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トワノクウ

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トワノクウ
  第三十二夜 明野ヶ原に花開く(二)

 
前書き
 天命 を 告げる 天子 

 
「じゃあ、どうして潤君と銀朱さんの心を追い込んだんですか?」

 死に至るほどに、と言わなかっただけ良心的だと思う。

「私は告天だから〝告げた〟だけ。それに中原君はともかく、銀朱には心なんてないでしょう? ただのキャラクターなんだから」

 一歩。二歩。後ずさる。先までの親近感はもう胸に湧かない。

(この人は本気で、彼岸に本体がないキャラクターはプログラムされただけのモノだと思ってる)


「くう?」

 明が伸ばした腕に掴まらぬよう、さらに後退した。

「朽葉さんのごはん食べたこと。露草さんに菖蒲さんの学校の送り迎えしくてくれたこと。梵天さんと語らった夜。しっかり思い出になってます。忘れたりなんかしません。キャラクターでも、そこにココロがないなんてことないって、私、あまつきで学んだんです」

 篠ノ女空があまつきで得たものは、痛みばかりではない。

「私だって、仮想現実だと聞いても、あまつきにいるみんなが好き。あまつきが好き」
「……ほら。ちょっとでもダイブしたらすぐキャラクターに入れ上げる。これだから現代っ子は」
「好きに言うといいです。くうはゲーム脳なんで」
「もっとお話したいことがいっぱいあるんだけど、今は引いたほうがいいわね。始まりそう」

 くうは首を傾げた。






 就任式を、全くのついでとしか思えないお粗末な進行で終えてから、議題はいよいよ本題へ――即ち、先刻の先代〈銀朱〉の妹への襲撃に入った。

「妖退治の総本山の主人の就任に合わせての奇襲など不届き千万」
「ここには日本全土の祓い人が終結しているにも関わらず、大胆不敵なその行動」
「妖祓いの首魁の妹君を弑し奉ろうなど、神仏を恐れぬ不敬に等しい」
「我ら祓い人勢力を挑発しているとしか思えぬ」
「否。もはやこれは妖どもからの宣戦布告」
「すぐにでも手勢を率いて妖どもを殲滅すべきではないか」

 喧々諤々とした訴えがやむまで、菖蒲は辛抱強く待った。

 全国の祓い人たちが言い合いで気が済んだところで、菖蒲に意見を求める――菖蒲だけに注目が集まる時を待った。
 その上で、ついに口火を切った。

「聞きなさい。今日までこの国の人の営みを守ってきた祓い手達。今より話すはこの世の真実の在り様。かくも残酷な真実ではあるが、知れば妖との戦いにまた異なる意義を見出すだろう。今はただ黙って、この銀朱の言葉に耳を傾けてほしい」

 ざわめきはあるものの、傾聴の空気が生まれていく手応えを確かに感じた。
 菖蒲はかつて自分が蛇よりもたらされた真実を、ゆっくりと話し始めた。





 困惑。それが最もこの場を支配している感情。

 梵天は大広間の隅にて、陰陽衆の白装束の一人に(しん)を憑依させた。くうと真朱が起こした騒動のおかげで結界は綻びていたし、梵天自身、くうを回収するために菖蒲からあらかじめ免状の印を刻まれていた。

 天敵の領域において、どの祓い人に悟られることもなく、こうして菖蒲の話を聴けた。

 梵天は分析する。――新しい〝銀朱〟の言葉を鵜呑みにもできず、しかし今日までの戦いに比べれば充足と意義を見出せるのではないかとの疑いも消せずという、祓い人たちの感情の揺らぎ。

(まだだ。まだ危うい。敵意の完全な払拭は完全な信頼でしか果たせない。どう押す、菖蒲)





「人の負の心がこれ以上妖を生み、世を乱さぬよう、まずは人が変わらねばならない。憎しみや悲しみ、恨み、鬱屈、かような情念に呑まれぬよう、心を強く持ち、自ら立つ精神を養うこと。それを達してこそ我らに真の勝利が訪れるものと――」

 ――遠くから、人のものではない悲鳴と、銃声が、した。

 菖蒲は、はっとして片膝を上げた。

 大広間の祓い人たちにも一連の音は聴こえていたようだった。ざわ、ざわ、とまた困惑の空気が戻ってきている。

 大広間を見渡した。一角、人数の減っている箇所があった。その一帯の席に座っていたのは、どの土地の祓い人だったか。

(出雲と、幣立。組んだのか。まさかよりによって情勢を崩すのが信念の対立でも見解の相違でもなく、ただの権力闘争とは!)

 否。菖蒲は心中で忌々しく、憎々しく否定した。
 人の醜さなどとうに知っている。妻を喪ってからぬるま湯の隠棲生活を送る内に忘れていただけだ。

 菖蒲はすぐさま、かつて坂守神社にいた頃と同じに、巫女たちに指示を飛ばした。

「先走った者達を捕えて動けないようにしなさい! 結界の強化を! 刺激された森の妖に入られたら一巻の終わりですよ!」

 巫女が弾かれたように大勢駆けて行く。
 菖蒲は見送り、広間の隅に目をやった。――誰も、いない。

(行きましたか、梵天。せめて一体でも多く撤退させてください。勘気を起こせば全面戦争は避けられませんよ)





 梵天は(しん)を戻して飛び起きた。
 横には露草、空五倍子。

「空五倍子、今すぐ俺を社の境まで運べ! 露草、森で血気に走った妖はどれだけいる?」

 露草は面食らうも、すぐに樹妖としての森との繋がりに意識を集中した。

「……、……、ざっと四十! 何でだっ」
「祓い人の中の馬鹿な連中が境で仕掛けてきたんだ。止めるぞ。このままだと全面戦争になる」
「な! それじゃ今日まで何のためにお前が……」
「愚図るのは後だ! 行くぞ!」





 告天の〝狭間の場所〟から戻ってきたくうは、森と坂守神社の境界近くから、殺し合いを始めていた祓い人集団と雑妖の群れを、見た。

 ひどい血と火のにおい。
 殺せと叫ぶ声と、やめろと訴える声。――断末魔。

 くうはぺたんと地面に座り込んだ。

「何で千歳は、あまつきをこんなふうに作ったんですか……」

 両手で顔を覆う。泣きはしないが、泣きたかった。

「簡単に言えば自浄作用。あるいはアポトーシス。人の発展を抑制することで、現代日本に数ある問題の解決法を見出す。人を殺しにくいよう制約はきちんと設けておいた上で」
「……血の、穢れ」

 きっと今、くうが「やめて!」と飛び込んだところで、事態は変わらない。止められるものなら梵天か菖蒲がとっくにやっているはずだ。


 明がくうの横に片膝を突き、手を取って掌に何かを落とした。
 手の中に落ちたのは、夜行の鈴。

「薫ちゃんと中原君のことを克服できたらその鈴を鳴らして。その時に私は、君の生まれ持った業と、あまつきとの本当の因果を教えてあげる」

 言い残し、彼女は闇夜に消えた。


 それが終わり。
 この長い一夜の、あっけない幕切れだった。



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