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竜騎を駆る者

作者:副隊長
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1話 調練

 騎馬が駆ける。未だ上手く軍馬を乗りこなせず、前に出過ぎる者や、逆に遅れてしまうものなどが多く、とても騎馬隊の行軍とは思えない光景であった。それを眺めつつも、ただ駆けさせる。最初から、見事に隊列を組んだ行軍など期待していない。皆、新兵だったのである。故に、唯駆けさせ、ひたすら馬の扱いに慣れさせることから始めた。

「しかし、新兵のみの部隊とは」

 生き残った麾下の一人が傍らに立ち、吐き捨てるように言った。名を、カイアスと言った。自分よりも2歳若い男であった。
 自分の麾下だったものの大半は討ち取られていたが、幸いにも数人だが捕虜となって居たのである。それを王に願い出て、直属の部下にしてもらったのだ。その中でも、尤も使える者を副官とした。凄絶なまでの敗戦を生き残ったものである。頼りになる副官であった。

「構わんさ。寧ろ、既存の兵の様に調練の先入観がない分ありがたいぐらいだ」
「それは言えていますね。将軍の調練は、何処と比べても明らかに辛いと思います」

 眉を顰めて言う副官に、何でもない事のように告げると、苦笑しながら同意された。今は、馬の扱いに慣れるように勤めているためそれ程でも無いが、本格的な調練が始まれば何人か死ぬかもしれない。漠然とだが、そう思った。死の一歩手前まで行く調練。それを施すつもりなのである。死線を超えたその先の兵を、求めていた。
 兵の数は、200名程であった。将軍と言うには明らかに少ないが、降将であり、ユン・ガソルでの実績は何もなく、元メルキア所属と言う事で、恨まれているだけなのである。直属の兵士がもらえただけでも御の字だろう。
 兵士はすべてが徴発したばかりの新兵であり、錬度は皆無だった。だが、ユン・ガソルと言う国の特性上、兵士達の士気は高く、皆、やる気に満ち溢れていた。国民の王に対する心服度は、目を見張るところがある。此れならば、自身の求める軍が作れる。そう、確信した。

「お前から見て、どんな感じだ?」

 副官に、麾下となる新兵の様子を訪ねる。自身で見て、評価は既に下しているのだが、他人から見た評価と言うのも知りたかった。

「使い物になりませんね。早く駆けられる者は、ただただ早く駆けているだけで、足並みを揃えると言う事を考えて居ません。遅れているものは、ただただ付いていくのに精一杯と言ったところでしょうか」
「そうだな。だからこそ、鍛えねばならない。頼りにしているぞ」

 辛辣な言葉だった。だが、自分としても同じような評価である。共通の認識として、頷く。麾下となる新兵を精強な騎馬隊に育て上げる。それが自分に課された最初の仕事だった。それ故、開けた原野の一角野営地を置き、調練を行っていた。

「では、俺はもう少し扱いてきましょう」
「ああ、頼む」

 しばらく訓練の様子を眺め、様々な事を話し合っていたが、一区切りがついたので麾下たちの方へ向かっていった。それをただ、見送る。本来ならば、俺も直接調練に加わり、兵士を鍛え上げなければならないのだが、直ぐには無理だった。

「中々、難しいモノだな」

 左手が無かったのだ。先の敗戦で受けた傷が広がり、戦場であったがゆえに、切断しなければいけないほどになっていたのである。意識を取り戻した時には、既に手首から先が無かった。流石にどうしたものかと思ったが、王は既に手は打っていたようで、義手を用意してくれていた。特殊な、義手だった。使用者の魔力を用い、動かす。大雑把にいえばそう言うモノだった。傷もまだ癒えていないが、まずはこの義手を使いこなすのが最優先だった。

「っと、すまない。痛かったか?」

 馬上で、実際に手綱を引いてみる。左手があった時と比べ、力加減が思うようにいかず、馬に痛みを与えてしまった。僅かに頭を引いた。それだけで随分と嫌がっていることが理解できた。即座に力を緩め、馬を楽にする。

「すまない。まだコレに慣れないうちは、何度かあるかもしれないが、我慢してくれるとありがたい」

 一度馬から降り、その毛並みを撫でながら呟く。馬自体は、素晴らしい馬であった。ノイアス元帥に仕えていたころの馬と比べると、良く駆け、良く耐える。疾駆したときの速度など、他の追随を許さない。そんな名馬と言っても良いような馬だった。その馬が、手綱を引かれていやがったのである。つまりは、自身の手綱捌きに問題があったと言う事である。
 原因はすぐに分かった。義手、である。単純に、まだ慣れてはいないのだ。それ故、馬にはすぐに伝わったのである。名馬であるがゆえに、手綱には厳しかった。

「まずは焦らず、慣れる事か」 

 呟く。原因は良く解っている。慣れなのだ。それは様々な事を行い、手の動かし方を経験するしかなかった。繊細な動きをするにはまだ暫くかかるかもしれない。そう思うと、自分の不甲斐なさにため息が零れた。
 とは言え、自分は指揮官なのだ。本格的な調練を行うまでには、何としても以前の水準を取り戻す必要があった。指揮官が水準以下となっては、兵の錬度に大きくかかわるのだ。しばらくは副官に任せるつもりであるが、できる限り早く仕上げなくては。そう、思った。






 調練をはじめ、1週間がたった。今では形としては、騎馬隊の格好ができるようになっていた。突出しすぎる者は無く、皆足並みを揃え駆けている。そこから、暫く駆け、不意に二つに隊を別け、その後四つの隊に別れる指示を出す。一瞬、足並みが止まりかけるも、何とか隊列を組み直した。まだ、咄嗟の指示に迅速に従う事はできない。だが、新兵にしては及第点と言ったところであった。

「調練は進んでいるようだな」
「はい。今はまだもたつきますが、何れはそれも無くなりましょう。皆、思いの外物覚えが良く、貪欲です」
「そうか。ならば暫く、任せるぞ」
「はい」

 副官に調練の指揮を任せ、自身は愛馬となる馬に向かう。そのまま少し声をかけ、鐙に足をかけ、その背に乗った。そのまま手綱を取り、ゆっくりと駆けだす。暫し、ゆったりと駆け続けた後、順を置いて速度を上げていく。やがて、速度も高まり、疾駆しているのと同程度の速さになった。そのままさらに速度を上げ、調練中の部隊の前方にでた。

「カイアス! そのまま疾駆!」

 駆けながら叫んだ。こちらの意思を汲み取ったのだろう、新兵をそのまま指揮し、此方に向かって突っ込んでくる。数の圧力が、生半可では無かった。こちらはたった一人であり、向うは200人程度である。だが、烏合の衆であった。今もまだ、俺の意図に気付かず、ただ駆けている。
 訓練用の剣を抜く。刃はつぶれていた。そのまま突っ込んだ。

「ぐ、あぁぁぁ!!」

 すれ違い様に油断していた二列の兵士を可能な限り撃ち落とした。油断していた者たちは、悲鳴を上げ、馬上から落ちた。悲鳴が上がり、瞬く間に恐慌状態に陥る。カイアスの周り以外は、隊列が見事に崩れていた。それを横目に駆け抜け、再び全軍の前に立った。

「今のが、馬上で攻撃されると言う事だ!!」

 カイアスが叫んでいた。事前に知らせずに仕掛けたが、此方の意を理解して兵に何も伝えなかったようである。それ故、何の警戒もしていない騎馬隊を良いように乱すことができた。

「今のお前たちでは、将軍ただ一人にすら一角を簡単に崩される。このような体たらくでは、使い物にならん! これより先の調練では、一切油断するな。油断は死に繋がると思え!」
「はい!」

 どこか、弛緩していた雰囲気が消えた。調練に慣れた。そこから来る弛みを打ち消したのである。これで、より強い兵ができる。兵士たちの間に漂う雰囲気を見て、そう思った。
 左手の調子も、上々だった。まだまだ完璧には程遠いが、以前に比べれば遥かに思ったような動きができ、手綱を操ることができた。ただ、駆けるだけならば、充分に可能だった。このままいけば、何れは両手に武器を持って駆ける事もできるだろう。まだ先の話だが、自由に指揮できるようになる、と言う確信は既に持っていた。ようやく、動ける。そう思った。

「今日から私も直接調練に加わる。今までの訓練とは、同じと思うな。死をも、覚悟しておけ」 
「はい!」

 兵たちの前でそう告げる。先ほどの交錯が、功を成したのだろう。新兵たちから雄叫びの如き声が上がった。お前たちを精鋭に仕上げる。そう、宣言し、調練を開始した。





「おう、ユイン。上手くやっているか?」

 調練に明け暮れ、ようやく騎馬隊として及第点を出せる動きになってきた頃、奴は唐突に表れた。我が主、ギュランドロス・ヴァスガンその人である。

「予想以上、と言ったところでしょうか。王に対する忠誠は大したもので、よく調練にも耐えます。ユン・ガソルは良い兵士となり得る者がそろっていますね」
「ほう、そりゃよかった。今日は様子を見に来たんだが、その感じだと中々上手く行っているようだな。調練の様子を見て行っても良いか?」
「そのような物ならば、いくらでも。しかし、そのまえに兵士たちが食事をとるのですが、どうしますか?」

 軍礼を取り、答えた。
 唐突に表れる人である。事前の連絡など一切なかったため、何の準備もしていなかった。尤もこの人がそう言う事で怒るとも思えないが。
 腰が軽いと言うか、こう言うところがあるから、配下の者は苦労するんだろうな、と思う。俺は軍人であるが故、そこまで負担にはならないが、文官や軍師などは余計な苦労を背負っていそうである。とは言え、こう言う人物なのだとあきらめざる得ないだろうが。
 とりあえず、兵士たちが食事をとっている途中の為、それを中断する訳にもいかないので、王にもどうかと聞いてみる。兵糧など、視察に来た王に出すものでは無いが、他に出せるモノは無い。そもそも調練をしている軍の野営地に、碌なものなどある筈がないのだ。それも王ならばわかっているだろう。何よりもこの人ならば、自分の部下と同じものを食べて、文句を言う訳がないと解っていた。

「おう、貰うぜ! 兵士たちと同じものを頼む」

 予想通り、平然と兵士と同じものを頼んだ。寧ろ、何処となく嬉しそうに見える。この方は王だが、戦場にいる方が性に合っているのかもしれない。そう思った。

「如何ですか?」
「ああ、不味いな。不味いが、うちの連中と食う飯ってだけで悪くはないぜ」

 尋ねると、そう快活に笑った。どこか、惹かれる笑みである。兵士を家族とみる、そう言うところがノイアス元帥にはなかった魅力なのだろう。

「おい、ユイン。喰わないなら貰うぜ?」
「王よ、流石にそれは品が無いですよ」
「くく、いざと言うときは何でも食う軍属が、何をいまさら」
「ソレに関しては、一切否定できないのが、軍人の悲しい性ですな」

 他愛もない話をしつつ、食事をとった。自分以外にも、その辺りにいる兵士を捕まえては声をかける。どこか王らしくない振る舞いだった。だからこそ、誰よりも王らしいのかもしれない。この方を王として良かった。その光景を見て、改めてそう思った。





 小休止を終え、訓練を開始した。王であるギュランドロスさまが、離れた場所から、カイアスと共に軍の完成度を見ている。時折、傍に侍るカイアスに、一つ二つ質問をしているようだが、部隊の指揮をする為、離れている自分からは聞き取れない。カイアスには、調練の補足をさせ、自分が実動と言う形であった。
 周りを見る。王が居るからだろうか、皆一様に緊張していることが感じ取れた。

「焦る事は無い。現時点で自分にできる事をすればいいのだ。いつも通りの調練をする。行くぞ」

 それほど大きな声ではないが、皆に聞こえる程度に声をかけた。それで、僅かにだが緊張がほぐれたようだ。「応!」っと全軍が心を一つにして叫んだ。200名ほどの兵士たちである。戦場で気炎を上げる時に比べれば静かなものだが、それでも相当の声量である。木々が騒めき、鳥たちが羽搏いた。遠くの森から、動物たちの気配が僅かに動くのを感じた。
 左手に持つ剣を天に掲げ、右手にもつ槍を水平に構える。それだけで、音もなく、麾下たる兵たちが二列縦隊になった。速いが、遅い。まだまだ満足のいく速さではないが、それでもユン・ガソルの一般的な騎兵と比べても遜色は無くなってきていた。

「行くぞ」

 声に出し、左手に持つ剣を、振り下ろした。左手の動きはまだ完璧とは言い難いが、指揮するには問題無いほどまで、動くようになってきていた。義手を用意してくれた王には、いくら感謝しても足りないだろう。
 騎馬隊が、歩を進めた。最初はゆっくりと、だが、直ぐに速度が上がり、数舜後には疾駆している。駆けに駆けているのだが、出過ぎていたり遅れている馬は無く、見事に隊列を整えたまま駆ける。やろうと思えば、さらに速度を上げることも可能だが、現状では隊列を整えたまま駆けられるのはこの速度までであった。平均的な騎馬隊と比べれば、僅かに速い。と言ったところだろうか。新兵にしては上出来だが、まだまだ満足できる水準では無かった。

「散開」

 声に出し、同時に手に持つ槍を、再び水平に構える。それで、傍らの兵士が音による合図を出し、軍が二つの意思に別れるかのように左右に別れ、二つの纏まりに変化した。その状態で駆けた後、4つ8つとさらに細かく分かれる。最初のころは指示を出す度にもたついていたものだが、今ではそのような事もなく、変幻自在にその陣容を変える事が出来た。此方もまだまだ満足できるほどでは無いが、及第点は与えられる錬度であった。

「集合」

 槍を天に掲げ、指示を出す。散開していた部隊がすぐさま集まり、再び全軍で隊列を組んだ。予想より、数秒速い。王が見ているから皆気合が入っているのだと、感じた。

「散開、対陣」

 そのまま少しばかり疾駆したのち、再び槍を構え指示を出し、二つに分かれる。そのまま片方の部隊の先頭に立ち剣を掲げ、駆ける。もう一つの部隊は、他のモノに任せ、正反対の方向に駆けた。暫く駆け、ある程度の距離が取れたところで、反転する。見れば、対面にいるもう一つの騎馬隊も、此方に向き始めていた。丁度、左右に軍が解れていると言う格好だった。

「新兵しか与えられなかったのだが、こいつは見事だな。これが、ユインの指揮する騎馬隊か。この動きなら、戦場に出すことを考えても良いかもしれん」
「漸く最低限の動きを覚えただけで、まだまだです。この程度では、将軍は満足されないかと思います」
「そうか。しかし、見事だ。新兵ですらこの動きなんだ。強襲されたとき、止められなかった理由も解る気がする。三銃士の一人が来て、何とか凌いだのだから相当なものだった」
「……恐縮です」

 横目で、王の方を見た。副官のカイアスと何か話しているようだが、此方からは聞こえない。恐らく、麾下の錬度について話しているのだろう。内容までは解らないが、雰囲気から察するに悪い評価では無かったのだと思う。

「行くぞ。味方とは思うな、討ち破るつもりで矢の様に突っ込むぞ」
「応!」

 剣を再び振り上げる。短く麾下に告げ、振り下ろし、駆けた。平野を充分に駆け、勢いを保つ。視界の先には、自らの麾下が見えた。強くなった。そう感じた。まだまだ、鍛錬の余地はあるが、驕りの類などは見えず、皆が皆、油断なく隊列を組み駆けていた。
 ぶつかる。右手に持つ槍と、左手に持つ魔を宿す剣を用い、麾下達と打ち合った。鐙に足をかけているが、それでも両手を離すと安定感は落ちた。それ故、足で馬の腹を締め上げる事で、より安定感を出した。馬は根気よく語り掛けながら、調教をすることで、此方の意思をよく理解することができる名馬だった。それは、戦いの中でも変わりなく、此方の行動から、意思を良く察してくれた。
 そのまま突破と反転を数回繰り返す。刃と刃をぶつけあい、殺す気でやる調練は、それ自体が過酷であり、一歩間違えれば死に繋がるほどのモノであったが、それでも皆、脱落することなく繰り返すことができた。最初のうちは何人もケガをし、時には再起不能になる者もいたが、今ではそんな者も出る事が無くなっていた。皆、死に繋がる一撃と言うのを肌で感じ、解るようになっていたのである。それ故、致命傷になる程の傷を負う者は居なくなっていたのだ。





「見事なものだ、とても新兵とは思えなかった。あれほど苛烈な調練を行っているとは、正直思わなかったぜ」

 麾下に小休止を告げ、野営地に戻ると、王が言った。

「ありがとうございます。ですが、まだまだ鍛える余地はあります。機動力、攻撃力、陣形の習熟度など、どれをとっても精強な騎馬隊とは言えません」
「しかし、一般的な騎馬隊と比べても遜色は無い」
「その程度では精強とは言えません」

 本音を隠さず告げる。自身の求める騎馬隊は、この程度のものでは無かった。どのような相手が敵であろうと、押し負ける事は無く、縦横無尽に戦場を駆け抜け、例え竜が相手でも突き崩せる、そんな部隊を目指していた。

「くく、そうだな。まったく貪欲な奴だよお前は。ならば、近々他の新兵と合同訓練をさせてみようと思うのだが、構わんか?」
「願ってもない事です。兵士たちにとって、自分たちの力が実感できる良い機会となるでしょう」
「決まりだな。追って連絡を入れよう」
「お願いします」

 すぐに話はまとまった。合同訓練をする機会がもらえるのならば、それは有りがたい事だった。相手は誰になるかはわからないが、ユン・ガソルの将である。それを相手に自分の麾下がどこまでやれるか見極める、良い機会だったのだ。自分自身の力を確かめる機会でもある。

「とは言え、此方は新参者だ。相手の胸を借りつつ、可能なら叩き潰しに行こうか」

 静かに呟いた。新参者だからと言って、此方には遠慮をする気持ちは無い。ただ自分の成すべき事を成し、麾下達を信じるだけである。無様な姿だけは見せられない。そう、思った。麾下の訓練を可能な限り施そう。そんな事を思いつつ、訓練の再開の合図を出した。








 
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