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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第36話 追悼

 

 車体から降り立った忠亮は運転席から降り立つ今井友絵に向け言う。それでは警護の意味がないと反論する彼女に向けて我がままを口にする。
 それに対し、彼女は幾何かの試案を巡らせた後にしぶしぶそれを受け入れる。

「……分かりました、では私は周辺の警邏を。なるべくお早くお戻りください。」
「ああ、分かっている。……すまんな手間をかける。」

「そう思うのならお控えください。」
「だから、すまないって。」

 今井の厳しい言葉に苦笑する。苦言を申しつつも彼女が手渡ししてくれる荷物を手に忠亮は墓地の道を歩み始めた。
 砂利道を足を進め緩やかな傾斜の坂を上り、そして墓地の隙間の通路を歩んでゆく。

 そして幾つかの墓石を通り過ぎたあたりで、一つの家墓の前で足が止まる。

『伊上家乃墓』

 その大きな墓石であり小型の納骨堂にはそう刻まれていた。


「………師匠(せんせい)。ゆい。―――ご無沙汰しております。」

 墓に向け頭を下げる忠亮……ふと、その時だ彼の耳朶に入る足音があった。

「……」

 その足音に向け顔を上げ視線を動かすと一人の少女が居た。
 齢は唯依と同じ程度、結い上げて尚背の中ほどにも達する長い艶やかな髪と落ち着いた深い紫に白と桃色の二種類の椿が散りばめられた着物に身を包んでいる。

 清楚で上品な印象を抱かせるが、所詮は少女。あどけなさがまだまだ残っている。


「私もご焼香をしてもよろしいでしょうか?」
「ご随意に。」

 忠亮が短く答えると、彼女は頭を軽く下げた後に隣に並び黙とうを捧げるのだった。









「忠亮さんが………」
 あの人が師を手に掛けただなんて、信じられない。

「……弟子の師匠殺しどこかで――――もしや、大尉の師は今小次郎と勝名の多かった伊上一振先生ですか!」
「ええ、その通りです。父の知古の孫ということで真壁の道場に訪れた柾さんは、そこで助六郎兄さんを下し、新陰流の免許皆伝者であった伊上一振先生の今時珍しい内弟子として入門しました。」

 清十郎の口から語られる忠亮の過去―――本人の居ないところで勝手に過去を探るのには後ろ髪をひかれるが、不思議とそれを拒絶することが出来なかった。
 唯依自身、知りたいのだ……忠亮が今まで何を経験し、何を想い、何を求めて今の忠亮となったのか。

「一振先生には自分も随分と手ほどきを受けましたが……天武の才を持ち、努力を惜しまぬ逸材を手に入れた、行く行くは自分の全てを受け継がせたい―――そう笑っていました。
 そして先生は、娘さんを柾さんの許嫁として自分の持ちうるすべての技術を伝授してきました。」

「許嫁が居たんだ……」
「中尉には辛い話でしょうが、他人目線から見ても仲睦まじい様子でした。互いに支え合って、信頼し合って―――若干、柾さんが引きずられている傾向がありましたが。
 だけど、それも長くは続かなかった――――」

 清十郎にとってもそれは辛い記憶なのだろう。幸せな記憶は最後が悲惨であればあるほどに持ち主を蝕むことがある―――痛いほどに理解できた。

「何があったんだ?」
「柾さんが師範代の免許皆伝を得たころの話です――あの人は剣術を生かす場を求め、近接戦闘が最重視される軍隊……つまりは斯衛軍に父の口利きで入隊しました。
 そして、大陸派兵……彼に付いていった許嫁――――伊上ゆい少尉が戦死したんです。」

 絞り出すように清十郎がそれを口にした。
 ゆい、同じ名―――

 “ゆい、か……やさしい名だ。俺は柾、柾 忠亮だ。”
 初めて言葉を交わした時の会話。きっと忠亮は自分の名に亡き想い人を幻視したのだろう。

 胸が痛い、どうしようもないほどに痛い。
 あのドロドロとした嫉妬の感触と違い、ただ悲しい。何が悲しいかなんてわからない、いろんな悲しみがぐちゃぐちゃと入り混じってしまっているから。

 愛されていない、ほんとは亡き人の影を追っているだけなのかもしれないと思うと、愛されていなかったかもしれないという不安と、報われない忠亮に涙が出そうになる。
 しかし、泣かない絶対に泣かない。

「あのころの柾さんはどこかおかしかった……道場に顔を出した時もまるで別人のようになってしまっていた―――あの時、柾さんとちゃんと話をしていればあんなことには成らなかったのかもしれなかったのに……!」

 あんなこと、それが指すものは明瞭であった。







「何をお祈りしたの宜しければ伺っても?」

 線香の煙が上り立つ墓石前、己の横に立つ少女が不意に問いかけてくる。

「身辺報告と、そして礼を。二人が己に残してくれた心があったから己は生きるという戦いを続けることが出来た。」
「なるほど、それは大切なモノだったのですね。」

「ええ、ゆいからは生きる理由をもらい、師匠からは道を征くために背を押してもらいました。二人には感謝の念しかない―――そして同時に、その死に対し哀悼の意を表するしかできないのは悲しい。」

 目を細めて墓石を眺める。この墓の下に己の剣の師が眠っているしかし、許嫁の彼女だけは居ない――骨すら持って帰ってはやれなかったから。


「……それは掛け替えのないモノですね」
「ええ。」

 少女の言葉に同意する。人が生きるために最も重要なことをあの二人から貰った。
 たとえ其れが借り物であろうとも。

「一つお聞きしても?」
「なんでしょうか?」

「一振先生の最期をあなたはどう思われますか。」
「そうですね……必然の結果であったのかもしれない」

 いまだに覚えている、師の脳天を木刀で克ち割った感触が手に生々しく残っている。
 人を殺したのはアレが初めてというわけではない。大陸の前線では治安など無いに等しい。

 最前線の壁として送り込まれる犯罪者を徴兵した兵士、そして中韓連合との共同戦線。何より好転する兆しのない消耗戦。
 人は異星種との最前線であっても隣人の脅威があった・

 毎日のように強姦・殺人などの凶悪犯罪が起き、処刑の銃声が止むことはなかった。
 そんな中、襲われることもあったし、仲間やゆいを守る為に殺した事なんぞ数えきれないほどにある。

 だけども、それに対し特に心が動くことはなかった――――恐らく、自分の中でそういった邪悪に手を染めた人間は人間じゃないと、“同じ人”であるというカテゴリーから排したのだろう。
 まるで邪魔な“物”を壊すのに近い感触だった。

 だが師匠だけは違う……人と認識したまま手に掛けた――己が手に掛けた初めての人だ。

「必然……?」
「師匠は継承者であり伝承者だった―――己はあれは、最後の伝授であったのだと思う。」

「最後の伝授……ですか。」
「ただの剣客を剣士として完成させるための最も初歩的かつ最期の試練―――恐らく、それは不退転の覚悟なのだろうな。
 諦めも後悔も死んでからで間に合う……生きている限り、戦って戦って戦って……そして勝つ、そして生きる。
 そんな覚悟の伝授こそが最期の伝授だったのだと、己はそう思う。」


 ある意味では最も初歩的な、しかしそれ故に真髄。
 それを伝授された、師の命と引き換えに―――故に、己は修羅道を止まれない。
 足を止めてしまったのでは、ゆいの死が、師の死が無価値で無意味となってしまう……それだけは許せない、人の死は絶対に無碍であってはならないから。


「それでは双方に殺意はなかったと?」
「明瞭な殺意はないだろうな、極限状態では相手の生き死になど考えているのは二流だ。戦闘中は相手の剣をどう躱し、どう切り込むだけか―――それしか頭に残らないものさ。
 真剣でない人間が、真剣での命のやり取りで生き残れる道理はない。」

 重々しく口にする忠亮、殺意の在処なんぞどうでも良い。



「難しいモノですね。」
「そういうものさ、だから剣客は必然とリアリストに近い思考になる。ある意味獲物として人間を見ている人間のほうが人間の本質を学習しているものさ。皮肉にもそれは客観的という事だからな。」

「それはあまりに冷たい考え方だと思います。」
「日和見して最も大切なモノを売り渡す阿呆よりかはマシだと思うが?息をして飯を食っていれば生きていると思っている家畜どもには狂人と映るのかもしれないがね。
 幻想と理想は違う、そして幻想は……他人を殺すぞ。」

 冷めた視線で忠亮は横の少女を見た。
 それは同じ人間を見る目ではない、ただのモノを見る目だった。……がしかし、唐突に忠亮は瞳を伏せ、その視線を自ら遮った。

「やめよう、墓前でする話じゃない。」
「そうですね…過ぎたことを申しました。」

 少女を意識から外し、其処に要るはずのない彼女に意識を向ける。

 嘗て、守るべきモノが欲しいという己は師匠の勧めもあって、師匠の一人娘であった伊上ゆいと婚約を結んだ。人並みの幸福を知れば満たされるかもしれないと思ったからだ。
 彼女は己を支えてくれ、何より己の飢えと渇望に気付いた希少な人間だった。
 そして、彼女はその空虚と飢餓感を癒そうと尽力してくれた。己はそんな彼女をいつか愛し、守りたいと思えるだろうかと希望を抱いた。

 だけども、己の空虚は埋まることなど無く。
 正義は本質において異なる出自の正義どうしの淘汰により最後に残った正義こそが正義となる真理に気付いてしまったとき、己以外の正義を排除してまでも押し通すべきものなのかという疑念を抱いた。

 答えは、否である。核となる守りたいと思えるものが無い空虚な正義がほかの正義を駆逐していい理由はなかった。
 何より、女一人愛せない男が生きていて良い理由はない、人は誰かを常に傷つけながら生きているのだ。ならばこんな異常者が生きていて誰かを傷つけ続けるのは悪だと思ったから。

 だから己は斯衛となり、この空虚な人生に一抹の理由と共に幕引きを欲した。

 そうすれば、少なくとも友人家族、それに自分を支えてくれた女を守るという理由で納得できると思ったからだ。
 だが、彼女は己に付いてきてしまった。その意思を曲げることもなく。

 そして、(おれ)は永久に失ってしまった。誰よりも己を深く理解し、愛し、救おうとしてくれた女性を。

 
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