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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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52話

 ――――言葉が走った。
 奇妙なその感覚に、束の間我を忘却したみさきは、その言論の裏から突き破るようにして現前したその混沌に反射反応を行使した。
 それに遅れるようにして音を鳴らす警告ウィンドウ。よそ見をするなと叱咤する甲高い音に口を堅く噤んだみさきは、殺到する火箭を意識した。
 《ジム・カスタム》に《ジム・スナイパーカスタム》が数機。そしてネオ・ジオンの《ガザD》が2機。どれも骨董品でしかないその数機の機影の放つ砲撃は、全身に重装甲を施す《νガンダム》を害するにはいたらない。だが、彼女が守るべきは己ではなく他者だ。
 《νガンダム》が翼を広げる。そうしてその翼を構成する羽の一枚一枚がユニットから切り離され、放射版にしか見えなかったそれが身震いする。コの字に変形するや、小魚が親魚に寄りそうように周囲に展開。そのまま前面に展開する敵目掛けて襲い掛かるのではなく、後方へと逸れていく。
 90mmの砲弾が砲より弾き出される寸前、《νガンダム》は己が載るベースジャバーのプラットフォームから飛び出す。
 高速に乗ったベースジャバーはそれだけで質料兵器と化す。2本のスラスターユニットから炎を吐き出したS.F.Sが《ジム・スナイパーカスタム》に直撃し、体制を崩したところにビームライフルの照準レティクルを重ね、トリガーを引く。出力を調整し、アサルトライフルの連射さながらに断続的に閃いたビーム光が胴体に吸い込まれ、ぷっくりと炎を上げた。
 《νガンダム》が砲撃で牽制する一方、可変したままの《ハンブラビ》が一気に猪突。海鷂魚の如き姿のまま肉迫し、その姿のまま腕からビームサーベルを発振させて《ガザD》を串刺しにする。背後から接近した《ジム・カスタム》が白熱化すらしていないヒートサーベルを振り上げた瞬間、テールスタビライザーをも兼ねる堅牢な『尾』が《ジム・カスタム》の右腕を貫き、怯んだ瞬間に変形と共に反転した《ハンブラビ》がビームサーベルを薙ぎ払い、胴体と下半身を永遠にお別れさせた。残存する機体も殲滅し、陸戦部隊を乗せたベースジャバーが先へと向かう。
(中心部というのに随分散発的だな)
 胸に風穴を開けた《ジム・カスタム》を蹴飛ばし、ダークブラウンの《ハンブラビ》が身じろぎもしないで振り返る。とんがり頭の後頭部に灯った光―――奇妙な感情を抱きながら、みさきは肯いた。
 旧サイド5のコロニー26バンチ『ニューオクラホマ』。採光ミラーはほとんど損傷していながら、なんとか原型を保っているその巨大な構造物こそ、かつてのデラーズ紛争の拠点として運用された茨の園の全容だ。ベースジャバーの周囲にファンネルを浮遊させたまま、機が『港』へと入っていくのを確認したみさきは、フットペダルを踏み込む前に背後を振り返った。
 それにしてもなんなのだろう―――視線を巡らす。いつも通り、先鋭化した感覚(ムーサ)が何かを教えようとしているのに、その輪郭がぼやける。
 蒼いだけの世界。星々の光は一見密集しているように見えて、その隣り合いは数光年にも及ぶ仲睦まじ気な寂しいものだ。そんなものは物理的視点でしかないが。
 ――――この、奇妙に『吸い取られていく』感覚は、なんなのだ?
(ES11、行くぞ)
「あ―――了解」
 変形した《ハンブラビ》がスラスターを焚く。スラスターを点火させたみさきは、己の機体の装甲の継ぎ目から血のように赤い燐光がうっすらと滲んでいることに気が付かなかった。
 ※
 劈くような接近警報。舌打ちしたクセノフォンはオールビューモニターの中で一気に巨大さを増していく《リゲルグ》目掛けて《FAZZ》の左腕を突き出した。前腕部の装甲がせり上がり、内部に装填される4発の対宙迎撃ミサイルを撃ち放つ。
 近接信管の作動と共に膨れ上がる爆炎をものともせずに躱した《リゲルグ》が左腕に保持したビームサーベルを発振させる。そのまま近接領域まで肉迫し、その刃が《FAZZ》目掛けて振るわれる寸前、ぎょっと身動ぎした《リゲルグ》の単眼が左を向く。
 レーダーに映る蒼いブリップ。機種を読み取るまでもなく、左上方から迸った光軸が《リゲルグ》と《FAZZ》の間を掠め、高出力のメガ粒子砲の砲火が濃緑色の《ズサ》の胴体に吸い込まれ、背中のブースターユニットにたんまり入った推進剤ごと絶叫のような爆光を押し広げた。
(05、06は一度艦に戻れ! 《FAZZ》はもうほとんど武装がないだろう、それに―――!)
 立ち上がったウィンドウから聞こえたフェニクスの声とともにウェイブライダーに変形したままの《ゼータプラス》が最後の《ズサ》に猪突する。ミサイルの弾幕を5門のビーム砲の斉射で叩き落とし、接触際に瞬時に可変した灰色の《ゼータプラス》は左手でビームサーベルを抜刀しながら横ロールの挙動を取らせ、掬い上げるようにして振るった青白い刃がサーベルを抜刀しかけた《ズサ》を一刀のもとに縦に両断。さらに瞬時に変形した《ゼータプラス》が弧を描くような機動とともに《リゲルグ》へと吶喊していく。
(貴様らが勝手に死なれては私が困るんでな!)
「しかし隊長1人では!」
(エレアが来ている。サイコ・インテグラルの実証のために!)
 暴力的な負荷Gにさらされながら、苦いフェニクスの声が耳朶を打つ。変形した《ゼータプラス》がビームランチャーの光軸を迸らせ、左腕にビームサーベルを発振させて《リゲルグ》と鍔ぜり合う―――。
 クセノフォンは息をのどに詰まらせた。
 サイコ・インテグラル―――恐る恐る背後に視線をやったクセノフォンは、昏い宇宙の中で茫洋と淀む蒼い光を見た。
 ※
 閃光が走る。
 冥い宇宙を亜光速で迸った青白い閃光が機体を擦過し、《リゲルグ》の脚部の装甲に生傷のような被弾痕を穿つ。
 その砲撃はあまりに正確無比。気を抜いた瞬間に、コクピットにメガ粒子砲を叩き込まれるという確実な予感―――背筋が凍えた。
 あれだ。エイリィの直観は、あの赤いガンダムが目標と告げた。だが、マクスウェルの練達のパイロットとしての無意識的合理的直観が、あの黒い《ゼータプラス》こそが目標なのだと告げていた。
 言葉を発する余裕すらない。瞬く間に相対距離を零にした漆黒の《ゼータプラス》が、残光を引いた血濡れの瞳をぎらつかせる。シールド裏のビームマシンガンを連射し、ライフルを放棄してサーベルを引き抜く。力場で固定された青白い閃光の刃が具現するや、気勢そのままにその刃を振り下ろした。
 両手にそれぞれ戦斧を保持させ、左腕の刃を薙ぎ払うようにして降りかかってくる斬撃に重ね合わせる。接触と同時に力場が干渉し合い、日輪の如きスパーク光が迸る。
 ビームアックスを振るう―――瞬間に《ゼータプラス》がシールドと連結した2門のビームマシンガンを指向する。反射的に左腕に保持させたビームアックスを無理やり押し込み、《ゼータプラス》がよろめく隙に《リゲルグ》の身をよじらせてペレット状のメガ粒子の弾丸を回避、立て続けに掬い上げる要領で右腕のビームアックスを振り上げると、《ゼータプラス》が横なぎにビームサーベルを振るい、再び接触し合った数万度の刃同士が干渉光を炸裂させた。
 その鮮烈な光の中に、ゆらりと青い光が混ざった。漆黒の《ゼータプラス》の装甲の継ぎ目から、あるいは関節部から―――まるで幽鬼の如く、青白い炎がゆらりと―――。
 意識を鮮明にさせる。視界の中にあるのはただ鋭利な白い光だけだ。気負いがそうさせた幻影と断定し、マクスウェルは《リゲルグ》の副腕を起動させんと意思した。急場で増設されたそれは、本来《リゲルグ》に装備された兵装ではない。そうであるが故に奇襲の一撃、その1太刀で沈黙させんとしたその瞬間、突き上げるような衝撃に意識が消失しかけた。    
 《ゼータプラス》が鋭い蹴りを放ち、展開しかけた隠し腕を拉げさせた―――ダメージコントロールが隠し腕2つともが起動不能になったことを伝え、慄いたのは束の間。即座に自機と敵機の状態を把握すると、機体がのけ反る勢いに任せて足を振り上げバーニアを焚き、そのままバックパックに懸架したままの無反動砲の砲門を《ゼータプラス》に向けた。
 相対距離は近接戦闘域。散弾とはいえガンダリウム合金でコーティングされた弾丸は、至近で直撃すればただでは済まない。
 FCSと直結した無反動砲が火を噴く。
 必殺の奇襲たるその弾頭が弾ける、その数瞬。
 《ゼータプラス》は腰から逆手でビームサーベルを引き抜くや、その秒ほどすらない間隙目掛け、身を避けさせながら引き抜くままにビームサーベルを振り上げた。
 ビームサーベルが残影を引き、弾頭の信管を正確に切り裂く。ただの無目的物体と化した砲弾が《ゼータプラス》の背後へと逸れていく―――。
「―――冗談だろ」
 その隙にスラスターで距離を取ったマクスウェルは、慄きと共に呟いた。
 ニュータイプ。
 浮かんだ言葉に首を振った。ただそんな一要因の元に立脚した技術ではない。たとえ事前に予測できたとしても、己の描いた通りに機体を支配するその技量は、決して生得的なセンスだけで習得されるものではない。
 泰然と赤い瞳を光らせる《ゼータプラス》の眼差しが《リゲルグ》を射竦める。左手の刃を正手に、右手の刃を逆手に持ち替えた黒の機影がスラスターを焚く。
 ―――その閃光の中。
 慄く逢魔。
 限りなく瑠璃色に近いブルーを滲ませて。 
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