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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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83話

 閃くは殺戮(マズル)(フラッシュ)
 炸裂するは撃鉄の慟哭、暗い穴から鋭利な殺意が唸りを上げる。
 金属の弾丸が500m/sほどもある速度で空気を切り裂き、その基本理念の行為遂行を専心する。
 金属の鋭さが生命の肉を貫き、衝撃だけで人間の頭骨を破砕する。
 鼓膜を打つ悲鳴、視界にちらつくゴーストを孕んだマシーンの表情。
 その全てが、オーウェン・ノースロップにとって、徹底的に微分的なオーウェンと言う存在の時間概念にとって、単なる戦域情報のノイズでしかなかった。右手のサブマシンガンのトリガーを引き、銃撃される危険があれば遮蔽物に身を隠す。彼の行為を端的に言い表せば、ただそれだけの動作の反復に過ぎなかった。
 最後の弾丸がどこかのビルのオフィスを飛び去り、ラストターゲットの首と頭部、心臓を正確に貫いていった。
「SSEへ、こちらリンクス、B-1地区の制圧完了」
(リンクスへ、こちらSSE。了解した、貴官はSE3の援護に当たれ)
「リンクス了解、オーバー」
 ざらざらした雑音まみれの通信を終え、オーウェン・ノースロップは、サブマシンガンの―――サブマシンガンにしては比較的大きめなその銃の残弾が乏しいマガジンを排除し、予備弾倉を入れ込む。半ば無意識にその動作を行いながら、オーウェンはやたらだだっ広いいオフィスを見回した。
 薄暗くて常人には見え難いが、そこには十何人分かの冷たくなった、または冷たくなりつつある肉の塊が転がっているはずで、オーウェンの目にはその物質がそれなりの輪郭を持って映っていた。
 とんだ殺戮ショー。そしてこの血の生誕祭の主催者は、ただ、オーウェンという1人の人間に過ぎなかった。
 頬についた血を左手の袖で拭う。少しほども感情を動かさず、色のない視線で己の行為を眺めていたら、いつの間にかマガジンの交換は終わっていた。
 周囲に鋭い一瞥をくれた後、オーウェンは足早に任務遂行のためにそのオフィスの出口に向かい、そうして出口のドアノブに手をかけた時―――。
 オーウェンは、背後を振り返った。
 薄く灰色のヴェールがかかったような視界の中、遠くの窓辺から人工の月光が差し込んでいる。外からはMS同士が戦闘する音が微かに響いていた。
 それ以外の音は無かった。呻き声すらも無く、蟲の歌う声も、蜥蜴が走る音すらもなく、ただモノコードによる沈黙のラプソディが満ちているだけだった。
 その一連の動作は、オーウェン・ノースロップという機械に生じたバグ、あるいは誤差であったのかも、しれない。
 オーウェン・ノースロップは天上を仰いだ。光の燈っていなLEDの電灯が真上にあった。
 廊下に出て、走った。
 ※
 弧光を引いた光刃が横薙ぎに払われる。シールド裏からメガ粒子の刃を発振させ、その剣戟に重ねるように叩き付けた。
 力場に固定された灼熱の粒子束同士が防眩フィルター越しに鼓膜を突き刺す干渉光を迸らせる。マクスウェル・ボードマンは多目的ディスプレイに立ち上がったビームアックスの耐久限界を知らせる警告ウィンドウに舌打ちしつつも玉響の間隙も無く、フロントアーマーに増設された副腕を起動させた。先端に簡易的なマニュピレーターを持つそれがビームサーベルを保持し、Iフィールド内にメガ粒子を固定して光の刃を形成するや、掬い上げるようにして《リックディアス》の右腕を切り落とした。相手がたじろぐ隙も無く胴体にぶつ切りに迸るビームの光軸を叩き込み、内側から膨れ上がった炎に飲み込まれていくのを一瞥すらしなかった。
「こちら第162部隊、ヘッドクォーター、いつになったら退却命令が出るんだ! 奴らは目標を確保したのだろうが!?」
(こちらヘッドクォーター、撤退は許可できない。『アカデメイア』から撤退完了の報告はまだ届いていない。引き続き陽動を続けろ)
「夢想家どものごっこ遊びに付き合った結果がこのザマか!」
 無線越しに怒鳴りつけるのと、ロックオン警報が鳴り響いたのは同時だった。
 上下から挟み撃ちにするようにして肉迫する《ジムⅢ》が2機。ほんの一瞬だけ、判断が遅れた―――身体的疲労が意識を引っ張ったのだ。
 視界の中、《ジムⅢ》の銃口が灰色の《リゲルグ》に狙いをつける。その黒々した銃口からメガ粒子が弾き出され―――。
 メガ粒子が奔った。亜光速の砲弾は常闇の真空を1秒とかからずに屹立し、《ジムⅢ》の右腕を貫いた。ビームサーベルを発振させた《キュベレイ》がマクスウェルから見て下方にいた《ジムⅢ》の片腕を切り飛ばすや、スラスターを焚いて後方へと下がっていく。
(もう、何油断してんだよ)
(隊長サン、もう歳だからキツイんですよね~)
 ディスプレイに表示される通信ウィンドウ。2人は余裕らしく見えるが、バイタルデータを見れば、見た目以上に疲労していることは理解できる。
 かといって命令を拒否するわけにも行かず、マクスウェルが歯噛みした。
 元々兵力差は無いといっていい。違いと言えば相手は、ただネオ・ジオンの無謀な作戦行動―――碌に補給線も敷かずの無策を堪えていればいいだけだ。そして、本来ネオ・ジオンはその『無策』の上でも問題ないような作戦だった、筈なのだ―――。
(あれ、この識別―――)
 エイリィの呟きと同時にデータリンクが更新される。
 何かの機体が視界の遠くを突っ切っていく―――その白亜の扁平な外観は、一目で連邦系の機体と知れた。
 逡巡する。今の機体が飛来した方向を戦域マップで確認し、その機体が例の組織の艦船が停泊している座標の方角であることを把握するや、スロットルを一気に全開まで開放させ、フットペダルを踏み込んだ。
「そこの機体、貴様が『アカデメイア』とかいう組織の機体だな!」
 予め指示されていた無線通信のコードにセットし、マクスウェルは無線越しの怒声を浴びせた。それに反応するように、全天周囲モニターの向こうでその機体が扁平な外観から四肢を持った人型に瞬時に可変しながら、その並列しデュアルアイを静かに《リゲルグ》へと注いだ。
「貴様らのごっこ遊びに付き合ってどれだけ無為に人が死んだかわかっているのか!? 貴族ごっこをするなら後始末くらいは綺麗に―――!?」
 マクスウェルは、その瞬間息を飲んだ。
 その2つ並んだ蒼い瞳は、どこまでも無感動に《リゲルグ》を、マクスウェルを睨めつけた。
 その眼差しは、出来の悪い子どもを―――否、養豚場の豚を品定めするかのようですらあって―――。
(隊長―――!?)
 マクスウェルの視界は、次の瞬間には白く染まっていた。
 ※
 白い〈ガンダム〉が巨大なビーム砲を構えるのと、そのトリガーを引くのはほとんど同時ですらあった。迸った光軸は一瞬で《リゲルグ》を貫き、巨大な爆光が宇宙に広がった。
 マクスウェルの名を叫ぶ少女の声が耳朶を打つ。
 エイリィ・ネルソンは一瞬の躊躇すらなくビームライフルとバックパックの二連装ビーム砲を指向し、〈ガンダム〉目掛けて間髪入れずに光軸を叩き込んだ。
 屹立した3つの閃光の狙いは、その早打ちに反してあまりに正確だった。躱しきれなかったガンダムはシールドでそれを弾きながら一気にスラスターを爆発させ、肉迫と同時にビームライフルの銃口を《キュベレイ》へと指向する。
 迸った大出力のメガ粒子の砲撃を皮一枚でなんとか躱した瞬間に、コクピットに警告のビープ音が甲高く鳴り響く。
 ビームサーベルを発振する白い〈ガンダム〉。エイリィが反応するより早く彼我距離ゼロまで肉迫した〈ガンダム〉が灼熱の粒子束を一撃、まるで叩き付けるが如くに振り下ろす。Iフィールドで固定されたメガ粒子の刃は漆黒の《キュベレイ》の腕をまるで硝子を溶断するように一太刀で切り飛ばし、溶解した金属が血の飛沫のように宙に四散していく。
 エイリィには、その光景を眺めている暇すらなかった。束の間の猶予すらなく《キュベレイ》の胴体目掛けて撃ち込まれた〈ガンダム〉の脚部の一撃は、コクピットの隔壁越しにエイリィへと諸に殺到した。それこそ数トンに達する衝撃は、強化ノーマルスーツを着ていたとしても気休めにすらならない衝撃だった。コクピット内の計器が拉げる音が鼓膜の中で炸裂し、自分の脳みそのどこかに剥離した頭蓋の一部が突き刺さってぐちゃぐちゃにするような錯覚が過る。肋骨の何本かが容易く砕け、肺に突き刺さったせいかエイリィは血の塊を吐いた。それでもバイザーにへばりつかないようにバイザーを上げたのは、無意識的なパイロットの性でしかなかった。
 朧な視界の中、白い〈ガンダム〉が背中に炎を背負い、ダークブルーの《ドーベン・ウルフ》へと猪突していく。まるでマクスウェルとエイリィなど道端の石ころか何か、それ以下のものでしかないように―――。
「クソ……最初っからそういう……」
 咳き込む。舌の上はもう血塗れで、もうエイリィには鉄の味以外の味など識別不能だった。身体状況などわざわざバイタルデータを見るまでも無く理解できた。戦闘続行など到底不可能だ。
「お前らなんかに―――!」
 だが、そんなことはどうでもいいことだった。操縦桿を握りしめ、口の中に溜まった血を吐き出したエイリィは、激痛に促されるようにスロットルを全開にした。
「―――好き勝手にさせておくかぁ!」
 肩のスラスターが爆発的な閃光を迸らせ、大きく羽搏いた《キュベレイ》が手首からビームサーベルを抜刀する。そしてそのまま無防備な背中を向ける〈ガンダム〉目掛けてこのビームサーベルを突き立てて―――。
 ふと、その背中がなんだかすっきりしているような、という思惟の錯綜と、警報音がコクピットに鳴り響くのは同時だった。ロックオン警報と共にディスプレイ上に敵所在―――上下から、攻撃端末―――ファンネルから狙いをつけられていることを察知し、エイリィは目を見開いた。
「しまっ―――!?」
 炸裂するメガ粒子の弾丸は、まるで扇を開くように放射上に打ち出された。散弾状に閃く閃光は、単発威力こそ低いがその分回避し得ない。下から突き上げるようにして飛来した弾丸の数発が右脚部に直撃し、機体ステータスに赤い点灯が灯る。
 AMBAC機動の一瞬の変化、それに伴う機体挙動の変異。瞬時に機体の側で補正をかけたとしても、鯱の如く上から襲い掛かるファンネルの砲撃から逃れるにはあまりに遅くて―――。
 奔る閃光、貫く装甲。数千度の粒子の塊は、装甲材を何の抵抗も無く溶解させ、内側から膨れ上がった赤い炎の中に溶けていった。
(――――――レディには優しくしろと習わなかったか? なぁ!) 
 対MS用榴弾が炸裂し、もう1機のファンネルも火球と化す。白い神話目掛けて、肩から下ざっくりと喪失した灰色の機影がビームライフルに装備されたバヨネットの光刃を発振させながら相対距離を一息で詰める。振り向きざまに掬い上げられたメガ粒子の刃とバヨネットが接触し、一際大きな干渉光を迸らせた。
(エイリィ、無事か?)
 事前にプリセットされた秘匿回線の音と共に、音だけの通信が耳朶を叩いた。
 無事かどうかなんて生体データを見れば一目瞭然だろうに―――その声色から察知したエイリィ・ネルソン少尉は―――エイリィ・ネルソンは、微かに口角を上げた。
 「ええ、無事です」言いながら咳き込んだ。「あと10年は戦ってられますよ」
 そうか、と応えたマクスウェルの声は酷く事務的で色を感じさせなかった。
 〈ガンダム〉に弾かれたように突き飛ばされる《リゲルグ》。〈ガンダム〉がビームライフルを構えるより早くフットペダルを踏み込みながら、ビーム砲を指向してメガ粒子の塊を叩き込む。亜光速の閃光がガンメタルの銃器を撃ち貫き、小爆発に包まれていく。
(ヴォルフリードよりヴォルフ03、聞こえているな?)
(隊長、てっきりやられちゃったのかと思ってたよ! 速くあのガンダムをやっつけて―――)
(03、貴様のディスプレイ上に指定座標を送る。貴様は先にその指示座標へ行って待機していろ)
 2刀を構えた〈ガンダム〉が《リゲルグ》へと肉迫する。バヨネットで一撃を受け止め、もう一太刀が振り下ろさる直前に割って入るように《キュベレイ》をすべき込ませ、左腕に握らせたビームサーベルを重ね合わせた。
(は? 隊長何言って―――)
(いいか、こいつらの狙いは擬似的にニュータイプの能力を付与された強化個体だ。そういう点で見ればお前だって十分こいつらの獲物だ!)
 《リゲルグ》がビームライフルを構える。〈ガンダム〉が回避挙動を取った瞬間に白い体躯目掛けて《キュベレイ》の身体をぶち当てる。
 衝突の衝撃が内蔵を叩く。気が飛びそうな鈍痛に顔を歪めながらも、エイリィは怯んだ胴体に照準レティクルを重ね、コクピット目掛けてビームサーベルを横なぎに払った。反射を置き去りする超速で〈ガンダム〉がビームサーベルを振り上げる。接触した粒子束同士が互いに反発し、防眩フィルター越しに迸った閃光が網膜を焼き、視神経をショートさせる。
(上の人間が噛んでいる可能性だってある以上ネオ・ジオンとて信用はできん。いいか、俺とエイリィでこいつを仕留める。だから先に行ってお前は待ってろ)
 掬い上げられるビームサーベル。スラストリバースで回避挙動を取った《キュベレイ》の胸部装甲を切り裂き、コクピットハッチを溶断する。全天周囲モニターの前面が抉れ、防眩フィルターなど意味を成さない閃光が白く視界を埋め尽くした。
 ずぶりと腹部に鋭い感触が奔る。恐る恐る自分の腹を見れば、拉げた金属片が突き刺さっていた。
 全く論拠が破綻している。この〈ガンダム〉を倒してからというなら《ドーベン・ウルフ》が居たほうが―――。
 いや、それも正確ではない。正確に言えば、プルートが居たとしてもこの〈ガンダム〉は倒せない―――!
(でも!)
「プルート・シュティルナー少尉!」
 瀑布の如く撃ち込まれる〈ガンダム〉の斬撃をサーベル一本でいなし、捌き切れなかったビームサーベルが装甲に傷を作っていく―――。
 カメラの向こうの少女の顔が歪む。卑怯だな、とは思いながら、エイリィはなんとか笑顔になるように表情筋を強張らせた。
「大丈夫だよプルート、こんな奴ちゃっちゃと倒して私たちも行くから―――サ!」
 笑顔、というより激痛で引きつったような顔になったが、まぁ、そこか赦してほしい。さっきから身体中が痛くて仕方ないのだ。
 何かプルートが口を開きかけ、彼女は止めた。そうして口を噤んだ後、
(待ってる)
 《ドーベン・ウルフ》が反転する。バックパックから大出力の閃光を迸らせ、灰蒼の狼が去っていく―――。
「―――って感慨に耽ってる場合じゃねぇ!」
 コクピット目掛けてのサーベルの刺突が突き刺さる瞬間、下方から突き上げるようにしてメガ粒子の光軸が屹立する。白い〈ガンダム〉がシールドを掲げるのに合わせてスラストリバースによる回避挙動、同時にビーム砲の砲口の正面に捉える。
 トリガーを引き絞ると同時に2条の光柱が〈ガンダム〉のシールドに直撃し、対ビームコーティングをそのまま貫いたビーム光が〈ガンダム〉の肩装甲に焼き傷を穿つ。たまらずスラスターを爆発させた〈ガンダム〉が後退する様に、エイリィは間抜けなほどに安堵感を覚えた。
 自分の腹に手を当てる。ノーマルスーツのグローブ越しではその感触はよくわからなかったが、その真っ赤な色だけで酷く痛そうだなぁ、なんて思うくらいには赤かった。そして事実痛かった。
(すまないな、貴様には損な役回りをさせた)
 隣に並んだ《リゲルグ》の単眼が全天周囲モニター越しにエイリィを伺う。
「いや~別に良いですよぅ。元々私の人生なんてこんなことばっかですから」
(そうか―――)
 マクスウェルはやはり何の声色も見せずに、それだけ頷いた。
 そうだ、元々自分の人生に意味など無かった。別に誰かに誇れるような人生でもなかったし、自分でも良い人生だったなぁ~なんて思えるものでもなかった。ただ、淡々と流れるだけの人生だった。
 別にそれがどうこう言う積りもない。エイリィ・ネルソンという人間にとってそれ以外の人生は在らず、その他の人生と比較することに意味はない。だからといって己の人生が非業であるとも考えず、彼女はぽかーんとしながら人生という出来事を経験した。それ以上エイリィが感じることは無く、ただそのような事実をそのような事実と認識しているだけである。
 畢竟、その人は己の生、つまりエイリィ・ネルソンという人間の生を受け入れた。たとえ永劫に己の生が繰り返されようとも、恐らくエイリィはやはり同じ認識のもとに同じ生を過ごすことだろう。
「あーでもあれかぁ」
(どうした?)
「いや、約束は守れそうにないなーと思って」
 咳き込む。血の塊を飲み込んで、エイリィは操縦桿を握りなおした。
 別に嘘を吐かないことを格率にしていたわけでもない。それでもやっぱり最期に嘘を吐くというのも後味の悪いと言うかなんというか―――。
 まぁ、いい。人生綺麗に終わろうなんていう考えがまず傲慢だ。プロセスが無為なら結果だって無為に終結していくのだ。人の生に意味など存在していないし、目的だって存在などしていない。
 ただ、思うことがある。彼女には、意味か目的を考えられるように生きて欲しい。ただのツールとして、ではなく、己の生としての人生を―――。それを考えることも、もしかしたら傲慢かもしれない。自分は彼女に誰かを重ねているだけ、なのかもしれない。それが正しいことではないことも理解はしている。
 だが、少しくらいは意味があってもいい。たとえそれが傲慢だとしても、だ。
 スラスターを背負った〈ガンダム〉が肉迫する。口の端から垂れた何かの液体を腕で拭い、震える手でスロットルを開放しながら、エイリィはふと誰か、見知った顔が頭を掠めるのを感じた。
 あぁ、もう一つ嘘をついている。私はあの子にまた会おう、と約束していたのだ。あの子の笑顔が見てみたいと、思ったのだ。そしてもっと笑っていたほうが貴女は綺麗で可愛いよ、と言うつもりだったのに―――。
 その仕事は己の為す仕事ではなかったのだ。あの少女に笑顔を見せてくれる誰か、押しつけがましいが、その仕事はその誰かに任せよう。
 そうだなぁ―――あのどこか生真面目そうで、張りつめた身体の少女に笑顔を与える存在は、案外平凡なガキなんじゃなかろうーか、と思う。如何にもどこにでも居そうな、野暮な顔つきの少年。よれよれの服を着て、あまり手入れがされているとも思えない髪型の、パッとしない年下の少年。高嶺の華を手に取るのは、案外何でもない男というのが世の常なのである。マリーダ・クルスも、そんな少年の手を取るのが似合いな気がする。
 お節介な話か―――エイリィは、片方の口角を上げながら、全天周囲モニターに視線を投げた。
 彼我距離を縮める白の〈ガンダム〉――――――。
 歯がかちゃかちゃと音を立てる。操縦桿を握る手の力は震えて、エイリィはまだ無事な内蔵がぐにゃりと捩れるのをありありと感じた。
 アーモンド色の眼差しを無理やり固めて、エイリィは強張る両手の筋肉をなんとか収縮させた。
「――――――ここから先へは、イカさないって言ってんのさ!」
 真空の中で大翼を広げ、両肩のスラスターの閃光を爆発させた漆黒の《キュベレイ》は、真正面から〈ガンダム〉へと猪突した。 
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