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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第三七話 求道から究道へ

 星明りどころか月明りさえ届かぬ無明の世界。
 嘗て修練を積んだ山海、普段なら虫の鳴き声や獣の動く音が場を占める一帯、しかし今そこに鳴り響く音色は剣戟の克ち合う音。

(……師匠っ)

 明かりがなく、相手の剣戟どころか姿さえ見えない。
 その暗闇の中で飛来する必殺の一撃をどうにか躱すことしか出来ない。


(これが本当の真剣勝負……考えて動いていたのでは到底間に合わないっ!!)

 体に染みつかせた防御の型、それが五感を統合した攻撃を察知する直感に連動し相手の剣撃を迎撃する。
 相手の攻撃を半ば直感的に察知し、相手の剣閃のイメージが浮かぶのとほぼ同時に肉体が防御の型を実行する。

 其処に意識があるのか、無いのか自分でさえ分からない。

「キェぇええええええええええええっ!!!」
「かぁあああああああああっ!!」

 瞬く間に数撃の剣閃が放たれ空中で衝突、そして互いに弾かれる刀身。
 相手の斬撃、その主軸たる刀身の側面を己の刀身の側面にて弾き飛ばす―――それが剣術の防御である。
 それは手に持つ得物が木刀であっても変わらない。

 故に相手の攻撃のイメージを多角的に、かつ【視界以外で】捉えることと、そのタイミングを合わせることが最重要である。
 それを可能としているのは、ひと月に及んで目隠ししたまま山中で過ごすという、常軌を逸したこの山での鍛錬の成果である。


 ――――しかし、攻撃の意思を持たぬものが勝利することなど在りえない。


「――――ツぅッ!!!」


 蟀谷に鈍い痛みが奔った。攻撃を跳ね上げようとしたのだが、双方の木刀が触れ合った瞬間に振り下ろしから刺突に変化し、蟀谷を抉ったのだ。
 完全に……こちらの行動を読まれていた。咄嗟に顔面を逸らしていなければ眼球をつぶされていただろう。
 そのあとに続いてくる空気が顔に迫ってくる感覚―――それを直感の警鈴が鳴らすままに上半身をひねり回避。

 其処から柔道の受け身を取るように盛大に身を転がし、その加速を使いそのまま起き上がり体制を立て直す―――半端に間を開ければ相手にとって絶好の追撃でしかないからだ。


「チェストおおおおおお――――ッ!!!!」
「ぐぅッ!!」

 案の定、渾身の一撃を叩き込んでくる師匠。咄嗟に振り下ろされる刀身に己の刀身を合わせ横へと強引に軌道を曲げる。
 そして双方が即座に、共に相手を吹き飛ばそうと当て身をぶつけた。

「師匠……なぜ。こんな無意味な……」
(くっ…この感覚、耳が千切れかけているか。不味い、この状況で聴覚に変調を来せばまともな行動なんぞ出来んッ!?)

 一種の鍔迫り合いのさなか、困惑を口にする忠亮。どこか自分の中にいる冷めた己が同時に自身へのダメージを分析していた。

 咄嗟の回避行動で、その眼球を狙ったであろう刺突は回避したがその鋭い一撃は刃の有無に関わらず摩擦で人を切り裂く。人間の耳程度なら練達者であれば木刀であっても切り落とせてしまう。



「はっ!意味か、そんな下らんモノ何ぞどうでもいいわ。儂を倒さねば貴様が死ぬ、それだけよッ!!」

 弱肉強食、人類の有史以前から存在する唯一絶対の法則。建前でしかない法律ではなく法則、即ち節理。


「……それは俺がゆいを死なせてしまったからですか。」

 許嫁をむざむざと死なせた上に、その父を手に掛ける。そんな事が出来るわけが無い――――ならば、此処で師匠に討たれるも因果という事かもしれない。


「確かにそれは一因ではあろうよ、しかし所詮はきっかけに過ぎぬわ。―――遅かれ早かれ、儂等は殺し合う定めよ」


 ぎりぎり、と地面を踏みしめ相手を押しやろうと肩を押し付け合う拮抗の中でのやり取り――それが師弟での最期のやり取りとなるのはもう、変えようのない事実だと嫌でも知らしめて来る。

 どちらか、或いは……双方の死という決着はもう変えられないだろう。

「………」
「何を呆けているッ!!」

 師匠が重心の移動に合わせ地面を蹴り飛ばす。
 八極拳の震脚に類似する技法、その勢いに押され、体がわずかに浮く。

「っ!」
「フンハァッ!!」

 其処から柔道の受け身を攻撃に転化した靠撃(こうげき)。肩を相手の懐に叩き込むその技が胸元に叩き込まれた、

「―――かはっ!」

 肺の空気が一気に吐き出され、呼吸が止まる。
 同時に体が吹き飛ばされ、同にか山の斜面を転げ落ちる勢いを利用し起き上がるが乱れた呼吸は容易くは戻らない――――まずい、致命的な隙を晒してしまう。

「いゃやあああああああ――――――――ッ!!!」


 顔を上げると、木刀を手に迫ってくる師匠の姿が朧月から零れた月光によって見えた。

(ここで死ぬのか―――)

 そんな諦観が脳裏を過った、恐らく師匠によって頭蓋を克ち割られ己の生命は終わるのだろう。
 満たされない人生ではあったが、振り返ってみればそう、悪くはない人生の様にも感じられた。―――これが走馬燈というものかと、妙な得心を覚えた。

 そんな時だった。


 ”……ちゃんと君は私を愛してくれたよ。だから私は死ねるんだよ“
 
「――――――!」

 一生をこれから過ごすのだと思っていた女の最期の言葉が蘇った。

「■■■■■■―――――――ッ!!!!」

 声にならない叫び、その渇いた叫びに突き動かされるままに、足を整え木刀を上段に構えた。
 そして……二つの影が衝突した。

「…………」

 どさり、と人の倒れる音がする。分厚い雲が流れ、朧月の月光が差し込んできた……月夜が戻ってくる。

「――――かはっ、はぁはぁはぁ……!」

 まるで呼吸を忘れていたかのように、肉体が呼吸を再開した。……立っていたのは忠亮だった。

 剣術の死合に於いて、その雌雄を決するのは太刀の速度である。

 既に十分の初速を得ている師の一撃に対し、後手で勝てる確率は低い……だが、その不利を覆す最奥の手、それを奥義と呼ぶ。

 自身へと振り下ろされる太刀の切っ先を太刀で捉え、それを削ぎ落す勢いで振り下ろすことで相手の太刀を外へと往なし、かつ相手の脳天を叩き割る兜割を同時に繰り出す攻防一体の後手必勝の技。

 何てことない、剣道・剣術の基本中の基本である面を突き詰めた奥義。
 それこそが、この真壁派一刀流奥義、太刀削ぎである。


「……!師匠ッ」

 不意に我に返る、木刀を投げ出すと倒れる師に駆け寄りその体を抱き起した。

「うっ………いい加減、腹ぁ括ったか忠亮。」
「師匠…俺は」

 意識が戻ったのか、師はその額から鮮血を流しながらうっすらと目を開けた。

「てめぇに迷いなんざ似合わねぇ、諦めも後悔も死んでからで間に合うだろうが。
 てめぇの征く道は端から決まってんだろう―――遅かれ早かれ、てめぇが剣を執ったその瞬間によ。」

 こんな時代だ。己の徴兵は決まっていた―――そして己は遅かれ早かれ剣を執った。
 そしてやはり剣に生きたはずだ。

 BETAなんて分かりやすい悪が存在する世の中だ。それを邁進する障害は無いに等しい。
 戦い其の物を悪とする下らぬ粉飾も、建前に過ぎぬ法律を唯一絶対の聖典のように扱う狂った社会もない。


「人の生き死にになんて本来意味なんて無いんだよ。生きたいから生きて、そして勝手にくたばるだけよ――儂が死ぬのにも理由はあっても意味なんぞあるまいよ。」
「意味が……ない。」

 ダメだ、それは駄目だ。
 人の死に、生に意味がないのなら、彼女は何のために死んだ。何故、死ぬべき俺ではなく彼女が死んだ―――無意味なモノには価値が無い。
 彼女の生も死も、意味が無くて価値が無いというのか――――そして之から死ぬ多くの命も、そして己が手に掛けた貴方の死も。

 それダメだ、絶対に赦せない。

「それでも、人の生き死にに意味を持たせるモノがあるとしたら、それは所詮は人の意思よ。」

 要するに、各々の人間の感想に過ぎないという事だ。
 ならば……この赦せないという感情と、この残された生にこそ意味がある……違う、之から生まれさせるのだ。

「俺は、俺は………アイツの死を無意味にしたくない、絶対に!」
「なら進んでいけ忠亮。これからはテメェがテメェの道を究めるために………」

 最期に、目を見開いた師匠が言葉を発した。そして、意識を失いその首が垂れ落ちた。


「師匠……今まで、ありがとうございましたッ!!!」


 師、伊上一振はこの三日後、脳挫傷による昏睡から目を覚ますことなく静かに息を引き取った。
 それから、己は多くの戦場を渡った。
 意味を求めたからだ。

 形のない実体のないそれを求める行為の無為さを理性で判断はしていたが、そんなのを認めるほど人間が出来てはいなかった。

 もう、諦めることは許されなかった。払った対価が己の命を懸けた修練だけであったのならそれは許されただろうが、(おれ)の人生に価値と意味を見出し全霊を賭し消えて逝ったゆいと、その道を突き進めと命を対価に背を押してくれた師に背かぬ為に。

 もう、諦めも後悔の何れにも浸ることなんぞ許されない、許せない。
 もはや、(おれ)に残されたのは武士道という道を究める事のみ……それが修羅道だとしても。

 きっと、(おれ)はこのとき……求道者としての性を定めたのだろう。



「……もう、宜しいのですか?」
「ええ、別れは済みました。己がもう此処に来ることは無いでしょう。」

 墓石に背を向けたところで少女から声がかかってきた。

「此処にきて良かったと思う。アイツらの最期の言葉の意味を自分なりに再確認出来た。……もう、道を求める迷走は終わりだ。これから見つけた道を究めるのみ。」
「真理を探究するのを求道と呼びますが、貴方はそれとは少し違うようですね。道の究極の形を為すために進んでいるように見受けられます……さしづめ、究道者。」

 求道者ではなく究道者、武士道や剣道の道を歩む者を表すのにそれは皮肉にも合致している。言いえて妙である。
 道を求めるのが求道、道を究めるのは究道。面白い表現だ。

「そんな貴方に問うても良いでしょうか。」
「何なりと。」

「道とは何でしょう。」
「己だけの芯念を以て貫くこと。そして何所まで貫けるかを究めるモノ。」

「ふふふ、筋金入りですね。いえ、信念という芯があるのですから元から筋金が通っている。まったく愚にも付かぬことを言いました。」
「では、お先に失礼します。」

 振り向き、墓前を後にする忠亮、彼に少女はぽつりと語り掛けた。

「ええ、ではまたご機会があれば会いましょう。……斑鳩卿。」

 少女から名乗った覚えはないというのに現在の名を呼ばれた。

「ああ、機会があればな……暴れん坊将軍。」

 彼女に対し忠亮も、風が微かに運ぶ程度の声で小さく呟くーーーそして


「もう、大丈夫だよゆい。答えは得た。……己も頑張って生きてみるさ。」

 哀しいという思いはある。されど後悔はない。
 今までの苦しみを乗り越え、耐えてきたから今があるのだ。

 それまでの歩みの一歩一歩、その一つでも欠けていれば此処まで辿り着くことは出来なかった。

 だからこそ過去の一瞬一瞬の刹那は尊く、今大地を踏みしめる刹那も尊く、これから歩んでゆく未来の刹那も尊い。
 何かを為した命には意味がある、ならば自分を此処まで支え活かしてくれた彼女らの生にも死にも意味はある。

 それが他人にとって無意味で無価値でも、(おれ)には確かな意味を持つのだ。
 ならばそれでいい、それでいいじゃないか。

「………ありがとう。」

 忠亮が最後に振り返り、その墓標を網膜に、その奥の脳裏に、そして胸裏に刻み込む。
 もう、自分は歩いて行ける……あとは、自分が何を為し、何を残すのかだ。

 次は自分の番なのだ。だから歩もう、立ち止まらず嵐に立ち向かい暗黒を走破しよう。
 …………もう、絶対に己の愛する命の連続性。無常を終わらせてなるものか。

 己は永劫に続く、刹那の紡ぎこそを愛している。
 だから重ねる己自身は常に相続という形で繰り返しているのだ。だから同じであって違う唯依を愛するのだ。

「……ゆい、お前も俺の愛する無常だったよ。あの時の言葉、嘘じゃなかった。」

 最後に、自分なりの答えを口にして忠亮は歩みを再開した。






 
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