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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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現実世界
  第122話 記憶の欠片



~埼玉県所沢市総合病院 最上階の病室~



 時刻は朝の9時を回った所。
 あの世界であれば、もうとっくに起床し、支度を済ませ、これから攻略へと向かう時間帯。あの世界での現実がそうだった。

 ……だが、ある時期から それは変わった。

 彼と結ばれてから、生活のリズムは一気に変わり、そして、様々な色、鮮やかな色、そして光も見えていたんだ。……新居に住んだあの2週間は、あの世界の全てだった、といってもいいくらいとても濃縮された時間だった。


――……でも、それは儚い夢、だったのだろうか。


 かつて、彼は言っていた。

『……眼が覚めたら全て無くなってしまう。……この手に留めておきたい、いつまでも心に留めておきたい。……だけど、全ては儚い夢なんじゃないか……』

 彼は、そう言って、僅かに震えていた。
 この気持ちをずっと、心に持っていおきたい、でも不安で堪らないと。

 あの時の自分は、勇気づけようとした。

『自分も同じ。でも、仮に例えそうだとしても、必ずあなたを見つけてみせるから』

 そう答えた筈だ。
 そして、帰ってくるのは、優しい抱擁。あの気持ちと感触は決して夢なんかじゃない。

 ……でも。

 現実の世界の方が余程、非情だと……思える出来事もあった。

「……ねぇ、お姉ちゃん。キリト君……いつも来てくれて、お姉ちゃんのこと、待ってるんだよ? ……あの人が来た時も。気丈に振舞ってくれた。……早く帰ってこないと、望まない人と番いにされちゃうかもしれないんだよ……?」

 病室で、眠り続ける彼女……姉の明日奈を見つめながら、玲奈はそう言っていた。
 頻繁にこの場に訪れる男、……和人ではないもう1人の人の男。

 いつも笑顔をみせている人だが、昔から何処か嫌悪感が拭えない人。

 それは姉も同じだった。
 親の言うとおりの人間付き合いをしてきた2人だったけど、彼との付き合いだけは頑なに拒否を示していた。

――……あの人がいつか、姉の夫になる。隣に立ってるのは和人君じゃない。

 そんな事が嫌で嫌で仕方が無かった。
 でも、両親の2人は、彼のことを信頼して、更に会社の役職も上位だ。だから……。

「っ……!」

 これは玲奈自身の話ではない。姉である明日奈の話。……だけど、大好きな姉が、……と思うと自分の身を斬られるのも同義なんだ。姉の苦しみは、自分の苦しみでもあるのだから。

「……リュウキ、……はやと、くん……」

 玲奈がしきりに呟くのは、今は見ぬ彼の事。でも、絶対に生きていると信じている。絶対に、この世界に戻ってきていると。

「はやと、くん……たすけて、……隼人君……助けて……っ」

 ずっと、信じている。
 ……でも、会うことが出来ない。触れることだって出来ない。何も出来ない自分が嫌だった。

 こうやって、助けを請うのも……。

 でも、……もう言ってしまったんだ。

 隼人に会えない事、姉の明日奈が目を覚まさない事、そして更に……あの男が現れた事。


 特に最後の部分は、玲奈の心に深く傷をつけた。
 帰りを待っているのに、心無い言葉を突きつけられた事もそうだった。

 それは、あの男が和人と話していた時の事だった。

 玲奈は席を外していたけど……断片的に、聞こえていた。それは、隼人の事と姉の事だった。もう、どこを探してもいないと言う事、そして……姉の命は自分が握っていると言う事。

 姉の命に関しては、認めたくないけれど、正しいのかもしれない。

 SAOを開発したアーガスが莫大な負債を抱えて消滅し……、その後のSAOサーバーの維持を託されたのが、レクトだ。

 自身の父親が最高経営責任者を務める、《総合電子機器メーカー・レクト》だった。

 そこのフルダイブ技術研究部門が今のSAOサーバーを維持している。……あの男(・・・)は、そこの主任なんだ。

 だから……。


 でも、前半の言葉だけは どうしても認めたくなかった。

 SAOサーバーを維持していると言う事は、リュウキと言うプレイヤーをきっと見つけ出せると言う期待も当然あった。……あの男に頼ると言うのは、複雑だったけれど、それ程玲奈は心配だったから。

 彼は、色々手を尽くした、と口では言っていた。そして、最後に言ったのは、リュウキと言う人物は、存在しないという言葉だった。

 そんな人物は、いない。……消滅してしまったんだと。

 そんな訳無いと、聞いていた玲奈は勿論、和人も言ったが、全てのSAOのサーバーを探索出来る自分たちの部門の結果だと、覆さなかった。玲奈が来た事が、何か不都合でもあったのか、その男は直ぐに立ち去っていった。

 その時の顔は、何処か嫌悪している様にも思えた。……どちらかといえば、自分たちが嫌悪する筈なのに、その男が何故か嫌悪していたのだ。《リュウキ》と言う人物について、何かを知っていて……そして、何か特別なものがある様だと感じられた。

「……隼人、君。私、わたし………。……って、ダメッ! ダメだよッ!!」

 玲奈は、闇に落ちそうになった心を必死に立て直そうと、両頬を思い切り叩いた。
 ……気をしっかり持つようにと。 確かに今は、何も出来ないかもしれない。でも、それでも希望だけは絶対に捨てないと強く思っていた。隼人も、明日奈も。絶対に大丈夫だと、強く強く想う。

 強がりだってなんだっていい。

 悪い風にずっと考え続ける事より、何倍もマシだと思えるから。


「そう……だよね……? お姉ちゃん。お姉ちゃんも今、頑張ってるんだよね? 絶対。……今はあの世界じゃない何処かの世界で……頑張ってるんだよね? ……私も、負けないよ。お姉ちゃんが、隼人くんが、戻ってくるその時まで。……皆との約束を果たすその時まで。あの綺麗な夕日。……こっちでも絶対に見るんだ。お姉ちゃんや和人君、隼人君たちと一緒に……!」

 眠り続けている明日奈の手を握り……そう言い続ける玲奈。そして、窓の外を見た。外の空気を感じた訳でも無いのに、玲奈は感じる。

――今日一日……特に冷え込むだろう。

 だから、玲奈は面会時間のいっぱいまで、姉の傍にいる……と明日奈と約束を交わしていた。明日奈の手を握り続け、温もりを途絶えさせない様に、と。

 いつか、きっと目を覚ますのを信じて。










 そして、場面と時系列が変わる。





~桐ヶ谷家~




 それはまだまだ肌寒い早朝の事。
 庭先で、剣道 竹刀を握り、ただ只管素振りを続けていた者がいる。その格好から、風貌から、そしてその素振りを見るからに、どうやら、剣道の自主練習をしているのだろう。

 その容姿、眉の上と肩のラインでバッサリとカットされた髪は青味がかるほどの黒。同じく深い墨色の眉はきりっと太く、その下の大きな、やや勝気そうな瞳とあいあまって、どこか男の子めいた雰囲気の少女。

 彼女の名は《桐ヶ谷(きりがや) 直葉(すぐは)》。

 SAO生還者(サバイバー)であるの桐ヶ谷 和人の妹だ。
 彼女は規定の回数を追えた時には朝日の角度がかなり変わっていた。休日だから、学校の心配は無いが、随分と熱心に毎日の日課をこなす努力家だ。そしてその実力は全国大会でベスト8に入る程の実力者でもある。

 直葉は、一通りのメニューをこなし終えた後、額の汗を拭い竹刀を降ろしてくるりと振り向いたその時。

「あ………」

 家に目をやった途端に直葉はぴたりと立ち止まった。

 そこには、兄がいたからだ。

「おはよう」

 和人と自分の目が合っていた。

 僅かに紅潮するその頬。恥かしいのと、嬉しい。その気持ちが入り混じった生活。
 
 彼女は、兄が帰ってきてくれたあの奇跡の日から、そんな毎日を過ごしていた……。

 兄が毎日、ある人のお見舞いに行くのが……胸の奥にズキリと残っていたが。兄が戻ってきてくれて嬉しいのには違いないのだ。



 そして、その日の15時を回った頃。


 汗をお風呂で流した後直葉は自室に戻っていた。


「はぁ……まさかお兄ちゃん、あんな無茶苦茶な型であそこまでするなんて……」

 直葉は、ベッドに寝転びながらそう考える。
 今朝、兄の和人と剣道の試合を行っていたのだ。
 初めは全中ベスト8の自分と? ……その上、まだリハビリの最中の兄とじゃ話にならないんじゃないか?と思っていた筈なのに。

 蓋を開けてみれば、ビックリ! 随分と白熱した試合になっていた。
 
 あの滅茶苦茶な型。
 どの剣道の試合、どんな有名な剣道の試合でも見られないような型破り。でも、それでも……まるで長年鍛錬を積んだかのような雰囲気を纏っていた。いや、一言で言えばアレは剣道じゃない。

 もう……明治の時代の頃には《道》と言うものに変わったが、それ以前の剣。《剣術》なのだと本能的に、直葉は思った。

 それをあの世界で身に付けたんだとも同時に思った。

「まぁ……お兄ちゃんもこれで私とまた……」

 その試合の後、和人は『また、剣道をしてみようか』と言っていた。
 『もう少し、筋肉が戻ったら』と。

――……また、剣道をしてくれる。

 直葉の脳裏によぎるのは、あの幼い、あの時の事。

 それが、本当に自分の事の様に嬉しかった。……また、一緒に頑張れるから。一緒に汗を流し、頑張れるから。


「おっとっと、そうだったそうだった。」

 直葉は何かを思い出したように、ベッドの傍に置いてあるゴーグルの様な形の機械を取る。

 それは、ナーヴギアの後継機である≪アミュスフィア≫。

 あの忌わしき事件があったと言うのにユーザーの要望の強さもあってか、新たに≪絶対安心≫を銘打って出されたのがこの後継機。それは、万が一、悪用されたとしても、電磁パルスの出力を大幅に弱めている為、脳の破壊は物理的に不可能、つまり以前の様な悪夢の様な事件は起こりえないのだ。

「今日も約束してたんだった。レコン……と。はぁ~……」
 
 直葉は、『レコン』と言う名?を言った瞬間、ため息を一つ吐いていた。
 そして、アミュスフィアを手に持ちながら更に、ため息を吐く。

「ったく、アイツいつまでたっても、上達しないんだから。はぁ、最初は私の方がいろんな面で、初心者だった筈なんだけどなー。あ、ちょっとめんどーだって思えてきた」

 直葉は何か、出来の悪い後輩を見るかのような表情だった。
 それでも、何だかんだといっても付き合ってあげているのは彼女の優しさから来ているんだろう。

「ま、しょうがないか。さてとっ……」

 直葉は、アミュスフィアを頭に取り付けると、あの言葉を呟く。

 それは夢の世界へと誘う呪文。



≪リンク・スタート≫



 そして、VRの世界へ。
 瞬く間に目の前の色が代わり、……そして目の前の世界が変わっていった。









 場面と時系列は再び変わる。






~竜崎家~




 それは直葉が、夢の世界へと入っていった同日の事。
 隼人は一日の日課であるリハビリも難なくこなし、爺や特性の栄養満点の夕食を頂いてゆっくりとしていた。

 心身を鍛えると言う意味で、ジム以外でも武道系も行っていたのが幸いしたのだろうか……? 元々、職業柄 身体を動かす事が苦手か? と思われるイメージを持たれがちだが、それは違う。
 興味が無いだけであり、運動神経と言うものは、良い方だろう。

 それは、かつての事件で、自身の無力さを嘆き 頭だけでなくある程度は磨かなければならないと 自分の中で決めた事でもあったのだ。

「さて……と」

 隼人はある程度、体力も筋力も戻ってきており仕事業も再開出来るようになっていた。
 そもそも彼の仕事は、デスクワークを主としている為、リハビリを初めて、そんなに時間がかかることなく、復帰する事が出来ていた。

 ……でも、当然だが、仕事の復帰に遅れた。
 
 それは、爺やにこれまでの素性を隠せと言われていたからそれに従ったからだ。

 アカウントも全て一から作り直し 全てを初期化してから仕事を再開したのだ。爺や事、綺堂源侍は、IT関係の世界に顔がきく。
 リュウキと言う人物との接点はもう無いと言う事実を伝え、そして新たな戦力をと言う事で紹介した。と言う名目で仕事を行っていた。

 それも、間を開けて。

 直ぐに即戦力を見つけたとなれば、同一人物だと思われてしまう可能性が高いからだ。

 そして新たのリュウキのHNは《ドラゴ》
 ……ネームを作るのは安易にしている。
 これはただ単純に竜崎の《竜》を英語にして《ドラゴン》。

 そこから《ン》を抜いたものだ。

 ……隼人は中抜きがどうやら好きのようだ。  

 隼人は、爺やに購入して貰ったアミュスフィアを装着した。安全確認はもう既に爺やに何度も何度も確認してもらっている。
 あの世界に、爺や自らダイブし、そしてログアウトを繰り返している、それだけの行為だが、何度も何度も行い、そして 安全だと判断して、OKを貰ったのだ。

 このソフトとハードは、安全だと言う事を爺や自身に知ってもらった。

 その決めては勿論、最大限の確認事項の項目の有無だった。

 それはまず間違いなく存在して難なく帰ってこれていた。さっきも言ったが、それでも爺やは、何十回も……試したのだ。

「爺やには、本当に心配してくれてるんだ……」

 あの姿を見た隼人はそう思うのは無理も無い事だろう。それだけ、大きな事件だった。

 あの《SAOの事件》と言うものは。

「うん……。心配はかけたくないんだけれど……ヤッパリ我慢できそうにないんだよね……ぅぅ」

 隼人はそう考える。

 過去の記憶が無い隼人。
 だから、SAO事件も元は知らない。だが、どういうゲームなのかは知っていて凄く楽しみにしていた記憶はある。

 だから、今回の《ALO》を、凄く楽しみにしていたのだ。

「……よっし、っとその前に……行っとこう……っと!」

 隼人は立ち上がって外へと出て行く。

 どうやらトイレの様だ。
 折角、プレイしてたのに 開始途中で出鼻をくじかれたくないから、先に済ませようとしたのだ。


 そして、トイレから部屋へ戻る途中の事……。

「っとと、……ん? あれ??」

 部屋へと戻る途中、通路の床にある収納スペースのその蓋が持ち上がっているのに気がついた。否、閉め忘れじゃ無く どうやら閉め損なって若干浮いているようだ。

「ん~……、閉めとかないと脚ひっかけちゃうかな?」

 隼人は手を伸ばして閉めようとするけれど、思ったより時間がかかる。

「んっ? んん?? あれ? 閉まらないや」

 どうやら、中のものが引っかかって 閉まりきらないみたいだ。何度か押してみたが、固い何かが阻んでいて、完全に閉じる事が出来ない。無理矢理では無理な様だ。

「ふぅ……、仕方ない。整理しよっか」

 収納スペースに手を伸ばした。
 確かにこのままだと、ひょっと脚を取られて、倒れてもおかしくないし、色々と危ないと思う。……それに、何だか気になるのだ。そして、そのまま引っ張り上げ、中の物を取り出そうとした時。

「ッッ!!」

 ……ある物を見て、隼人の表情は一変した。

 目を見開いて……そして、僅かだが汗もかいている。

「こ……これって……」

 収納庫の中に入っていたそれを手にとってを見つめた。……それはヘッドギアの形をしたもの。

 所々傷んでいて、機械の部分が露出している。
 動くのかどうか?と考えればまだ生きていると思える。表面が傷んではいたが、内部にまでは及んでいなさそうだったから。だが、そんな事よりも驚くべきはある。

『……なぜ、これが家にあるのだろうか?』 



「これって……ナー……ヴギア?」




 隼人は、それを触りながら、確信した。

 当然だ。
 あれ程、楽しみにしていた機械であり、そして今のアミュスフィアの……前のハード。本当に楽しみだったゲームだったから。開発に一部ではあるが、携わった事もあるのだから。

「なんで……これが……僕の家に……っっ!!?」

 ナーヴギアを見て動揺していた最中、突如 強烈な頭痛が隼人を襲ってきた。そして、その頭痛の中で、確かに訊こえてきた。



『爺やっ、あの世界凄かったよ。 僕 仕事全部キャンセルして打ち込みたい!』


 ナーヴギアを触っている最中。
 突然、頭の中にノイズと共に、断片的な映像までが流れた。


――……それは、忘却の彼方に流れた筈の記憶。消えてしまったと思われる記憶、隼人はそう直感した。


 あのジムで起きた痛みと同質だったから。
 そして、同時に現れた痛みに、驚いておもわずナーヴギアを落としてしまった。

「ッッ……ぁっ……」

 隼人は、頭が割れそうだと思える程の激痛に、蹲りそうになるが、懸命に抑えた。

 これは、その記憶は本当に大切なもので……。そして、思い出さなければならないものだと。

――……自分の心の奥底で何かが叫んだから。


「ふぅっ……ふぅっ…………っ。」

 隼人は、ナーヴギアに手を伸ばす。
 これをそのまま付け様としたが、その瞬間、爺やの顔も浮んだ。今の大切な人の顔が浮かんだ。これは、人の命を、沢山の人の命を奪った機械だ。……だからこそ、心配かけたくない、と言う想いもあった。

 そう、大切な人に。

「たい……せつな人?」

 ……それは彼の中では、間違いなく爺や……綺堂源侍だろう。

 間違いない、筈だ。

 でも、もう1つ、もう1人頭の中に……浮んでいた。このナーヴギアを持っていると浮かんできたのだ。



『ほんと……っ?ほんとに、また会える……?あっちで……おつきあいして……けっこんして……一生あなたのとなりで……いられる……?』



 目の前に確かに誰かがいる。誰なのか、確認する事が全く出来ない。断片的にだが ゆっくりと頭の中にノイズと痛み、そして映像が流れ出た。




 その場所は、身に覚えはない。




 そこは、この世界のものとは思えない程、美しい黄金色の空の下だった……。




『わ………わたしも、■■■■君の事、愛しています……。心から、愛しています……。』





 それは、何処か……、此処とは違う世界で……。何かを教えてくれた人がいた。自分の方を見て、涙を流している。でも、それでも 美しい笑顔もみせている。



 ノイズと、乱れた映像のせいで、顔ははっきりとしないが、それでも判ったのだ。



「ッ……」

 隼人は、頭を抑える。痛みが脳髄の奥まで響いてくる。



『……くん……たすけて……っ たすけてっ……』



 また、声が聞こえてくる。
 その声の主は一体誰なのだろうか?隼人は必死に見よう見ようとするが、見ようとすればするほど、訊こうとすればするほど、……何も見えないし、聞こえなくなってしまう。


――……隼人は、これ以上は思い出させそうに無かった。


 ……何よりも、これ以上無理をすれば 気を失いそうだったから。だから、ナーヴギアの側面に手を伸ばした。必死に側面の挿入口からメモリーチップを取り出したのだ。

「……ッ」

 これは、記憶装置。
 このメモリーチップに……これまでの大切な何かが入っている気がする。あの光景の意味が、その全てが入ってる気がする。そう、強く感じた。
 幸いにも、メモリーチップは在り来りな物であり、別に更に頭痛が起こったりはしなかった。

 そして、隼人は足取りが覚束無いが 部屋に向かった。そのメモリーチップを手にしっかりその手に掴んだまま。


 見慣れていて、普段何度も往復している筈なのに、そのいつもよりも倍程長く感じる自室までの道を一歩一歩、ゆっくりと前へと歩き出したのだった。



 
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