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或る短かな後日談

作者:石竹
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彼女達の結末
  一 姉妹


 真紅の広場、死肉と粘菌に塗れた床。私達の築き上げたアンデッドの残骸。彼等の遺体は絨毯めいて視界に広がり、背を向け、扉を潜っても、もう。私たちに襲い掛かる事も無ければ、動くことさえ、呻くことさえ。解体し終えても。彼等の肉と、粘菌を。使って体を直しても、未だ、未練を断ち切る事は出来ず、出来ないけれども。こんな、巫山戯た人形劇を。後日談を。終わらせる為に、歩き、歩いて。

「……リティ」
「分かってる。マトも気を付けて」

 物陰、暗がり、影に隠れた。人間のそれとは異なる足音、這う音。時折姿を見せる小型の変異昆虫。しかし、それよりもずっと大きな個体の足音もまた、この地下通路に転がって。
 虫は、どうも好きになれそうに無い。環境に適応し、この世界の至る所で生息するそれ等が……あのこともあってだろう。私は、苦手らしい。
 今の所、襲っては来ない。しかし、刺激したならば……いや。何か、気紛れにでも。それ等が私達へと向けて、牙を向けないとは限らず。一刻も早く、元凶の元へ、と。焦る気持ちを抑え込み、警戒しつつ奥へと進む。

 私達は遂に。目的地。私達を生み出した、ネクロマンサーが潜むであろう、この場所に。二人、二人だけで辿り着いた。
 彼女は。私達よりもずっと先に、届かぬ場所へといってしまった彼女は。ネクロマンサーの思惑も、私達を作った意味も。知らないまま……いや。知らないほうが良いのかも知れない。死人を動かし、過去の仲間を(けしか)けて。きっと、その、目的は。私達の苦しむ姿を見て笑う……そんな、下卑た欲望。悪趣味な遊びに他ならない。
 彼女は。幼く、優しい、彼女は。知らないままで良かったのかも知れない、なんて。本当は。あの時救えなかったことを、自分に都合の良いように。理由をでっち上げているだけ。それでも。
 もう私は。自分の思いに、足を絡め取られること無く。この後悔も。この自己嫌悪も。心の内に渦を巻かせたまま。受け入れたまま。
 歩いて行く。胸の内に積もり積もった思いを溶かすだけの答えは、未だ、見付からず。ネクロマンサー、憎むべき敵を。倒したところで、見付かるかどうかも分からない。分からずとも。

 進んでいく。彼女の手、握り返すことの出来ない彼女に代わって、しっかりと。離れぬように握り締め。

「大丈夫」

 そんな、私に。彼女は、言う。

「離れないから。何があっても」

 彼女には随分と私の弱い部分を見せてしまった。見せてしまっても、尚。嫌うことさえなく。こうして、共に居てくれる。それは、自分の命を守るためだけではない。彼女は、最後まで。私と共に在り続けようとしてくれた。その、姿を。あの笑顔を、思い出して。

「ありがとう……本当に」

 感謝しても、しきれない。言葉だけでは伝わらない。だから。

「……こっち、こそ」

 私も。行動で示していこう。私と離れないで居てくれる、彼女から。離れることなく。引き離そうとする手に抗い続けよう、と。
 本の少し。顔を赤らめ、視線を外す。彼女の歩みと歩みを合わせて。
 奥へ。奥へと。取り戻しつつある記憶、その過去の中でいつか歩いた。ぼんやりとではあるけれど、この通路には、覚えがある。恐らく、あの広場も。電車の終点、駅を潰して作ったもので。その、駅も。私が生きていた頃には既に廃線。電車は撤去され、隔壁で塞いでいたはずで。
 私の記憶が正しければ、この通路の先には一般市民の暮らす地下都市に続いていたはず。そして、その先には。

 軍基地。私が、彼等と共に所属していた、軍事施設があるはずで。ネクロマンサーが居るとするならば。きっと、其処に居るのだろう。

「この先に、街があるはず。マトも覚えがあるかも知れないわね」

 徐々に浮かび上がる記憶。その、記憶を伝えても。

「……私は、何も思い出せない」

 彼女は。浮かない顔で。

「……その内、色々と思い出せるよ。多分、マトも……私達は皆。生きていた頃は、此処に居たんだと思う」

 何の関係も無い者を、こうして弄ぶことは無いだろう、と。恐らく、此処で生まれ、此処で死に。何らかの理由があって蘇らせ、何らかの理由があって悪意を向けているのだろうと。
 ならば。生前の私達は。一体どのような生き方をしたのか。どのような死に方をしたのか。と。

 思いを馳せながら。私達は。
 通路の終わり。開きっぱなしの扉の先。

 記憶の中に浮かぶ街へと。歩みを、進めた。





 日の光に見立てた照明が、導入されたのは何時のことだったか。人工太陽、日光と。街が浮かれたあの日のことを思い出す。
 空の色に見立てた天井が、導入されたのは何時のことだったか。朝が来れば青く明るく。夜になれば暗く、星空を映した天井を。一日中眺めた日が、確かに、有った。
 無数の建物。地下に築き上げた都市。地下であることを忘れるほどに巨大な。地下であることを忘れるほどに、綺麗な空の広がる街。

 街、だったのに。

「……予想はしていたけれど、酷いね」

 未だ稼動し夕暮れを映す天井は所々剥げ落ち。何かの襲撃を受けたらしい街は、破壊し尽くされ。崩れ落ちたビルの残骸は道路に散らばり。地上にあったあの街と同様か、それ以上に傷付いた。外のそれとは異なる赤に彩られた空は、酷く不気味に建物の影を浮かばせた。
 安全なはずの地下シェルター。なのに、何故。滅んでしまったのか。此処に住んでいた人々は――

 自分の、手を見る。生気を失った、白い手を。此処に住んでいた人々は、きっと。

「……生き残り、なんて。居ないでしょうね」

 私は。軍に所属していて。人々を守るために。襲い来る暴力から救う為に在った。けれど。
 守りたかったはずの街は。この、有り様。生きていた頃の私の過去は。どうやら、悲劇であるらしい。

「なにがあったんだろう。私達に」
「……やっぱり、思い出せない」

 寂しげな顔をしたマト。此処で生まれ育ったわけではなく、生前の彼女は、何処か別の場所で、とも。思ったけれども。
 彼女を私は。生前の私は、マトを。知っている気がしてならなくて。

「……ゆっくり思い出していけばいいのよ。ネクロマンサーを倒しさえすれば、時間はどれだけでもあるんだから」

 記憶を掬い上げる為の手掛かりは、この地下都市に幾らでも残されているはず。私が、この街を見て。見慣れた景色の面影を見て、多くの記憶を取り戻しつつあるように。彼女にとって馴染みある場所にさえ辿り着けたならば、きっと。
 左右に並ぶ建築物の群。沈む人工の太陽と、長く伸びた影。私達二人の影は、私達の進む方角へ。細く、長く、手を繋いだまま、伸びて。

 私達のほかに人影はなく。静まり返った地下都市。地上に残した廃墟の街に――此処もまた、同じく廃墟とはいえ――建築物の見た目、形、その並びは、砂に塗れたそれに似ていて。

 この街は。嘗て、新都と呼ばれた。残された街は、旧都……忘れることも出来ず。新たな街にその影を重ね、築き上げた地下の街。静かな街。

 音の無い街。声を失った街。そんな、静かな。只々、静かな、この街に。


 音が、響いた。



◇◇◇◇◇◇



 その発砲音は傍らを歩む彼女の銃のそれに似て。私達の足元、黒い地面を撃ち抜いた。

 何処から狙い撃たれたのか。銃声の聞こえた方角を見ても、廃墟。恐らく、割れ落ちた硝子、窓の向こう。暗がりの中に潜んだ敵による狙撃。敵の位置を確認しようとしている間にも、また。別の箇所からの発砲。相手が見えない分、数が分からない分。どう対処すべきか迷い。
 私の手を握ったままの、彼女は。私が迷う間に駆け出し。手を引き。近くの建物、古びた扉を蹴破った。

「マト、大丈夫?」
「大丈夫。どうする」

 外に出れば狙撃手に狙われ。しかし、このままここに居れば。現れるだろう敵に追い詰められるだろう。敵から姿を隠している今、打つ手を考えなければならない。

「……何処か、逃げる道はないかしら」

 見回せば、広い空間、机の残骸。引き裂かれたまま床に落ちたクロス。廃墟の奥には、蝶番から落ちた扉、その先に続く狭い通路。壁の色は褪せ、穴や抉った痕、黒い染み……
 止まった換気扇、厨房。僅かに匂う油の匂い、錆びの匂い。廃墟の裏手へと、彼女と二人で足早に進み行く。

「……昔は、飲食店だったのかもね。裏口があると良いのだけれど」

 彼女の言葉を聞くまで、此処が飲食店であっただろうということに気付きさえせず。言葉へと頷き……頷きながらも。目に映る景色を、蘇った記憶と照らし合わせ。自分の過去を思い出しつつある彼女と、自分の今、この現状を比べてしまって。無言のままに建物の奥、通路の奥。雑多な破片、瓦礫、靴の散らばる閉じた扉――拉げはしているものの、まだ、亀裂が入り傷んだ壁に張り付いたまま。明かりの漏れ出る扉を見つけて。

 彼女に視線を送る。重なった視線、頷き。肩に掛けた対戦車ライフルを構える彼女を横目に、扉へと向かい直り。

 力を込めた獣足。金属の扉を、その先、微かに響いた音の主へと向けて。
 全力で蹴り飛ばす。打ち飛ばされた扉は、鈍い音を立てて何かにぶつかり。ぶつかるも、勢いは殺されることも無くそのまま、扉の端、僅かに覗いた長い銃身……備えたそれごと吹き飛んで。

「援護お願い!」
「了解、気をつけて!」

 言葉は短く。外に飛び出すや否や、撃ち抜かれる足元、銃声。聞こえた先に目を向ければ、割れた硝子の向こう、一瞬、鈍く輝いた……銃を持ち、身を屈めようと、隠れようとするその影を。
 背後、聞きなれた発砲音。その音と殆ど同時に撃ち砕かれる、廃墟に隠れた狙撃手の姿。リティの構えたライフル、放った銃弾は狂い無く敵を撃ち貫いて。銃弾を撃ち出したその直後、身を潜めた彼女の真横、コンクリートの壁に銃弾が埋まる音を聞きながらも、裏通り――表側のそれよりも狭いその通りの中央へと躍り出て。

 今なら。リティが傷付く心配は無い。私一人なら。この程度の損傷、と。

 撃ち抜かれる。異なる方向から放たれた数発の銃弾は私へと埋まり、埋まり、衝撃に揺れ。けれど。肉は、粘菌は、体の奥へと入り込まんとする潰れたそれの行く手を阻み押し出して。吐き出した弾丸、零れた粘菌、再生する体。強靭なアンデッドの肉体、小さな傷はその場で塞がり。痛みを感じることも無ければ、幾ら銃弾を食らったところで大した問題ではなくて。

 私に向けて狙いを定めた狙撃手達が撃ち抜かれていく。突き出した銃口を目印に、響いた発砲音を手がかりに。彼女が引き金を引く度に、弾けるように噴出した赤、窓枠の向こうから落ちる影。一体、また一体と壊されていく敵の手駒。それ等へと目を向けながらも、彼ら。スナイパー達を率いる者が現れるのを待ち、構える。

「……このまま睨み合っていても、そっちの戦力が削れていくだけだと思うけれど」

 何処にいるのかも知れない。敵へと声を投げ掛ける。左右に並ぶ建築物、下がる看板、窓硝子。破れて転がったパラソルと、倒れたテーブル、圧し折れたベンチ……いつか見た、ような。けれど、はっきりと思い出すことの出来ない景色。あの扉から外を窺う彼女なら、何か、この景色を見て蘇る記憶もあるのだろうか、と。

 文明の残り香。朧な記憶、蘇ろうと浮かび上がったそれは、けれど。砂漠の中の残骸と同じ。風に吹かれ覆い被さる砂粒に、記憶を覆って沈ませていく靄の中に沈んだままで。

 見つめ、見つめ。嘗ての街、何時の間に止んだのか、無数の銃声、傷の再生。足元には幾つもの、潰れた弾丸。私の肉に、粘菌に押し出されて落ちた、小さな鉄屑か転がっていて。そして。
 幾らかの距離を置いて。建築物の裏。ゆっくりと姿を覗かせたのは、赤い帽子。それをつかんだ細い腕――現れたそれを、反射的に撃ち抜こうとした彼女の指が引き金に乗せられ、そのまま。発砲する事のないまま、用心金へと掛けられるのを見て。

「……マト」

 頷く。それは、他のアンデッドと異なる。明確な意思を持っての行動。恐らく、私たちと話をするため……姿を見せたその途端に、彼女の持った巨大な銃で。撃ち抜かれないようにするための行為で。
 その、帽子と腕。覗かせたのも、数秒の間。再び建築物の裏へと姿を隠し。その腕の先……帽子の持ち主。灰色の髪、僅かに褐色のかかった肌……少女の姿。腰に下げた二丁の拳銃。纏った服は傷み、汚れ、それでも。それが、軍服。リティの着たそれと同じものであると、理解出来て。

 彼女は。建物の影から進み出ても、口を開くことなく、その。目深に被った帽子の影から瞳を除かせ、睨み合うのみ。飲食店の廃墟から私の横へと歩み出たリティと共に。彼女から目を離す事無く、そのまま。数分の間、そうしていて。

 彼女もまた。あの、キメラや、浮遊する少女のように強い自我を持ったアンデッド……サヴァント、なのだろう。造物主によって作られたアンデッド。私やリティと同じように作り出された……そしてきっと、同じように弄ばれている。目の前の彼女も、ただ、置かれた場所が異なっただけで。、私達と全く同じ境遇なのかも知れない、と。

 見つめあい、見つめあい。視線を交わし続け。思考を廻らせ続けて。


「……キメラを。キメラをやったのは、お前達か」


 彼女が。赤い帽子を被った彼女が、口を開く。その言葉は、躊躇いの中。どんな言葉を投げかけるかを選び、言葉を探し……やっと選んだ、と、いうように。

「…………ごめん」

 言葉を。思い浮かべる彼女(キメラ)の姿。私と同じ顔をした彼女が、激昂する姿。もがき苦しむ姿。泣き叫ぶ姿を、思い浮かべて。そんな。言葉を返して。
 そんな私に。ふ、と。小さな笑みを。笑みを浮かべて。

「謝らないでよ。……襲撃したのは、キメラのほうなんだ。だからと言って、敵対していることには変わらないんだが」

 一瞬。少女らしい表情を浮かべ。言葉もまた、柔らかなそれから、硬い言葉。出会った時のリティにも似た……表情、口調へと戻って。

「……私達を通しては、くれないのね」
「通さない。通すわけには、いかない」

 リティが投げかけた言葉。その言葉に対しても……彼女達の服装。身に着けたそれが生前と同じそれであるならば、きっと。面識もあったのだろう。言葉を交わす彼女達は……けれど。目の前の少女の姿を見ても、思い出すことが出来ないようで。寂しそうに顔を顰め、顰めながらも、気丈に。言葉を紡ぎ。
 銃へと。彼女は手を伸ばして。リティもまた、ホルスターへと戻した銃へ。両手を伸ばした。その時に。

「っ!?」

 彼女の足元。赤い光、地面の焼き焦げる音。見れば。

 空中に浮遊する少女、何時現れたのか。機械の下半身、宙に浮き、光線を撃ち出したその姿は、あの時、地下のホームで見た。

「バルキリー! 何をしに来た!」
「クイーンの指示。援護する、ネメシス」

 言葉を交わすが早いか、機械の彼女は……バルキリーと呼ばれた少女は。腹部、備えた射出口。赤く光を放ち始めるその装置から、また――
 放たれる瞬間に。地を蹴り、撃たれた光線。それが、私達の居たその場所の先、地面を焼いた音を聞き。私達の回避、生じた隙と共に、右手の建物。先ほど彼女が現れた、その建物の影へと身を滑らせた……ネメシスと呼ばれた彼女は、私達の目の届かない場所へと身を隠して。

「マト、行こう」

 頷く。彼女は既に、その手に。巨大な銃を構えようとし。私も、また。力を込めた獣足、今すぐにでも跳び出せるところ。

「……終わったら少し、街を見て回ろう。何か、昔の手掛かりが見つかるかも知れない」

 思わず。彼女の顔を見る。彼女は、そんな私に。小さな笑みを浮かべていて。

 今から。自分達と同じ境遇の少女、彼女達と。壊し合わなければならない、この状況で。胸に、暖かな。暖かな思いが込み上げて来るのを、感じ。


 地面を蹴る。強く、強く。彼女の側を離れる、離れる瞬間に。

 言葉に。笑みで返して。


 大きく、半ば跳ねるように蹴りだしたアスファルト。次に着く足は、その勢いに、前へ前へと先走る体に、置き去りになりそうで。けれど。出鱈目な筋力、感覚は。その勢いを殺すこと無く。その勢いに、殺されてしまうことも無く。踏み込み、蹴りだし、また、加速して。銃弾にも似た勢いを以って、宙に浮かぶ彼女の元まで……影の落ちるその場所を目指し、駆け抜け、そして。

 右側、真横から飛び出した影。赤い帽子、灰色の髪。リティの持つものと同じナイフを逆手に握り、私へと向けて飛び出す、ネメシスの姿。
 酷く遅く流れる時間。目と目が合い。振り上げる余分な腕、備えた爪。半ば殴りつけるように振り抜いた腕、親指の変わりに突き出した鉤爪で。その、ナイフの刃先を受け止め、握り。駆け抜ける勢いと、腕の筋力。力ずくでその刃を捥ぎ取ろうとすれば。
 手を離す彼女。そして、私の足に掛けられる彼女の足。予想した抵抗も無く、足は止められ。突き出した私の腕、体は、体勢を崩し。彼女は――

「バルキリーッ!」

 言葉。廃墟の街に響く、ネメシスの声と。その、言葉に、指揮に。応えるように強く輝く、バルキリーの腹部……射出口――光線の前兆が、空に、有って。


 肩口を撃ち貫かれる。赤い光線は私の肉を貫き、背から抜け地面を焼いても尚途切れる事無く、そのまま。切断せんと、輝き続けて――


 ――腕を切り落とされる、否。腕を切り落とした時の光景。あの時。私とそっくりな姿の。彼女の腕を切り落とした時の光景が、脳裏に浮かび。私もまた、あんなふうに。私がやったように。この、腕を。腕を――


 ――発砲音が鳴り響く。私の想起した、キメラの姿が掻き消される。そして、銃弾が。機械の体を穿つ音。金属同士がぶつかる音。肉が壊れる音とは異なる、生き物ではない、冷たいそれを壊す音と。音と共に、光線が途切れ。幾らかの粘菌が溢れ零れるも、切断されるその前に止んだ損傷と、塞がり始める傷。前のめりに倒れゆく体を、地面に着いた片腕、曲げ、伸ばし。宙へ浮いた体、その勢いのままに前転し、体を捻り、彼女、ネメシスへと向き。着地すると共に、ナイフを投げて。

 腹に。彼女の腹に突き立つ刃。一瞬、苦痛に……私達と同じ。感じないはずの苦痛に顔を歪めるも。やはり、痛みは感じないようで。自分の腹に突き立ったそれを、忌々しげに引き抜いた。

「……乱暴な返し方だ」

 私を睨みながら刃に着いた粘菌を振り払う。対する私は体勢を整え。地面に足を着く感覚、彼女の前に立ち。ネメシスの背後、さっきまで私が居た場所に立ち、銃を構えるリティを見やり。銃を構え、小さく頷く彼女の姿に、言葉を続ける。

「……あなた達は、何なの」

 ネメシスもまた。視線を一瞬、上へと移し、口を開く。

「キメラと同じ。私達はネクロマンサーに作られた……奴は、私達を総じて、サヴァントと呼んでいる」
「……私達は……その、ネクロマンサーに会わないとならない。通して欲しい」
「先にも言った筈だ。……通すわけには、いかない。そういう、命令だから」

 ナイフをホルスターへと戻し。二丁の拳銃を抜く。噴き出した粘菌は彼女の足元に垂れ、けれど、それに臆することも無く。只々、じっと。私の隙を窺う彼女は、確かに。まともな思考も持たず、群がり、爪を立てるだけのアンデッドたちよりずっと手強く。バルキリーと共に連携を取り動く彼女は……そして。
 感情を持つ、彼女は。傷付けるたびに、罪悪感が湧き。湧けど。

「……ごめん」

 言葉と、共に。

「通して」

 飛び掛り。腕を振り上げ、爪を宙に翳す。着地と共に振り下ろそうと。彼女の体、肩口を狙おうと――私が傷を受けた場所と同じ。あの時切り落とした、その場所と同じ。その場所を狙おうとして、思わず。
 狙いをつけるのを躊躇った、私に。爪を振ろうと迫る私を前にしても、うろたえもせず。焦りもせずに、冷静に。銃口を向けて。

「……すまない」

 両手の指が引き金を引く。極近距離で鳴り響く銃声、私の体へと埋まっていく銃弾。肉が抉られていく感触。痛みは無く。けれど。

 やっぱり、私も。彼女が腹にナイフを埋めた、その時のように。顔を顰めて。

「正直に言えば、な。ネクロマンサーに、未練は無いんだ。でも……キメラがいるから。それに」

 また。彼女は、一歩大きく飛び退きながら。

「キメラがやられた分は、返してやりたい」

 再び、引き金を引き。再び、銃弾が埋まる。赤が溢れ、不快な音が響き。深くへと達する前に、粘菌の動き、肉の動き、再生を以って行く手を阻んで。

「頑丈なやつだ。私達にも、それだけの体が与えられればな」
「……あなた達は、何なの」
「ついさっきも訊いた……私達は、ネクロマンサーの創造物。……お前達よりも前に作られた。お前達を作り出す為の、実験台……そうだな」

 姉妹、と。言っても、いいのかもな、と。

 彼女の言葉。思い出すのは、キメラの言葉。私を姉と呼んだ……彼女の言葉が重なって。いや。

 姉。私よりも前に生み出された彼女が。私を。姉と呼ぶのは何故、どうして、私は彼女の姉なのか。
 記憶が蘇る。浮かぶ景色。光景。生きていた頃の記憶は。それは、培養槽の中の――――

「だからと言って。加減などしない。只」

 何処か遠く感じる景色。痛まないはずの頭が痛み。胸の奥がざわめき立つ。よろめきながらも地に足を着き。揺れた上体、俯くと共に、零れた粘菌は足元に落ちて。顔を上げた私へと。

「……キメラと同じ顔なのは、やりにくいからな」

 私の顔へと。キメラと同じ私の顔へと。銃口を向けて。

「マトッ! 伏せて!」

 声が響く。その声を聞き。そのまま、その場で。身を伏せる、私の頭上で。
 肉が爆ぜる。血液に似た液体が飛び散り。私の体を汚し、空くのは、大穴、零れる綿。何事かを呟こうとして、口から吐き出す赤い粘菌。そして。

 赤い線。背後。バルキリーの打ち出したそれが。狙うのは、今、ネメシスを撃ち抜いた。リティに向かって伸びていることに気が付いて。

「リッ……」

 それは。リティの腹部を貫き。今も、また。私の腕を落とそうとしたように、その体を焼き続けていて。

「リティッ!!」

 ふらつくネメシスの傍ら、抜け、リティの元へと駆け出す。それと共に、途切れる光線。背後でバルキリーの駆動音が聞こえるも、それに構う余裕も無い。彼女の元へ。リティの元へと駆け寄って。

「ごめん、大丈夫よマト。そんなに、大きな損傷じゃないから」
「……ごめん」

 私の動揺の所為で。リティは傷を負い……足元に広がる血溜り。皮の焼け溶ける匂い。彼女のよろめき。体のバランスが上手く取れないといった様子で、ふらつく体。傷を、負って。

「……大丈夫よ、マト。それに、あなたの方が怪我してるでしょう?」
「私の傷は、簡単に治るから……でも、リティは」
「私だってアンデッドよ。代えさえあれば、簡単に治るの。ほら」

 抱き寄せられる。強い力で。見た目に相応しくない強さで。抱きしめられ、顔は、受けた傷のすぐ近く。彼女の胸に埋まり。

「……心音。しないでしょう?」

 傷を受けたから。では。無いのだろう。心臓の位置は避けていた。けれど。
 確かに彼女は。私と違って、心臓の鼓動。胸の奥で脈打ち続けているはずの臓器、生の象徴は。彼女の中では、ずっと。ずっと、動いてなんていなかったようで。

「こんな体なんだから。これくらいの傷、有って、無いようなものよ。私も、あなたと同じ、アンデッドなの。そう簡単に壊れたりしない……そんなに、不安そうな顔をしないで」

 そう言って。彼女は、小さく笑って。私は、抱きしめられるまま。傷を受けた胸、その胸に顔を埋め。
 限りなく無臭に近い粘菌の匂い。アンデッドごとに異なる匂い。彼女の匂いを、間近で感じて。

「……あの子たちは……」

 リティの言葉に顔を上げ。背後を見れば、其処では。攻撃を仕掛けるでもなく、倒れ伏したネメシスの体を抱き起こし、抱える、バルキリーの姿が在って。

「……何の、つもりだ」
「損傷は与えた。気は済んだだろう。時間が無い。早急に離脱する」

 何処か、遠くで聞こえた大きな音。不服といった様子のネメシスの声と、淡々と告げられるバルキリーの声。対照的にも感じ、何処か似通ったようにも感じる声が、彼女達の元から聞こえて。

「ネクロマンサーは」
「恐らく予想している通り。私達も、攻撃の対象から外されていない」
「……なら、キメラは」

 声は。不安に満ちた。恐怖にも似た。

「……こちら側で預かっている。今は、クイーンの元にいる筈だ。安心していい」

 その言葉を聞くと。ネメシスの体は、力が抜けたといったように。安堵し、バルキリーの白い腕に、体を預けて。

「……ソロリティ、オートマトン」

 遣り取りが終わり。私達へと向き直ったバルキリーが……あの時、地下では。言葉を交わすことさえなかった彼女が口を開く。

「……リティと、マトよ」
「そうか。リティ、マト。傷を与えたことは謝罪する。このまま進めば、ネクロマンサーの元へと辿り着く。……彼女の元へ辿り着いて欲しい」

 遠く。音が響く。巨大な何かが地を叩く音。瓦礫を踏む音。崩す音。そんな音が聞こえないかのように、彼女は動かず、言葉を紡ぎ。
 感情の抑揚、心の機微。そういったものをまったく感じない彼女の声……けれど。最後のその言葉には、何処か。窺い知るのが困難な、彼女の感情。願うような、縋るような。そんな思いが垣間見えて。

「……言われなくても。すぐにでも、向かう」

 リティの体を支えながら。バルキリーへと声を投げ。
 近付きつつある巨大な音。私の返答を聞き、高度を上げ始めるバルキリー。私も、また。リティの体を、爪で傷つけないように抱きかかえて。

「リティ。行くよ」
「ありがとう……街を見て回る暇は、なさそうね。お願い、マト」

 浮遊していた彼女が飛び立つ。それと共に、背後。響き渡る轟音。建物を叩き壊し。破片を、瓦礫をばら撒き現れた、巨大なアンデッド。その姿を、横目に見て。

 その巨体から逃れ。ネクロマンサーの元へと向かうために。私は、この街。彼女達と対峙した、廃墟の街を。

 記憶に無い景色を。何一つ思い出せない。この街並みの、中を、駆けた。

 
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