| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

21部分:第二十一章


第二十一章

 だが。深刻な事態に陥っている者達もいた。
「館には辿り着けぬか」
「残念ながら」
 あの老人と野島であった。二人はあるホテルの一室で困惑した顔で互いを見合わせていた。豪奢な白を基調とした部屋であった。スイートルームであるらしい。この老人には何故か似合う部屋であった。和服を着、ステッキを手に持っている。そして葉巻を手にしながら彼は野島と正対していたのであった。
「念も届きません」
「むう」
 老人はそれを聞いてまずは唸った。
「実はわしの念もじゃ」
「御前の念もですか」
「そうじゃ。どうやら強力な結界を張っておるらしい」
「結界を」
「その為じゃな。念も届かぬとは」
「ですが御前の念まで防ぐとは」
「何、わしの念は実は大したことはないのじゃ」
「御戯れを」
 しかし野島はその言葉を信じない。
「御前の念ならば」
「あの二人程ではないという意味じゃ」
「二人といいますと」
「言うまでもないと思うがのう」
 老人の返事は素っ気無いものであった。
「二人と言えばすぐにわかるじゃろうが」
「では」
「左様、あの二人じゃ」
 野島はその二人が誰と誰なのかわかった。老人はそれを表情から読み取ると満足そうに笑った。
「あの二人は天才じゃ」
「はあ」
「生まれついてのな。魔術と占術の」
「そして力も」
「うむ。あれだけの力の持ち主はそうはおらぬ」
 どうやら彼はあの二人に対して並々ならぬ信頼があるようであった。
「ただ、二人共どうにも困ったところがあるがな」
「松本様はとりわけ」
「家の娘達に手をつけておるだろうな」
「それは宜しいのですか?」
「何、女が女に手をつけて怒るのも何じゃ」
 彼はそれは一笑に伏した。
「例えばじゃ」
 そのうえで言った。
「御主の妻が女に寝取られたならばどうする?」
「女にですか?」
「そうじゃ。男ならば許さぬであろう」
「無論です」
 野島はその言葉には迷いなく答えた。
「生かしてはおけません」
「そうじゃな。わしだってそうじゃ」
 どうやらこの老人は歳に似合わずかなり血気盛んのようである。今時ここまで言う者はそうはいない。
「じゃが。女ならどうしてよいかわからぬであろう」
「確かに」
 野島は少し首を捻ってそう返した。
「相手が男なら浮気になりますが女ですと」
「寝取られたわけではない」
「ええ」
「難しいじゃろ。どうにも怒る気になれぬ」
「ですね。釈然としないものがありますが」
「それと同じじゃ。家の者に彼女が手を出しても咎めるつもりはない」
「ですか」
「これが彼であってもよいのじゃがな。実は」
「速水さんはまた」
 野島は釈然としない顔から普通の顔に戻った。そして述べた。
「他の女性には興味がおありでないようで」
「相変わらずじゃな」
「はい、松本さんだけを見ております」
「無理じゃと思うがのう」
 老人はそれを聞いて顔を少し上げて呟いた。
「高嶺の花とかは言わぬがあれは」
「この世にある花ではありません」
「そうじゃな。言うならば魔界の花じゃ」
「はい」
 野島はその言葉に頷いた。
「彼には。添ぐわぬと思うがのう」
「そうは考えていないようで」
「困ったことじゃ」
 それを聞いてふう、と溜息を出した。
「顔も性格もいいとは思うがのう」
「松本さんの様に破綻しておりませんし」
「そうなのじゃ。勿体無いことじゃ」
「何はともあれ今は館には御二人がおられますが」
「最初はわしと御主を入れた四人であたるつもりじゃった」
「はい」
 野島はまた頷いた。
「ここから帰ってからな。じゃが読まれておったか」
「残念なことに」
「敵はどうやら。館の中におったようじゃな」
「私はおろか御前にも感じさせない者がいたとは」
「かなりの使い手なのは間違いないな」
「ええ。それもかなりの」
「誰じゃと思う?」
 御前は八条の目を見て問うた。
「それによっては大きなことになるが」
「と言われましても」
 だが彼にも今一つこれといった心当たりが思い浮かばなかった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧