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ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち

作者:はらずし
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第十二話 大人or子ども

 
前書き


お久しぶりです。はらずしです。

やっとこさ書くことができました……!

みんなのアイドルの登場だよ!

 

 




朝目覚めると、隣には可愛らしい妹の寝顔。

昼出かければ、隣には無邪気な妹の笑顔。

夜寝ようとすれば、隣には涙を溜める妹の素顔。

一日中、片時も離れたくないと言わんばかりに隣にいつづける彼女に、兄は苦笑する。

妹の願いに、ではなく。
こんな幸せが、“家族”といられる幸せが、自分に降り注いでいる時間に、苦笑すーーーーーーーーー




ーーーーーーピシッ……!




大量のしかばねの塔を築く。

一人、また一人と数を増やし続け、塔には(いろ)をつけ、身体に傷を刻み込む。

手は血で汚れ、目は淀み、なにも見通すことなど出来ない。

その目が捉えるのは、塔の天辺に飾られた屍体。

最も近く、最も遠い“ソレ”は、手を伸ばす。

「ーーーーーー」

何かをしゃべっているようだ。
……なにも聞こえない。
口を動かしているが、わずかな動きしかできず、読み取ることすら不可。


だからーーー“ソレ”を斬って捨てた。文字通りに。


そして塔の頂上にたたずむ《鬼》は、嗤った。


なおも口を動かそうとする屍体の遺言をリピートし、哀しく嗤った。



■いす■■っ■■、■■■ぃーーーーーー



ーーーーーービシィッッッ!!









「くあぁ〜……よく寝た」

リュウヤは目を覚ますと、ググッと伸びをしながらあくびをもらす。

涙の溜まった目尻を拭いながら、先ほどまで見ていた夢を思い出し、ため息をついた。

「懐かしいな……」

特に感慨もなく、ただテンプレのようにつぶやく。

もう半年以上も前の話だというのに、未練がましく夢を見るあたり、人間ってすげえとか適当な感想を無理やり自分に押し付けて窓から空を見やった。

時刻はまだ日が登っていない早朝。夜型人間でもない限り誰もが眠りについている時間帯だ。

それはリュウヤの泊まるこの部屋でベッドを占領している少女も例外ではなく、すーすーと可愛らしい寝息を立てながら寝ている。

昨日の晩に会ったばかりの幼い少女を自分の部屋に泊めさせ、ベッドで寝かせていると誰かに聞かれたら社会的に死ぬと頭の片隅で恐怖を覚えつつ、つい出てきた言葉は、

「少しは、吹っ切れたみたいだな……」

昨日、相棒を失った悲しみで泣き崩れ精神が安定していなかった彼女は、しかし今はどこか穏やかそうに眠っている。

その彼女の寝顔にリュウヤは笑みをこぼし、除けられた布団をしっかりとかけてあげると静かに部屋から出て行く。

冬の朝日の見えない薄暗闇が空を覆うこの時間は、少々どころではなく寒い。
寒いなぁ、と独りつぶやく彼の言葉は、彼と一緒に闇へと消えていった。










「そんな顔すんな嬢ちゃん。かわいい顔が台無しだぜ?」

突然現れ、シリカを助けた青年が初めて放った言葉がそれだった。




シリカは《ビーストテイマー》という、かなり珍しいプレイヤーだ。
詳細は省くが、稀に出現する、プレイヤーに害意を持たないモンスターをテイミングしそれが成功するとそのモンスターを《使い魔》にでき、晴れて《ビーストテイマー》となる。

珍しいとはいえ《ビーストテイマー》は少なからず存在する。
しかしシリカはそれに輪をかけて珍しいプレイヤーだった。

彼女がテイムしたモンスター《フェザーリドラ》は彼女以外、誰もテイムに成功したことがないのだ。

その珍しさと、彼女自身の年齢や容姿から《竜使いのシリカ》と呼ばれ、周囲からアイドル扱いされていた。

彼女は未だ中学生くらいの年齢だ。つまり精神的にもまだ幼く、チヤホヤされ続ければつけあがり、自惚れる。

それは致し方ないことかもしれない。
いきなり戦闘の世界に放り出されたしまった無力な少女が、周囲の自分に対する態度で、自分は本当は特別な存在だったのだと慢心するのは、不思議ではない。むしろ当然と言えよう。

だが結局はその慢心が、言葉通り彼女の、いや彼女の相棒の身を滅ぼすことになる。


初めは些細な口論から始まった。

少し前から参加していたパーティーで、ダンジョンを冒険していた時だ。

そこは三十五層の北部に広がる《迷いの森》と呼ばれるダンジョン。
いくつも存在する、フロアボスを屠ることに焦点を置いている攻略組が手を出していない場所であり、中層ゾーンのプレイヤーたちが冒険する場所の一つでもある。

そこで朝から一日中、彼らは存分に冒険に専念していた。
シリカが参加した六人のパーティーは手練が多く、トレジャーボックスをいくつも発見し、モンスターも不安なく狩っていると、いつのまにか多くのアイテムと金額(コル)を手に入れていた。

そして日が暮れはじめ、そろそろ引き返そうとした時、もう一人の女性プレイヤーが言った。

ーーー帰還後のアイテム分配なんだけど。アンタはそのトカゲが回復してくれるんだから、ヒール結晶は要らないわよね。

牽制のつもりか、自分の紅い髪をくるくるといじりながら言う長槍を持つ彼女に、シリカはカチンときて反撃する。

ーーーあなたこそ、後衛でチョロチョロ動いてるだけでろくに前に出てこないんだから、クリスタルなんて使わないんじゃないですか。

そこからはもう売り言葉に買い言葉。パーティーリーダーである盾剣士の仲裁も焼け石に水。
ラチがあかないと怒りで沸騰する頭がシリカの口を動かした。

ーーーもう結構です。あなたとは二度と組みません。クリスタルも要らないです。あたしを欲しいってパーティーはいくらでもいるんですからね!

そう言い放つやシリカはパーティーを抜け、一人出口へと向かった。
《迷いの森》は数百を超える区画がランダムに出現し、区画を跨ぐごとに転移する。
街で売っている高価な地図を持っていない限り脱出するのは困難なのだが、シリカはそれすらも余裕で行けると思っていた。

ランダムに転移するとはいえインターバルは存在する。その時間内に次のエリアへと移動すれば何の問題もない。直行で出口へと向かえる。
そう考えていた。

だが、現実は甘くない。

まず、全力で走ってもギリギリのところでたどり着けないで、強制転移させられる。
次に、それが連続で失敗し、精神的な疲労を蓄積していく。
やがて、成功する可能性が無いに等しいと身に感じ始め脳内が絶望で埋め尽くされていき、縋るはランダムによって生まれる幸運のみになっていく。

そして、モンスターはすり減らされた精神状態のプレイヤーを狙うがのごとく、現れる。

まっすぐ北へ向かおうとするがことごとく強制転移され、回避できない戦闘を繰り返し、ついには精神的な疲労に加え体力も心許なくなり、更には回復アイテムの残量、ゼロ。

この状況下でシリカはただただ願う。

ーーーもう二度と自分が特別だなんて思いません。だからどうか、次のワープでエリアの端に飛んで……!

ランダムで強制転移する場所はこの森の北にある入り口のエリアも含まれる。転移でそこに飛ぶ可能性はゼロではない。

転移数秒前から目を瞑って祈る。
次に目を開けたらそこは出口ーーー


ーーーゼロでないだけで、そこに飛ぶ可能性はあまりにも低すぎる。


数秒たって目を開けると、そこに広がるのは先と変わらない鬱蒼と生い茂る木々に、宵闇に反抗するように光るコケたち。

はぁ、とため息をつき自分の運のなさに落胆していると、《ピナ》と名付けた小竜が警告を知らせるように鳴いた。

この鳴き方は小竜が使える索敵の範囲内にモンスターが現れた時のそれだ。

だが、いつもより表情が険しいような……?

ドッッッーーー!!

(な、なに……!?)

いきなり背後からの攻撃。モロに受けたシリカは抵抗すらできず前のめりにふきとばされる。
それでもなんとか受身は取りつつ危うく着地しHPバーを確認する。

そこに表示されていたのは赤く染まる一歩手前の黄色いゲージ。すぐさまポーチに手を伸ばすが、

(しまった、結晶もポーションもなにもないんだった……!)

シリカは歯噛みするが、主人の身を案じて寄り添う小竜が優しい吐息をかけてくれた。
少量ながら体力が回復していく様を見て、シリカはピナにありがとうとつぶやく。

それでも体力はその半分を下回っており、とてもじゃないが安堵できる領域ではない。
加えて、シリカを襲ったモンスターが、迷いの森最強クラスの猿人《ドランクエイプ》。その数三体。シリカの実力ではとても余裕でいられない。

だが冷静さは失っていない。しっかりとやるべきことを素早く思考する。

すぐさま短剣を抜刀し、ひと呼吸おいて、シリカから見て左側、酒樽をユラユラと揺らしながら棍棒を肩に担ぐ猿人に襲いかかる。

速さには自信のあるシリカはそのスピードで彼我の距離を殺し、逆手に持った短剣の刃を右腕に斬りつける。

そのまま敵を通り過ぎ背後から刺突。引き抜くと同時に跳び上がりうなじに斬り込みを入れつつ、猿人の肩を蹴って後方へとジャンプし着地。

背後からの攻撃が効いたのか、少々怯んでいる。そのスキをついて連続技《ファッドエッジ》を繰り出す。

その数秒の攻撃で大きくHPを減らした《ドランクエイプ》にトドメを刺そうとシリカは短剣を構え直す。
キィィンと音が鳴り始め、彼女の短剣の刃にソードスキルが立ち上がったことを示すライトエフェクトが輝きだす。

「やあぁっ!」

短剣の中級突進技《ラピッドバイト》が《ドランクエイプ》のHPを削り取るために、その身体を貫くーーーことはなかった。

標的にしていた《ドランクエイプ》が後方にさがり、後ろにいた仲間が無理やり割り込んで来たのだ。

つまり、強引な《スイッチ》。

(うそ……!?)

ソードスキルを発動させてしまっているシリカは止まることができずに突進する。
そこに待ち構えるは、悠々と棍棒を構える猿人の不敵な笑み。

全くスピードを緩めることができないシリカの刃に《ドランクエイプ》の棍棒が横薙ぎに振るわれる。
煌々と輝いていた短剣は次第にその光を明滅させながらシリカの手から飛んでいった。

ソードスキルが失敗に終わったシリカは技後硬直し動けない。それを見た《ドランクエイプ》は振り切った棍棒を切り返し、再度横薙ぎに振るった。

狙われたシリカは回避することも防御することも許されず、なすがままに。
HPも心許ない彼女に、この森最強クラスのモンスターの一撃。
ゆえに彼女は悟った。

もはや、死は必然。

徐々に迫り来る棍棒を見つめながら、彼女の思考はなんの雑念もなく、ただ死後だけを見据えていた。

棍棒が横腹に直撃し、彼女のHPを黄色から死の道を示す禍々しい赤へ変わり、やがて色さえ示さなくなる。
そして現実世界で彼女が頭に被るナーヴギアがプレイヤーの死を察知して、脳に直接電流を流し込み、脳を破壊するーーー

そんな未来を、シリカはなんの感慨もなく脳裏に浮かべていた。

だが、その未来が訪れることはなかった。

猿人の武器がシリカを捉える寸前、敵と同じように間に割り込んできた。
その者はしかし、猿人のような武器を持たず、敵を撃退するほどの攻撃力も持たない。
ただシリカを護るため、身を呈して彼女を庇ったのだ。

その者は、ペールブルーに彩られた自身の体毛を散らしながら棍棒の一撃により吹き飛ばされる。
それを見ていることしかできなかったシリカは叫んだ。

「ピナっ!!」

硬直が解けたシリカは背後の敵など顧みず、一目散にピナへと駆け寄った。

小竜の身体をそっと抱き上げ、すぐに気づいた。HPバーがどの色も示していないことに。
あえてどの色かと言えば、無色。
この仮想世界に存在できない証拠であり、こことは違う世界に存在してしまう証拠。

「ピナっ、ピナ!」

シリカは小竜の名前を呼び続ける。
消えないで、私を、一人にしないで。
そう訴えかけるように。

しかし、ピナは「キュル……」と小さく、弱々しく鳴く。主人の身が失われていないことに安堵し、満足したように。

そしてその鳴き声がピナの遺言だった。
シリカの腕の中でポリゴンの欠片となったピナは自身の羽を一枚残して消えた。

シリカの予見した未来は確かに訪れることはなかった。
だが対象をピナにした同じような未来が訪れてしまった。

それを目の当たりにしたシリカの頭の中に浮かんだのは、AIでしかないピナがなぜ主人のシリカを助けることができたのか、主人の安全を身を呈して庇うなどありえないことだ、などという機械的な思考ではない。

当然、憤怒の感情で支配されていた。

判断を誤り自分で自分を窮地に追い込んだこと。
ピナの前でなにもできず固まっていることしかできなかったこと。
思い上がり、自分は何でもできると思っていたこと。

上げればキリがなくなってくる。ひとつひとつの行動や言動に自分への憤りが収まらない。

積み重なった彼女の失態と不幸はピナという大切な相棒を失う最大の不幸を迎えてしまったのだ。

シリカはその不幸の一因となった猿人を見やる。そして即座にウインドウを操作し新たな武器を手に持った。

無論、ピナを死に追いやった敵を殺すために。

殺す、絶対に殺す。何が何でも殺してやる。

己の身が焦がれることも頭の中には想像していない。ただどんなことがあっても敵を殺す。
そんな思考を手に《ドランクエイプ》へと斬りかかろうと地を蹴った、その瞬間、


不幸の頂点にいた彼女に最大の幸運をもたらすかのごとくーーー彼が現れた。


それは一瞬だった。

特攻を決め込んだシリカを優しく引き止め、反動で尻餅をついたと同時に、

彼のキザな発言がシリカに届くか否かの刹那、

シリカが尻餅をつき目を閉じて、慌てて目を開けた瞬間に、

三体の《ドランクエイプ》はポリゴンと化して消えていた。

目の前には、青色と思しきパーカーをジッパーで閉めることなく全開にした男が。
彼は腕を交差した状態で固まっていたが、やおら姿勢を解きシリカへと歩み寄った。

「大丈夫か?」

片手を腰におき、柔らかな表情を見せる。
シリカはそれを目に留めたと同時に視界がブレ始めた。

瞳に涙を溜め、頬を伝う雫は滴り落ちる。
それと一緒に、願いが口から零れた。

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ……ピナ……」






涙を流し泣き続けること数分。
シリカは落ち着いて来たところで、助けてくれた人にお礼も言っていないことに気づいた。

シリカを助けた男性プレイヤーは、なぜかこちらに背を向けて、何も言わずあぐらをかいて座り込んでいた。

なぜ立ち去らないのかはさておき、言うべきことを伝えようとする。

「あの……」

そう声をかけると、背を向けていたプレイヤーは体ごとこちらに振り向き、言った。

「落ち着いたか?」

「は、はい。あの、助けていただいてありがとうございました」

「気にすんな。それに、お前の友達、助けてやれなかったしな……」

先ほどのキザな発言とは対照的に、シリカから顔を逸らし謝罪する姿は、ギャップがあって少し反応に困ってしまう。

「いえ……自業自得、ですし」

自分で言っておきながら、自ら得た業にしてはむごすぎると思う。どうせなら、自分が死ぬべきだった。こんな喪失感を得るくらいならいっそーーー

「嬢ちゃん。変なこと考えんなよ」

段々とうつむいていくシリカにかけられた声はシリカを思考の闇から引き上げる。
ピンポイントでシリカの思考を読んだような言葉にハッとして男を見ると、こっちも明るくなりそうな笑みを浮かべていた。

「それに、絶望の淵にいるってわけでもねえしな」

「どういう、ことですか?」

この状況のどこが絶望ではないのだろうか。不審感や憤りといった感情の前に疑問が前に出る。
首をかしげるシリカに男は指をさした。

「ほら、そのアイテム。ちょいと確認してみ」

男が示したのはシリカの手にあるペールブルーの尾羽。単純に相棒の形見だと思っていたシリカは今更ながら羽が残る現象に疑問符を浮かべる。

通常は死んだらポリゴンとなって四散し後に何も残らないはずなのだが、これは一体どういうことか。

とりあえず指示されたように羽をダブルクリックすると、アイテム名が表示された。

《ピナの心》

「ピナ……」

「あぁ待った待ったぁ!泣くの後!気持ちは分かるがそれで話終わりじゃないから!」

アイテムに記された名に、涙を浮かべそうになるシリカを男は焦ったようになだめる。
その焦りようが少しおかしくて、泣きそうになるのを堪えられた。

「よしよし、泣くなよ〜。いいか、よく聞け。そのアイテムがあるってことは、生き返らせることが可能ってことだ」

「ほ、本当ですか!?」

絶望から一気に希望の園へと舞い上がったかのように表情を明るくするシリカ。
男は話を続ける。

「まだ認知度が低いんだけどな。四十七層にある《思い出の丘》っつうフィールドダンジョンでゲットできるアイテムに、使い魔を蘇生できるやつがある」

「よ、四十七層、ですか……」

降って湧いた幸運が、一気に遠ざかっていく。四十七層といえば今いる層から十二も上のフロアだ。

攻略組には劣るものの、コツコツとレベルを上げてきたシリカでさえ今のレベルは44。
安全マージンを取ろうとすると今から15レベルの上昇が必須。

だが、それさえできれば。時間をかけてもそのレベルに到達すれば、ピナは帰ってくるのだ。

そう奮起するシリカに、しかしリュウヤは彼女の心中を計ったように告げる。

「あとな、使い魔蘇生できるの、死んでから三日までだ。それ以降は《心》が《形見》になっちまう」

「そ、そんな……」

一気に奈落の底へと落とされたシリカは悄然とする。
たった一度の過ちが、彼女の相棒を死に至らしめた。それを償う機会すらもう与えられないのかと。

目に涙が浮かび始めるシリカをよそに、男が立ち上がるそぶりを見せた。
去っていくのだと予感したシリカはせめて助けてもらった礼だけでも言おうと、うつむいていた顔を上げる。

そこに見えたのは、ウインドウを操作している男の横顔だった。

「まぁ泣くな嬢ちゃん。まだ三日もあるんだ。十分間に合う」

言いながら操作を続けていると、シリカの目の前にトレードウインドウが開く。
そこに流れ込んできたのは見たことも聞いたこともないアイテム名の数々ーーー。

「これ使えば五、六レベルくらい底上げできるはず。あとは……俺がついてきゃ完璧だな」

「へ……?」

少し間の抜けた声を出してしまう。
自信満々な表情で言う男の真意も分からない上に、彼の素性も当然未知。

ただ、恐いとは思わなかった。
先ほどシリカを助ける際に《ドランクエイプ》を一瞬にして倒して見せた時もそうだが、圧力といったものが全く感じられない。

男性の特徴と言える広い肩幅や、シリカが見上げられるほどの高身長、完全に声変わりを済ませた低音ボイスは、彼を年上と認識できるし、それ相応の雰囲気を醸し出しているはずなのだが、しかし少し童顔に見える顔立ちや、彼の子どもっぽい物言いとあっけらかんとした態度がそれらを台無し(?)にしている。

「なんで、そこまでしてくれるんですか?」

だから、男に対して覚えたのは警戒心ではなく純粋な疑問だった。

デスゲームと化した《SAO》にて、通常の社会より遥かに「甘い話には裏がある」という言葉の信ぴょう性が高い。

だが、目の前にいる彼はそういう輩ではないと、どこか直感めいた何かがあった。

そして彼は、操作する手を止め、口を開いた。

「え?……いや、目の前で困ってる美少女がいたら手を差し伸べるのが普通でしょ。紳士として」

さも当然のように言い切る。
シリカはポカンと口を開けた。
その様子に、男は焦ったようにまくし立て始める。

「あ、あくまで紳士としてだよ?カワイイは正義という常識にして不変の定義を前提とした人助けだよ!?そこに美少女との伝手ができるぜやっほ〜いとか邪な感情は一切ないからね!?」

「………ふふ、あははっ!」

身振り手振りも合わせて舌を回す男に、シリカはたまらず吹き出してしまう。
以前、シリカはプロポーズを受けたことがあった。未だ十三歳の身で、現実では告白すらされたことのない少女が、大の大人にそんなことをされれば恐怖しか感じない。

その人以外にも、下心を抱えてシリカに近づいてくる男は幾人もいた。シリカはそれらを全て恐れて避けていた。
けれど、目の前で慌てふためいている彼に、その恐れなんてなにも感じない。むしろ愉快と感じれる。

それに、

「そうそう。女は笑顔が一番だ」

つい数瞬前まで慌てていたのが一転、滲み出る優しさが見える表情。
ポン、とシリカの頭に手を置いて、彼は言う。

こんな彼を、それこそ下卑た男たちと同類のように扱うには、シリカの心は大人びていなかった。

「えっと、これだけじゃ足りないと思うんですけど……」

冷たい死線に触れた直後の、身にしみる暖かい優しさにそのまま流れていきそうな感覚を引き戻し、シリカはトレード欄に自分の全財産を振り込もうとした。

けれど、男はその前にウインドウを閉じる。

「要らねえって。どうせ売る予定だったしな」

「でも……」

「男には、カッコつけたい場面があるんだよ」

分かるか?と視線で訴える表情を見るに、これ以上食い下がったら逆に失礼だと納得し、シリカは男の善意を受け止めた。

それはそれとして、とシリカは手を差し出した。

「あたし、シリカって言います」

「ん、俺はリュウヤだ。少しの間だがよろしくな、シリカ」

リュウヤと名乗ったパーカー姿の男は快活な笑みを見せながら、シリカの手を握った。

「ほんじゃ、ま、とりあえずこの森抜けますか」

「あ、はい!」

リュウヤの後ろを歩きながらふと、シリカは一つの疑問を浮かばせた。

この人、なんでここにいるんだろう……?











地図を片手にしばし歩くこと数分、早々と森を抜けたシリカとリュウヤは三十五層主街区《ミーシェ》の街並みを歩いていた。

時刻は陽が沈みきって夜の帳が下りる頃。
街には夜型プレイヤーたちがダンジョンに向かう姿と、昼間に冒険を終えたプレイヤーたちが酒場で盛り上がる姿と、対照的な人影が行き交っていた。

中層プレイヤーたちの主戦場ともなっているこの層では他の層に比べて人が多い。おそらく一番ではないかとシリカは思っている。

賑わう人々や、レンガで造られた建造物を物珍しそうに眺めているリュウヤ。いつもはこんなところに来ないのだろうかと考えるが、聞きはしなかった。

そんな中、二人で歩いていると、待っていたと言わんばかりに駆け寄ってくるプレイヤーが数人。知り合いの人たちだ。
シリカがパーティーから抜けた話を聞きつけ、早くも勧誘に来たらしい。

「ご、ごめんなさい……お話はありがたいんですけど……」

なるべく嫌味な受け答えにならないよう言葉を慎重に選びつつ、頭を下げながら断っていく。
そして、シリカたちのやり取りをどこか含みのある視線を送っているリュウヤを見やり、

「しばらくこの人とパーティー組むことになったので……」

そりゃないよー、と口々に言う勧誘者たちの目はシリカの傍に立つリュウヤに向けられる。

無理もない。パーティーを組むといった男は一切の防具をつけていない。しかもタンクトップにズボンのみ。加えて武器もどこにも見当たらない。これではシリカの言がウソと思えてしまうだろう。

元々、出会った時から武器を見ていないシリカだが、防具に関しては知っていることがある。
彼は圏内に着いた途端、身につけていた物を全てストレージに入れたのだ。
不思議に思って聞いてみると、

「戦闘用の格好してっと息苦しいんだよな〜」

そんなにたいした意味はないと言う。
それを聞いた時は変わった人だな、と思っただけだが、今更になって身につけておいて欲しいと思い始める。

とはいえ、身につけていたのは青いパーカーと龍を象ったようなピアスに、二つのリングが通されたネックレス。

どちらにしろこの人はナメられるのだろうなと思うとなんだか嫌な気分になる。
本当はそんな人じゃないんだけどな、とリュウヤの腕前の一端を知るシリカは内心つぶやく。

「おい、あんたーーー」

シリカを特に熱心に勧誘する両手剣使いの男性が一人、リュウヤの前に立ち、睨めつけるような視線を送る。

「見ない顔だけど、こっちは前からこの子を誘ってたんだ。抜けがけはやめてもらいたい。ルールってものがあるだろう」

少し険悪な雰囲気を感じたシリカは黙っているリュウヤの顔を見た。
リュウヤもこちらに気づき、大丈夫だと目で語る。
ホッとしたシリカはしかし、どこか強烈な違和感を感じた。大丈夫だと言う割には、リュウヤの笑みに含みが感じられるーーー?

嫌な予感が身体を通るが時既に遅し。
リュウヤは「面白そうに」口を開いた。

「おいおい、人聞きが悪いな。俺はなにもルールにゃ反してねえぜ?」

「はぁ?」

意味不明だと告げる男にリュウヤは殊更マジメぶって答えた。

「獲物を取るのに、順番もクソもあるかっての。女を取るのにルールはない。それがルールだろ?」

「なん……だとっ!?」

「雑魚臭たっぷりのセリフをどうもありがとう。それと、これからしばらくの間、楽しくやるつもりなんで、そろそろ行かせてもらうわ」

グイッとシリカを抱き寄せるリュウヤは歩き出し、肩越しに男を振り返って、

「あ、お兄さん方、無粋なマネはよしておくれよ?」

とセリフを置いてその場を離れた。
唖然とする男たちの視線が痛くて、一刻も早く離れたいがために足早に歩くシリカに、リュウヤも歩幅を合わせる。

ようやくプレイヤーたちの姿が見えなくなったところで、シリカはリュウヤに詰め寄った。

「な、なんであんなこと言うんですかっ!完全に誤解されちゃいましたよ、あれ!」

「ん?なにもおかしなこと言ってないだろ?シリカ誘ったの俺だし、これから一晩楽しく食事をするつもりだし、そんな時にあんなヤツらが入ってきてもらっちゃシラけるし」

ウソはついてないだろ、と言うリュウヤだが、シリカは分かった。リュウヤはとぼけている。

「言い方が悪いんですっ。あんな言い方しなくても……その、一晩やるとか、なんとか……」

勢いある責め口調だったのが、段々と内容に触れるにつれ声が細くなっていき、顔も熱くなるのが感じられる。
徐々に下がっていく頭を、リュウヤは優しく上げて、

「どうした?顔真っ赤だぞ?」

「リュウヤさんのせいですっ!」

「俺?なんかしたっけかな〜?」

「もうっ、知りません!」

ぷい、と顔を背けたシリカ。その頬は紅潮しきっていて、怒られているというより照れの裏返しのように見える。
リュウヤはその様子に笑いながらシリカの頭をポンポンと叩いた。

「すまんすまん、ちょっと調子に乗りすぎた。けど、あそこまでしないとあいつらしつこいだろうし、シリカもそういうの嫌なんだろ?」

「えっ……?」

「大人からああいう寄ってこられ方するのに怖がってしまうのは分かる。ま、アレでちったぁ大人しくなってくれるんじゃねえかな」

まるでシリカの、若干の男性恐怖症を知っていたかのように話すリュウヤに驚きを隠せない。
一言もそんなこと言ってないのに。

「あの、なんで……」

「ま、そんなことはさておき、行こうぜ。どっか連れてってくれるんだろ?」

「は、はい。えっとーーーそこの宿屋にあるチーズケーキが美味しいんですよ!」

「ほう……?美味いもんに宿付きたぁ、好条件だな」

「あっ、リュウヤさん、ホームはどこですか?」

「ああ、気にしなくていい。どうせこの層で泊まるとこ探してたんだ」

「じゃあ一石二鳥、ですね」

「その通りだな」

ははっと笑うリュウヤにつられてシリカも笑みを浮かべる。
この人といるとなぜか心が落ち着く。まるで優しく照らしてくれる太陽のような存在感だ。
だから暗くなる思考がいい意味で強制的に明るくなっていくから、傷心中のシリカにとってとても居心地が良い。

だが、そんな彼女の目の端に、見覚えがあるプレイヤーが映った。
つい先ほどに、ケンカ別れしたパーティーの一団だ。その中には当然、ケンカの原因になった女がいる。

会いたくないし、話したくもないシリカはさっさと宿である《風見鶏亭》に入ろうとするが、女の声がシリカを捉える。

「あれ、シリカじゃない」

向こうから声をかけられては無視するわけには行かず、シリカは槍使い、名をロザリアといった女を直視せずに立ち止まる。

「へぇ〜え、あの森脱出できたんだ」

それだけを言うなら帰ってくれと祈るが、相手はシリカを離すつもりはないらしい。そして目ざとくシリカの方が空いているのに気づき、嫌な笑みを見せた。

「あらぁ……?あのトカゲ、もしかしてぇ……」

「死にました。でもーーー!」

最後まで言わせるのが嫌で自分から事実を告げる。そして言い返すつもりで宣言した。

「絶対に生き返らせて見せます!」

その言葉に槍使いの女は眉をピクリと震わせる。

「へぇ、てことは《思い出の丘》に行く気なんだ。でもあんたに攻略できるかしら」

「できるに決まってんだろ」

無謀な挑戦だとあざ笑う槍使いに、リュウヤがいきなり割り込んできた。それも強い口調で。
その彼の表情はさっきとなんら変わらないのだが、どこかが決定的に違う。

そんなシリカの思考をよそに話は進む。

「難易度が高いわけじゃねえしな。中層ゾーンのプレイヤーでもパーティー組みゃなんとかなる」

シリカは行ったことがないからなんとも言えないが、彼が言うならそうなのだろう。シリカとは比べ物にならない強さを見せた彼の判断は、シリカの希望をより明るくする。

そして槍使いに言い返す様はそれだけでシリカは救われた気分になった。

だが、そこで話を終えれば良いものの、リュウヤは付け足すように言い始めた。

「あ、でも〜、あんたにゃいくら護衛つけても無理かな〜」

「な、なんですって……?」

「いや、未成年の少女いたぶって悦に浸ってる底意地の悪さとかがシステムに反映しちゃってぜってぇ全滅すっからさ。アッハッハ」

「り、リュウヤさん……?」

笑ってる。笑ってるのだが、なぜだろう。目が完全に据わってる。
一から十まで隙間なく挑発の言葉を口にするリュウヤに、槍使いは鼻で一つ笑って態度を保った。

そしてリュウヤの体を無遠慮にも値踏みするように眺め回し、その紅い唇で再度あざ笑う。

「あんたもその子にたらしこまれた口?見たとこ全然強そうに見えないけど」

シリカは体が震えるのを感じた。自分だけでなくリュウヤまでバカにされたのだ。これほどまで唇をかみしめるような思いはしたことがない。

が、それはリュウヤも同じようで。

ーーーシリカはそれを聞いた後、こう思ったものだ。

(あ……この人子どもだ)

「いやぁ、さすが、年増のババアが考えることなんておれには想像もつかないね。ましてやゲーマーだもんね〜。お相手いなくて寂しかった?残念、もうあんたみたいなババア相手してくれるやつなんて他のゲーマーしかいないから。かわいそうだねぇ、その年になってまだそんなこと考えてるとか。草生えるわ。あ、なに、もしかして誘ってるの?バァ〜カ、てめえみたいなクズで大物気取ってるカスの年増ババアの相手なんかするわけないでしょ?あーヤダヤダ。寂しかったらそこらで痴女ってろクソババア」

ロザリアがブチギレたのも無理はなかった。











 
 

 
後書き


はい、いかがでしたでしょうか。

リュウヤが完全ガキなのは
もはや私の責任です。

すみません、ロザリア嫌いなもんで……

あと、かなり中途半端な切り方に
なってしまってます。

すぐに続きは書きますが、なんとか今日に
投稿したかったのでこういう形式をとらせて
いただきました。

さて、次回ですが、
シリカと楽しく食事のところからです。

それではまたお会いしましょう。
See you!
 
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