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竜騎を駆る者

作者:副隊長
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2話 行軍と思惑

 王から合同訓練の話を聞いてから、十日ほどが経った。正式な書簡として、訓練の日程が通告された。日程は五日後、前線に近い、レイムレス城塞近郊の平地で行われることになった。レイムレス要塞自体は、山岳地帯にあるが、平地が無いと言う訳では無かった。とは言え、山を駆ける訓練を重点的に施すには、もってこいだろう。
 レイムレス要塞と言えば、元々はメルキア軍の拠点であった場所だが、先の戦より少し前に奪回された場所であった。つまりは、ある意味古巣ともいえる場所であった。そのような場所で、降将である自分の力を試されると言うのは、妙な気分であった。無論、そのような場所で訓練が行われる理由は想像できた。
 王以外にも、この訓練には三銃士が参加すると言う話を聞いていた。流石に軍を統括する三銃士が、新兵を率いて戦うと言う事はしないだろうが、この後もメルキア軍との戦が続くために、兵士の錬度を確認しておきたいと言ったところだろうか。
 戦況は、ユン・ガソル軍が優勢であると言えた。先の奇襲によりメルキア軍を潰走させた後、メルキア軍東方元帥である、ノイアス元帥が戦線から姿をけし、今まさに東方の都であるセンタクスを攻め落とすのには絶好の機会となっていたのだ。その準備の為にも、前線が近い方が都合がいいと言う事だったのだろう。場合によっては、即座に戦力とされる可能性も考えられた。とは言え、自分が対センタクス戦に起用されるとは到底思えないが。

「しかし、将軍、五日で行軍しろとは、王も無理をおっしゃいますね」
「試されているのだろう。王と言うよりは、それ以外のものに、な」

 副官であるカイアスが、呆れたように言った。現在地から予定の場所までは騎馬隊の平均速度で駆けたとしても、普通に行軍すれば七日ほどは必要な位置にあった。それを五日で来いと言うのである。明らかに無理だと思われる通達であった。メルキア帝国の降将である自分が、どのような言い訳をするのか見たいのだろう。

「とは言え、頭から無理と決めつけている者たちに、一泡吹かせるのは愉快だと思わんか?」
「できれば、痛快でしょうね」
「今の麾下ならば、できない事は無い」
「無理では、ありませんね。強行軍の経験を積ませるのに、もってこいかと思います」

 とは言え、自分とてこれまでの間何もしてこなかったわけでは無かった。どうせ面倒なことになるだろうと、いくつかあたりをつけ、準備をしておいたのだ。出立する為の準備はとうにできている。
 自分はまだ、ユン・ガソルの領土に土地勘は無い。何人かの住民に前金を渡し案内役として雇っておいた。ソレにより、どの地域に行っても間道を用い、通常の行軍より早く移動できると言う状態にしておいたのだ。
 何よりも、念入りに鍛え上げた麾下は、通常の騎馬隊よりもさらに早くなっていた。騎兵の最大の武器と言うのは、その足であり、勢いである。兵個人の強さを上げるのにはそれ相応の時間がかかるが、全軍で疾駆したときの馬の脚は、まだまだ余裕があったのだ。それ故、どれだけ駆けても隊列が乱れないようにするための訓練に、重点を置いていたのである。速さは、かなりのモノになっていた。行軍速度だけならば、ユン・ガソル最速だと言う自信があった。それぐらいの仕上がりになっていたのだ。しかし、まだ満足はできたわけではない。自分の理想とする麾下とは、ほど遠い。
 さらに言えばレイムレス城塞付近に入れば、あとは自分の庭のようなものであった。元々はメルキアの領土であった場所である。それ故、何処を駆ければ最も早いかと言うのは直ぐに見当がついた。それらを考慮して、十分に辿り着ける。そう、思った。

「全軍に通達。これより、出立する。ただちに、集まれ」
「はっ」

 その為、直ぐに麾下を集める事にした。





「以前から伝えていた合同訓練の為、今よりレイムレス城塞に向かう」
「はっ」

 全軍を集め、要点だけを告げる。麾下である兵士たちは、これまでの調練から自分の人となりを学んだのか、余計な事を口に出さず、ただ黙って聞いていた。良い具合に仕上がってきている。そう、思った。命令を忠実に遂行する。精強な軍を作るには、何よりも大事な事であった。

「しかし、まともに進んだのでは、刻限通りに辿り着く事はできないだろう。それ故、これは戦だと思え」
「夜間での行軍も想定している、と言う事だ」

 自分の言葉に、副官であるカイアスが補足を告げる。それにより、僅かに動揺が広がるも、直ぐに収まった。兵士の心を良くつかんでいる。そう思った。今はまだ、自分達の指揮官がどれほどの腕か解りかねているため、どちらかと言えば直接調練を施した時間が長いカイアスの方が人望はあったのだ。

「出立をする前に、皆に渡しておくものがある」

 頃合いか。そう思ったところで告げる。兵は皆、漆黒の具足を身に纏い、その場に待機をしている。自分も、兵士と同じ漆黒の具足を身に纏い、その上から指揮官らしく外套を纏っていた。
 黒は、夜間での行動をするに有利な色であった。夜襲などの際、夜が味方をするのである。しかし、漆黒の部隊と言うのはユン・ガソルの中では少々異質であったが、自分の存在自体がユン・ガソルでは異端なので、あまり気にはならなかった。
 取り出したのは、真紅の布であった。魔力を用い編まれた、特殊な物であり、それを一人一人の兵に与えた。自身が使う補助の魔法を受け取る媒体であった。これを身に着ける事で、我が軍の一員と言う事を区別すると同時に、魔法発動後の受信機ともなるのである。そして、赤と言うのに拘りがあると言う王の言を尊重し、真紅の布と言う形で皆に渡した。この布一枚一枚が、高価な物であった。
 それを首に巻き付け、告げた。

「これよりお前たちは、真の意味で我が麾下となる。その名に恥じぬ働きを、期待している」
「応!」

 辺りに声が響き渡った。ある種の儀式ともいえるこの行動で、一体感がさらに増した。そう思った。

「では行こうか」
「此れより出立する。皆の者、遅れるなよ!」

 カイアスに短く告げると、声を上げた。それで、軍は一つになる。
 こうして、野営地を後にし、合同訓練の行われる地に向かい、駆けた。黒の中で光る、真紅。風を受け靡いていた。





「ギュランドロス様。なぜあのような男を引き入れたのですか?」
「はっは。またそれか、エルミナ。一軍を任せるに足る才を見た、と言っているじゃないか」

 合同訓練が行われる、レイムレス城塞の政務室、ギュランドロスと三銃士が揃い話をしていた。三銃士と言うよりは、エルミナ・エクスが、一人ギュランドロスに文句を言っていると言う形である。ギュランドロスはまたそれかと、めんどくさそうに応じる。傷付き倒れ伏す敵将を引き入れると決めたときから、何度も言い聞かせたことであった。

「しかし、彼の者はギュランドロス様の命を狙ったんですよ! 先の戦いでは、メルキア軍に所属していて、私たちを襲った相手です。そこの辺りをきちんと解ってるんですか?!」
「ああ、わかってる、ちゃーんとわかってるよ。あいつは俺たちの布陣を突き崩した張本人だよ。本来負けるはずが無かったあの戦での敗北は、いわば奴一人の為に起きたもんだ。だからこそ、その力が欲しいんだ。今の俺たちじゃ、メルキア帝国に負けない事はできるが、勝ち切る事ができるかは微妙なところだ。それ故、使える人材はいくらでも欲しい。あれほどの大才ならば、喉から手が出せそうだぜ!」

 口うるさく諌言するエルミナを、ギュランドロスは落ち着いた声音で諭す。既に決定した事項であるし、覆すことはできない。だが、それでも口うるさくしてしまうのはエルミナがギュランドロスを、ひいてはユン・ガソルの事を本気で考えている証しだった。どこか、不器用な女性騎士の姿に、ギュランドロスは僅かに笑みを零す。良い部下を持ったのである。

「しかし、私は納得できません」
「む、しかしもう決まったことだ。それを掘り返すのは女々しいぞ、エルミナ。まるで女みたいじゃないか」
「……ギュランドロス様、私は女です」

 エルミナは、不機嫌そうに答える。誰だって、女性が自分の事を女じゃないと言われれば、不機嫌にもなるだろう。

「だっはっはっは、わかってるさ。少し茶化しただけだ」
「……殴っていいですか?」

 心底楽しそうに笑うギュランドロスに、エルミナは少し引きつりながら答える。根が真面目なエルミナは、何時もギュランドロスに翻弄されるのである。

「おまっ、小粋なジョークだと言ってるだろ! なぁ、パティ」
「そこであたしに振るんだ。うーん。どっちかと言うと、あたしはギュランドロス様が無神経だと思うなぁ」
「ぐぬぬ、俺様では無く、エルミナを援護するとは酷い奴だ。三銃士であるならば、俺様の肩を持つべきだろうに」

 助けを求めるように三銃士の一人、パティルナ・シンクに話を振るが、あっさりと裏切られる。どちらかと言えば、パティルナはギュランドロスの様に快楽主義的な面もあるが、直前に行っていた会話が会話である。擁護のしようもない。苦笑しながら告げるパティルナに、ギュランドロスは不満そうに声を上げた。とはいえ、本気で怒っているわけではない。

「あらあら、まあまあ。もう、あんまりエルちゃんやパティちゃんに無理言ったらだめですよ」
「そうですよ、ギュランドロス様はもっとデリカシーとか、思慮とか、部下に対する思いやりとか、その他諸々を持ってください!」
「うわぁ、エル姉、ここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らしてる。まぁ、あたしもちょっとぐらいは直した方がいいとは思うけど」

 そこで、窘めるように三銃士の最後の一人、ルイーネ・サーキュリーが、口を開く。ギュランドロスの妻でもある彼女は嫋やかな笑みを浮かべ、あらあら駄目よ、と窘めている。それで我が意を得たと持ったのか、エルミナが一気に畳みかける。パティルナも苦笑しながら同意する。

「むぅ……。ここには俺の味方はいないのか。なんてこった、俺の周りにはこんな薄情な奴等ばかりだったのか!」

 当のギュランドロスは、そんな事を言いながら、おうおうと嘆く。無論、見るからに演技であり、ワザとやっているのが誰の目にも明らかである。

「と、まぁ、馬鹿な事はこれくらいにしておくとして、気に入らないと言うのならば、試してみると良いぞ」
「え? 試すとは?」

 唐突に、嘆くのをやめ、ギュランドロスはエルミナに告げる。当初は張りつめた様子だったエルミナも、いつの間にか毒気を抜かれて、つい問い返してしまった。計画通りと言わんばかりにギュランドロスの口元が吊り上がった。

「丁度、合同訓練をやるんだ。俺が命を助けてまで使おうと思った男の実力を、その目で確かめてみると良い」
「え、あ、はい。確かに良いかもしれません。使えない男だったなら、即座に遠ざけるなり、どうとでもやりようはありますからね」
「おう、そう言う事だ。エルミナが判断するって言うのなら、俺様も安心ってもんだ」
「また、調子の良いことを。でも、良いです。私が、確かめます!」

 ギュランドロスの言葉に、エルミナもやる気になったようで、静かに闘志を燃やす。もし相応の実力を示せないならば、追放なりなんなりしてやれば良い。そう思っているのである。そんなエルミナの様子に、ギュランドロスはにやりと笑みを浮かべる。

「ねぇ、お姉さま。エル姉、見事に乗せられてるよね。元々取りつく島もない感じでギュランドロス様に噛みついていたのに、いつの間にか試してみる事になってるし。まぁ、あたしとしては、うちの軍に奇襲してきてギュランドロス様まで迫った男って言うのに興味があったから、そいつをエル姉が直々に試すって言うのなら、それはそれで良いんだけど」
「あらあら、パティちゃん、それはエルちゃんには言っちゃだめよ」
「うん」

 残った二人は、ギュランドロスの意図に気付いていた。ギュランドロスは何時もふざけている様に見えているが、実に巧みに相手を乗せる事で、相手も気付かないまま、相手の意思を自分の意に沿う形に動かしてしまうのだ。そう言うところは流石に王と言ったところで、真意にエルミナに悟らせず、自分の欲求も満たす。尤も、エルミナは普段はしっかりしているが、どこか抜けているところがあるので、気付かないだけかもしれないが。

「ふふ、私が見極めてあげます」
「おう、頼んだぜ、エルミナ! お前が直々に試した結果なら、誰も文句は言わねぇからな」
「はい、任せてください!」

 試して化けの皮をはがしてやればいいと、自分の中で結論を出したエルミナに、ギュランドロスは笑顔で声をかけた。それに、エルミナは凛々しく答える。かみ合っているようで、かみ合っていない二人にルイーネは何時もの如く、あらあらと嫋やかな笑みを浮かべている。そんな皆の様子に、パティルナ苦笑を浮かべた。





「原野を駆ける我らが意思に、竜をも破る峻烈なる加護を」

 左腕。義手している手で魔剣を持ち、魔法を発動した。漆黒の騎馬隊が紅を靡かせ、駆ける。自身が麾下に与えた、真紅の布が淡く光を放ち、全軍に加護を授けているのが、良く解った。
 その行軍速度は、ユン・ガソルの騎馬隊のどれと比べても、速く、ただ闇夜の中を月明かりに照らされて駆け続ける。新兵とは思えない速さであるが、この程度の速さは出して貰わなければ困る。まだまだ発展途上であり、目指している力量には程遠い。
 馬が潰れないぎりぎりのところを、昼夜を問わず進んだ。指揮官として、補助の魔法を発動し、その加護を以て馬と兵の負担を減らし、一心に目的地に向かう。これは訓練では無く、戦なのである。そう思った。
 流石に丸一日駆け通すと馬はつぶれてしまうため、駆け通すことはできないが、それでもありえない速度で目的地に向かっていた。奇襲をするのは、相手の意表を突くのが肝要である。そういう意味では、確かに戦であったのだ。王の想定以上の速度で進んでいるのだ。

「この速度ならば、今日一日ゆっくり進んだとしても、充分たどり着けますね」
「だろうな。だからこそ、趣向を凝らしたい」

 三日目の深夜であり、もう目的地は目と鼻の先であった。今休息をとったとしても、昼までにはゆうに辿り着ける場所にいた。

「と言うと?」
「調練に来た部隊を、出迎える」
「おお、それは確かに面白そうですね」
「戦では、相手の意表を突くのが最も単純で効果がある。合同訓練が始まる前に、奇襲をかけるのは面白いだろう」
「やりましょう」

 カイアスに告げると、目を輝かせた。軍属では、娯楽は少ない。それ故、自分たちより上の者を驚かしたりすることが、密かに流行っているのだ。ちなみに驚かすと言うのは、驚嘆させると言う事であり、無礼を働く事では無い。
 
「では、あと少し、駆けるぞ」
「はい」

 夜。月明かりのもとで、何と言う事の無い悪だくみの計画を立てる。悪だくみと言うよりは、自分の麾下の実力を示すだけなのだが。恐らく、王やその他の人間は我らが時間通りに辿り着く事は無いと踏んでいるだろう。それ故、その予想の斜め上を行く。それは、とても魅力的な事に思える。
 ふと、天を見上げた。頭上には赤と青の月が優しく輝いている。美しい、ただ、そう感じた。馬蹄が響き、馬が嘶く。愛馬が鳴いたことで、意識を行軍に戻した。陽の光の下では無く、月明かりの下で闇を駆ける。自分たちにはそれが似合っている。己が身に纏う漆黒の鎧を一瞥し、そう思った。



 
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