧散させる。


「今この場にレイドメンバー全五十五人が、欠ける事無く集まった! 人数上限には少し足りないけど……でも文字通り命が掛っているこの戦いに、誰も脱落する事無く集まった事、俺はとっても嬉しいんだ! ホントにありがとう!!」


 ディアベルが右手を突き出せば、それの同調し右手を突き出す物が大多数、混じって口笛や笑い声を飛ばす物も少なからずおり、ディアベルの持つリーダーシップの高さを改めて感じる。

 そんな盛り上がる中で……キリトやアスナ、彼等の後方に居るスキンヘッドな黒人プレイヤーとそのパーティーは、険しい顔で気を引き締めているように見えた。
 緊張も大きければ恐怖へ変わるが、楽観も度が過ぎれば油断へと変貌する。
 それを危惧しているから、周りに交じらず自身のペースを貫いているのだと見えた。


「ふぅ~っ……ヒハハ……」


 ……グザは相変わらずヘラヘラ笑い、悪い意味で己のペースを崩してはいなかったが。
 というか未だあの青いパイプを吸っていた。


 そんな空気の離反した傾奇者に気が付く事無く、ディアベルがこの場で最後の文句を口にする。


「此処まで来たなら、俺が言える言葉はたった一つだ―――――勝とうぜ!!」
「「「「「オーーーッ!!!」」」」」


 まるでディアベルを中心にしたが如く、鬨の声が巻き起こった。















 どれだけ指揮を上げ、どれだけ決意の思いを胸にして、どれだけ決起の言葉を口にしても―――――迷宮までの道のりは避けらない。

 ……とは言えレベルがレベルであり、其処までモンスターに苦戦することは無かった。
 寧ろ頻繁に笑い声が聞こえる事と言い、おしゃべりの音が尽きぬ事と言い、モンスターのPOPを除けば宛ら遠足の様。
 デスゲームでこれなのだから、通常のMMOとして管理されていればもっと温かで、もっとにぎやかだったかもしれない。

 今現在の隊列は、ディアベル達のパーティーを先頭より少し後ろに配置している体系であり、全体を見て指示を出しやすい陣取りで行軍が進められている。

 キバオウ等は同じく先頭近くで、スキンヘッドの黒人達は後列側……当然、キリト達のパーティーは最後尾だった。


「ねぇ、あなた。ここに来る前にも、MMOゲームをしていたんでしょう?」
「え? ま、まあ、そうだけど」
「なら、他のゲームの移動中も、こんな遠足みたいな雰囲気なの?」
「ははは、遠足か……言い得て妙だな」


 委縮した雰囲気を少しばかり軽くしながら、キリトはアスナの素朴な疑問に答えた。


「ボイスチャット使用可能ならともかくさ、キーボードに打ち込まなきゃいけなかったりすると、移動中では手が離せないし中々こうは行かなかったよ」
「そう」


 字面こそ簡素では有るが、声色は決してそっけなく無い、そんな言葉を彼女は返す。


「……本物は、どうなのかしら」


 しばし何かを想像していたのか、周りの賑やかさとは対照的な静かさで俯き、数秒程黙ってから再度質問を繰り返した。


「ほ、本物って?」
「こういったファンタジーな世界が本当にあったとして、化物の親玉を倒しに行く時……剣士や魔法使いの集団は、押し黙って歩くのか今のように騒ぐのか、それとも義務的に話すのか」
「……」


 その問いにはキリトも直ぐに答えられず、結果として妙な間を作ってしまう。アスナは自分が余りに子供じみた質問をした事を悟ったか、そっぽを向いて自らの発言を訂正しようとする。


「其処まで悩む事かい、スポーツと変わりゃーせんだろうよ」


 言葉にて切り裂いたのはキリトではなく、道中珍しく沈黙を保っていたグザだった。


「……えっ?」
「だからやるべき事が違うだけ、と言ったんだわな。スポーツで大会がありゃ、自分の番のときにゃ緊張するだろう? 同じだわな」


 其処で一旦パイプを口から外し、プルーベリー色の濃い煙を吐き出す。


「日常とも一緒……口に出す事も無いのに、長々くっちゃべる奴がいねーのと同じでな。結局の所どんな事だって、極論つき詰めりゃ『話すも黙るも空気次第』ってのだろうよ」
「……ふふ」


 その微かな声にキリトは思わず目を傾ける。
 今の今まで不機嫌面しかしてこなかったアスナが、グザの発言で少しばかり笑ったのだ。
 彼にしてみれば、驚くべき事なのだろう。


「おや、何か可笑しい事言ったかい?」
「だって、この世界は究極の非日常なのよ? なのにそんな中で “日常と同じ” って言ったから、つい」
「ヒハハ、なるほど……だが、日常にもなるだろよ? 何せボス攻略は一回ポッキリじゃあねーわな。なら強制的に日常に引き上げられる日も、そう遠くない内に来ちまうやね」
「確かにな」


 グザの言葉を引き継ぐ形で、キリトもまた喋り出す。


「此処に来るまでもう丸々四週間はかかってる。攻略そのものとくれば最低でも二、三年は覚悟した方がいい。其処まで続けばグザの言う通り、流石に非日常も日常になるさ」


 二人の言葉を耳へ入れたアスナは、表情こそ余り変わらぬもまたも黙る。

 衝撃を受けたのだろうか、それとも絶望を感じたか……逆に、諦念が心に生まれたのか。


「……強いのね、あなた達……。この先の見えない虚ろな世界で、何年も戦って生き続けるなんて……私には死ぬ事よりもずっと怖く思えるわ」
「上層にたどりつければ、もっとすんごいお風呂だってあるのになぁ~」
「! ほ、ほんと?」


 条件反射の様な物だったのだろう。
 先まで暗い空気を漂わせていたアスナが、思わず顔を輝かせて訊き返してしまい、羞恥に顔を赤くして今度こそをソッポを向く。

 グザの方へチラと視線を傾ければ、下へ向けた顔とヘアバンドにも似た頭装備、そして影の所為で表情こそ見えにくいが……目に見えて肩を震わせていた。


「ク、クククッ……ククヒヒヒィ……ッ」
「この……っ!」


 遂には微かな、堪えた笑い声まで聞こえる始末。

 より顔を真っ赤に染めたアスナは、問題を起こした張本人であるキリトへ詰め寄る。


「あなた思いだした、わね? ……腐った牛乳、ホントに一樽分飲ませるからね」
「なら、せめて今日生きて帰らないとな」
「ブフッ! クハァヒヒハハハ! ヒヒハハハハハァ!」
「~~~っ!」


 キリトのニヤリとして告げられる皮肉で睨みを躱され、グザにも我慢出来ないばかりにと大声で笑われて、結局アスナは益々顔をトマトの様にしてしまうのであった。

 
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