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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第186話 届かない言葉




『でねー。リューキ君がいない内に、「魔法スキルあげるんだー! 追いつくんだー!」って頑張ってるんだよ? リタちゃんは!』

 それは、BoB本戦開始4時間前の事。

 和人とも連絡を取り合い、とりあえずかなりの余裕を見て3時間ほど前にダイブしよう、と決めていたのだ。各々の考えや推測、そしてBoB本戦の事、あの死銃(デスガン)の事を打ち合せる為に。死銃(デスガン)、と馬鹿正直なアバター名にしていれば話は早いのだが、あれもそれ程馬鹿じゃないだろう。現実で死に至らしめる黒い銃のカラクリについても、まだ判明しきれていない面が多い。可能性としては、幾つか上がっている。だがどれもが100%じゃない。

 まだまだ、確かめなければならない事がある。……過去と向き合う為に。
 そんな時、だった。

 携帯端末がメロディを奏でた。聞くだけで心が穏やかになる曲が奏でるそれは、心地よい浮遊感さえ感じさせてくれる程だった。

『……安心です。とても』

 隼人の横で見ていた綺堂はそう呟き、微笑んでいた。着信相手が誰なのか、判ったから。……隼人も笑顔を見せてくれたから。


――……本当に必要な時、心が折れそうになった時。大切な人は、意図せず傍に来てくれる、声が訊かせてくれるものだ。


 綺堂は 笑顔で答えている隼人を見て、そしてきっと、電話の向こう側にいる笑顔の彼女を感じて、改めてそう思うのだった。


「ははは……、でも なんだってリタは、そんなにオレと張り合うんだか……な? 魔法の事になると、ほんとに目の色変わるんだから……」

 隼人はそう呟く。

 今考えれば、リタのそれは、SAO時代、それもβテスト時代のキリトの比ではない、と思える。キリトもβ時代は特に張り合ってきていたと記憶しているから。デス・ゲームとなった時は、流石にそこまでは無かったが。

 その愚痴りを聞いたレイナは更に笑う。

『えーだってさー? リュウキ君だけなんだもん。リタちゃんの様に魔法スキルがすっごく高いのは。 私達のパーティって殆ど 戦士(アタッカー)タイプだからねー。 魔法と言えばお姉ちゃんもだけど、お姉ちゃんなんかさ? ヒーラーなのに接近しまくりなんだよ??』
「……まぁそうだな。だけどそれ、レイナが言っていいのか?」
『むーっ、リューキくんっ! それ、ってどーいう意味!』
「聞くって事は判ってるって事、だな? ……そういう意味で間違いないよ」

 玲奈と電話を続けながら、腰を掛ける隼人。
 今、コンバートしている為、隼人や和人が知りえぬ今のALOでの状況を教えてくれているのだ。……といってもまだ数日程度だって思う。だけど、玲奈の話を訊くと 本当に毎日楽しそうであり、とても勿体無い想いも何処かしていた隼人だった。

『あぅ……、もう、リューキくんのイジワル……』
「ははは。 ごめんごめん。でも、レイナはどっちも似合ってるよ。歌う姿も、闘う姿も」
『歌を歌う姿と闘う姿、どっちも同じで似合ってるって言われてもちょっと微妙だよっ!』
「ん。そうか。……なら優雅に、って思えばどうだ?闘う姿も、歌う姿も」
『あ……それ、ちょっといいかも?』

 レイナは声色があっさりと変わった。

 レイナの異名は《バーサクソンガー》、歌う狂戦士。そして、似た者姉妹であるアスナの通り名は《バーサクヒーラー》、狂乱の治癒術士。

 とても、とてーーも、不名誉な二つ名を頂戴していたのだ。2人とも、その名前で呼ばれた時、こうボヤいていた。

『でも、やっぱり閃光の名前の方がまだよかったよー…… ちょっとくすぐったい感じ、したけど、今よりは……』

 苦笑いしながら、そうボヤいていた。

 そんな感じの彼女。でもでも、やっぱりBOSS戦ともなれば、昔の血が騒ぐと言わんばかりに突っ切ってくるから、仕方がないというものだ。昔の血が騒ぐ。……そして、彼らの傍で戦いたい想い。後衛支援組だとなかなかそうは言ってられないから……。

 それは勿論 姉のアスナも同様。同様、と言うよりアスナの方が大分ハッチャけてる、という声もしばしば。やっぱり、姉妹だから仲良く、と言う事だろうか。

『……あ、そうだ』

 レイナは何かを思い出した様にそう声を上げる。隼人は、携帯端末を軽く持ち直しつつ、耳に付け直した。

『その、今日、だよね? その目的のイベントがあるのって』
「……ああ、そうだよ」

 隼人は電話越しで軽く頷いていた。その声色が、僅かだけど変わっている事に、レイナは気づいた。

『……大丈夫、だよね? リュウキ君は、隼人君は……戻ってきてくれる、よね?』

 レイナも何処か胸騒ぎを感じていた様だ。何か得体の知れない何かが、忍び寄ってきている様なそんな気配が。

「……はは、勿論だよ。玲奈の元にも、レイナ達がいるALOにもちゃんと戻る。キリトと2人で。……約束、するよ」

 隼人は、ゆっくりと手を伸ばした。その先にレイナがいる、いる様に感じて、その頬を撫でる様に。

『……うん。待ってる、待ってるよ。 お姉ちゃんや皆と。 隼人君と和人君が戻ってくるのを』
「ああ。戻るよ。早くあの家にも帰りたいから」
『う、うんっ!』

 レイナは、電話の向こうできっと笑顔でそう言ってくれているんだろう。だって、自分自身も笑顔だから。……レイナの事だったら判るから。判る様になっているから。これも、100%

『皆で応援、してるからねっ!』
「……あ、ああ。判った」
『……ん?』

 レイナはこの時、何処か歯切れの悪い返事だな、と思った。
 でも、やっぱり戦いの前だから、と詳しくは聴かなかった。……多分、見たら直ぐに判ると思ったから。何だか楽しそうな事が、ある気がした。

 リュウキにとって楽しいか? と聞かれたら、……判らない。それと同じ、いやそれ以上に不安な所もあるけれど。

 レイナ自身が最後に言う言葉は、決まってる。

『リュウキ君。……頑張ってね!』

 精一杯応援をする事だ。

「……ああ、頑張る」

 リュウキも力強く頷いた。
 本当に、力をくれたから。……離れていても、会えない時もずっと。……ずっと。







 心の葛藤。痛み。……それらに苛まれていたのは勿論隼人だけじゃない。彼の親友であり、あの世界での戦友、和人もそうだった。

 死銃(デスガン)と出会い、かつて自分が斬り捨てた相手を、鮮明に思い出させた。1年もの間、綺麗に忘れていた事を悔いていた。

 和人がキリトとして、あの世界へとダイブする為に、身体を預ける場所は病院。




~千代田区お茶の水病院~


 和人の事、身体を世話してくれるのは安岐ナース。和人が自宅を出る前にメールを入れておいたので、もう昨日と同じ病室で待機していてくれた。

 そこで、和人は身の内を晒した。

 あの時、リュウキの前では飲み込んでしまった言葉を。彼も同じ想いをしているから。それは共有するものではない。


――……甘えてはいけない。自分よりも深い闇を抱えている男に。


 和人の中ではそういう想いもあった。
 言えば、きっと隼人は怒るだろう。……それでも、そう思ってしまうのは仕方がない事だったんだ。これまで、何度も救ってくれているから。それもお互い様だ、と言われるかもしれないけれど。とどのつまり、和人も隼人も想いの根幹は同じ方向に向いているのだ。

「オレは、とんでもない人でなし、なんです」

 和人は安岐にそう告げた。安岐は、どうして、と問いかける。その問いかけ瞳から視線を逸らし、両足の間の床に落とした。


――……自分はSAOの中でプレイヤーを、人を3人も殺してる。


 その独白、嗄れた声は病室内に低く響いた。反響音となって、自分の耳にも戻ってきている様だった。

「そのことを、ずっと、ずっと、綺麗に忘れて……。そして僅かに、思い出したと思ったら、身体の芯から震えて動けなくなって……、その上自分よりもずっと辛く苦しい葛藤を、闇を。……苦しみを、ずっと背負ってきたアイツに、酷い事まで言って……」

 和人はそう続けた。隼人がそういう風に思っているとは、和人も心の中では思っていない。

 だけど、それでも自分自身ではそう思ってしまう、酷い事を、無神経な事を言ってしまったと、思い後悔もしてしまう。


――強いな。


 そう言う言葉を安易に使ってしまったんだ。表面だけを見ただけで。


 その後も、沢山身の内を曝け出した。
 殺した人達の名前も、顔も全て忘れていた事、そして……自分よりも深い苦しみを持っている彼に言う事で楽になろうとしたのではないか? と言う事も。

 それらを聞いていた安岐は、ただ優しく和人の右肩に手を置いた。

「ごめんね、桐ヶ谷君。カウンセリングしてあげるなんて偉そうなこと、言ったけど、私には君の、君達の抱えた重荷を取り除くことも一緒に背負ってあげることもできない」

 和人の頭に手を乗せ、撫でる。

「私はSAOは勿論、VRゲームもやった事ないから、君の使った《殺した》って言葉の重さは量れない。……でもね、1つだけ言える事はあるんだ」
「……え」

 安岐の言葉は予想外だったのだろう。和人は思わず声をあげていた。
 当然だ。人を殺したなどという話を誰が好き好んで聞くものだろうか? 安岐の言うとおりカウンセリングなど簡単に出来るものではないと考えるのが普通だし、何より彼女は命を救う仕事をしている人だから。

「……君が言うアイツ、彼の事、私も知ってる」
「!」
「桐ヶ谷和人君と一緒に戦った彼。……竜崎 隼人君。経緯は私の友達が今彼の元にいるから、……同じく色々と話を聞いてきたの。私もカウンセラーもしているから、彼も君にも、力になれたかどうかと言われたら、首を縦には決して振れないけど」

 そう、防衛省の渚、菊岡と同じ任務を受けており、別ルートで解決の糸口を探っている彼女と安岐は友人関係なのだ。

「……竜崎君はね。桐ヶ谷君と同じ事、言ってたよ」
「え……」
「『友達に、初めて出来た友達に、酷い事を言ったんだ』って。『……沢山貰っているのはこっちの方なのに』って。……言葉のところどころは違うけど意味は、君とまったく同じに聞こえたよ。……彼も沢山抱えている。私なんかじゃ到底拭えない。背負う事も出来ないモノを。……でもね。 それでも彼は『救われた』って言葉を何度も使ってた。 桐ヶ谷君も竜崎君に沢山あげる事できた。それはきっと、竜崎君もそう」

 安岐は、そう言うとゆっくりと和人を抱き寄せた。

「桐ヶ谷君も、竜崎君も、大変な事を。……重みを背負ってしまった。だけど、そうしなきゃならなかったのは、誰かを助ける為なんでしょう?」
「え………」

 隼人の事を知っていた事もそうだが、それ以上に予想だにしないものだった。

 いや、隼人なら……と思えたが、自分自身は、そんなにはっきりと言えるだろうか?確かに、存在はしていたかもしれない。……だけど、だからと言って割り切れるモノではない。

「医療現場でもね。命を選ばなきゃならない場面があるの。母体を助けるために胎児を諦める。移植待ちの患者さんを助けるために、脳死の患者さんを諦める。大規模な事故や災害の現場では、トリアージっていって、患者さんに優先順位をつけたりもする。……もちろん、正当な理由があれば殺してもいいってことじゃないよ。失われた命の重みはどんな事情があろうと消えることはない。……でも、その結果助かった命の事を考える権利は、関わった人たち皆にある。君にも、竜崎君にも。……だから、君達は自分達が助けた人のことを思い浮かべることで、自分も助ける権利があるんだよ」
「………」

 和人は、何も言えなかった。
 何も言葉が出なかったのだ。本当に助ける権利なんてあるのか? 自分なんかに……。

「それにね。本当に忘れてしまったなら、君はそんなに苦しんだりしないんだよ」

 毅然とした声で続ける安岐。左手で和人の頬にかけると、自分の方を向かせた。縁無し眼鏡の奥の瞳には強い光が浮かんでいる。

「君は、君達は、ちゃんと覚えている。思い出すべき時が来たら、全部思い出す。だからね、その時は一緒に思い出さなきゃダメだよ。君が、君達が守ってきた人達を、助けた人達の事を」

 その囁きと共に、安岐は和人の額に自分の額をこつんとぶつけた。頭の中で渦巻いていた想念が鎮めていくようだった。






 和人は安岐に感謝を伝えつつ、アミュスフェアを装着する。過去と向かい合うために、あの世界へと入る。

『1人じゃないから……』

 和人の中に、流れた言葉。安岐の言葉と同じく、自分の中にながれてきた言葉。そう、自分は1人じゃない。安岐もそうだし、皆も一緒だ。

 和人は完全に乾いた目元をしっかりと拭うと。

「リンク・スタート」

 硝煙の巻き上がるあの世界へと入っていった。








~朝田家~


 その夜。

 1人の戦士。……女戦士があの世界へと向かおうとしていた。いや、厳密には今は違う。……弱い、何よりも弱い女のままだ。

 だからこそ、恐れずに今、過去の亡霊に怯えたままの自分を、この手で乗り越える為に、あの世界に。

 詩乃は、自分が最も安心できる空間、自分の小さな部屋からダイブする為、心と身体を落ち着かせていた。

 色々と考える、想う所は沢山ある。それらのとりとめのない思考を彷徨わせながら、コンビニエンスストアで購入したヨーグルトを小さなスプーンで掬い、口に含んだ。入る前に、暴飲暴食等は厳禁だ。アミュスフィアは、現実環境からの干渉をほぼ99%排除する事ができるが……、残りの1%で痛い目にあった事があるからだ。

 それらの経験から、詩乃は快適なゲームをする為のノウハウを学んでいったのだ。

「――よし!」

 詩乃は、両頬を叩き気合を入れ直し、ベッドに転がった。

 現実世界での忘れ物はもう何もない。

 学校の課題、宿題、携帯端末、家の戸締り……etc、それらのアレコレを全て排除する用意も万端。そして頭にアミュスフィアを装着し、部屋の照明を落とした。部屋の薄い闇の中。詩乃は天井を見上げながら自分自身が倒すべき相手の顔を浮かべていた。数多くいる相手、もちろん以前の大会で自分より上位に位置するプレイヤー達も出てくる。そして、最後に現れたのが、あの2人組だった。

 艷やかな銀色の髪を束ねた男と同じく艷やかな黒髪を靡かせている男。

 天井に写された彼らは不敵な笑みを浮かべていた。詩乃はそれを見た瞬間、体の奥底に、闘志の火が点った。


――彼らが、あの男たちが間違いなく最強の敵。……探し求めた最強の敵。


 詩乃は強くそう想う。その相手を打ち破る事で、忌まわしい過去を打ち破る力を与えてくれる。……それが、最後の希望。全力で戦って、そして絶対に倒す。

「リンク・スタート!」

 その声には先ほどの炎が、闘志が宿ったかの様に、普段よりも随分と大きな声がこの部屋に木霊したのを詩乃は感じるのだった。







~竜崎家~


 時刻はまだ17時も回っておらず、BoBが開催される時間までまだまだ時間はあった。だけど、限りなく早くあの世界に入る必要がある。もちろん、和人との打ち合せもあるし、死銃の事についての考察もある。


――今大会で、恐らくは仕掛けてくるのは間違いない。


 隼人はそう確信をしていた。何故なら、あの場に姿を現しただけでも十分な説得力がある。……殺す、という物騒な単語を使った所を見ただけでもそうだろう。

 そして、死銃のする行為については、幾つかの条件があると言う事も状況から推察していた。

 その1つが、死銃が言った『いつか、殺す』と言う言葉。

 いつか、即ち今は殺さない。……なぜか?もっと大きなステージで、注目されながら、殺したい。と言う理由も判らなくもない。だが、相手は笑う棺桶 の残党だ。……殺せる時に殺す。一切の躊躇もせずに、計画を練って殺す。狂気じみた集団なのだ。

 以前、綺堂が死銃に接触した時も、そうだった。死銃は撃たなかった。つまり、それが撃たなかったのではなく撃てなかっただとしたら?

「………」

 可能性は高いだろう。

「爺や、渚さん……宜しく頼むよ」

 隼人の言葉を聞いて、綺堂も渚もしっかりと頷いた。現実世界でも、しっかりとサポートをする為に。

「リンク・スタート」

 隼人は、目を瞑りあの言葉を口にした。自分の、自分達の闇。元々持っていた闇とは違う新たに生まれた闇。それに向き合う為に。

 剣の変わりに、銃を握って……《銃の世界(GGO)》へ。


 隼人を見送った後、綺堂はゆっくりとした動きで机に置かれたもう1つの装置、アミュスフィアを手にとった。

「……渚さん。少しの間だけ行ってきます」
「はい。判りました」

 これは以前に隼人と打ち合わせていた事でもある。注目は圧倒的に、キリトとリュウキの2人に向いている。……彼らを見る無数の眼に紛れ込んでくる可能性がある。そこまで簡単に尻尾を見せるとは思えないが……、それでも 外の風通しは良くなっている筈だ。

「BoBが始まる頃には、戻ります。……それまでに、確かめてきます」

 綺堂はそう言うと頭をアミュスフィアで覆い、そして大きめのリクライニング・チェアーに腰をかけた。彼のスタイル、と言っていいだろう。休息を取る時の格好はいつもこの体勢だから。

「……リンク・スタート」

 それは、ほぼ同時刻。4人がまるで示し合わせたかのように、あの世界(GGO)に入るのだった。












~グロッケン市街~


 ここは、市街を中央に貫く大通りの北側。
 総督府タワー前の広場にシノンは出現していた。いつもであれば、あまり人影のないエリアだけれど、今日は違う。無数のプレイヤー達が詰めかけており、飲み食い、大騒ぎをしているのだ。

「……ま、これから始まるのを考えたら、当然か」

 シノンはまるで興味なさそうにしていた。……当然、全てはこれからの為に、全てをかけるのはこれからだから。

「……ふんっ」

 鼻を鳴らした理由、それはあのトトカルチョ、倍率を表示されたホロウ・ウインドウを見たからだ。自分のオッズは随分と高倍率。……そして、あの2人も同様だった。自分も含め、間違いなく最強の敵と見定めた相手が揃って大穴だという事実。それが気に入らなかった様だが、……限りなく気にしない様にした。それらの余計な思考が目的意識の純度を鈍らせると感じたからだ。

 そして、シノンは精神集中でもしていようと、総督府の建物に向かっていたところで声をかけられた。

「シノン!」

 GGOの世界でこんなふうに声をかけてくるプレイヤーは1人しかいない。現実でも友人だから。そして予想に違うことなく、そこにはシュピーゲルがいた。

「遅かったじゃない。心配したよ。―――どうか、したの?」
「ううん、何でもない。……ついさっきリアルで会った人とすぐこっちで顔を合わせる乗って、何だか妙な感じだな、と思っただけ」
「そりゃあ、現実の僕はこの世界の身体よりカッコよくないけどさ。そんなことより、どう? 勝算は。作戦とかある?」
「勝算、って言われても、がんばるだけ、としか言えないよ。基本的には索敵・狙撃・移動の繰り返しだと思うけど」
「そりゃそっか。でも、僕は信じてるよ。……シノンが優勝するって。絶対」
「ん、ありがと。君はこれからどうするの?」
「うーん……どこかの酒場で中継を見ようと思ってるけど……」
「じゃあ、終わったら後その酒場で祝杯か自棄酒に付き合ってね」

 かすかに微笑みながら会話をするシノン。
 だが、シュピーゲルは違った。……シノンの最後の言葉の後に、一瞬俯くと、直に顔を上げてシノンの手をとった。

 そして、何処か切迫した表情を見せ。

「シノン、……ううん。朝田さん」

 この世界、いやどのVRMMOの内部でもプレイヤーの本名を呼ぶ事はマナー違反だ。それを知らない筈のないシュピーゲルの言葉に、シノンは仰天した。

「な、なに……?」
「さっきの言葉、信じていいんだよね?」
「さっきの、って……」
「待ってて、って言ったよね……? 朝田さんが、自分の強さを確信できたら、その時は………ぼ、ぼくと……」
「い、いきなり何言い出すの!」

 顔が一気に熱くなるのを感じながら、シノンはマフラーの奥に顔をうずめただけど、シュピーゲルは一歩踏み出す。

「僕、僕……、ほんとに朝田さんのことが……」
「ごめん。今はやめて」

 シノンは首を左右に振る。……強い口調で言いながら。

「今は、大会に集中したいの。……最後の一滴まで、力を振り絞らなきゃ、到底、敵わないから。……到底、勝ち抜けられない戦いだと思うから」
「そっか、……そう、だよね でも、僕、信じてるから、信じて待っているから」
「う、うん。……じゃあ、私、そろそろ準備があるから……行くね」

 シノンの言葉は本当だ。
『今は大会に集中したい』……それが考えられる内で、穏便に済ますことが出来る本当に考えていることだ。


――……今のシノンの心には、何か、判らない何かが芽生えている。


 それをハッキリさせるまで、答える事が出来ない、と思っていたのだ。だけど、それをどう言葉にすれば良いか判らなかった。そして、今の自分の胸中を、今の彼に言うべき言葉じゃないとも、思えてしまっていたのだ。

「頑張って。応援してる」

 そんなシノンの葛藤を判る筈もなく、シュピーゲルは熱っぽく言葉を続けた。シノンはぎこちなく微笑んでから、この場を後にした。


――自分の態度が思わせぶり、だったのかな。


 シノンはそう考えていた。
 彼が、恭二が自分に好意を向けている事も、そして自分自身も当初はそう思っていた。だけど、自分のことで手一杯すぎていた事も間違いのない事実だった。

 かつての、もっとも強く記憶に刻まれた記憶の中のあの男性の顔はことあるごとに、蘇り、発作を誘発するのだ。


――あの男性が、今も自分を見ている。……底なし沼の様な光の無い眼が自分を見ている。


 それがあるから……、彼女は自分自身の気持ちを曇らせる枷になっていることに、まだ気づいていなかった。




「…………」

 男は彼女の去る方をじっと見つめていた。彼の中に、彼の瞳の中に映る彼女。どうしても、自分の手の、腕の中に。……自分のものになって欲しい。そんな切望がにじみ出ているかの様だった。狂おしい程愛している。とも言えるだろう。だが、それは何処か歪んでいる様にも見える。男はこの場を後にしようと歩きだした。

 ……やらなければならないことがあるから。

「……振り向かず、そのままの 姿勢で聞きなさい」
「っ!」

 そんな時だ。
 路地裏から、だろうか? 突然背後に何かの気配を感じた。そして、それと同時に声も聞こえてきた。

「……貴方は、彼女のことを想っている様に、拝見しました。……貴方が今やろうとしている事は、それは本当に彼女が喜ぶ事、なのですか?」
「………」

 振り向かず、ただ沈黙をしている。男のそこには、もう1つの顔が浮き上がっていた。

「本当に、彼女(・・)を想うのなら、……もう、止めなさい」
 
 慈愛とも言える優しい声……なのだが、彼には一切聞こえなかった。

「なんの事か、判らない」

 ゆっくりと振り返ると、そこにはフードとマントで身体を覆ったプレイヤーがいた。

「……誰?」
「もう一度だけ言いましょう。……止めておきなさい。大切なモノを失う前に」
「僕には、さっきから一体何を言ってるのか判らないよ」
「そう、ですか」
「変な言いがかりはやめてほしいな。……何だか、気分悪いや」

 そう言うと、指を振る。ウインドウを呼び出し、ここからログアウトをする為だろう。

「最後に……もう一言、良いですか?」

 そう言うと、彼の指がぴたっと止まった。


『……ただの犯罪者』


「っ!」

 この時、彼の表情が明らかに変わり、ぴくりと身体を震わせた。動きを止めた指すらも、数cm動く程に。

 フードに包まれた男の声色も、優しいものだと思えていた印象がガラリと変わる。

『力を持ったと勘違いした。……クレイジーな犯罪者。……時の問題だ。何かを起こそうものなら、止めておけ。……齎されるのはお前自身になるだろうから』

 淀み無く言われ続ける罵倒の様な言葉。普通であれば、何も知らなければ、『コイツは一体何を言ってるんだ?』となるだろう。或いは、あのサイト、提示版を見たのであれば、『痛い奴』という感じで嘲笑するだろう。だが、目の前の彼はそのどちらでもなかった。

 最後の一言で、更に彼の表情が一変する。


『――……お前はただの犯罪者だ』


 そう言うと同時に、まるで視界から消える様にいなくなっていた。いや、彼が動揺していたから、見逃してしまったのかもしれない。心が、精神が昂ぶりを示していたから、ある程度の速度を出されたら、見失ってしまう。

「アイツ……アイツが……っっ!!」

 この場に残された彼も、明らかに表情が変わった。憤怒、怒髪天を衝くと言わんばかりの表情。


――その所作だけで、十分だった。


 猛り立つ彼を見下ろしながら、呟く。

「坊ちゃんの言うとおり、読みは正しかった、ですね。……彼がそうだ。敵は2人以上いる」

 ……それは、出来れば外れて欲しかった事でもあった。あの人物が、仮にそうだとすれば、彼女が心を許している相手が真の敵だと言う事になるから。

「伝えないと、いけませんね。……坊ちゃんに。……言葉は、届かなかった。……対処法も、難しいでしょう。この世界のセキュリティを考えたら、一朝一夕で超えられるものじゃない」

 マントを翻し、この場を離れた。そして、怒り狂った様子の彼も姿を消していた。


 容疑者の1人は、判明した。……が、その手口はまだ はっきりとはしていない。そして この世界でも、現実の世界でも 尾行の類には限界があるのだ。

「……坊ちゃんに 任せる他、無いでしょうか。……サポートは、全力で行います。全身全霊をもって」


 
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