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鬼山県

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第一章

                      鬼山県
 俗に言う兎唇だ、上の方が割れている。
 お世辞にも顔はいいとは言えない、しかも。
 背は存外低い、家中でもその小柄さは際立っている。
 しかし家中の誰もが、他の家の者達までもが言った。
「まことに強い」
「あの強さは誰にも引けを取らぬ」
「まさに鬼よ」
「火の如きよ」 
 こう言ってだ、彼に一目以上のものを置いていた。それは主である武田信玄も同じだった。
「源四郎がおればこそじゃ」
「はい、武田家もですな」
「確かでありますな」
「わしには多くの優れた家臣がおる」
 二十四将とまで言われている、武田家を支える家臣達は充実していた。
 だがその中でもだ、山県は特にというのだ。
「しかし源四郎はな」
「その中でもですな」
「見事な方ですな」
「まさに四天王じゃ」
 高坂、馬場、内藤と並んでだ。
「その一人じゃ」
「その戦ぶりといえば」
「鬼神の如し」
「まさに源四郎殿は強いです」
「相当に」
「当家の柱の一人じゃ」
 信玄はこうまで言った。
「あの者はわしも頼りにしておる」
「お屋形様もそう言われる」
「まさに源四郎殿はですな」
「当家の宝」
「そうでありますな」
「そうじゃ、優れた者こそ家の宝じゃ」
 人を大事にする信玄ならではの言葉だった。
「あ奴もまた然り」
「ですな」
 他の家臣達も認めることだった、山県は顔もよくなく小柄であったがその彼をそこから侮る者は一人もいなかった。
 特に戦の場においてはだ、誰もが言う通りの働きを見せた。
 三方ヶ原において彼を見た徳川家康は戦の後自身の家臣達に言った。
「山県という者をこの目ではじめて見たが」
「はい、あの強さは」
「噂通り、いやそれ以上でした」
 徳川の家臣達も話す、家康も彼等もその顔を青くさせていた。三方ヶ原で命からがら帰って来たからこそだ。
「あの赤備えの軍勢」
「まさに炎でした」
「攻めること火の如しといいますが」
「まさに」
「恐ろしい男じゃった」
 家康もその戦の時を思い出しつつ言った。
「何度死にかけたか」
「我等もです」
「武田の全てが鬼の如き強さでしたが」
「あの者は特に」
「そうじゃった、しかし」
 ここでだ、家康はこうも言ったのだった。
「あの強さは備えたい」
「と、いいますと」
「一体」
「我等も赤備えを置くか」 
 山県が率いていた彼等をというのだ。
「こちらもな」
「赤備えをですか」
「我等もですか」
「そうじゃ、あの強さは確かに恐ろしいが」 
 しかしというのだ。
「備えたくなった、だからな」
「では具足を赤くし」
「その軍勢を誰かに率いさせますか」
「そうしようぞ」
 こう言ってだ、家中の中でもとりわけ強い井伊直政にその赤備えを率いさせた。山県のその強さを自分達も備えようと思い。 
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