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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第十九話 それぞれの戦後(その1)

帝国暦487年  1月19日  フォルセティ  エルネスト・メックリンガー



「どうやら我々に気付いたようですな」
「そのようですね、しかしもう遅い……」
公の言葉に頷いた、確かにもう遅い。戦術コンピュータのモニター、正面のスクリーンには何とかこの事態に対応しようとする反乱軍が映っている。

最後尾の小部隊、おそらくは反乱軍の総司令官が率いる部隊だと思うが懸命に陣形を変えこちらに向き直ろうとしている。少しでも敵を食い止め味方を撤退させようというのだろうがもう間に合わない、今からでは混乱に拍車をかけるだけだ。かえって事態を悪化させるだけだろう。

そして前方にいる三個艦隊は慌てて後退を始めようとしている。しかし前方からイゼルローン要塞駐留艦隊、ワーレン、ルッツ艦隊の攻撃を受け思うように後退できずこちらも混乱している。しかも後方には総司令官の部隊がいる、思うように後退も出来ない。

「妨害電波を出しますか?」
気付かれた以上、もう隠密行動は必要ない。それよりも敵の通信網を如何すべきか、奇襲は成功しているし、敵の別動隊が有るとも思えない。妨害電波は必要ないようにも見えるが……。

「その必要は有りません。我々はこのまま前進し一撃で最後尾の艦隊を撃破します、その後は前方の三個艦隊を後方より攻撃しつつ右へ移動してください。それで相手は潰走する筈です」
「了解しました」

後方は遮断しない。正しい判断だ。味方は一万五千、反乱軍は最後尾の艦隊を除いても四万隻以上あるだろう。下手に後方で退路を遮断すると潰走する敵艦隊に飲みこまれかねない。そうなれば艦隊としての行動など何も出来なくなるだろう。こちらも一緒に潰走という事になってしまう。右へ右へと移動し敵が敗走したら後方、或いは斜め後方から反乱軍を攻撃した方が良い。十分に損害を与えられるはずだ。

「反乱軍、射程距離内まであと十秒!」
オペレータが興奮した声を上げる。勝利が間近に有る事を確信しているのだろう。公に視線を向けると微かに頷いた。

「全艦、砲撃戦用意」
私の声とともに公が右手をゆっくりと上げる。その手が振り下ろされれば攻撃だ。艦橋の空気が緊迫した。一、二、三、……僅かな間が有ってオペレータが甲高い声を上げた。
「完全に射程距離内に入りました!」
その声が終わる前に公の右手が振り下ろされた……。



帝国暦487年  1月27日  オーディン 新無憂宮  オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク



エーリッヒが出征して既に二ヶ月が過ぎた。あと十日もすれば三か月だ。もう既に反乱軍と接触はしているだろう。ある程度の戦闘も行われたに違いない。一体どんな状況なのか、……もどかしい事だ。

アマーリエもエリザベートも最近では沈みがちだ。以前は食事の時にエーリッヒはどうしているかと話題になったがここ最近ではむしろ避けるようになっている。かなり心配している。

やれやれだ。軍人の夫など持たせるべきではないな。いや、まだ夫ではなかったか。何とか上手く切り抜けて欲しいものだが……。そんな事を考えながら新無憂宮の廊下を歩いていると声をかけられた。

「ブラウンシュバイク大公、如何されたかな、浮かぬ顔だが」
「おお、リヒテンラーデ侯か」
「察するところ、養子殿の事か」
目の前で国務尚書リヒテンラーデ侯がニヤニヤと笑っている。相変わらずの悪相だな。

「折角迎え入れた養子なのだ、心配するのが当然であろう」
「まあそうだな」
「国務尚書にも無関係とは言えないはずだが」
政府、軍部、ブラウンシュバイク、リッテンハイム、その四者協力の一環としてあの男が当家の養子になったのだ。ニヤニヤ笑う事ではあるまい。

「確かに、どうかな、私の執務室に寄って行かぬか。少々話したい事も有る」
「ふむ、分かった、寄らせてもらおう」
二人並んで新無憂宮の廊下を歩いていると貴族や宮中の職員が挨拶をしてきた。どういう訳かその連中の顔がこちらを笑っているように見えた。わしがエーリッヒを心配している事を笑っているのか……。馬鹿げている、気のせいだ……。

国務尚書の執務室に入るとリヒテンラーデ侯がグラスとワインを取り出した。
「良いのか、昼間から酒など」
「たまには良かろう、大公にはこれが必要なようだ」
「ふむ」
気遣ってくれているのか、珍しい事も有るものだ。

リヒテンラーデ侯がグラスにワインを注ぐとわしに手渡した。
「それに祝うべき事も有る」
「祝うべき事?」
「グリューネワルト伯爵夫人が懐妊した」
「まさか……」

伯爵夫人が懐妊した? 生まれてくる御子が女子なら良い。それが男なら……。考え込んでいると笑い声が聞こえた。リヒテンラーデ侯が可笑しそうに笑っている。

「?」
「許せ、伯爵夫人の懐妊は嘘だ」
「嘘?」
わしの問いかけにリヒテンラーデ侯が頷いた。嘘か……、とんでもない老人だな、わしを騙すとは。睨みつけたが侯は笑い続けている。

「祝うべき事は別にある。先程軍から報せが有った。遠征軍がイゼルローン要塞に戻った。大勝利を収めたそうだ」
「ほう、そうか」
「うむ、祝うべき事であろう」

確かに、祝うべき事だ。だがそれ以上にホッとした思いが有った。
「そうか、勝ったか……」
「エーレンベルク軍務尚書が大公の邸に連絡を入れたのだがな、こちらに来ていると言われたようだ。それで私に報告がてら大公に知らせて欲しいと頼まれた」

「そうか、それは手数をかけた」
「私もなかなか親切な男であろう?」
「確かにそのようだ」
侯が笑い出した。共に笑いながらグラスを口に含む。ふむ、なかなかの味だ、悪くない。

「ところでいささか気になる事が有る」
「……」
どうやら話したい事が有ると言うのはわしを誘う口実ではないらしい。国務尚書は難しい表情をしている。

「反乱軍は五万隻近い大軍を動かしたそうだ」
「五万隻……、良く勝てたものだ」
エーリッヒは二万隻しか率いていない。それで五万隻に勝った。喜びよりも溜息が出た。

「駐留艦隊と挟み撃ちにしたそうだ」
「なるほど……。しかしそれでも劣勢であろう、大したものだ」
「うむ。まあそれは良い。問題はフェザーンから反乱軍の動きについて何の報せも無かった事だ」
「……」

リヒテンラーデ侯がわしを見ている。
「これまで反乱軍が動けばこちらに連絡が有った。少なくとも大規模な出兵に関しては必ず有ったのだ」
「五万隻、少なくは無いな」
「うむ」

反乱軍が大規模な艦隊を動かした、にもかかわらずフェザーンから報せが無い、その意味するところは……。
「卿は偶然だと思うか、リヒテンラーデ侯」
「そうは思えん」
気が付けば身体を寄せ合い小声で話していた。

「となれば故意か……」
「うむ」
「帝国軍の敗北を狙ったという事だな。ここ最近帝国は有利に戦争を進めている。劣勢な反乱軍に力を貸し戦力の均衡を図った。そんなところであろう」

リヒテンラーデ侯が首を横に振った。
「それだけではあるまい。奴らが狙ったのは大公、卿の養子殿かもしれん」
「……」
わしが口を噤んでいるとリヒテンラーデ侯が言葉を続けた。

「連中、我らが手を組んだ事を危険だと思ったのではないかな。それで潰しに来た」
「その手始めがエーリッヒか」
「手始めと言うより、公が狙いだったのではないかと私は思っている」
「……」

「先日のコルプト子爵の一件、綺麗に片付けたからの。軍だけではなく宮中でも力を振るい始めた、そう思ったのかもしれん。このまま放置しておけば厄介な存在になるとな」
「それで故意に情報を流さなかった」
「うむ、戦場でならフェザーンは自らの手を汚さずに済む」

戦死ではなくとも敗北すれば政治的な地位は沈下する。それを狙った可能性も有るだろう。だがエーリッヒはその罠を見事に凌いだ。目論見を外されたフェザーンはどう出るか……。
「これからもフェザーンはエーリッヒを狙うであろうな」
「おそらくそうなるであろう」

やれやれだ。せっかく内乱の危機を防いだと思った。公爵家も滅びずに済むと思った。だが新しい敵が現れたか、狡猾で油断できない敵、フェザーン……。考え込んでいるとリヒテンラーデ侯がクスクスと笑い声を上げた。

「……出来の良すぎる息子を持つと大変だな、ブラウンシュバイク大公」
「からかうな」
「なに、心配はいらぬ。あれは敵に対しては容赦せん男だ。その内フェザーンは思い知るだろう、馬鹿な事をしたとな」
そう言うとリヒテンラーデ侯は大きな笑い声を上げた……。気楽なものだ。



宇宙暦796年 1月27日  同盟軍宇宙艦隊総旗艦ラクシュミ ヤン・ウェンリー



「如何ですか、司令長官は」
「うむ、大分良いようだ。ただ……」
グリーンヒル参謀長が困惑した様な声を出した。三角巾で左手を吊っている姿が痛々しい。もっとも私も頭部に包帯を巻いている。痛々しさは似た様なものか……。

「ただ?」
「……いくらか記憶の混乱が有るようだな。何が有ったか良く分かっていないようだ」
「説明されたのですか?」
参謀長が力なく首を横に振る。

「それは後で良いだろう。今は治療に専念してもらった方が良い。それに説明しても理解できるかどうか……」
「そうですね」
お互い語尾が重い。溜息を吐きながらの会話だ。

「今更言っても詮無い事だが貴官の言うとおり、アスターテ星域で帝国軍が撤退するのを待つべきだった」
「それは……」
確かに今更言ってもだ。溜息しか出ない。

同盟軍は敗れた。損失は全体の三割に近い。艦艇数一万五千隻、将兵百五十万人近くになるだろう。大敗と言って良い状況だ。後方から帝国軍が現れた時、司令長官の直率部隊は懸命に陣形を変更し新たな帝国軍に対応しようとした。前方で戦う艦隊は撤退しようとしていた。しかし、遅かった……。

我々の部隊は急進してきた帝国軍に粉砕された。戦力差が三倍あり不十分な態勢なまま先制されたのだ。持ち堪えることなど出来るわけがない。帝国軍はあっという間に我々を粉砕し前方に展開する三個艦隊に襲い掛かった。

右へ右へと移動しながら背後を攻撃する。後退しようとしていた第二、第七、第九の三個艦隊はあっという間に崩れた。潰走する同盟軍を帝国軍は後方、そして斜め後ろから追撃した。損害の多くはこの時に発生した。

帝国軍が追撃を早い段階で打ち切らなければ損害はもっと大きいものになっただろう。彼らが追撃を打ち切ったのはイゼルローン要塞駐留艦隊を追撃に使う事を躊躇ったからだろう。一時的にしろイゼルローン要塞を丸裸にする事の危険性を考慮したからに違いない。

ドーソン司令長官は戦闘の最初の段階で負傷により人事不省になった。総旗艦ラクシュミは帝国軍の攻撃を受け左舷に被弾、ラクシュミは烈しく振動した。その衝撃でドーソン司令長官は指揮官席から放り出された。

ドーソン司令長官だけではない、グリーンヒル参謀長も私も、いや艦橋に居たすべての人間が衝撃によって席から放り出されただろう。だが司令長官は運が悪かった。放り出された時、頭部を強くテーブルに打ちつけたらしい。そして床に倒れたドーソン司令長官の上に同じように椅子から放り出された士官が倒れ込んだ……。

倒れ込んだ士官によって激しく胸部を圧迫された司令長官は肋骨が二本骨折、そのうち一本の肋骨が肺に突き刺さった。他にも腕や足に損傷を生じている。幸いなのは頭部への打撃で意識が無かった事だ。痛みを感じる事も息苦しさを感じる事も無かっただろう。

「ブラウンシュバイク公か……、容易な相手ではないな」
「はい」
「政府も今回の敗戦でその辺りを理解してくれるといいのだが……。彼の相手をするのは簡単な事ではない」

グリーンヒル参謀長のいう事は分かる。次の司令長官の件だろう。今回の敗戦でドーソン司令長官が更迭されることは間違いない。理由は病気療養だろう、全治に三カ月はかかるだろうと軍医は診断している。政府としても更迭しやすいはずだ。

問題は次の司令長官が誰になるかだな……。出来ればシトレ元帥に司令長官になって貰えればとは思うがトリューニヒト国防委員長がどう思うか……。今回の一件で凡庸な指揮官を司令長官に据えるととんでもない事になると理解してくれるとよいのだが……。




 
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