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ピエロの仮面

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5部分:第五章


第五章

「よかった、外れました」
「本当だよ、外れてよかったよ」
 男の子だけでなくおじさんもまたほっとした言葉を出していた。
「この仮面はね。一度着けたらお札を貼らないと動きが止まらなくなるんだ」
「そうだったんですか」
「それに外れなくなるしね」
 このことは男の子は今よくわかった。
「だからね。僕は絶対に着けないんだよ」
「呪いか何かがかかってるんですか?」
「うん、実はそうなんだ」
 難しい顔をして男の子にまた述べた。
「実はね、もう何百年も前にできた仮面で」
「何百年ですか」
「確かイタリアのマントヴァの方だったかな」
 首を傾げながらイタリアのある街の名前を出した。
「そこで作られたらしいんだ。せむしの道化師が着けていてね」
「せむしって何ですか?」
 これは男の子の知らない言葉だった。目をしばたかせてそれが何か尋ねてきている。
「それって何ですか?」
「ああ、最近の子は知らないんだ」
 おじさんは男の子の少しきょとんとした言葉に顔を向けたのだった。
「せむしって何なのか」
「それでなになんですか?本当に」
「背中がね、丸くなって出ている人のことなんだよ」
「それをせむしって言うんですか」
「そうなんだ。まあ今は使わない言葉だけれど」
 だから今の子供はノートルダムのせむし男と言われてもわからないのである。
「昔はそうした言葉もあったんだよ」
「そうだったんですか」
「そうなんだ。その人はね、一人娘を失ってとても嘆き悲しんだ人で」
 おじさんはそのせむしの道化師のことも語るのだった。
「その呪いが乗り移った仮面らしいんだ」
「この仮面がですか」
「そう。だから着けたら誰でもすぐに道化師になれるけれど」
「お札じゃないと外れないんですね」
「そうなんだ。だから僕は絶対に着けないんだ」
 おじさんは強張った顔で男の子に答えた。
「絶対にね」
「それがこの仮面なんですか」
「普段はお札を貼ってるんだけれど」
 おじさんの言葉がここで残念そうなものになった。
「外れてしまったんだね。それで君は」
「すいません」
「いや、謝らなくていいよ」
 先程の話に戻ったがそれはいいというのだ。
「それはね。いいから」
「そうなんですか」
「確かにあの仮面は呪いはあるけれど」
 このことを言ってからだった。
「それでもね。お札でそれは取れるものだし」
「それでも何かあるんですね」
「さっき言ったけれど。ピエロはすぐになっちゃいけないものなんだ」
 おじさんが言いたいことはこれだったのだ。
「すぐにはね。なっちゃいけないものなんだよ」
「それはどうしてなんですか?」
「何でもそうだけれど努力してなるものだからなんだ」
 だからだというのである。
「だからね。あの仮面は被ったら駄目なんだよ」
「それでですか」
「うん、ピエロになるには毎日毎日練習して」
 おじさんは真面目な顔で男の子に語る。
「そのうえでなるものだからね」
「だからあのお面は」
「そう、だからこそ着けちゃいけないんだ」
 呪いがある以前にということだった。
「ピエロになる為にはね」
「そしてピエロになる為には」
「僕はね、今でも毎日練習しているんだ」
 おじさんはここでこう語るのだった。
「毎日ね。そうしてピエロになっているんだよ」
「あの動きもお化粧もですね」
「それでいいかな」
 優しい声になって男の子に尋ねてきた。
「それで。毎日練習してそれでピエロになりたい?」
「はい」
 男の子はあらためて頷いたのだった。
「まだよくわからないですけれどそれでも」
「そう、それでいいんだよ」
 おじさんは男の子の言葉に満面の笑顔になった。温厚な顔がさらに穏やかなものになっていた。
「それでいいんだよ。それじゃあね」
「それじゃあ?」
「僕はもうちょっとしたらこの街を後にするけれど人を紹介してあげるから」
 こう言うのであった。
「その人に教わって。そして素晴らしいピエロになってね」
「毎日練習してですね」
「そう、毎日ね」
 優しい微笑みと共の言葉だった。
「頼むよ。いいね」
「わかりました」
 男の子は強く誓うのだった。本当に毎日練習してそうしてピエロになることに。何かになる為には毎日努力をしなくてはいけない、それが男の子にもわかった、その時にわかったのだった。


ピエロの仮面   完


                    2009・6・5
 
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